BLOG料理人がオフに通う店2019.12.13

「隆兵そば」―「卯今」小林健一さんが通う店

「旨い店は料理人に聞け!」京都を代表する料理人がオフの日に通う店、心から薦めたいと思う店を紹介する【料理人がオフに通う店】。今回は「卯今」の店主、小林健一さんが通う「隆兵そば(りゅうへいそば)」です。

「卯今」小林健一さん

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《プロフィール》

京都市出身。専門学校時代に知り合った松尾の人気居酒屋「龍馬」で、居酒屋の仕事に興味を持ち、2号店立ち上げを機に同グループに入社。2号店の閉店により本店に移り、店長に。桂駅東口店、西院店の店長を務めたあと、2010年に「卯今」をオープン。地元客から観光客、プロの料理人まで幅広い支持を集める。食べることが好きで、勉強も兼ねて食べ歩きに出かけることもしばしば。

遠方から蕎麦好きが通う住宅街の人気店。井戸水で丁寧に作られる蕎麦や川魚料理を

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桂小橋の畔、桂離宮に近い閑静な住宅地の一角。ここに、小林さんおすすめの「隆兵そば」はある。店主の中村隆兵さんは、明治創業の和菓子店「中村軒」の次男で、「中村軒」の裏手に20047月に店をオープン。蕎麦や川魚料理を中心に季節の料理をコースで提供し、グルメな人々からも高い評価を得ている。

「こんな住宅街の裏の細々としたところに、こんなすごいお店があるのかと、驚きました」(小林さん)

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小林さんとこの店との出会いは、オープン間もなくの頃だという。

「まだ僕が桂で店長をしていた頃、近くにおいしい蕎麦屋があると聞いて寄せてもらったのが最初です。すごく感じのいい店主で、料理もとても満足しました。居酒屋の店長をしているという話をしたら、うちの店にも来てくれて。それからのおつきあいです」と、当時を振り返る。中村さんが小林さんの一つ年下ということもあり、今も互いの店に行き合ったり、一緒に飲みに行ったりする仲だという。

「小林さんは大体昼に家族で来られます。お店の方や他の店の料理人さんを連れて来てくれることもありますね」と、中村さん。

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有機栽培や無農薬、減農薬の野菜など、地元や近郊の食材を主体にしたメニューは、昼はセット3100円から、予約制の夜はおまかせが8000円から楽しめる。小林さんは、訪れるときは大抵「お蕎麦充実コース」(5900円)を頼むそうだ。

「焙煎の粗挽き蕎麦、盛り蕎麦、季節で変わる温かい蕎麦の3種の蕎麦がついていて、その間にいろいろな料理が出るんですが、トータルバランスを考えてコースを作られているなと。僕の中ではここは蕎麦屋というより、蕎麦が出る料理屋さんというイメージ。和食屋の中でも好きなお店の一つです」と、小林さん。

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中村さんは、東京の和食店などで4年間修業後、京都へ戻り、丹波篠山の名店「ろあん松田」で蕎麦作りを学んだ。

「京都で店をやろうとなったときに、何か他の店と違う特徴を出したくて。それでコース料理にお蕎麦を入れようと思ったんです。知人の陶芸家の先生にお店を紹介してもらい、そこの大将に蕎麦打ちやつゆの作り方を教えてもらいました」(中村さん)

桂という中心から離れた場所にあるため、開店当初はお客が来ず苦労したそうだが、店をやるなら生まれ育ったこの地でと決めていたという。その大きな理由が桂離宮周辺を流れる良質な井戸水。ここでは井戸の水脈を3本も掘って使用しているそうだ。

「ここの井戸水は愛宕山系の伏流水。僕はこの水で育っているので、よその水だと感覚が狂うやろし、お蕎麦やだしはまともに水の影響を受けるので、水のことを考えたら絶対ここやなと。究極の地産地消のかたちはそこの水を使うことやと思うんです」(中村さん)

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蕎麦と共にこの豊富な井戸水が欠かせないのが、川魚料理だ。「せっかくいい水が湧いているんだから」と、5年ほど前から海の魚を川魚に切り替えたという。潤沢な井戸水を利用し、これまでにないやり方で仕立てる中村さんの川魚料理は、泥臭いという川魚のイメージを大きく変えるものだ。

「定番のうなぎの飯蒸しに、鯉、びわます、もろこ、鮎など季節によっていろいろ楽しめます。特に鯉は、井戸水から生簀をしつらえて、そこでしばらく置くんです。締め方も血抜きや神経締めは川魚であまり聞かないんですが、それをしているのでまったく臭みがない。ほかにも今流行りの熟成など、すごく面白いことをしていますね」と、小林さん。

写真は小林さんおすすめの鯉の刺身。4日間かけ流しの生簀で泳がせた鯉は、臭みが全然なく、凝縮した旨味が感じられる。鯉は生のほか昆布締めにすることも。

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十割の盛りそばも小林さんおすすめの一つ。そば粉は滋賀など近郊のものが主に使われる。

「蕎麦とつゆのバランスがいい。コクがありながら蕎麦の香りを損なわないように作られていると思います。昔はそれほど蕎麦が好きではなかったんですけど、こちらのお蕎麦を食べてから興味を持つようになりました」と、小林さんは言う。

中村さんが「一番の肝」と重視するつゆは、本枯れ節を大量に使い、香りだけを飛ばして旨味だけを凝縮させたもの。昆布は蕎麦湯でほんのり香る程度にごく少量使われる。きりっとシャープな味わいのこのつゆと合わせて蕎麦が完成する。

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中村さんが蕎麦を打つ際に大切にしているのは、一つひとつ丁寧に打つということ。これはサービスを含めすべてのことに通じることでもある。

「スタッフには、とにかく一つひとつ丁寧にということは言っています。冷蔵庫を乱暴に閉めないとか。ざるならざるを作っている人がいるわけで、雑に扱えばその人に申し訳ない。そうしたところまで考えずにいい加減にすると、それが料理の味に出てしまうし、お客さんにも伝わってしまうので」(中村さん)

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14席ある店内は、木の風合いが温かい落ち着いた空間。小林さんは、料理を「松の司」などの日本酒とともにじっくり堪能し、時には中村さんとの会話を楽しむという。
「彼の店に行くと、いつもいろいろな刺激を受けます。また頑張ろうという気持ちにさせてくれる店ですね」(小林さん)

撮影 竹中稔彦  文 山本真由美

■隆兵そば

京都市西京区桂浅原町157
075-393-7130
11時~14時(LO)、17時30分~19時(入店)※夜は要予約
休 水、毎月18日、火不定休(祝日は営業)
https://ryuhei-soba.jp/