「割烹知新」~次代を切り拓く奇想の一皿~
京都を代表する和食の料理人に、和食の範疇を飛び出した奇想天外な一皿を作っていただく企画。京都の和食文化が脈々と継がれ愛されてきた理由は、「料理人の柔軟性にあり」と実感できるでしょう。
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2022.03.23
おが和「貧乏人のホワイトアスパラガス」
おが和「貧乏人のホワイトアスパラガス」幼い頃から料理が好きで「(一生懸命作っても)食べ終えると消えてしまい、記憶にしか残らないところ」に面白さを感じていた若き日の小川さん。料理学校を卒業後、名門『京都 吉兆』で鍛えられ、25歳の時「この人に教えを請いたい」との思いを胸に『祇園 さゝ木』へ。日本料理界をリードする佐々木浩氏のもと、新たな知見や技術を身に付け、2010年に独立を果たします。以来10余年にわたり着実にファンを増やしてきた小川さんですが、2022年1月、これまでの集大成ともいえる新たな店舗を立ち上げました。しっかりと先を見据え、ますます円熟味を増す注目の料理人に、師匠・佐々木浩氏からスタートした連載のトリを飾っていただきます。発想秘話今日は「貧乏人のホワイトアスパラガス」を作ります。皆さんよくご存じの「貧乏人のパスタ」と呼ばれるイタリア料理から着想を得たものです。「貧乏人のパスタ」はオリーブオイルと卵、にんにくで作るシンプルなパスタですが、これから作るお料理も卵とオイルの使い方がポイントになります。実は和食で油を使うシーンって意外と少ないんです。唯一、揚げ物をする時ぐらいでしょうか。でも僕は「油を使いたいな」と思う料理が結構あって......。そこで和食にも使える自前のオイルを作ってしまいました。和食として違和感がなく、素材の味をより引き立てる。「オイルを使いながら、和の一品に落とし込む」という、難しい課題を攻略するための秘密兵器といえるものです。今回はこの油を使い、今が旬のホワイトアスパラガスを「質素なご馳走」に変えていこうと思います。主な材料は国産のホワイトアスパラガス、卵、自家製のオイル。あとは調味料を少々。工程も少なく、あっという間にできてしまいます。ホワイトアスパラは佐賀県産のもの。甘みは香川県産のほうが強いのですが、僕は甘さが少なく、ほろ苦みのある佐賀県産をよく使います。というのも、ホワイトアスパラのおいしさって、春野菜特有の「ほろ苦さ」にあると思うからです。まずはアスパラガスを専用の鍋で茹でます。この鍋はイタリアで買いました、と言いたいところですが、残念ながらイタリアでは見つけられませんでした。この鍋の存在を知って以来、いつか手に入れたいと思っていたのに、かの地の厨房機器店では「そんな鍋はない」と言われてしまって......。結局、アマゾンで見つけてアメリカから取り寄せました(笑)。下の固い部分も無駄にせず、細かく刻んで茹で汁に加えます。そこに塩、少量のレモンを加え、アスパラガスを茹でていきます。イタリアの厨房を紹介するテレビ番組を見た際に、こういうレモンの使い方があることを知ったのですが、のちに知り合いのシェフからも「アスパラを茹でる時にはレモンを使う」と聞きました。レモンの酸味にはアスパラガスの自然な甘さを引き立てる効果があるようです。アスパラガスを立てたまま蓋をして茹でることで、「茹で汁に浸かった下の部分」と「蒸気で蒸される上の部分」が異なる食感に仕上がります。上のほうにはちゃんと「こりっ」とした食感が残るんですね。この鍋を使うたびに「ヨーロッパの人って本当にホワイトアスパラガスが好きなんだなぁ」と、感心してしまいます。次に自家製のオイルを使って目玉焼きを作ります。この色ですか? これは昆布の色です。ある方法で太白の胡麻油に昆布の香りやうまみを移したものですが、作り方は内緒です(笑)。これで和風のパスタを作るとめちゃくちゃおいしくなるんですよ。カラスミとこのオイルで和えた冷たい素麺なんて絶品です。昆布のオイルを使い始めて「オイルを使う和食の提案」ができるようになり、料理の幅が広がりました。熱したフライパンに昆布オイルを入れ、卵を割り入れます。僕はカリカリの目玉焼きが好きなので、最初から強火で一気に焼きます。焼きあがる直前に霧吹きを使って醤油をスプレーし、醤油の風味を付けます。白身の裏側はカリカリに焼き、黄身はまだ生っぽさが残った状態で火を止めます。できあがった目玉焼きに、別途作っておいた温玉と昆布オイルを混ぜ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜます。本当は茹でたホワイトアスパラに目玉焼きを乗せ、ナイフとフォークで玉子を潰しながら食べて欲しいのですが、お箸でそれをするのは大変なので「ならば卵のソースをあらかじめ作っておけばいいんじゃないか」と思ったのが、発想の原点なんです。マヨネーズを作るイメージで、玉子とオイルをよく混ぜ合わせます。目玉焼きだけでなく温玉を加えるのは、白身のとろりとした感じを出したいから。ここで味を調えるために塩を少々。全体をよく混ぜ合わせ、ホワイトアスパラにしっかり絡むよう、とろとろのテクスチャーに仕上げます。大皿にホワイトアスパラを盛り、玉子のソースをかけます。醤油で軽く和えた削りたてのかつおぶしを乗せ、仕上げに昆布オイルを垂らしたら完成です。盛り付けたのは、京都の丹後に窯を構える陶芸家・前野直史さんのスリップウェア。ホワイトアスパラのごりっとしたおいしさが楽しめる豪快な一皿です。玉子にチーズを混ぜたり、かつお節の代わりに白トリュフを散らしてもおいしいと思いますが、そこまでいくと何料理か分からなくなる。和食料理人としては、このあたりが落としどころと考えました。和の食材だけで作った和食版「貧乏人のホワイトアスパラガス」。ホワイトアスパラに玉子をしっかり絡めて召し上がってください。