飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづる【京のほっこり菜時記】。 今回は刺身も鍋も唐揚げも美味しい「ふぐ」をご紹介します。
下関や北九州では「ふく」、大阪では「てっぽう」と呼ばれる「ふぐ」。西日本では冬のご馳走のひとつで、和食店だけでなく鮨店や居酒屋、イタリアンなど洋食店でも登場する。
今回、調べていて知ったのだが、ふぐの7割は京阪神で消費されているそうだ。どうやら、豊臣秀吉が朝鮮出兵した際に、ふぐの中毒で亡くなる兵が続出したため、ふぐ禁止令がだされた。その後、徳川の時代になっても、武家では中毒死してはならないと、ふぐを食べなかったそうだ。そんな経緯もあって、東京や関東ではそれほどふぐを食べなかったのだろう。
消費量日本一は大阪だというが、京都でも「ふぐ」は、必ずといっていいほど料理屋の品書きに並ぶ食材だ。刺身はもちろんのこと、焼きや唐揚げなどどんな料理にしても美味しいから、ふぐの料理を品書きに見つけると、私は迷いなく注文する。
天然ふぐの旬は11月~2月頃といわれるが、春以降に産卵するその直前が一番脂がのっておいしいとも言われている。
ちなみに、私たちが普段口にするふぐは、とらふぐやまふぐ。みなさんもご存知のように、内臓や血、筋肉の一部には猛毒があるから、丁寧に下処理をして調理される。
かつては、食通と呼ばれる人が「舌がしびれる感覚がいい」と、肝を味わった。たとえば、美食家として知られていた歌舞伎俳優の八代目坂東三津五郎は、割烹料理店でフグの肝臓を4人前食べた後に急逝した。そんな恐ろしいことは、とうていできない。
以前、東京の友人と割烹に行って「ふぐぶつ」を注文したら、彼女は「東京ではふぐぶつにお目にかかったことがない」と言った。いや、最初は「ふぐぶつって何?」と聞かれたのだ。
関東でも「ふぐ」は食べるが、たいていが専門店。ふぐ尽くしのコースを食べても、薄造り、焼きふぐ、唐揚げ、鍋、ぞうすいという流れがほとんど。てっぴ(皮)やとうとうみ(身と皮が一緒になっている部分)、もちろん「ふぐぶつ」もでないという。食文化の違いをあらためて感じさせられる。
だから、東京の友人が冬の間に京都に来られたら、私はこの「ふぐぶつ」をおすすめする。
「ふぐぶつ」は、その名の通り、ふぐを薄造りではなくぶつ切りにした刺身。硬めといわれるふぐのギュッとした食感をよりダイレクトに感じられる造りだ。
冬の声を聞くと、この「ふぐぶつ」が食べたくなるから、ふぐ料理を気軽な雰囲気でいただける「東寿し」を訪ねることにしている。寿司店ではあるが、蟹もあるしふぐもある。まるで居酒屋のように、いろんな料理を味わえ、締めに寿司を食べられるとあって、けっこうな人気店だ。
ここの「ふぐぶつ」は、ぶつ切りしたふぐの身にてっぴやとうとうみを加え、たっぷりのネギが添えられる。ポン酢と七味をかけ、よく混ぜていただく。淡泊だけれど、しっかりと歯ごたえのある身とプルンとしたてっぴの食感もあって、実にうまい。
もちろん、ふぐぶつだけでなく、ふぐ刺し(てっさ)や焼きふぐ、唐揚げ、ふぐ鍋などもあるから、ふぐ三昧も思いのまま。
冬の間なら松葉ガニやこっぺ(雌)もあって、分量も加減してくれる。
店主の山本勲さんは、この道50年というベテラン料理人。他店で修業を積んだ後、父が営む東寿しにもどり、寿司をメインにさまざまな割烹料理をだして店をもりたてた。
そして、3年前には、勲さんの息子・潤さんも他店で腕をみがいて戻り、今は父息子ふたりでカウンターに立つ。潤さんが戻ったことで、和牛の炙りやカニグラタンなど洋メニューも2,3加わり、より家庭的かつバラエティーに富んだ店になった。
父の姿を見ながら、控えめに粛々と自分の仕事をする潤さんを見ていると、お腹だけでなく心までほっこりあたたまる。言葉を発せずともわかりあえる、ふたりの料理人の振る舞いは見事というしかない。
そして、寿司屋だから、締めはにぎり。丁寧な仕事を施したネタはいずれも新鮮。たっぷり料理を食べた後でも、あれこれ食べたくなる。
■東寿し
京都市東山区正面通本町西入
075-561-5471
12時~22時
木曜休