BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜2022.03.23

おが和「貧乏人のホワイトアスパラガス」

京都を代表する和食の料理人に、和食の範疇を飛び出した奇想天外な一皿を作っていただく【割烹知新】。今回は『おが和』店主・小川洋輔さんの「貧乏人のホワイトアスパラガス」をご紹介します。

おが和「貧乏人のホワイトアスパラガス」

幼い頃から料理が好きで「(一生懸命作っても)食べ終えると消えてしまい、記憶にしか残らないところ」に面白さを感じていた若き日の小川さん。料理学校を卒業後、名門『京都 吉兆』で鍛えられ、25歳の時「この人に教えを請いたい」との思いを胸に『祇園 さゝ木』へ。日本料理界をリードする佐々木浩氏のもと、新たな知見や技術を身に付け、2010年に独立を果たします。以来10余年にわたり着実にファンを増やしてきた小川さんですが、2022年1月、これまでの集大成ともいえる新たな店舗を立ち上げました。しっかりと先を見据え、ますます円熟味を増す注目の料理人に、師匠・佐々木浩氏からスタートした連載のトリを飾っていただきます。

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発想秘話

今日は「貧乏人のホワイトアスパラガス」を作ります。皆さんよくご存じの「貧乏人のパスタ」と呼ばれるイタリア料理から着想を得たものです。「貧乏人のパスタ」はオリーブオイルと卵、にんにくで作るシンプルなパスタですが、これから作るお料理も卵とオイルの使い方がポイントになります。

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実は和食で油を使うシーンって意外と少ないんです。唯一、揚げ物をする時ぐらいでしょうか。でも僕は「油を使いたいな」と思う料理が結構あって......。そこで和食にも使える自前のオイルを作ってしまいました。和食として違和感がなく、素材の味をより引き立てる。「オイルを使いながら、和の一品に落とし込む」という、難しい課題を攻略するための秘密兵器といえるものです。今回はこの油を使い、今が旬のホワイトアスパラガスを「質素なご馳走」に変えていこうと思います。

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主な材料は国産のホワイトアスパラガス、卵、自家製のオイル。あとは調味料を少々。工程も少なく、あっという間にできてしまいます。ホワイトアスパラは佐賀県産のもの。甘みは香川県産のほうが強いのですが、僕は甘さが少なく、ほろ苦みのある佐賀県産をよく使います。というのも、ホワイトアスパラのおいしさって、春野菜特有の「ほろ苦さ」にあると思うからです。

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まずはアスパラガスを専用の鍋で茹でます。この鍋はイタリアで買いました、と言いたいところですが、残念ながらイタリアでは見つけられませんでした。この鍋の存在を知って以来、いつか手に入れたいと思っていたのに、かの地の厨房機器店では「そんな鍋はない」と言われてしまって......。結局、アマゾンで見つけてアメリカから取り寄せました(笑)。

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下の固い部分も無駄にせず、細かく刻んで茹で汁に加えます。そこに塩、少量のレモンを加え、アスパラガスを茹でていきます。イタリアの厨房を紹介するテレビ番組を見た際に、こういうレモンの使い方があることを知ったのですが、のちに知り合いのシェフからも「アスパラを茹でる時にはレモンを使う」と聞きました。レモンの酸味にはアスパラガスの自然な甘さを引き立てる効果があるようです。

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アスパラガスを立てたまま蓋をして茹でることで、「茹で汁に浸かった下の部分」と「蒸気で蒸される上の部分」が異なる食感に仕上がります。上のほうにはちゃんと「こりっ」とした食感が残るんですね。この鍋を使うたびに「ヨーロッパの人って本当にホワイトアスパラガスが好きなんだなぁ」と、感心してしまいます。

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次に自家製のオイルを使って目玉焼きを作ります。この色ですか? これは昆布の色です。ある方法で太白の胡麻油に昆布の香りやうまみを移したものですが、作り方は内緒です(笑)。これで和風のパスタを作るとめちゃくちゃおいしくなるんですよ。カラスミとこのオイルで和えた冷たい素麺なんて絶品です。昆布のオイルを使い始めて「オイルを使う和食の提案」ができるようになり、料理の幅が広がりました。