思い返すと、2010年に自分の店を持った直後は「なにか新しいことをやらなくちゃいけない」と気負い過ぎていました。でも気持ちばかりが空回りして、おもしろいことなんて全然できなかったんです。そこで一旦頭を切り替え、逆に余計なものをどんどん削ぎ落していきました。お客さんの言葉に耳を傾け、素直においしさを追求していくうちに、次第にお客さんが増えていったんです。もちろん和食以外の手法を取り入れたり、フレンチやイタリアンからヒントをもらうこともあります。でも今はどちらかというと、伝統的な日本料理が気になりますね。「これは古い仕事だな」と思うものでも、お客様は「あー、おいしい」と素直に喜んでくださる。そういうクラシックな料理が途絶えないよう、次の世代にもしっかり伝えていきたいですね。独立して10年目にコロナ禍が始まりました。祇園にちょっと長く居すぎたかなという思いもあり、少し前から移転先を探し始めていたのですが、ちょうどそのタイミングでおやっさん(佐々木浩氏)から「今がチャンスやで」と耳打ちされたんです。バシッとした和食の店を作って、応援してくれるお客さんに恩返しをしなさい、と。ほどなく希望通りの土地が見つかり、2022年1月から西洞院三条の新店舗で営業を始めました。あまり大きくなく、僕が料理を作る様子をカウンター越しに見ていただける店にしたかったので、キッチンはオープンな造りにしました。仕込みに時間をかけるのではなく、そのとき僕が作りたいと感じる料理を目の前で作り、すぐさま召し上がっていただく。既製品を使わず、できたてにこだわった『おが和』の料理を、五感のすべてで楽しんでいただければと思います。写真:鈴木誠一 取材・文:鈴木敦子■おが和京都市中京区姉西洞院町515075-211-600512:00~14:30、18:00~22:00日曜休
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2022.02.26
祇をん かじ正「すっぽんと海鮮おこげの皿うどん」
祇をん かじ正「すっぽんと海鮮おこげの皿うどん」九州の大学を卒業後、縁あって仕出し料理の老舗『菱岩』に入り、日本料理の道へ。伝統的な京料理を一から学んだのち、「京料理を親しみやすいスタイルで」との思いを胸に、『祇をん かじ正』をオープン。芸舞妓さんやお茶屋のおかあさんなど、口の肥えた祇園町の人たちも贔屓にする、祇園町南の名割烹です。発想秘話僕は長崎出身なので、小さい頃からよく皿うどんを食べていました。長崎では人が大勢集まる時に、皿うどんの出前をとる習慣があります。みんなでわいわいと賑やかに食べる皿うどんは、懐かしい故郷の味ですね。今回はそんな思い出の皿うどんに和の要素を加え、僕の修業先の名物でもある「だしまき」を忍ばせた一品を作ろうと思います。味の決め手となるあんかけには、丸鍋を作る際に出たすっぽんの端材を使います。すっぽんの茶碗蒸しってすごくおいしいじゃないですか。だからすっぽんスープとだしまきも絶対に合うと思ったんです。写真左の麺(かた焼きそば)は長崎のものです。最初、母が送ってくれた荷物の中に入っていたのですが、すごくおいしくて時々取り寄せるようになりました。お客さんにも好評で、わざわざ長崎まで買いに行かれた方もいるほどです。有名メーカーではなく、知る人ぞ知る製麺所のようですね。「海鮮おこげ」というのは海鮮の変わり揚げのことです。今日は鮮度のいい車海老と帆立の貝柱を「おこげ」にし、だしまきや軽く火を通したあさりと一緒に皿うどんの具材にします。野菜は菜の花やたけのこなど、春らしいものを選びました。ご存じの方も多いと思いますが、僕の修業先の『菱岩』は仕出し料理の老舗です。『菱岩』といえば「だしまき」も有名。当店でも修業先に敬意を払い、看板メニューのひとつとして開店当初からお出ししています。とはいえ使用する卵も違いますし、なによりカウンターで「できたての熱々」を召し上がっていただく点が大きく違います。卵を切るようにまぜ、出汁を加えます。だしまきに使う卵は新潟から取り寄せているもの。コシが強く、黄身の味も濃厚です。焼きあがっただしまきから出汁が出ていくのを防ぐため、少量の葛も加えます。『菱岩』では、だしまきを巻くのは大将や一部のベテランだけに許された仕事です。下の者はひたすら練習を繰り返し、自力で焼き方を体得します。今日は焼いただしまきに軽く粉をまぶし、油で揚げたものを具として使います。粉を付けて揚げることで外側は少しカリッとし、中はふんわり。食感の違いを楽しんでもらえると思います。殻をむいた車海老には道明寺粉を、貝柱にはあられをまぶして高温の油で揚げ、おこげを作ります。はまぐりは殻から外して身の固い部分に包丁を入れ、のちほどすっぽんのスープにくぐらせて軽く火を通しておきます。次はスープ作りです。二番だしに生のはまぐりから出た貝汁を加え、塩、醤油、みりんなどで味を調えます。そこにすっぽんのえんがわを加え、しばらく炊きます。仕上げに葛でとろみをつけ、あんかけスープの完成です。皿うどん用の麺の上に油で揚げただしまき、海鮮おこげ、はまぐり、ボイルしてから味をふくめておいた菜の花やたけのこなどの具材を盛ります。最後にすっぽんのうまみが溶け出したあんかけスープをたっぷりかけ、白髪ねぎと生姜を乗せて完成です。仕上げに黒七味をすこし振ってもいいですね。胡麻油など中華系の調味料は一切使わず、麺以外はすべて和の食材で仕上げた皿うどんです。かた焼きそばがすっぽん風味のおだしを吸って、若干くたっと柔らかくなったところもおいしいでしょう? あんかけをまとっただしまきは「だしまきの揚げ出し」だと思って味わってみてください。仕出し屋の仕事は基本的にお客様と顔を合わせることがありません。ですから自分で店をする際には「絶対に対面スタイルで」と決めていました。