BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜2021.11.17

悠々「子持ち鮎のコンフィ 秋の実り」

京都を代表する和食の料理人に、和食の範疇を飛び出した奇想天外な一皿を作っていただく【割烹知新】。今回は『悠々』下田哲也さんの「子持ち鮎のコンフィ 秋の実り」をご紹介します。

悠々「子持ち鮎のコンフィ 秋の実り」

北大路から鷹峯へと移転した人気割烹『おたぎ』跡に2019年オープン。聞けば、『おたぎ』の馬場一彰さんと下田さんは『和久傳』時代の先輩・後輩の間柄だといいます。長年、日本料理の名店で働いてきた下田さんですが、ひとりで切り盛りする自店のメニューには白味噌仕立てのタンシチューや熊、猪といったジビエ、鴨肉の麻婆豆腐など、日本料理の本流から少し外れた品書きも。決まりごとに囚われない自由な発想で、その時々のおいしいものを食べさせてくれる、心弾む一軒です。

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発想秘話

うちはどちらかというとアラカルトで楽しんでもらう店なので、新しいメニューを一から考えることが多いんです。和の王道を行くような料理ばかりではお客さんも飽きてしまうし、そういう料理は他所でも食べられますしね。それならいっそ、うちにしかないメニューを楽しんでもらいたい。そんな気持ちで考えたのが、季節の魚をトーストでサンドした「刺身サンド」や今日ご紹介する「子持ち鮎のコンフィ」なんです。

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どうです、おなかのあたりがぱんぱんでしょう? 今(11月初旬)はちょうど子(卵)がみっちりと詰まっている時期。若鮎はオーソドックスな塩焼きで召し上がっていただきますが、若鮎のシーズンが終わると子持ち鮎のコンフィに切り替えます。一尾100g前後でしょうか。お一人で食べ切るにもちょうどいいサイズだと思います。

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まずは鱗の処理からです。全体がかなり細かい鱗で覆われているので、丁寧に鱗を取っていきます。この手間を省くと味が全然入らないんです。一度忘れてエラいことになりました(笑)。 なのでここは一尾ずつ丁寧に、しっかりと処理します。

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一般的なコンフィはハーブで風味付けをしますが、今日は香味野菜の生姜と粉山椒を使います。バットにスライスした生姜を並べ、全体に塩と粉山椒を振ります。そこに先ほどの鮎を敷き詰め、さらに生姜スライスを乗せ、塩、山椒をまんべんなく振りかけます。この状態で一晩置くと、鮎の身や卵から水分がどんどん出てきて、翌朝にはびしゃびしゃになっています。

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丁寧に水分をふき取り、コンフィ用の鍋に移します。鍋の底に鮎がくっつかないよう、ここでも鮎の下に生姜を敷きつめます。コンフィに使う油はこめ油。一度、オリーブオイルでも試してみたのですが、「うわ~フレンチやなぁ」という仕上がりになってしまいました(笑)。こめ油はオリーブオイルのように香りも強くないですし、すっきりと軽い感じに仕上がります。ひたひたに油を注ぎ、山椒の実を散らして加熱します。山椒油で煮込むイメージですね。

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スペースの都合上、厨房にオーブンが置けないため、直接鍋を火にかけて調理するのですが......直火なので温度調節がとても大変です。鮎が鍋底にくっつかないよう時々動かしながら、ほぼ付きっ切りで約6時間。90℃前後をキープしながら煮ていきますが、80℃を超えたあたりからおなかが割れてきます。この時、おなかが派手に爆発するのを防ぐためにも、事前にしっかり水分を出しておくのがポイントです。

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90℃で6時間煮込んだ鮎がこちらです。最後にグリルで軽く焼き、余分な油を落としてやります。時間にして3分くらいでしょうか。香ばしく焼きあがった鮎を、ふっくらと温かい状態でお出しします。

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断面はこんな感じです。口に入れても骨が全然当たらないくらい柔らかくなり、丸ごと食べられます。栗、銀杏、さつまいものチップスで秋らしく盛り付けて...「子持ち鮎のコンフィ 秋の実り」の完成です。

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鮎のコンフィ自体は割とポピュラーなメニューですが、おなかが破れやすいため、子持ち鮎を使うレシピはあまり見かけません。でも子持ちならではのぷちぷちとした食感が楽しいんですよね。うちでは「刺身サンド」よりずっと人気があります(笑)。お酒と一緒に召し上がるのもいいですが、白ごはんにも合いますよ。

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長く務めた『和久傳』の創始者・桑村綾さんは、繊細で伝統的な「いかにも京料理」然とした料理があまりお好きじゃありませんでした。綾さんは「おいしいもんを『ぼん』と出せばええんや」という明快なポリシーを持っておられて、僕もその思いに共感しています。

和久傳以外の日本料理店でも修業しましたが、最初に料理を教えてもらった吉兆出身の料理人も、しきたりや型に囚われない柔軟な方でした。そんな先輩方の影響もあり、「おいしかったら何をしてもいいんじゃないか」と思ってしまうんです。

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料理のアイデアですか? やはり食べに行った先でヒントをもらうことが多いですね。もともと「料理人になったら自分でおいしいものが作れるな」と思ってこの道に進んだくらいなので、「おいしい」と聞いたらすぐに足を運びます。あまり堅苦しく考えず、いろんなものからアイデアを得て、自分の料理に生かしていきたいですね。

撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子

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■悠々

京都市北区小山北上総町8
075-493-3373
11:30~12:30入店(水・金・日・祝、コースのみ)
18:00~21:00入店
月曜定休

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