BLOG村田吉弘の和食知新2019.03.25

和食の未来を切り拓くもの

By村田 吉弘

京都の料亭「菊乃井」三代目当主、村田吉弘さんに「和食とは何か?」について語っていただく【和食知新】シリーズ第五回。今回は、和食の未来を切り拓く、出汁と旨みについてお話をいただきました。

緑滴る東山麓の懐に抱かれるように建つ、料亭「菊乃井」。大正元年、創業以来、京都を代表する名料亭として、多くの人々に愛されてきたこの店の三代当主、村田吉弘さんは、「和食とは何か?」を常に問い続け、それを使命に様々な活動を続けている。現在はNPO法人日本料理アカデミー理事長に就任し、「日本料理を正しく世界に発信すること」を自らのライフワークとして掲げ、「和食」つまり、日本の伝統的な食文化のユネスコ無形文化遺産への登録に尽力した。その村田さんに「和食とは何か?」について語っていただくシリーズの今回は第五回、「和食の未来を切り拓くもの」をテーマにお話をいただいた。

油がないからこそ、創意工夫を重ねる。たどり着いたのが、日本独特の「旨み」

 前回、世界へ拓く日本料理というテーマでお話ししましたが、ではこれからの日本料理の未来はどうなっていくのか?というのはとても興味深いことやと思います。
情報網や流通網の急激な発達で、ほんまに料理自体にも国境がなくなってきていると思います。でも、根本的に日本の料理と世界の料理では異なる点があるんです。
世界中の民族、すべての人は、食事において糖質を摂りますよね。パンを食べたり、ナンを食べたり、豆を食べたりね。我々は米を食べますよね。でね、世界中の料理はすべからくバターとクリーム、植物油脂やごま油など、脂質を中心に料理を構成していくわけです。 
でも、世界中でただ一カ国一民族だけが、旨みを中心に料理を構成しています。それが我々なんです。

 日本の歴史では、300年にわたっての鎖国政策をしてきましたよね。鎖国してたから輸入の油は入ってきませんし、日本中どこを掘っても石油は出てきません。仏教国やからラードやヘットなんかの獣類の油を摂取することもできません。もちろん、牛乳を搾ってそれをバター作るなんていうのは論外ですよね(笑)。
そうするとね、油は菜種油とごま油くらいしかないんです。でも菜種油もそんなにぎょうさん量が採れるわけではないから、貴重なわけです。菜種油を大さじ2杯の燈心に火をともすと、一晩明るいのに、食べてしもたら一瞬でなくなるわけです。
そうするとね、特別な階級の人しか油を使った料理はでけへんのですね。特別な階級の人って誰?ていうと、大名、公家、商家の主人とかですよね。でも、油は非常に高価なものやったわけで、それは御所でも同じことです。
海の遠い京都では、どうしても野菜料理が多くなるでしょう? お客さんに野菜をちゃんと美味しく料理したものをどうやってお出しするか。料理人も必死に考えたと思います。結局、北海道から松前船で運ばれてきた昆布とね、枕崎とか土佐から入ってきた鰹節。この二つの乾物食材を、湯の中に掘り込んで出汁を引いたというのが、日本の旨み文化の最初やと思います。
日本にもし潤沢に油があったら、出汁文化は生まれなかったもしれないですね。油でしか出せないコクやまろやかさに変わるものとして、切磋琢磨する中で、旨みにたどりついたのでしょう。

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受容体の発見で、旨み=UMAMIの概念が世界スタンダードに。

 日本食を語る上で外せないのが「旨み」なんですが、世界中のシェフと交流をする中で、僕らは旨みを定義づけしたいとずっと思ってきたんです。そやけど根拠がないとなかなか受け入れられなかったんです。グルタミン酸やイノシン酸から旨味が生まれるという話をしても、それは概念にしか過ぎないと言われるわけです。
ところが、2002年に、舌の甘みの受容体の横に、旨みの受容体が発見されたんです。これはえらいこっちゃっ!ということになって(笑)。ようやく旨みの存在が認められるようになったんです。
油自体には旨みはないんです。油は1cc 9calで、要はカロリーが摂れるものって、生き物は美味しく感じるんですよ、生きていくためにね。フランス料理のジュでも、中華のスープでも油脂を使いますから、カロリーがあるんです。その点、日本の出汁はカロリーゼロなんです。
たとえば懐石料理のコースやったら1000Kcal程度ですが、フランス料理のコースだと2500Kcalぐらいまでいってしまうことがあります。ラストにチーズとデザートを食べると3000Kcalになってしまいます。ハンバーガーやったら1個で800Kcalぐらい軽くいってしまうので、ハンバーガーを食べながらコーラを飲めば、懐石料理と一緒になってしまうでしょう? 油脂のカロリーというのはもの凄いなあと思います。

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さらに美味しく進化して、カロリーは抑えたい。相反するニーズを解決するヒントは出汁と旨み

 今、世界中のほとんどシェフは、美味しさを変えずに、自分の料理をより軽やかに、カロリーを低くしたいという志向を持っていて、この傾向はもう変わらないとおもうんです。こういう志向の中では日本料理は間違いなく、世界の料理になっていくと思いますよ。
旨みの力によって美味しさを損なうことなく、カロリーを落とすことができる
出汁文化によって花開いた旨みの世界は、健康志向ともリンクして、世界のスタンダードになっていく可能性がありますよね。和食の未来を切り拓くキーワードは、まさしく"旨み"=UMAMIやと思います。

「旨みの国」に生まれて、料理の世界に生きる一人として、出汁と旨みはこれからますます武器になると思います。料理人を目指す若い人たちにも、小さな子の味覚を育てるお母さんたちにも、「旨みの国」に生まれたことを誇りに思って欲しいですね。

テキスト: 郡 麻江

料亭「菊乃井」

■ 菊乃井 本店

京都市東山区下河原町 鳥居前下る下河原町459 八坂通
京都市営地下鉄東西線 東山駅(出入口1) 徒歩12分
京阪本線 祇園四条駅(出入口6) 徒歩14分
075-561-0015
http://kikunoi.jp/kikunoiweb/Honten/index

村田 吉弘むらた よしひろ

株式会社菊の井 代表取締役 / NPO法人日本料理アカデミー理事長。自身のライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。また「機内食」(シンガポールエアライン)や「食育活動」医療機関や学校訪問・講師活動)を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動も行う。2012年「現代の名工」「京都府産業功労者」、2013年「京都府文化功労賞」、2014年「地域文化功労者(芸術文化)」を受賞。

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