BLOGフォトストーリー2022.01.19

珈琲をのみながら、手紙を書く人。第3話

人に言えない秘密がある。
私はおばけになった猫が見える。
見えるだけでなく、言葉を交わすこともできるのだ。

仕事終わりに、西陣にある行きつけの喫茶店へ向かう。その後ろをてくてくと、こげ茶色の猫がついてきた。三条の小川珈琲の前でよく見かけるあの子。生きている野良猫か、さてはおばけの野良猫か。見分けがつかないので「お名前は?」と呼びかけてみた

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それまでニャーとすら鳴かなかった猫は、ボソッと「コーヒー」と名乗った。話せる猫はおばけである。おばけだと分かった上に、誰に名付けられた名前かもすぐに分かった。店の前に着くとコーヒーは入り口の横で腰を据えた。店に入ると、顔見知りの店主に「あ、おかえりなさい」と言われ、私は少し嬉しくなった。

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サイフォンが並ぶカウンター席に座る。ここ逃現郷は仕事をしている時間には存在しない理想郷であり、仕事を頑張った先にある優雅な現実だ。店主がコーヒーを淹れてくれるのを見ながら、文先輩への返事を考えた。

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冬野様

寒気が日増しに深まるこの頃、文先輩はいかがお過ごしでしょうか。

大学で文先輩の2つ下の学年にいた西本です。
先日はお返事のお手紙、ありがとうございました。
また、言葉足らずのお手紙を送ってしまい失礼しました。

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文先輩は私のことを覚えていらっしゃらないかもしれませんが、それは無理もありません。
先輩と私の接点は、6年前の新入生歓迎会の帰りに、
タクシーに同乗させていただいたことだけですので、あまりお気になさらないでください。

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最初の手紙に書いたお礼について、詳しく書かせていただきます。

私は以前においもという名前の猫を飼っていたのですが、近頃、おばけになって町を歩いているおいものことを
文先輩が「ポテト」と名付けて呼んでくださっていると知り合いの猫から聞きました。

おいもが可愛がられていることを知って、温かい気持ちになりました。
あらためて、お礼を申し上げます。

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文先輩ご自身が、おばけの猫が見えているということにお気づきでなかったら、大変驚かせてしまっていると思います。すみません!

知り合いの猫によると、おばけの猫が見えるというのはやはり珍しいことで、ヤサカタクシーの四つ葉のクローバー号に乗車できる確率よりも格段に低いそうです。

この話は秘密にしておいてください。

追伸

西陣の逃現郷より、珈琲をのみながら。

西本杏実

珈琲をのみ終え、一息ついて店を出た。

「コーヒー」の隣に今朝も鴨川で私に話しかけてきた茶トラの猫が加わり、拗ねた顔つきで横になっている。

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文先輩から名前を貰おうと、なるべく先輩の視界に入るよう頑張って過ごしてきたらしいが、まだ貰えていないのだ。茶トラのお腹をさすってあげると、喉からゴロゴロという音が聞こえる。どこか神社の鈴の音のようだ。

私はその音に、この子に名前がつく事と、先輩から手紙の返事が来ることを願った。

(つづく)


珈琲をのみながら、手紙を書く人。第2話はこちら

作:渡辺たくみ(nidone.works)
イラスト:やまもとかれん(nidone.works)
写真:マツダ ナオキ
文(ふみ):コニシムツキ
杏実(あんみ):日下七海(安住の地)

■逃現郷

京都市上京区大宮通今出川上ル観世町127-1
075-354-6866
9:00〜25:00(フードL.O24:00)
定休日なし(※年末年始は休業あり:12/30〜1/3)

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