「第2話 ANGERS河原町本店」
西本杏実、という名前で先輩は私のことを思い出してくれただろうか。
2週間前、猫から聞いた情報をもとに三条の小川珈琲で先輩に手紙を書いた。
久しぶりに交流を図る緊張が文字となり、長文となり、圧にもなり兼ねない。そう考えながら筆を取ると、案外短文になった。その短文が受け取り方によっては怖がられてしまう可能性も十分にある。店員さんに手紙を託した後から、徐々にその不安が募っていった。
あの日の私は変に強気だった。アイスクリームに抽出したばかりのエスプレッソを注いで溶かす私は、ガラス越しに羨ましそうな視線を送る、こげ茶色の猫に向かってドヤ顔までしていた。美味しいものは人の背中を押すらしい。
先輩からの返事を期待して、毎日郵便受けを確認するあまり、返事が届く可能性より町中で先輩を見かける可能性の方が高いようにも感じた。だが、今朝ついに私の手元に1通の手紙がやってきた。先輩との文通に成功したのだ。通勤中にもかかわらず、朝一番の散歩と寄り道を兼ねて鴨川まで出る。澄んだ空気の中、私は便箋を開いた。
西本様
三条河原町のホテルオークラにツリーを模したイルミネーションが灯る季節、
いかがお過ごしでしょうか。
先日は素敵な便箋でのお手紙、ありがとうございました。
杏実さんがすすめてくださったANGERSに行ってきました。
心惹かれる万年筆が多く悩みましたが、
これからの相棒となる1本を購入することができました。
お店になっているビルは昔、銀行だったそうですね。
雰囲気も素敵なセレクトショップでお気に入りに出会えて嬉しいです。
あらためてお礼を申し上げます。
今は行きつけの小川珈琲で、購入した万年筆を手にこの手紙を書いています。
ここまで書いておきながら恐縮なのですが、先日頂いたお手紙の内容について、
私がお礼を言われている理由が思い当たらず...。すみません。
もしよろしければ、誰からどんなことを耳にされたのか教えて頂けないでしょうか。
P.S.
ヤサカタクシーの四つ葉のクローバー号に乗った際に貰えるシール、
貴重なものを封に貼って頂きありがとうございます。
私もいつか巡り会って乗ってみたいものです。
冬野文
そう、文先輩は時候の挨拶でホテルオークラを話題に出すような人だ。落ち着きの中に少しの茶目っ気。あの頃と変わらない文先輩らしさに嬉しくなった。そして、未だに私との共通点である力にも気づいていないような返事だった。町中の猫が皆、はっきりとした存在だとは限らない。そのことすら、先輩はまだ知らないのだろう。
どう返事を書くべきか。悩んでいる私の元へよく言葉を交わす茶トラの猫がやってきた。猫は朝の挨拶もないまま喋る。
...言う通りだ。ここで引き下がるわけにはいかない。過去の想いが文字に滲み出ないよう、私はあった事実だけを書けばいい。それだけの話。筆がのったとしても追伸を書き添えるくらいでいい。珈琲にチョコレートやビスケットを添えるような感覚で。
私はその日の仕事帰り、行きつけの喫茶店で返事を書くことにした。
(つづく)
珈琲をのみながら、手紙を書く人。第1話はこちら
作:渡辺たくみ(nidone.works)
イラスト:やまもとかれん(nidone.works)
写真:マツダ ナオキ
文(ふみ):コニシムツキ
杏実(あんみ):日下七海(安住の地)
■ANGERS 河原町本店
京都市中京区河原町三条上ル西側
075-213-1800
11:00-21:00 年中無休
https://www.angers.jp/shoplist/angers-kawaramachi/
■小川珈琲 京都三条店
京都市中京区三条通河原町東入中島町96-2
075-251-7700
月~金・日・祝日 9:00~20:00(ラストオーダー19:30)
土・祝日前 9:00~21:00(ラストオーダー20:30)
営業時間は変更する場合がございます。詳しくは店舗にお問い合わせください。
年中無休
https://www.oc-ogawa.co.jp/