お客様の反応を間近で見られるのは励みになりますし、実際「おいしい」と声をかけていただくと「次はもっとおいしいものを作ろう」という前向きな気持ちになれます。とはいえ、最初はしんどさもありました。料理をしながらお客様に気配りをすることが難しく、開店からしばらくは勝手が違って大変でした。当時、忌憚のない意見を言い、叱咤激励してくれた花街の皆さんのおかげで、今は楽しくカウンター仕事をやらせてもらっています。割烹ですので「こんな料理が食べたい」というリクエストにも気軽にお応えします。材料さえあれば、基本的にはどんなものでも作りますが、ペペロンチーノの注文にはびっくりしました(笑)。僕は肉が好きなので、ステーキやローストビーフ、角煮などの肉料理も定番としてお出ししますし、コースにも入れています。ちなみに季節にかかわらずコースのシメは長崎名物の冷やし「五島うどん」。その時季ならではの伝統的な料理から、だしまきや肉料理まで、あれこれ楽しんでいただけるのが当店の強みだと思っています。写真:鈴木誠一 取材・文:鈴木敦子■祇をん かじ正京都市東山区祇園町南側570番地127-3075-525-821111:30~13:00(L.O)、17:30~21:00(L.O)水曜休
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2022.01.26
ぎをん福志「スプリングロール(北京ダックの味わい)」
ぎをん福志「スプリングロール(北京ダックの味わい)」ご出身は青森県。関東で10年の修業後、『たん熊北店本店』で長らく料理長を務め、2017年に独立。花見小路から少し西へ入った閑静な通りに、茶室を思わせる数寄屋建築の日本料理店を構えました。熟練の手つきでカウンター仕事をこなしながらも、柔和な笑顔を絶やさない福士さん。卓越した料理の腕前はもちろん、その真摯な人柄が多くのファンを惹きつけてやまない料理人です。発想秘話寒さの本番はまだまだこれからですが、和食のお膳には一足早く春が到来しています。そこで旬の食材を使った春らしい一品を作ることにしました。春巻のことを英語で「スプリングロール」といいますが、今回は実際に「春を巻く」ので、ダブルミーニングにもなっています。「北京ダックの味わい」という一言は、白髪ねぎや特製味噌を添えた北京ダック風の演出を表現したもの。和でもなく、洋でもなく、かといって中華でもない。そんな、福志流の新しいお料理に仕上げたいですね。メイン食材は脂の乗った真鴨。そこにせりや京菊菜といった旬の野菜を合わせます。今の真鴨は旅立ちを前に栄養をたっぷり蓄えた状態で、脂がしっかり乗っています。合鴨に比べると小さいですが、クセがなくて味が濃い。火入れをしても固くならず、天然ならではの弾力が楽しめます。今日はそんな真鴨の「赤身のおいしさ」をしっかり感じてもらえるよう、食感にもこだわっていきたいと思います。水かきが付いた状態の真鴨を、細かいパーツに切り分けていきます。これから使うのはロースの部分。いわゆる「ささみ」や「もも」は使いません。はじめはミンチにしようかとも思いましたが、やはり真鴨ならではの食感を残したくて、ロースをそのまま使うことにしました。ロースを切り分けるときに注意しないといけないのは、皮(脂)部分の処理です。加熱すると結構大きく縮みますので、それを見越して適切な量を残さないといけません。切り過ぎてしまうと、焼き上がりがどうにも不細工になってしまいます。フライパンでロースの皮目をパリッと焼きます。出てきた脂を取りながら焼くのは、焼き色を均一にするため。このように身をフライパンに圧しつけながら焼くと、反り返らずに美しく仕上がります。この秘密兵器ですか? 鴨だけでなく、鳥を焼くときにも使います。皮がお好きじゃない方も、皮目を揚げたようにパリッとさせると喜んでくださいます。皮が身をしっかり覆っています。成功です(笑)。焼きあがったロースは、すぐに氷水をはったボウルへ。余熱で火が通り過ぎるのを防ぐためです。氷水で締めたロースを合わせ調味料と共に真空パックし、70℃で25分加熱調理します。ローストビーフのように、少しレアっぽさが残る感じに仕上げます。そのまま一晩寝かせ、肉に下味がついたら鴨の準備は終了です。ここでは「ちょっともの足りないくらい」の味に留めておくのがポイント。召し上がる際に別添えの味噌を使い、好みの味に調味してもらいます。別添えでお出しする味噌は、風呂ふき大根などに使う自家製の赤味噌に、甜面醤や豆板醤、みりんなどを加えたもの。焦げ付かないようかきまぜながら10~15分加熱し、水分を飛ばしてまろやかな味に仕上げます。白ねぎや根菜類は青森から取り寄せたもの。寒冷地で育つため、水分量が多く瑞々しい。繊維が細かく甘みが強いので、生でも「辛っ!」とならない。ねぎの断面を見てください。幾重にも巻いているでしょう? 西日本産ねぎの2~3倍は巻いています。これで白髪ねぎを作ります。11月後半から出回り、年内には収穫が終わってしまう京菊菜は、クセが少なくそのまま生で食べられる京の伝統野菜です。今回はサンチュのように包み野菜として使うので、少し大きめに切りそろえます。水分をしっかりふき取った鴨を1センチ幅にカットします。一緒に巻くせりも、同じくらいの長さに。野趣あふれる真鴨にさわやかな和のハーブを合わせることで、鴨のおいしさがより強く感じられるはずです。市販の春巻の皮に大葉、鴨肉、せりを乗せて巻き、油で揚げます。せりはそれぞれ味わいの異なる葉の部分、中間部分、根に近いところ、すべてを使います。大葉を敷くのは鴨を油からガードするため。鴨の赤い色をなるべく損なわないよう、そしてパリッとした春巻ならではの食感を楽しんでもらえるよう、野菜の量を調整しながら巻いていきます。中までしっかり火を通す必要はありませんが、温度が低いと春巻が油を吸ってしまうので、170~180℃で1分半くらい。きつね色にからりと揚げて完成です。