BLOG料理人がオフに通う店2022.02.28

「京料理・天ぷら 天㐂」-「樽八」の平松昌峯さんが通う店

「旨い店は料理人に聞け!」京都を代表する料理人がオフの日に通う店、心から薦めたいと思う店を紹介する【料理人がオフに通う店】。今回は、「樽八」の店主の平松昌峯さんが通う「京料理・天ぷら 天㐂」をご紹介します。

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推薦者の「樽八」店主、平松昌峯さん

 百万遍に程近い場所にある「樽八」。初代の父、水賀(みのり)さんが、友禅の染職人から大きく方向変換をして、友禅工房だった建物を改装し、昭和54年、居酒屋を開いた。た。18歳の時から父の下で働いていた長男の平松さんは、15〜6年前に、店の方針をリフレッシュし、「料理人が丁寧に手間をかけた料理を大切にお出したい」という希望をかたちにして、大人がゆっくり料理と酒を楽しめる店へと舵を切った。
 食材をさらに吟味して厳選し、レシピも一から見直し、価格は庶民の財布に優しい設定を心がけた。昔から馴染みの大学関係者をはじめ、サラリーマン、カップル、ファミリーなど、幅広い層のファンが店に通っている。

 若い時は料理の勉強として、母と一緒によく通わせて頂いていました。最近は「天㐂」さんのマスターに紹介して頂いたお客様にお呼ばれして、伺うことが多くなりました。お昼のランチタイムに行く事が多いですが、お昼も夜と同じお料理を出していただけます。カウンターで会席料理をよく楽しませていただいていますが、前菜から八寸、造りなどから天ぷらに入っていくコースで、多種多様な天種で毎回、感動の連続です。先日は、新茶の時期限定の「新茶にしん蕎麦」を出していただきましたが、素晴らしく美味しかったです。「鱧の焼霜の千枚落とし造り」も斬新で印象に深く残っています。
 京都はお高い金額のお店も多いですが、まっとうな金額で、お料理を最初から最後まで楽しめて、お腹いっぱいになります。敷居が高く見えがちなお店ですが、皆さん気さくで本当にゆっくり出来るお店です。やはり代名詞の天ぷらが素晴らしく、食材により揚げ方を変えて、温度まで毎回調整してここまで変わるのか...と、驚きの連続ですね。基本中の基本、海老の天ぷらは、香ばしくてお菓子のような特筆すべき旨さです。ご主人の経験値と手抜かりの無い丁寧な仕込みがあっての味だと思います。何度でも通える素晴らしいお店だと思います。

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お茶の心そのままに、全ての客室において、丁寧にしつらいが調えられている。

 鎌倉時代から機織りの町として時を刻んできた歴史ある西陣。「京料理・天ぷら 天㐂」はその一角に昭和8年に創業した。三代目を継ぐ石川輝宗(てるむね)さんの祖父が、当時まだ、他では例を見なかった「天ぷら会席」を日本で初めて発案し、店の柱として打ち出した。
「当時はね、京都の料理に天ぷらやなんて...とおっしゃる方もおられたようです」と石川さんは言うが、天ぷらと京料理を融合させた、他にはない妙味が人々に喜ばれ、次第に「天ぷらの天㐂」として、全国にその名を馳せることになった。
「うちとこの店がたくさんの方に受け入れられるようになったのは父(二代目主人、輝夫さん)が、表千家の直門にさせていただいたことが大きかったようです。お家元について全国を廻らせていただき、お茶を通じて、多くのお茶人の方との知己を得ることができました。お茶人の皆様に店の味を認めていただくようになりまして、それが私どもの自信にもなりました」
 敷地内には茶室を造り、数多くの茶会を催し、お茶人たちに愛される名店ともなっている。お茶の心を、おもてなしの根幹において、しかしながら敷居を低く、片肘張らず、くつろいで料理を楽しんでもらえる店にと言う思いは、この店の根幹であり、一筋に貫かれている。

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数寄の心が息づく室内。大切な人たちとの時間をゆったりと心地よく過ごすことができる。

 石川さんが大切にしているのは、何よりも地元に根付いた店、地元の人々を大切にした店でありたいということだという。
「地元の皆さんが、祖父の代から、通ってくださってこの店を育ててくださいました。ですから、恩返しの気持ちを込めて、日々、仕事をさせていただいています」
 お客さんには親子三代で通う人や、60年以上通い続ける常連さんもいる。近所のおばあさんが、よく一人でお昼のミニコース(椅子席3850円・税込、サなし)を食べにくるなど、まさしく地元にしっかり根付いた店だといえるだろう。

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取材をした1月の天ぷらは車海老、琵琶湖産のわかさぎ、和歌山のふきのとう、なると金時、太ゴボウの含め煮など。その時々の旬味を美しい天ぷらにして供する。

 夜の「天ぷら京会席」は1万1000円〜(夜は全て税込、サ15%別途)から用意されている。先付け、八寸、煮物椀、造り、天ぷら、焼き物、酢の物、炊き合わせ、香の物、ご飯、水物で構成される。中でも、やはり、誰もが期待に胸を弾ませるのが天ぷらだろう。
 天ぷらの盛り合わせは、どこまでも気品に満ちて、実に美しい景色を見せ、さすが京の美意識が隅々まで息づいている。

