BLOG料理人がオフに通う店2019.03.22

「実伶(みれい)」―「Bini(ビーニ)」料理人 中本敬介さんが通う店

「旨い店は料理人に聞け!」京都を代表する料理人がオフの日に通う店、心から薦めたいと思う店を紹介する【料理人がオフに通う店】。今回はイタリアン「Bini」の料理人、中本敬介さんが通う「実伶」です。

Bini」中本敬介さん

プロフィール

広島県出身。 広島、東京のイタリアン、フレンチレストランを経て26歳でイタリアへ渡る。4年半のイタリア修業後、スイスのサンクトガレン「Segreto」の開業に伴いシェフに就任。和食材を用いた「日本人らしいイタリアン」で注目を浴びる。8年の就任期間を経て帰国。京都大原の山田農園の卵に出合い、2010年に哲学の道近くに店を構える。2017年に丸太町の町家へ移転。スイス時代を共に過ごした妻の理恵子さん(写真右)と二人三脚で自分の味を追求し続けている。

おすすめコメント

丸太町に移転してすぐに、坊主頭の若者たちを連れたご一行がBiniにいらっしゃいました。そのスタイルから「これは料理人の集まりだな」とすぐにピンときました(笑)。実伶さんとBini共通のお客様が薦めてくださったそうです。その後、ご主人の中尾雄三さんは奥様とも来てくださるようになりました。

2017年にミシュラン一つ星をとられて以来お忙しそうで、また私の休みともなかなか合わず、2019年の年明けにやっとお店にうかがうことができました。

外食はいつも妻とですが、二人きりだとお互い仕事モードになってお店を見てしまいます。時には「こんな素敵な店があれば、うちの店には来ないよな」なんて悲観的になることも(笑)。なので、できるだけ妻とともにもう何人かとテーブルを囲むことにしています。そうすると仕事を忘れ、素直に食事を楽しめるんです。実伶さんにもその共通の常連さんとご一緒しました。

メニューを見たとたん、どれもこれも美味しそうで、メニュー選びにこんなに優柔不断になったことはありません。カウンターでは普段妻と二人だけで店に立っている私とは違うライブ感があり、とても興奮を呼ぶ食事会になりました。そしてその余韻はいつまでも残っています。

実伶

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「こんなに優柔不断になったことはない」と中本夫妻が嬉しい悲鳴を上げた、魅惑的なある日のメニュー。興奮冷めやらぬうちに、まずはその中身を見ていこう。

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「最初の先付けの定番『白和え』で、お腹と心をわしづかみにされてしまいました!」と妻の理恵子さんは情熱的に語る。

「黒豆と車エビとのし梅を和えています。のし梅のさわやかな酸味と弾力ある食感が独特で、印象深い味わいです」(中本さん)

この後からスタートする本番メニューの邪魔をしないものを、というご主人・中尾雄三さんの配慮のひと品だ。

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「すっぽんの持つイメージと違って優しく上品な口あたりの『丸鍋』。水とお酒で3時間煮込んだスープは、ショウガ入りで風味豊かです。葛でとろみをつけていつまでも温かく、すっぽんの旨みが染みわたっています。ネギもトロリと煮込まれています」(中本さん)

このすっぽんスープを用いた「丸唐麺」も〆に人気だ。すっぽんの味に負けない強めの玉子麺のコシが効いていて、のど越しもよくスルスルと食べられるとか。

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「〆のご飯は毛ガニにするか迷ったのですが、多数決で『穴子とごぼう』ご飯に決定しました」(理恵子さん)

土鍋の蓋を開けると対馬産の穴子の甘い香りが立ちのぼり、出汁を吸いこんだツヤツヤの米が光っている。

「穴子はイタリアンでも使う食材です。大きいほうがふっくらとしているんですよね。中尾さんは鱧のように骨切りをされているので穴子がやわらかくてご飯によくなじみます。ごぼうもとても細く薄いので、穴子とご飯が三位一体となって口の中に広がります」(中本さん)