いかにも春らしい色合いになりました。仕上げにパルミジャーノレッジャーノを雪のようにこんもり乗せて完成です。梅が描かれた三浦竹泉さんの祥瑞に盛り付けましょう。味噌は山椒風味と柚子風味の2種類を用意しました。ふっくらと瑞々しい菊菜で春巻と白髪ねぎ、パルミジャーノを包み、お好みで味噌を。かぶりつくと、パリッと小気味いい音をたてる春巻から、肉々しい弾力の鴨やさわやかなせりが顔をのぞかせます。力強い味噌が軽く下味のついた鴨ロースと調和して......点心というよりは、メインディッシュの満足感が得られる一皿ではないでしょうか。新しいことへの挑戦ですか? もちろん常に考えています。僕だけでなく、日本中の料理人の創意と工夫によって、日本料理は日々進化し続けています。温故知新的に古いものを焼き直す場合もありますし、フレンチやイタリアンからヒントをもらうこともあります。うちでも例えば、柔らかく煮た鮑を肝ソースとパルミジャーノレッジャーノで召し上がっていただいたり、(こっぺ蟹の)香箱にジュレ酢をかけて蒸してみたりと、決して伝統的とは言えない料理もお出ししますしね。日本料理の進化を感じてもらうために、あえてそういったお皿も織り交ぜているわけです。とはいえ、それらはコースの中で1品、ないし2品に限ったものです。かぶら蒸しだったり、松葉蟹だったり、その時季にしか食べられない「福志の〇〇」を楽しみに来られるお客様に、変化球ばかり投げるわけにはいきません。それに、あまり変わったことをやろうとしても、結局は日本料理の王道に近いところに戻っていくという側面もあります。どこまでならOKなのかーそのぎりぎりの見極めは、長いキャリアの中で自然と培われたもの。今回の春巻にしても、中華やイタリアンの調味料を使いながらも、最終的にわけのわからないものにはなりません(笑)。脇道にそれるような「ぶれた仕事」をしようとしても、出来上がったものはちゃんと自分の料理になっている。ですから安心して、新しい日本料理を味わいにきてください。 写真:ハリー中西 取材・文:鈴木敦子■ぎをん福志京都市東山区祇園町南側570-120075-354-531412:00~、17:30~(19:30最終入店)日曜、第2・4月曜休(月1回不定休あり)
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2021.12.24
綾小路唐津「福宝巻」
綾小路唐津「福宝巻」家業の和食店で10年の修業後、さらに研鑽を積むため『京都吉兆』へ。いくつかの店で料理長を務め上げ、2017年に『綾小路唐津』を開店。ともに店に立つ奥様曰く、家での食事作りを一手に引き受けるほどの「料理好き」で、包丁を握る姿は水を得た魚のよう。旬を映した端正な料理と茶懐石の精神に則ったもてなし―口の肥えた食通たちが信頼を置く、間違いのない一軒です。発想秘話コロナ禍で時間が出来たこともあり、生産者の方々と直接話す機会が増えました。特にこの一年は美山に何度も足を運び、栗拾いをしたり、新しい食材に出合ったり......そういった交流を通じて、改めてフードロスや環境問題について考えるようになったのです。もちろん修業時代から「食材を無駄にするのは料理人として最も恥ずかしいこと」と叩き込まれてきましたが、生産者の思いを直接聞くことで、より強く意識するようになりました。「奇想の一皿」を作るにあたり、最初は和っぽくない食材や調理法からのアプローチも考えました。ですが、やはり今は「フードロス」が一番しっくりくるテーマだと思い、その観点からアプローチすることにしました。使うのはクエのあらと白菜の一番外側の葉、かぶらの葉、葱の青い部分といったくず野菜ばかり。食材として何も問題はないのですが、見た目の悪さや食べにくさから、お客様にお出しできない部分です。もちろん賄いで端材を使うこともありますが、まとめて炊いたり、刻んで漬物にしたり......簡単なものがほとんどです。それを今回は、手間と時間をかけて「福宝」に作り変えたいと思います。では調理していきましょう。はじめにあらと野菜くずでスープを取ります。昆布を敷いた鍋にクエのあら、くず野菜、干した生姜の皮とねぎの青い部分を入れ、水と酒を加えてひと煮立ちさせます。クエはあらかじめ霜降りにし、よく洗ってから使います。沸騰したら火を弱め、ことこと30~40分くらいでしょうか。新鮮なあらとはいえ、ぐらぐら煮立てると生臭さが出てしまうため、あくを取りながら丁寧に煮出します。スープから身のついたあらを取り出します。あらから大きめの身を外し、食べやすいよう骨を抜きます。魚の構造が分かっていると、骨を取り除くのも簡単なんですよ。ほぐし身を寄せ集めてもいいのですが、ちょうどいい大きさの身がついていたので、今回は大きめの身をそのまま巻いてしまいましょう。巻きやすいようさっと湯がき、茎の部分を削いで厚みを均等にした白菜でクエの身を巻いていきます。崩れないようさらにガーゼでやさしく包み、再びスープの入った鍋に戻します。白菜にしっかり味が入るよう、炊いては休ませ、炊いては休ませを何度か繰り返します。こうすることで白菜だけでなく、一旦スープに溶け出した魚のうまみが再びクエの身に戻ってくれます。スープには少量の塩と薄口醤油を足していますが、みりんなどの甘味料は入りません。素材そのもののうまみや甘みを大事にしたいので、砂糖やみりんは普段からほとんど使いませんね。しっかり味が入ったら、少しとろみのついたスープと共に皿に盛ります。スープにはクエのコラーゲンがたっぷり溶け出しているので、冷えるとぷるぷるに固まります。このスープをアレンジしてにゅう麺にしても美味しいですよ。素揚げにした金時人参の皮とかぶらの葉、柚子を添えて完成です。低温で揚げたかぶらの葉っぱは風味も抜群でしょう? クエの出汁は濃厚ですが、甘鯛もいい出汁がでますし、鱧の骨や頭を使うと、とても上品な出汁がとれます。