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熱したフライパンに昆布オイルを入れ、卵を割り入れます。僕はカリカリの目玉焼きが好きなので、最初から強火で一気に焼きます。焼きあがる直前に霧吹きを使って醤油をスプレーし、醤油の風味を付けます。白身の裏側はカリカリに焼き、黄身はまだ生っぽさが残った状態で火を止めます。

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できあがった目玉焼きに、別途作っておいた温玉と昆布オイルを混ぜ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜます。本当は茹でたホワイトアスパラに目玉焼きを乗せ、ナイフとフォークで玉子を潰しながら食べて欲しいのですが、お箸でそれをするのは大変なので「ならば卵のソースをあらかじめ作っておけばいいんじゃないか」と思ったのが、発想の原点なんです。

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マヨネーズを作るイメージで、玉子とオイルをよく混ぜ合わせます。目玉焼きだけでなく温玉を加えるのは、白身のとろりとした感じを出したいから。ここで味を調えるために塩を少々。全体をよく混ぜ合わせ、ホワイトアスパラにしっかり絡むよう、とろとろのテクスチャーに仕上げます。

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大皿にホワイトアスパラを盛り、玉子のソースをかけます。醤油で軽く和えた削りたてのかつおぶしを乗せ、仕上げに昆布オイルを垂らしたら完成です。盛り付けたのは、京都の丹後に窯を構える陶芸家・前野直史さんのスリップウェア。ホワイトアスパラのごりっとしたおいしさが楽しめる豪快な一皿です。

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玉子にチーズを混ぜたり、かつお節の代わりに白トリュフを散らしてもおいしいと思いますが、そこまでいくと何料理か分からなくなる。和食料理人としては、このあたりが落としどころと考えました。和の食材だけで作った和食版「貧乏人のホワイトアスパラガス」。ホワイトアスパラに玉子をしっかり絡めて召し上がってください。

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思い返すと、2010年に自分の店を持った直後は「なにか新しいことをやらなくちゃいけない」と気負い過ぎていました。でも気持ちばかりが空回りして、おもしろいことなんて全然できなかったんです。そこで一旦頭を切り替え、逆に余計なものをどんどん削ぎ落していきました。お客さんの言葉に耳を傾け、素直においしさを追求していくうちに、次第にお客さんが増えていったんです。

もちろん和食以外の手法を取り入れたり、フレンチやイタリアンからヒントをもらうこともあります。でも今はどちらかというと、伝統的な日本料理が気になりますね。「これは古い仕事だな」と思うものでも、お客様は「あー、おいしい」と素直に喜んでくださる。そういうクラシックな料理が途絶えないよう、次の世代にもしっかり伝えていきたいですね。

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独立して10年目にコロナ禍が始まりました。祇園にちょっと長く居すぎたかなという思いもあり、少し前から移転先を探し始めていたのですが、ちょうどそのタイミングでおやっさん(佐々木浩氏)から「今がチャンスやで」と耳打ちされたんです。バシッとした和食の店を作って、応援してくれるお客さんに恩返しをしなさい、と。ほどなく希望通りの土地が見つかり、2022年1月から西洞院三条の新店舗で営業を始めました。あまり大きくなく、僕が料理を作る様子をカウンター越しに見ていただける店にしたかったので、キッチンはオープンな造りにしました。仕込みに時間をかけるのではなく、そのとき僕が作りたいと感じる料理を目の前で作り、すぐさま召し上がっていただく。既製品を使わず、できたてにこだわった『おが和』の料理を、五感のすべてで楽しんでいただければと思います。

写真:鈴木誠一 取材・文:鈴木敦子

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■おが和

京都市中京区姉西洞院町515
075-211-6005
12:00~14:30、18:00~22:00
日曜休

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