「料理人の視点ではなく、純粋に食事を楽しむ」と言いながら、実は中本さん、しっかり見ていたことがある。「土鍋を火にかけるとき、最初は蓋をせず沸騰してから蓋をしていらっしゃったんですよね」。この言葉を聞いた中尾さんは「そんなところまでご覧になられていたんですね」と驚いていた。

この3品以外にも、「造里盛り合わせ」「唐すみ大根」「天然ぶりかま」「焼き蛤」「赤貝のぬた」など計8品を堪能したそう。

「でもまだ食べたいものがいっぱいあるんです。無限に食べられるお腹だったらいいのに」と理恵子さんは悔しそうに言った。

アラカルトだと2~3人で8~9品の注文が平均的で、予算は1万2000円~13000円。1万円(税別)、15000円(税別)のコースもあり、八寸などアラカルトにない料理が入っている。

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個室もあるが、醍醐味はカウンター。料理のクオリティとともに中本夫妻の心を打ったのは、スタッフ間の連携だった。

「カウンター内のスタッフ同士の信頼感が強く、言葉を交わさずとも意図が伝わっています。満席ですし、オーダーが立て続けに入ると普通は慌ただしくなりますよね。確かにスタッフ間のテンポは速くなるんですが、お客様に対するテンポは速くなることなくゆったりと保たれています。だからあせらされることなくゆっくり食事を続けることができるんです」(中本さん)

弟子には「自分の考えでお客様に接するように」「言われなくても気づけるように」ということを中尾さんは日頃から伝えているという。

「間違ってもいいから、それを日々の経験に活かしてほしいですね。私が若い時は厨房は完全な縦社会でした。でも今はそれでは通用しない部分も増えました。昔は休憩もなくずっと板場に立ち続け、へとへとになって身体を壊して辞めざるを得ない人もいたものです。それを反面教師として、今はちゃんと休憩をはさんでみんながリラックスしながら仕込みができるように心がけています」(中尾さん)

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「それから中尾さんの驚くべき点がもうひとつ。どんなに忙しくなっても、中尾さんの耳は客席に向いていて、こちらの些細な要望も聞き漏らすことはありませんでした」(中本さん)

長崎県出身の中尾さんは、福井県や石川県の旅館で和食の修業を積んだ。「ちゃんと和食の勉強をしたい」と思いたち、22歳のころ京都の炭屋旅館で働き始める。しかし旅館では客と顔を合わせることはほとんどない。「旅館の料理と割烹は、洋食とイタリアンのような違いを感じました。旅館料理は盛り付けに趣向を凝らします。いっぽう割烹はお客様の前で焼く、切る、和える、とダイレクトな料理です」。次第に割烹への想いがつのってゆき、ついに割烹の名店「祇園おかだ」へ。7年近く務めたのち、2016年に独立した。

「おかだではカウンター内ではなく調理場にいたので、独立したばかりのころはお客様との会話に慣れておらず不安でいっぱいでした。お客様の2~3時間の滞在のなかで適度な量は? 料理をお出しするテンポは? 味のお好みは? といったことを常に意識しています。そしてご常連の方は、その情報をずっと覚えておく。"見ていないようで、見ている"がモットーです」(中尾さん)

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長崎出身の中尾さんは、店内の壁にレンガを用いたり、長崎で集めた骨董を飾っている。魚も長崎産をできるだけ選ぶようにしている。そして絵画好きでもあり、多くの絵画が壁にかけられている。店名の「実伶」はフランスの画家・ミレーから名付けたそうだ。

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「実伶さんのアラカルトのリズム感がとてもよくて大いに食欲をかきたてられました。Biniは今はコースのみですが、アラカルトもいいな、日にちを決めてやってみようかな、と新たな刺激を受けた夜でした」(中本さん)

撮影 高見尊裕  文 竹中式子

■実伶

京都市中京区竹屋町143-2
075-251-2007
17:00~22:00
定休日 水曜