どんな高級魚でも、お客様に出せない部位は必ず出てくるので、このような形で使い切れると気持ちがいいですね。 京都に来て一番驚いたのは、扱う食材の豊富さです。地方ではその土地でとれるもの以外は、いい素材が手に入りにくいんですね。『京都吉兆』で選りすぐりの食材と向き合ううちに、料理人としてのやりがいや楽しさを純粋に追求したくなってしまい......もともと料理屋の跡取り息子だったのですが、早々に戻る気がなくなってしまいました(笑)。創作に関してですか? 僕自身は「アレンジ」はするけど「創作」はしないという考えです。食材の相性や調味料の組み合わせなど、和食には守るべき「法則」がある。例えば白味噌は本来、冬のものです。ですから鱧と白味噌を合わせるのは違和感がある。また蛤を塩で調味したり、昆布やわかめを塩で炊くことも「ちぐはぐ」だと感じます。もともと塩気のある食材を塩で調味するのは「法則」を破ること。そういった「知らず知らずに身に付けた感覚」、日本料理の情緒のようなものを大切にしたいと思っています。近年は温暖化など、環境の変化によって一次産業が大きなダメージを受けています。我々料理人は、いい食材がなければ仕事が出来ません。ですから料理人こそ、考えるだけでなく、率先して動いていかないと...。これからも生産者の方々と同じ目線に立ち、環境問題やフードロスについて発信していけたらなと思います。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■綾小路唐津京都市下京区綾小路通新町西入ル075-365-222711:30~14:00、17:30~22:00
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2021.11.17
悠々「子持ち鮎のコンフィ 秋の実り」
悠々「子持ち鮎のコンフィ 秋の実り」北大路から鷹峯へと移転した人気割烹『おたぎ』跡に2019年オープン。聞けば、『おたぎ』の馬場一彰さんと下田さんは『和久傳』時代の先輩・後輩の間柄だといいます。長年、日本料理の名店で働いてきた下田さんですが、ひとりで切り盛りする自店のメニューには白味噌仕立てのタンシチューや熊、猪といったジビエ、鴨肉の麻婆豆腐など、日本料理の本流から少し外れた品書きも。決まりごとに囚われない自由な発想で、その時々のおいしいものを食べさせてくれる、心弾む一軒です。発想秘話うちはどちらかというとアラカルトで楽しんでもらう店なので、新しいメニューを一から考えることが多いんです。和の王道を行くような料理ばかりではお客さんも飽きてしまうし、そういう料理は他所でも食べられますしね。それならいっそ、うちにしかないメニューを楽しんでもらいたい。そんな気持ちで考えたのが、季節の魚をトーストでサンドした「刺身サンド」や今日ご紹介する「子持ち鮎のコンフィ」なんです。どうです、おなかのあたりがぱんぱんでしょう? 今(11月初旬)はちょうど子(卵)がみっちりと詰まっている時期。若鮎はオーソドックスな塩焼きで召し上がっていただきますが、若鮎のシーズンが終わると子持ち鮎のコンフィに切り替えます。一尾100g前後でしょうか。お一人で食べ切るにもちょうどいいサイズだと思います。まずは鱗の処理からです。全体がかなり細かい鱗で覆われているので、丁寧に鱗を取っていきます。この手間を省くと味が全然入らないんです。一度忘れてエラいことになりました(笑)。 なのでここは一尾ずつ丁寧に、しっかりと処理します。一般的なコンフィはハーブで風味付けをしますが、今日は香味野菜の生姜と粉山椒を使います。バットにスライスした生姜を並べ、全体に塩と粉山椒を振ります。そこに先ほどの鮎を敷き詰め、さらに生姜スライスを乗せ、塩、山椒をまんべんなく振りかけます。この状態で一晩置くと、鮎の身や卵から水分がどんどん出てきて、翌朝にはびしゃびしゃになっています。丁寧に水分をふき取り、コンフィ用の鍋に移します。鍋の底に鮎がくっつかないよう、ここでも鮎の下に生姜を敷きつめます。コンフィに使う油はこめ油。一度、オリーブオイルでも試してみたのですが、「うわ~フレンチやなぁ」という仕上がりになってしまいました(笑)。こめ油はオリーブオイルのように香りも強くないですし、すっきりと軽い感じに仕上がります。ひたひたに油を注ぎ、山椒の実を散らして加熱します。山椒油で煮込むイメージですね。スペースの都合上、厨房にオーブンが置けないため、直接鍋を火にかけて調理するのですが......直火なので温度調節がとても大変です。鮎が鍋底にくっつかないよう時々動かしながら、ほぼ付きっ切りで約6時間。90℃前後をキープしながら煮ていきますが、80℃を超えたあたりからおなかが割れてきます。この時、おなかが派手に爆発するのを防ぐためにも、事前にしっかり水分を出しておくのがポイントです。90℃で6時間煮込んだ鮎がこちらです。最後にグリルで軽く焼き、余分な油を落としてやります。時間にして3分くらいでしょうか。香ばしく焼きあがった鮎を、ふっくらと温かい状態でお出しします。断面はこんな感じです。口に入れても骨が全然当たらないくらい柔らかくなり、丸ごと食べられます。栗、銀杏、さつまいものチップスで秋らしく盛り付けて...「子持ち鮎のコンフィ 秋の実り」の完成です。鮎のコンフィ自体は割とポピュラーなメニューですが、おなかが破れやすいため、子持ち鮎を使うレシピはあまり見かけません。でも子持ちならではのぷちぷちとした食感が楽しいんですよね。うちでは「刺身サンド」よりずっと人気があります(笑)。お酒と一緒に召し上がるのもいいですが、白ごはんにも合いますよ。長く務めた『和久傳』の創始者・桑村綾さんは、繊細で伝統的な「いかにも京料理」然とした料理があまりお好きじゃありませんでした。綾さんは「おいしいもんを『ぼん』と出せばええんや」という明快なポリシーを持っておられて、僕もその思いに共感しています。