BLOG精進料理知新2019.05.28

京都の料亭「木乃婦」、高橋拓児の精進料理への思いvol2

By高橋拓児

料亭「木乃婦」の三代目主人、高橋拓児さんは、2015年より京都料理芽生会創立60周年事業で同会が取り組んだ「精進料理の世界へ」をメンバーとともに推進してきました。現在も自身の店で、お客さんの要望に応えるかたちで精進料理に取り組んでいます。高橋さん自身が考える精進料理とは?その進化や精進料理への思いはいかに?というテーマで5回にわたって、語っていただきます。

※「京都料理芽生会」/日本料理の発展と、伝統と格式のある京都の食文化を次世代へ継承するために1955年に設立。京の料亭の若主人たちが研鑽・研究を行い、様々な挑戦を行っている。

食材に深く向き合う姿勢。食材への洞察を深めていく。

 「京都料理芽生会」で精進料理に取り組むようになってから、うちの店にも精進料理でコースをいただきたいというご要望や、お寺さんからのご注文が増えてきました。これはとてもありがたいことやと思います。

 お寺さんの場合は、例えば新しい管長が就任される晋山式など、「ハレ」の日のご注文も多いですね。

 まず、通常のご予約と同じように、先様のご要望をよく聞きます。目的やご予算、ご希望、お好みなどをよくお聞きして献立を考えていきます。
 でも、前回もお話ししましたが、精進料理の場合は、ここからが通常の店の仕事を少しちがってくるんです。そのあたりをもう少し詳しくご説明したいと思います。

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たとえば大根一つ目の前にして、その背景をじっくり考えるようになりました。この大根はどんな畑で育ってきたんだろう、とか、農家さんの作り手のこだわりというよりも、その大根そのものが自然の中でどういう育ちをしてきたのか、とかね。以前はそんなことは考えもしなかったことです(笑)。

 実態にとらわれず洞察するというか、その素材をどうすれば活かしきれるのかを考える癖が身についてしまったというか、でもそういう姿勢で食材に接するといままで見えてこなかったものが見えてきます。
 たとえば、以前なら形や色が悪い、とか、虫食いがあるとか、そういうところは最初に排除していたわけですが、逆に虫に食われたらそれだけ健やかなんやなとか、虫もおいしいと思うねんなとか(笑)、土が硬いところで育ったから繊維質が強いんやろうなとか、見方を変えれば、本当に食材って面白いし、より深く付き合っていきたいと思いようになりました。

 精進料理の場合は、虫食いのところも全てを活かしきることが基本ですから、そういうところも取り入れて、どう美味しく料理しようか、という新たな課題にぶつかるわけです。そこからの新たな工夫から、新しい素材の組み合わせや料理法なども生まれてくることがあるんですね。

 食材を目の前にしてあれこれ考えるうちに、よく頑張ってここまで育ってきてくれたなあと、目の前の食材に感謝する気持ちが以前よりずっと強くなってきたと思います。

神式の考えから仏式の考えへ。大きな転換を迎えて

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料理をしていると、どこどこ産の魚がいいとか、どこどこ産の葉物がいいとか、よう言いますよね。これって、僕は神式の考え方じゃないかなあと思うんです。神様に捧げる供物を四方八方走り回って集める、それが「馳走」であり、僕ら料理人は、より良いものを選んで持ってきて、より美味しく仕上げるという、まさに神道の考え方に則って料理をしてきたと思うんです。それはプロとしてもちろん大切なことですし、お客様に対するその気持ちは変わりません。

 でも食材という実態を前にして、以前は自分がその対象物についてどう工夫して料理をするかで終始していたのですが、今は食材自身がどういう風な所で生まれてきてとか、何を訴えたいのかとか、今、対峙している"相手"について、より深く考えることができるようになってきたんですね。

 神道の「馳走」という考え方に対して、仏式っていうのは、もの、たとえば食材についてそもそも順位もないし、優劣もないんです。

 それぞれにそれぞれの生命みたいなものがあるので、それ自体をどのように活かすかを根本的に考えるんです。

 食材の本質を明らかにする、といえばいいのかな。それを続けていくと、どんどんどんどんディープな深みにはまっていくんですけど(笑)、そこが、精進料理は永遠に進化するみたいなところではないかと思うんです。 

ここにその食材を使う意味とは?典座の仕事に思いを馳せる

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こうして食材としっかり向き合った後、今度は献立を決めるのですが、ここがまたかなり難しいんです(笑)。
たとえば、豆乳で湯葉を作るにしても、その湯葉やからこそ使いたいという意味を見つけないといけないんです。どうして今、ここに、その半生の柔らかい湯葉を使う必要性があるのか?みたいな、まさに禅問答ですよね。
 でもそこまで考えて作るからこそ、湯葉がきちんと生かされるように僕は感じています。その食材の存在を、命を、僕の料理によってくっきりと浮き出させるようなイメージがあるんです。これはなかなか責任重大ですよね。
 こんな考えは、以前なら本当にしていなかったし、まず知らなかったわけです。無知の知いうんですかね。知らんかった世界があったんやなあというのが実感です。精進料理に取り組むようになって、そういう気づきがあったことが僕にとっても非常に大きなことでした。

 食材の背景や、調理に使う意味合いやら、もちろん味のことも考えながら献立を決めていくので、以前ならば、今の季節とか、旬とか、見立てや色彩とか、経験値からパッと決めていたことが、かなり長い時間を要するようになりましたね。
でもそれは決して、面倒ではないんです。うまくそこに食材を用いて、使い切ることができるとやはり嬉しいですよね。
 かっこよくいえば、精進料理って、自分自身の精神的な成長に比例して、料理の完成度も高まっていくように思います。僕自身、悪戦苦闘を続けながら、典座の修行にほんの少しでも近づけられたらと思います。

 ようやく献立が決まって、いよいよ料理に入っていくのですが、精進料理は、魚肉を一切使わず、匂いの強い素材も避けて、野菜や穀類、豆類、海藻などを主体に料理を作ります。
調理法としては生、煮る、焼く、蒸す、揚げるという「五法(ごほう)」を用い、そして、苦味(くみ)、酸味、甘味、辛味、鹹味(かんみ)、淡味の「六味(ろくみ」を心がけて料理に向き合います。
 日本料理の生命線とも言える、だしの問題もあります。そのあたりの実際の料理法につきましては第三回でお話ししたいと思います。

取材・文/ 郡 麻江

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■ 木乃婦

京都市下京区新町通り仏光寺下ル岩戸山町416
075-352-0001
12:00~14:30(L.O.13:00)、18:00~21:30(L.O.19:00)
定休日 水曜

高橋拓児たかはしたくじ

1968年生まれ。京都市出身。新町通の京料理店「木乃婦」3代目主人。立命館大学卒業後、「東京吉兆」での修業を経て、京都の実家に戻り、祖父と父に師事。豊かな発想で従来の概念にとらわれない独自の京料理が人気を博す。料理教室での論理的でわかりやすい解説も好評。シニアソムリエの資格を取得し、ワインにも造詣が深い。NPO法人「日本料理アカデミー」でも活躍中で、京料理の海外での普及にも力を入れている。 著書に『10品でわかる日本料理』(日本経済新聞出版社) 、『和食の道』(IBCパブリッシング)などがある。

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