「天ぷらは素材ありき」と石川さんは言い切る。鷹峯の提携農家から日々取り寄せる新鮮野菜のほか、魚介は中央市場への日々の買い付けのほか、明石、山陰の漁場から季節の魚貝類を直接仕入れている。米も低農薬栽培で育てたものを厳選し、自然の恵みそのままを味わってもらうために、栽培方法や品質管理までしっかり目を届かせているという。
 冬場の素材の王様、柴山の蟹はなんと漁船を指定して、直接仕入れると言うから驚く。「素材を揚げると言うシンプルな調理法だからこそ、天ぷらは素材が生命線。最高の素材を探すことに、代々が心血を注いできたんです」
 天ぷらの油は、素材の良さをそのまま引き出す「大豆の白締」を使用する。素材の味わいを衣にしっかりと包み、それでいて重たさがない。天つゆ、または塩をお好みで食すが、揚げたてはもちろん、時間が経ってもサクサクと歯ごたえが増し、美味しくいただくことができる。

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すっぽんとフカヒレの茶碗蒸しは、13,200円のコースから。

 伝統を守りながらも新しい味わいの探求も怠ることがない。冬にはこれがないと納得しないというファンが多いのが、二代目が考案したすっぽんとフカヒレの茶碗蒸しだ。
 すっぽんの身を炊いたのスープとXO醬でフカヒレを煮含めて、すっぽんの身、フカヒレを入れた茶碗蒸しは、和と中華が見事に融合した一品である。

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サクサクの食パンと叩いた車海老のしっとりした食感の対比がたまらないパン天2200円。

 二代目は長崎の卓袱料理からインスパイアされた料理が得意で、エビトースト揚げからヒントを得た一品料理にパン天もその一つ。車海老を叩いて塩と合わせただけの具を大正製パンの食パンに挟んで、からりと揚げる。噛み締めるほどにじんわりと海老の旨味と香りが広がって、なんとも幸せな心持ちにしてくれる味わいだ。
 石川さん自身もブルーチーズとセロリ、アワビを合わせた前菜や、春巻きの皮にトマト、うに、バジルを巻いて揚げた「マルゲリータの天ぷら」など、様々な新味を打ち出して、お客様を喜ばせている。
「これ何?美味しいなあ...!と言っていただくのが、何より楽しみです。お客様の笑顔が見たくて、仕入れから料理まで、日々の仕事をしていると言っても過言ではないですね」

 サクサクと薄衣で軽やか、京都らしく上品な天ぷらには、ワインもよく合う。
最初にシャンパーニュで乾杯する人も多く、ワインも取り揃えているが、ワインを担当するのは、ソムリエールの資格を持つ、石川さんの妹であり女将の橋本静代さんだ。内外からVIPを迎えることも多く、料理だけでなく、それに合わせるワインまで、しっかりと見届けるあたりに、何ごとにも妥協しないこの店の姿勢が見て取れる。ワインセラーには女将が吟味したプレミアムなワインが静かに出番を待っている。

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京都の料理人や女将とサドヤワイナリーがコラボして、造りあげた京の料理に合う白「セミヨン3331」(左)は希少なワイン。シャンパーニュや赤、白と厳選ワインを揃える。日本酒は地元の金鳩正宗をはじめ、主人のめがねにかなった各地の地酒がそろう。

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独特の造りの母屋。建築の専門家が訪ねてきた時、とても個性的な意匠と設計だと言われたそうだ。手前の中庭が四季折々の自然を感じさせる。

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すっきりと清々しいカウンター席。お昼のミニ会席もこちらでいただける。

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網代天井や聚落の壁など、隅々まで数寄の精神が息づく美空間。

 店内は鰻の寝床そのまま、入り口から奥が驚くほど広く、長く続いている。茶室を設けた伝統的な数寄屋造りはどこまでも清々しく、心がすっと落ち着くような空間となっている。
 中庭を経て、大小さまざまな座敷が展開し、家族の集まりや大切な人との食事、ハレの日の宴会、法要後のひとときまで様々なTPOに応えることができる。また、カウンター席やテーブル席は気軽に立ち寄って食事をすることも可能だ。

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 実は若い頃は教師を目指し、教員資格を持つ石川さんは、英語が堪能なことでも知られる。海外の和食シンポジウムなどにも参画し、流暢な英語で和食文化の紹介を行っているそうだ。また、海外からのお客様も巧みな英語でお迎えし、天ぷらや和食の説明をフレンドリーに行って、リラックスしてもらうという。
「初めての和食で緊張気味の方もそれで打ち解けていただいて、お食事を楽しんでいただけるんです。海を越えて、たくさんの方にうちの料理を美味しいと思ってもらえる。料理をする者にとっては、これ以上の幸福はないと思います」

 もてなしの心がここまで行き届くには、相当な労力が必要とされるだろう。しかし石川さんは、「こだわりと言うのは私ども店側が持つものではなく、お客様が持たれるべきものやと思っているんです」とさらりと、しかしきっぱりと言う。
 お客様がこだわって、こんな味を楽しみたい、こんなもてなしをして欲しいというその希望にできる限り、応えていくこと。それが「天㐂」の商いの根本だという。

 料理と空間だけでは、店の文化は成り立たない。そこに人がいてこそ、なのだ。
「お茶の心とおもてなしを礎に、素晴らしい空間で料理を堪能してもらって、できるかぎり、敷居を低くして、寛いでいただきたい。そして皆さんに喜んでいただく。それでこそ、うちとこの店の名に恥じないことでしょう?(笑)」
 まさしく。
「天が喜ぶ」。
 石川さんの言葉と暖かな笑顔に、その意味をしかと実感した。

■京料理・天ぷら 天㐂

京都市上京区千本今出川上ル上善寺町89
075-721-8080
営業時間 17:00〜23:00
定休日 月曜(祝祭日の前日は営業)

撮影/竹中稔彦 取材・文/ 郡 麻江