和久傳以外の日本料理店でも修業しましたが、最初に料理を教えてもらった吉兆出身の料理人も、しきたりや型に囚われない柔軟な方でした。そんな先輩方の影響もあり、「おいしかったら何をしてもいいんじゃないか」と思ってしまうんです。料理のアイデアですか? やはり食べに行った先でヒントをもらうことが多いですね。もともと「料理人になったら自分でおいしいものが作れるな」と思ってこの道に進んだくらいなので、「おいしい」と聞いたらすぐに足を運びます。あまり堅苦しく考えず、いろんなものからアイデアを得て、自分の料理に生かしていきたいですね。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■悠々京都市北区小山北上総町8075-493-337311:30~12:30入店(水・金・日・祝、コースのみ)18:00~21:00入店月曜定休
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2021.10.22
祇園 ろはん「おむらいす」と「トマト出汁の鱧しゃぶ」
祇園 ろはん「おむらいす」と「トマト出汁の鱧しゃぶ」祇園の大和大路沿いにオープンして10年。炊きたての土鍋ごはんを上質なおかずと共に味わう「ワンランク上の定食」が人気を博すも、この春『菊乃井本店』出身の大村大樹さんを料理長に迎え、メニューを一新。土鍋ごはんや人気の炭火焼きを残しながら、季節の料理をアラカルトで楽しむ割烹として新たなスタートを切りました。つやつやのごはんも料理を引き立てるお酒も、どちらも存分に楽しめる貴重な一軒です。発想秘話もともと『祇園 ろはん』は「美味しいお米を味わってもらいたい」という思いからスタートした店です。僕が料理長になってからは、アラカルト中心の割烹へとスタイルを変えましたが、お米へのこだわりは開店当時から一貫しています。しかしそれとは別に、僕自身「日本の米食文化を守っていきたい」という強い思いがあって、お米をテーマにした料理を作ろうと考えました。少し前にこの企画に登場した菊乃井時代の先輩でもある酒井研野さんが「日本で独自の変化を遂げたもの」として「アメリカンドック」をテーマにしていましたが、実はあれが大きなヒントになりました。洋食として親しまれているけれど、西洋発祥の料理ではなく、日本で生まれたお米料理......そう、オムライスです。新しいお米料理を創作するつもりで、奇想の「おむらいす」に挑戦したいと思います。本当はオムライスだけで勝負したかったのですが、もう少し改良の余地があると思っているので、今回は「オムライスと鱧しゃぶのセット」として提案させてもらいます。今後さらにブラッシュアップを重ね、たくさんの人に愛される「おむらいす」に育てていくつもりです。まずは鱧しゃぶ用の出汁を作ります。イメージとしては、南欧などでよく食べられている「白身魚とトマトのスープ」みたいな感じでしょうか。トマトはグルタミン酸が豊富なので、スープの出汁としても優秀なんですよね。次にトマトをフードプロセッサーにかけます。水分が出やすくなるよう少量の塩を加えて撹拌し、スープ状になったものをざるで濾します。強い圧をかけたり、絞ったりするとトマトの赤い色が出てしまうので、一晩かけてゆっくりと抽出し、透明な「クリアウォーター」を取り出します。焼いた鱧の骨を加えた昆布出汁とトマトのクリアウォーターを1:1の割合で合わせ、塩と薄口醤油で味を調えたら、檜製の「湯豆腐桶」へ。この『たる源』さんの桶は普段から湯豆腐や鱧しゃぶに使っているのですが、いこした炭を本体に仕込むことにより、出汁の温度を60~70℃に保つことができる優れものなんです。脂の乗った鱧を骨切りし、一口大に。淡路の鱧は「日本一の鯛」で有名な水口商店さんから、出汁のトマトは上賀茂の農家から直接仕入れたものです。上賀茂には時々足を運んで、野菜のことをいろいろ教えてもらっています。そんな中で新たな食材に出会うことも多いですね。はじめにエリンギを入れ、きのこの出汁がでたところで鱧を泳がせます。だんだんと皮が厚みを増す時期なので、少し長めに10秒くらいしゃぶしゃぶしてください。見たところトマトの影も形もないのに、しっかりとしたトマトの風味が香る出汁......うまみだけでなく、ほどよい酸味もあるトマトなので、ポン酢がなくてもすっきりと召し上がっていただけます。次は主役のオムライスです。最近はいろんなタイプのオムライスを目にしますが、これから作る「おむらいす」の基となるのは、チキンライスを薄焼き玉子でくるんだ昔ながらのタイプ。鶏の炊き込みごはんを出汁たっぷりの玉子で巻き、ケチャップに見立てたトマトのタレを上からかけます。卵は当店自慢の「たまごかけごはん」のために広島から取り寄せているもの。この濃厚な卵で出汁巻き用の卵液を作り、炊き込みごはんを芯にして巻いていきます。出汁をたっぷり含んでいるので、きれいにごはんを巻き込むのに苦労しました。薄焼き玉子で何重にもロールするなど、いろいろ試してみたのですが、やはり出汁巻き玉子ならではの「ほわっ」とした食感にこだわりたくて......。最終的に"柔らかめ"に炊いたごはんで芯を作り、卵と接着しやすくすることで解決したのですが、この部分に関してはもう少し改良したいと思っています。一見すると「鰻巻き」のようですね(笑)。芯にした炊き込みごはんにはきのこと鶏肉が入っています。炊き込みごはんと出汁巻きの組み合わせなので、このままでももちろんおいしいのですが、オムライスっぽさを出すために真っ赤なタレをかけます。このタレにはクリアウォーターを抽出した際に出たトマトの果肉を再利用して使っています。トマトの上澄みにケチャップを足して煮込み、そこにしめじと玉ねぎのペーストを加えて煮詰めていくと、こんな風になります。