「第1話 小川珈琲 京都三条店」
下鴨神社から北へ数分歩いた場所に暮らす私は、職場である祇園のアートギャラリーへ向かう途中、モーニングを食べるため三条の小川珈琲へ向かう。お気に入りのお店へお気に入りに乗ってシャーと走る。今日も黄色いフレームが可愛い。
京都の町角には学生が多く、数年前は私もその一人だった。同級生たちは卒業後に上京したり地元に戻ってしまったので、今の町には友人が多いわけでもなく恋人もいない。他の場所に引っ越しをしたって良いのかもしれない。
しかし、顔見知りが多いこの町が私は好きだ。とくに猫。猫見知りが多くて楽しい。町の野良猫のおよそ3割は顔を知っていると言ってもいいだろう。
団子屋の近くでよく見かける猫には「ミタラシ」と名付け、道端でポテトをあげた猫には「ポテト」と名付けているように、野良猫に名前を呼びかけるのが細やかな趣味になっている。
猫が「その名前はやめてくれ」と声を出して返事をしてくれるわけではないので、気を悪くしている猫がいたら申し訳なく思う気持ちも持っている。猫とは対等でいたい。
小川珈琲に着くと、店の前にはいつも通りこげ茶色の猫がいた。私は彼の事を「コーヒー」と名付けて呼んでいるが、うんともすんともニャーともシャーとも言わない。いつものことだ。反対側の歩道には茶トラの猫もいて、なんだかもの言いたげな顔で私たちをじっと見ている。私はその猫に近寄ることなく店へ入った。
外の景色が見える席。そこに座るとたまに外の「コーヒー」と目が合って落ち着く。だからか、だいたいこの席に導かれるように座ってしまう。今日も美味しい珈琲を飲みながら「コーヒー」の姿を探していると、ふと店員さんと目が合った。
「冬野様でしょうか?」
「はい。」
急に一枚の封筒を差し出される。
「昨日来店された女性のお客様が、今朝いちばんでこちらの席に座るお客様に渡してほしい、とおっしゃいまして」
その封筒は「ヤサカグループ」と書かれた四つ葉のシールで封がされており、表には「冬野文様」と書かれている。明らかに私への手紙だ。そっとシールを剥がし、可愛い紙に包まれた便箋の文字を目で追う。
冬野様
寒さも本格的になってまいりました。
ご無沙汰しております、西本です。
お元気にしていますでしょうか。
この度は、私が飼っていた猫が文さんにお世話になったと聞き、
その感謝をお伝えしたくお手紙を差し上げた次第です。
性格柄、まったく私の前には戻ってこなかったので話を聞いて安心しました。
あの子の飼い主として、また、あの子に代わって感謝申し上げます。
あわただしい年の暮れ、お体にお気をつけてお過ごしください。
追伸
これも猫の噂で聞いたのですが、万年筆をお探しであれば、
小川珈琲から歩いて行けるANGERSというお店がおすすめです。
西本杏実
にしもとあんみ。なぜか知らない女性からお礼を言われている。さらには、私が万年筆を買おうとしている事も知られている。理解が追いつかない妙な手紙に少し不安な気持ちになった。その気持ちの傍、手書きの文字からは悪い人ではなさそうな温かさもあった。
私は顔も知らない杏実さんという人に手紙の返事を書くことにした。
(つづく)
作:渡辺たくみ(nidone.works)
イラスト:やまもとかれん(nidone.works)
写真:マツダ ナオキ
文(ふみ):コニシムツキ
杏実(あんみ):日下七海(安住の地)
■小川珈琲 京都三条店
京都市中京区三条通河原町東入中島町96-2
075-251-7700
月~金・日・祝日 9:00~20:00(ラストオーダー19:30)
土・祝日前 9:00~21:00(ラストオーダー20:30)
営業時間は変更する場合がございます。詳しくは店舗にお問い合わせください。
年中無休
https://www.oc-ogawa.co.jp/