BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜2022.02.26

祇をん かじ正「すっぽんと海鮮おこげの皿うどん」

京都を代表する和食の料理人に、和食の範疇を飛び出した奇想天外な一皿を作っていただく【割烹知新】。今回は『祇をん かじ正』店主・梶原孝徳さんの「すっぽんと海鮮おこげの皿うどん」をご紹介します。

祇をん かじ正「すっぽんと海鮮おこげの皿うどん」

九州の大学を卒業後、縁あって仕出し料理の老舗『菱岩』に入り、日本料理の道へ。伝統的な京料理を一から学んだのち、「京料理を親しみやすいスタイルで」との思いを胸に、『祇をん かじ正』をオープン。芸舞妓さんやお茶屋のおかあさんなど、口の肥えた祇園町の人たちも贔屓にする、祇園町南の名割烹です。

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発想秘話

僕は長崎出身なので、小さい頃からよく皿うどんを食べていました。長崎では人が大勢集まる時に、皿うどんの出前をとる習慣があります。みんなでわいわいと賑やかに食べる皿うどんは、懐かしい故郷の味ですね。
今回はそんな思い出の皿うどんに和の要素を加え、僕の修業先の名物でもある「だしまき」を忍ばせた一品を作ろうと思います。味の決め手となるあんかけには、丸鍋を作る際に出たすっぽんの端材を使います。すっぽんの茶碗蒸しってすごくおいしいじゃないですか。だからすっぽんスープとだしまきも絶対に合うと思ったんです。

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写真左の麺(かた焼きそば)は長崎のものです。最初、母が送ってくれた荷物の中に入っていたのですが、すごくおいしくて時々取り寄せるようになりました。お客さんにも好評で、わざわざ長崎まで買いに行かれた方もいるほどです。有名メーカーではなく、知る人ぞ知る製麺所のようですね。

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「海鮮おこげ」というのは海鮮の変わり揚げのことです。今日は鮮度のいい車海老と帆立の貝柱を「おこげ」にし、だしまきや軽く火を通したあさりと一緒に皿うどんの具材にします。野菜は菜の花やたけのこなど、春らしいものを選びました。

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ご存じの方も多いと思いますが、僕の修業先の『菱岩』は仕出し料理の老舗です。『菱岩』といえば「だしまき」も有名。当店でも修業先に敬意を払い、看板メニューのひとつとして開店当初からお出ししています。とはいえ使用する卵も違いますし、なによりカウンターで「できたての熱々」を召し上がっていただく点が大きく違います。

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卵を切るようにまぜ、出汁を加えます。だしまきに使う卵は新潟から取り寄せているもの。コシが強く、黄身の味も濃厚です。焼きあがっただしまきから出汁が出ていくのを防ぐため、少量の葛も加えます。

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『菱岩』では、だしまきを巻くのは大将や一部のベテランだけに許された仕事です。下の者はひたすら練習を繰り返し、自力で焼き方を体得します。今日は焼いただしまきに軽く粉をまぶし、油で揚げたものを具として使います。粉を付けて揚げることで外側は少しカリッとし、中はふんわり。食感の違いを楽しんでもらえると思います。

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殻をむいた車海老には道明寺粉を、貝柱にはあられをまぶして高温の油で揚げ、おこげを作ります。はまぐりは殻から外して身の固い部分に包丁を入れ、のちほどすっぽんのスープにくぐらせて軽く火を通しておきます。

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次はスープ作りです。二番だしに生のはまぐりから出た貝汁を加え、塩、醤油、みりんなどで味を調えます。そこにすっぽんのえんがわを加え、しばらく炊きます。仕上げに葛でとろみをつけ、あんかけスープの完成です。

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皿うどん用の麺の上に油で揚げただしまき、海鮮おこげ、はまぐり、ボイルしてから味をふくめておいた菜の花やたけのこなどの具材を盛ります。

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最後にすっぽんのうまみが溶け出したあんかけスープをたっぷりかけ、白髪ねぎと生姜を乗せて完成です。仕上げに黒七味をすこし振ってもいいですね。

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胡麻油など中華系の調味料は一切使わず、麺以外はすべて和の食材で仕上げた皿うどんです。かた焼きそばがすっぽん風味のおだしを吸って、若干くたっと柔らかくなったところもおいしいでしょう? あんかけをまとっただしまきは「だしまきの揚げ出し」だと思って味わってみてください。

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仕出し屋の仕事は基本的にお客様と顔を合わせることがありません。ですから自分で店をする際には「絶対に対面スタイルで」と決めていました。お客様の反応を間近で見られるのは励みになりますし、実際「おいしい」と声をかけていただくと「次はもっとおいしいものを作ろう」という前向きな気持ちになれます。とはいえ、最初はしんどさもありました。料理をしながらお客様に気配りをすることが難しく、開店からしばらくは勝手が違って大変でした。当時、忌憚のない意見を言い、叱咤激励してくれた花街の皆さんのおかげで、今は楽しくカウンター仕事をやらせてもらっています。

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割烹ですので「こんな料理が食べたい」というリクエストにも気軽にお応えします。材料さえあれば、基本的にはどんなものでも作りますが、ペペロンチーノの注文にはびっくりしました(笑)。僕は肉が好きなので、ステーキやローストビーフ、角煮などの肉料理も定番としてお出ししますし、コースにも入れています。ちなみに季節にかかわらずコースのシメは長崎名物の冷やし「五島うどん」。その時季ならではの伝統的な料理から、だしまきや肉料理まで、あれこれ楽しんでいただけるのが当店の強みだと思っています。

写真:鈴木誠一 取材・文:鈴木敦子

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■祇をん かじ正

京都市東山区祇園町南側570番地127-3
075-525-8211
11:30~13:00(L.O)、17:30~21:00(L.O)
水曜休

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「料亭」では、座敷で、床の間のしつらえ、庭の景色、女将さんや仲居さんの所作、季節の空気の色をふくめて、空間ごと「静」の美意識を五感で感じることができます。 「割烹」では、カウンターの目の前で、調理、盛りつけといった料理工程や、大将や、二番手、三番手の料理人の所作を見ながら、「動」の美意識を体感することができます。このコーナーでは、京都知新編集部のスタッフが実際に行ったことがある店の中から、【この店に行けば、そんな静と動の美意識を味わえる】「料亭」と「割烹」をご紹介いたします。

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