このタレをかけることで、見た目も味もぐっとオムライスっぽく仕上がりました。今回は試行錯誤の末、こういう形になりました。「おむらいす」とトマトの酸味を生かした「トマト出汁の鱧しゃぶ」のセットです。今後、玉子の巻き方をさらに研究して、最終的には炊きたての熱々ごはんを出汁巻き玉子で巻いてやろうと思っています。修業先の『菊乃井本店』ではお客様と直接お話しする機会が少なかったので、今は目いっぱい「カウンター割烹」の醍醐味を楽しんでいます。いつか自分の店を構える時には、カウンター越しにお客様の反応が見られる割烹を、と思っていますが、目指すのは「なんでもできる店」。修業先で学んだコース料理も、お客様と対話しながら作り上げる割烹料理も、どちらにも対応できる料理人になりたいですね。和食が文化遺産として認められるよう、先頭に立って尽力された『菊乃井』の大将。その方の下で料理を学んだ身としては、僕らの代で日本料理がダメになったと言われるわけにはいきません。和食、そしてお米の文化を次の時代にしっかり手渡せるよう、もっともっと力をつけていきたいと思います。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■祇園 ろはん京都市東山区大和大路通四条上ル075-533-766517:00~22:30(L.O.)日曜定休
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BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜
2021.09.24
割烹しなとみ「京鴨の煮込みハンバーグ」
割烹しなとみ「京鴨の煮込みハンバーグ」洋食レストランでのアルバイトをきっかけに、大学卒業後、飲食業界へ。当初は洋食のコックを志すも、和食部門に配属され方向転換。以来、さまざまな業態の店で経験を積んだ高橋さんが、独立にあたって選んだのは「その日の気分で自由に楽しめる」割烹スタイルでした。魅力的な一品がずらりと並んだ品書きからは「好きなものをぶわーっと頼んで食べるのが好きなんです」という健啖家ぶりが伝わってくるよう。「今日は何かとびきりおいしいものが食べたい!」そんな期待に全力で応えてくれる、頼もしい一軒です。発想秘話和洋折衷的なものは普段ほとんどやらないので、何を作ればいいのかとても悩みました。その突破口になったのが、妻の「あなたの一番好きなものを作ったら?」というアドバイスでした。僕はグラタンやエビフライなどの洋食に目がないのですが、なかでもとりわけ好きなのがハンバーグ。それならと、いつも店で使っている京鴨を用いてハンバーグを作ることにしました。ただ、鴨のハンバーグって一歩間違うと「鴨のつくね」になりかねないんですよ。今回はハンバーグを焼いた後、さらに昆布出汁で煮込むのですが、いわゆる「鴨のつみれ鍋」にならないよう苦心しました(笑)。それでは作っていきましょう。海外でハンバーグといえば「バーガーのパティ」としてバンズに挟むのが一般的で、それ単体で食べるものではありません。つなぎを加え、調味したパティを「ハンバーグステーキ」として楽しむのは、日本独自の食べ方ですよね。僕の好きなハンバーグは、もちろん後者のスタイル。レストランだけでなく、日本中の家庭で作られている"あの"ハンバーグです。ですからたねにはつなぎとして棒麩、レンコン、豆乳などが入ります。鴨ロース用に仕入れている京鴨をミンチに。京鴨は香りがさほど強くないため、肉の臭みを和らげるスパイスなどがいりません。また、あとで昆布出汁と合わせたときも、昆布と鴨の香りが喧嘩しないんです。量はさほど多くないものの、京鴨の脂は粘り気がすごく強いので、念入りに叩いてなめらかに仕上げます。パン粉代わりの棒麩、ハンバーグをふっくらさせてくれるすりおろしレンコン、豆乳、卵、レンジで加熱し臭みを取った白ねぎのみじんを加え、ハンバーグのたねを作ります。ここで隠し味に「昆布粉」を加えると、味がバシッと決まるんですよ。たねを楕円に成形します。食材や調理法の組み合わせ、盛り付けなど、いろんな要素を掛け合わせてひとつの料理を作り上げる......そこが日本料理の奥深いところじゃないでしょうか。フライパンで肉の両面にきれいな焦げ目を付けます。このあと昆布出汁で煮込むので、中心部がほんのり温かくなる程度で構いません。下御霊神社の湧き水に昆布と少量の酒を入れて火にかけ、焼き目を付けたハンバーグを入れます。この昆布出汁はそのままお椀の汁になるので、丁寧にあくを取りながらしばらく炊きます。味付けは伊豆大島の海水塩のみ。この水ですか? 祇園の割烹で修業していた頃から使っています。普通の水と違い、これで出汁をひくと「まあるい味」になるんですよ。炊き過ぎると肉の臭みが出てくるので、15~20分くらいで火を止めます。汁と一緒にハンバーグを椀に盛り、軽く蒸したトマトとクレソン、生胡椒の塩漬けを散らして完成です。トッピングのトマトとクレソンは「ハンバーグプレート」をイメージして選びましたが、出汁にトマトの軽い酸味や甘みが加わり、すっきりとした味に仕上がりました。いかがですか。お出汁がまるで洋風のスープみたいでしょう? いろんなうまみが入った力強い出汁に対し、椀だねのハンバーグは鴨の風味が感じられるくらいの優しい味にしています。出汁と椀だねのバランス、掛け合わせの妙を楽しんでもらえるとうれしいですね。旬の食材をその時の気分で調理して...ということをずっとやってきたので、コースのみのスタイルは最初から頭にありませんでした。例えばお造りとお酒だけでサッと帰らはってもいいし、「今日はお酒飲めへん日やから」と焼き魚にごはんと赤だしをつけた「おうちごはん」も大歓迎。要は気張らず、"いいように使(つ)こてもらえる店"でありたいと思っているんです。「割烹の灯を絶やしたくない」と言ったら少し大げさですが、割烹文化を次の世代に伝えたいという思いもあります。「これ」といった決まりがないのが割烹料理屋の醍醐味。お客さんと対話しながら、一緒にいい時間を作っていけたら......。小さな店だからできることも多いですし、リクエストに応えることで僕自身の勉強にもなります。お客さんも僕たちも、ともに高め合い、楽しめる店にしていきたいですね。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■割烹しなとみ京都市上京区信富町315-4075-366-473617:00~22:00木曜休
