BLOGうつわ知新2019.11.30

"冷えたもの"が持つひそやかな"力"

うつわと料理は無二の親友のよう。いままでも、そしてこれからも。新しく始まるこのコンテンツでは、うつわと季節との関りやうつわの種類・特徴、色柄についてなどを、「梶古美術」の梶高明さんにレクチャーしていただきます。

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梶高明

梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。

師走12月。。。。。

私たちは明治になるまで数字を用いて12カ月を表さず、その時期の風情に相応しい和名をもってそれを表現してきました。
師走は、師と仰がれる身分の高い僧侶でさえも慌ただしく駆け回られる姿を表現したことが「師馳す(しはす)」が語源だと言われているようです。

小学校の授業で私の担任が「私たち先生でさえ忙しくする時期だから、師走と言うんだ。」と教わったため、私の頭の中では、お坊さんではなく、未だに小学校先生たちが通知簿の作成や家庭訪問で忙しく走り回っています。
幼い頃に植え付けられた印象というのは、フライパンの焦げ付きみたいなもので、いつまでも頭に中に残ってしまうものです。

古美術商である私は、茶道・華道・香道など伝統を重んじる世界に関わりが深い職種であるため、師走の13日朝には「事始め」という、いかにも年の瀬らしい行事がございます。私の場合、裏千家のお家元様に出向き、無事に過ごしてきたこの一年の感謝と共に来るべき新しい年を迎える準備を始めさせていただくためのご挨拶をいたします。昔の人たちは、このご挨拶を終えた後、お正月の炊事を行うための薪を取りに行き、門松の準備なども始めたようです。私の住む祇園では、芸舞妓の皆さんがお世話になった方々へご挨拶回りをされるので、なんとも華やかな朝になります。そんな華やかさとは裏腹に、この師走には今で言う「インスタ映えする」ような行事が昔から少なかったためか、この師走の風情を描いた掛軸がなかなか見つかりません。

「走り・旬・名残リ」という言葉があります。多くの場合床の間にかける掛軸は、やや季節に先駆けたタイミングで飾り、その風情を心待ちに楽しむ「走り」的な、傾向があります。つまりフライングして楽しむということです。ところが、この師走時期に先駆けて掛軸を選ぶと、年も明けてないのに旭日や朝焼けの赤富士、高砂、萬歳・蓬莱山の絵をお床に飾ることになってしまいます。師走の時期の掛軸とは違って、選ぶ題材に事欠かないのですが、フライングすると、あまりにも大きな違和感があるわけです。ですから師走だけは季節を先駆けての掛軸を飾ることができず、その結果、選ぶことのできる掛軸の選択肢が圧倒的に少ないのです。ですから、私は日ごろから、師走の掛軸を見かけたら極力手に入れるように心がけています。

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なかなか見つからない師走の掛け軸ですが、やっと見つけたものがあるので、ご紹介させていただきます。絵を江戸初期の狩野派の絵師、狩野長信が描き、その絵に茶人として名を馳せた松平不昧公が、後に歌を添えた掛け軸です。描かれている題材は茶筅売りの姿です。添えられている歌を賛(さん)と言いますがそこには 

扣瓢箪念仏(たたくひょうたんねんぶつ)

市賣茶筅(いちうるちゃせん)

空也々々(くうやくうや)

一瓢一筅(いっぴょういっせん)

と、松平不昧公の手によって添え書されています。

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この歌の中に出てくる「空也(くうや)」というのは、今から約1100年前の平安時代中期に生きた空也上人(くうやしょうにん)のことです。空也上人は在俗の修行やとして諸国を巡り、また京のみやこの辻に立って鉦(かね)、あるいは瓢箪を叩いて念仏を唱えて人々の救済を願ったそうです。今も京都の東山にある六波羅蜜寺には、口から小さな阿弥陀仏を吐きながら念仏を唱える空也上人立像が残され、重要文化財に指定されています。空也上人に従って多くの人々が帰依したので、上人が入寂された後も人々は上人を慕って1113日に空也忌を催しました。そして人々は高らかに念仏を唱え、鉦(しょう)をたたき、竹杖で瓢箪(ひょうたん)をたたきながら年の暮れまで、みやこの内外を回ったそうです。やがてそれが、神社の祭礼に屋台が並ぶが如く、商人たちが物売りをするようにもなり、瓢箪を叩いて空也々々と念仏を唱えながら歩く姿が、この掛軸に描かれている茶筅売りなのです。

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「うつわ知新」のタイトルをいただきながら、さっぱりうつわのお話しをしないで進めてきました。しかしここで皆さんにお考えいただきたいことは、お料理のうつわは陶器・漆器・ガラス・銀・錫・木で作られたものだけなのでしょうか。お部屋に飾られた掛軸・絵画、あるいはお花・花器といったものたちも、食事をするお部屋の空間を盛り上げるための役目を担うわけですから、広い意味で言えばうつわとも言えるかもしれません。

お料理屋さんへ行った時、掃き清めて打ち水をしたお玄関や、迎え入れてくれる暖簾に始まり、今日お話しした掛軸等々に至るまで、すべて皆様のお会計に含まれているものですから、これらを味わうことなく帰ることは実にもったいないことです。ぜひ、目の前に運ばれてくる料理やうつわだけでなく、接客サービスも含めて提供されたすべてをお召し上がりになってください。

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最後の最後にひとつだけうつわのご紹介もさせていただきます。

師走になり、冷え切った空気に背中が丸くなってくると、温かいものが何よりのご馳走になることは今も昔も同じ。千利休の孫にあたる三代目千宗旦(せんのそうたん)が、楽家四代目の一入(いちにゅう)に、柚味噌を味わうために作らせたと伝わるうつわです。その後、代がかわっても「柚味噌皿」と呼ばれ作り続けられている楽家の冬の定番です。

アツアツに炊いた大根に柚味噌をのせて、うつわを手で包み込んで、湯気の中でフゥフゥ言いながら、その温かさも柚の香もご馳走にしてしまった400年前の茶人たちの姿が目に浮かぶようです。

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■ 梶古美術

京都市東山区新門前通東大路西入梅本町260
075-561-4114
営10時~18時
年中無休(年末年始を除く)