BLOGうつわ知新2021.08.28

漆器1

備前や織部、古染付といった焼物ごとにうつわをご紹介。京都・新門前にて古美術商を営む、梶古美術7代目当主の梶高明さんに解説いただきます。 さらに、京都の著名料理人にそれぞれの器に添う料理を誂えていただき、料理はもちろん うつわとの相性やデザインなどについてお話しいただきます。

今月のテーマは「漆器」です。
日本料理にとって欠かすことのできない「漆器」について、その特徴を梶さんに解説いただきました。
1回目は日本の漆器と使い方について。2回目は料理に用いるうつわの見方や解説です。
そして3回目は、中華料理を新しい解釈で再構築するイノベーティブ中華の雄「ベルロオジエ」の岩崎シェフとのコラボレーション。 中国と日本の季節感を織り交ぜた岩崎シェフの美しい料理と漆器との稀なる融合です。

「漆器の世界」をお楽しみください。

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梶高明

梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。 全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。

漆器1

 今月のうつわ知新では漆器についてお話をさせていただこうと思います。
ここの読者にはプロの料理人さんも少なからずおいでになると思います。その方々は、漆器が欠かすことのできないうつわだとよくご理解されていることでしょう。吸物椀・煮物椀・小吸物椀・折敷などはお料理の流れの中で必ず必要とされる漆器ですし、懐石料理の中では煮物椀がメインディッシュである以上、漆器の出番こそが一番気の抜けない料理の見せ場なのかもしれません。
ところが一般のご家庭を見てみると、煮物椀をお作りになる機会はほとんどなく、お吸物やお味噌汁をお料理に添えられるだけで、季節感のあふれたお椀を、幾種類も持って使い分けておられる方は少ないことでしょう。
 私も多くの漆器を扱っておりますが、茶道人口が激減しているこの頃、料理人以外の方が漆器のお椀のみならず、折敷などをお求めになる事はほぼありません。漆器のうつわから一般の人々の心がどうして遠のいてしまったかの理由を考察しても面白くないので、漆器のうつわの興味深いところに焦点を当ててお話をしていきたいと思います。

 漆器は英語でlacquerware(ラッカーウエァー)といいます。またJapan(ジャパン)も日本の国を意味する英語である以外に漆器という意味を持っていると文章では読んだことがあります。しかし、Japanを漆器という意味で使っている外国人に出会ったことはありません。漆器は私の知る限りアジア各地で生産されていますが、Japanという英語に漆器という意味があるのなら、きっと日本の漆器は他国と比べて出来栄えが素晴らしいと評価された結果なのでしょうね。

 以前、ミャンマーの漆器のお店で経験した話です。当時の私は喫煙者でしたので、店内で喫煙の可否を尋ねました。すると、すかさず灰皿を用意してくれたのですが、それが漆器の灰皿だったのです。ご存じの通り漆器は熱いみそ汁を注ぐと黒い漆は茶色に変色してしまいます。これを漆が焼けると言うのですが、当然私はそのことを知っていたので、漆の灰皿は使うことが出来ないから、金属かガラス製の灰皿に交換してくれるようにお願いしました。ところが店員さんは笑って応じず、そのまま使うように勧めるので、タバコを吸い、そしてタバコを押し付けて火を消しました。すると店員さんは漆が変色していないことを私に見せて「ミャンマーの漆は強い」と自慢げに言いました。確かにタイやミャンマーで見かける漆器は、日本の漆器には見られないエナメル素材のような光沢の強い黒色で熱に強い。それならば、古染付など中国のうつわが日本でもてはやされたように、日本人はどうして煮物椀や吸物椀のような熱い汁物を注ぐうつわにタイやミャンマーの漆器を採用せず、香合・煙草壺・煙草盆などの道具類のみを輸入したのでしょう。

 懇意にしている塗師の方に尋ねたところ、漆科の植物でも日本の漆と東南アジアの漆では種類が違うため、その性質が大きく異なるのだそうです。漆は乾燥させることによって固まるのではなく、適度な湿気と温度で、漆の中に含まれている「ラッカーゼ」という成分が水分と酵素反応を起こし、漆の主成分である「ウルシオール」という物質の硬化を促進させるのです。この「硬化する」ことを便宜上「漆が乾く」と言っているだけなのです。日本の漆は非常に硬く固まるのに比べて、東南アジアの漆には若干の変形にも耐える柔軟性が残ります。その特徴を生かして、タイ・ミャンマーには弾力性のある籃胎 (極薄の竹で編んだ籠地)に漆を塗布した蒟醤(きんま)製品が発達したようです。

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 漆器は高い熱によって変色してしまうのに、なぜ日本ではお椀に使われているのでしょうか。じつは漆器は単純に熱に弱いというのは正しい理解ではないようです。紫外線の当たる環境下(直射日光の当たる場所や強い蛍光灯の光のもと)に長く放置すると、漆表面の退色と共に劣化が進みます。その劣化した状態に、いきなり熱湯を注ぐことで黒い漆が変色する問題があるのだそうです。

 また長時間、紫外線の下に放置したわけでなくとも、涼しい環境に置かれていた漆器に熱いものを突然に注ぐような、急激な温度変化にさらすことも変色の原因になります。つまり使用前にぬるま湯にさらすなどの準備運動をさせてやる余裕が必要なのだそうです。このように急激な変化(特に温度変化)を与えなければ、椀も変色せず、折敷や机に輪ジミ(湯呑やコップを置いた跡)がつくことも防ぐことができます。

 日本の漆は東南アジアの漆とは違って、年月と共にどんどん硬化して、変色にも衝撃にも強くなり、数千年の年月にも耐えうるものだと言われます。この耐久性の他にも、耐水性、抗菌性、防腐作用もあり、酸(酢)にも強いことが、うつわに必要な条件を満たし、さらに仏像などに至っても漆を施すことで長い年月に耐えることが出来るわけです。

 陶磁器に比べてはるかに古い歴史を持つ漆のうつわ。磁器のうつわのみで組み立てられる西洋料理にあって、ガラスは飲み物、金属はカトラリーと、ほぼきっちり区別されています。ところが日本では、陶器・磁器・ガラス・竹、そして漆器も料理を盛るためのうつわとして当然のように使われています。様々な種類のうつわを混ぜて使って食事を組み立てるこの習慣を、当たり前のように日本人の意識に植え付ける先駆的な役目を果たしたのが、漆器のうつわなのではないでしょうか。また漆器を用いるために、金属製の箸・ナイフ・フォークを使って食さない。そのことでうつわにダメージを与えず、ひいてはうつわを長く大切に使う日本人の意識に繋がっているように思います。

 いま、現代人の暮らしの中、漆器のうつわとの距離が遠のいてきているようです。改めて漆器について学んでみると、その歴史の古さや、奥深い美しさを再発見することができるでしょう。ぜひ漆器のうつわを見直してください。

 日頃から漆のことについてご教授くださる漆芸家の土井宏友氏に今回もお世話になりました。感謝申し上げます。

漆器2へつづく