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BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜
2021.08.27
割烹KIZAHASHI「韓国風冷麺 和の酸味」
割烹KIZAHASHI「韓国風冷麺 和の酸味」ザ・サウザンド キョウト『KIZAHASHI』はカジュアルなダイニングエリアと割烹スタイルのカウンターを併せ持つ日本食レストラン。カウンター割烹を取り仕切る宮下司料理長は、RED U35(35歳以下の若手料理人を対象とした日本最大級の料理コンペティション)で優秀な成績を収めるなど、京都でも注目を集める存在。『祇園丸山』『祇園さゝ木』といった名店での豊富な経験を生かし、祇園町で味わうような割烹体験を提供しています。発想秘話食欲が減退しがちな暑い夏に欠かせない冷たい麺。この時期、家でも外でも冷たい麺類を召し上がる機会が多いんじゃないでしょうか。でも和食でお出しする「冷たい麺」って意外と種類が限られるんですよ。そこで何か目先の変わったものを......と考えた時に、ラーメン用の鶏スープで「韓国冷麺」のような澄んだスープの冷麺を作ったら面白いんじゃないかと思ったんです。鶏スープは当店のシメの一品として常備しているラーメン用のもの。コース終盤でもするするとお腹に収まるような、とてもすっきりした味わいのスープです。通常はチャーシューなどおなじみの具材を乗せてお出ししていますが、今日はちょっと意外性のある食材を使い、夏にぴったりな一品に仕上げようと思います。今日使う手延べ素麺は奈良で作られている本葛入りの全粒麺で、いわゆる素麺とは食感がだいぶ異なります。鮎魚醬と梅干しはスープに深みを与える隠し味に使います。具には今が盛りの桃と胡瓜を。桃と麺、胡瓜と魚醬......互いを引き立てる相性の良さを感じてもらえるとうれしいですね。では早速作っていきましょう。まずは煎り酒を作ります。純米酒に梅干しを入れて火にかけ、アルコールを飛ばします。少し煮詰めて梅の酸味と塩味を酒に移し、冷ましたらすぐに使えます。さっぱりしていて白身魚によく合うので、夏は醤油代わりに造りに添えることもあります。常備している鶏スープに煎り酒と鮎魚醬を加えます。鶏スープは塩でよく練った鶏ミンチからとったもの。ミンチを使うことで、非常にすっきりとした味わいになります。一般的な韓国冷麺は水キムチの漬け汁などを隠し味に使いますが、今日は鮎魚醬と煎り酒で発酵のうまみと酸味を補ってやります。桃と麺はとても相性がいいのですが、少し食感が物足りない。そこで胡瓜を加えました。瓜の香りは魚醬との相性も抜群です。麺と絡みやすいよう桃は薄くスライスし、胡瓜は千切りにします。弾力ある食感に仕上げるため、茹で時間は短めに。氷水でしっかり洗い流すと、食感がさらによくなります。麺の上に先ほどカットした桃と胡瓜を乗せ、仕上げに葱油を。アクセントに自家製の実山椒ペーストを乗せて完成です。お好みでそら豆の時期に仕込んだ豆板醤を足してみてください。桃と喉ごしのいい素麺、鶏スープの相性はいかがですか? すっきりしたスープがフルーツともよく合うでしょう? 食欲がない時でも、するするっと召し上がっていただけるんじゃないでしょうか。和食に軸足を置くのはもちろんですが、面白いアイデアはどんどん形にしていきたい。もっと言えば「みんなと同じことはしたくない」と思ってやっています。今日の麺も、高級食材を使えばいくらでもおいしくできる。でもそれは僕の目指すところじゃありません。それよりも逆に「迷ったら減らす」。なるべくシンプルに、要素を少なく。僕が目指すのはそういう料理なんです。例えば椀物。緩急あるコースの中で、お椀は出汁を楽しんでもらう料理です。「ならば野菜だけのシンプルな椀があってもいいのでは」と思い、野菜だけの椀をお出ししています。今の椀だねは揚げてから炊いた賀茂茄子ですが、お客様の反応も非常にいいですね。要素を増やすのは簡単だけど、逆に減らすのはすごく怖い。それだけに、挑戦のし甲斐があると感じます。自分の主軸さえブレなければ、そして気持ちを入れて作ったものなら、どんな料理も胸を張って「食べてや」って言える......これは『祇園さゝ木』の大将から学んだことでもあります。これからも思考にブレーキをかけず、新しいことにどんどん挑戦していきたいと思います。 撮影 鈴木誠一/取材・文 鈴木敦子■ザ・サウザンド キョウト 日本料理KIZAHASHI内 割烹KIZAHASHI京都市下京区東塩小路町570075-351-0700(レストラン総合受付10:00~19:00)月・火曜休17:00~20:00(19:00L.O.)※時短営業中(まん延防止重点措置により、8/31(火)まで酒類の提供を休止しております)※営業時間・営業内容につきましては、日本政府及び京都府関係機関の示す方針に準じ、変更が生じる場合があります。※記事内容は取材時(2021年7月末)のものです。最新の情報は直接『ザ・サウザンド キョウト』までお問い合わせください。
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