BLOG京のほっこり菜時記2019.06.05

「賀茂なす」

By中井シノブ

飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづる【京のほっこり菜時記】。 今回は京都の夏野菜「賀茂なす」についてお伝えします。

「賀茂なす」は、京野菜のなかでも最も人気のある夏野菜ではないだろうか。
京都だけでなく、他府県のデパートやスーパーなどでも購入できるようになった。

コロンと丸い可愛くてやさしげな形も人気の理由だと私は思っている。つやつやとして深みのある紫も、日本人の心に響く気品ある色だ。

実質はぎゅっとつまってなめらか。ほかの茄子とは違った甘味や旨味がある。持ってみると見た目以上に重いから、ひとりなら1度に1個は食べられないほど。そういう意味ではコストパフォーマンスの高い食材なのだ。

肉質はなめらかなのに、煮炊きしても実が崩れることがなく、独特の風味もあるから、十分メイン料理になる。

私はザクザクと大きめの乱切りにして油であげ、大根おろしを添えてめんつゆをかけ、いわゆる「揚げだし」風にして食べることが多い。

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油を吸い過ぎることがないから、実がぐったりせずほんとうに美味しい!
かみしめると油とまざりあった出汁がジュワーッと染み出して、その美味しさに思わずほほがゆるんでしまう。

まさに、京都の「初夏のご馳走」だ。

「賀茂なす」は、江戸時代に洛東河原(いまでいう出町柳から三条くらいまでの鴨川畔)でつくられていた丸くて大きい茄子が発祥だという。その茄子が、明治になって上賀茂でつくられるようになり、「賀茂なす」と呼ばれるようになった。

今は、京都だけでなく他府県でも似たような茄子がつくられているが、京野菜と呼べるのは、上賀茂周辺の地域でつくられるものだけ。露地ものが出回るのは、6月から9月で、京都ならば青果店のほか、スーパーなどでも手ごろな価格で販売している。

丸くて大きな「賀茂なす」が並んでいると、「ああ、いよいよ夏だなあ」と私は毎年思うのだ。

「賀茂なす」の料理といえば、まずは田楽。ほかには、私もよくつくる揚げ出汁なす。
麻婆なすや輪切りのオイル焼き、そぼろあんかけなども美味! 衣をカラッと揚げて天ぷらにすれば、甘い実のふっくら感も味わえる。

和食店だけでなく、居酒屋やおばんざい店、イタリアンなど洋食店でも、この時季になると「賀茂なす」を使った料理がメニューに登場し、何度も食べているにもかかわらず注文してしまう。

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京都のおばんざい店「太郎屋」は、雑誌の京都特集などでもしばしば見かける名店だ。
何が素晴らしいといって、26年前の開店から、価格がほとんど変わっていないこと。
料理はどんどん進化して、おばんざいのほかお造りや天ぷら、洋テイストのメニューも増えているのに、定番の「茄子にしん」、「おから」、「なっぱ煮」なども健在で、「こんな値段でいいの?」と思うほど安価なのだ。

店主の女将さんは、特にどこかで料理修業をした方ではなく、もともとは専業主婦だったそうだ。出版社に勤めていたご主人の太郎さんが、毎夜のように客人を家に連れて帰り、女将さんが料理をふるまっていた。その料理があまりに美味しくて、客人は「外で飲むより太郎さんの家がいい」と言う。

そうこうしているうちに、店をだしたらということになって、26年前に、当時はまだ何もなかった四条烏丸近くの路地に「太郎屋」を開店したのだ。ちなみに、店名の「太郎屋」はご主人の名前からとっているのだが、実は太郎は本名ではないらしい。なぜ太郎さんなのか?は、お店に行ってお尋ねを・・・

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私は、開店当時近くに住んでいたから、仕事とは関係なく、よくご飯に通っていた。ポテサラやコロッケ、やきうどんなど、なにげない家庭的な料理がそれはそれは美味しくて。
今日はほかの店に行こうと思っていても、足がむいてしまう。

女将さんにはずいぶん私の美容?と健康を支えていただいたと思っている。

仕事でつらいことがあっても、この店のカウンターに座って家のご飯のような料理を食べると、なんだかほっとして心がリセットされた。

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賀茂なすの田楽は、初夏の定番料理で、半分に切って皮目に切り込みを入れて揚げ、油をきったら、たっぷりと白味噌ベースの田楽味噌をかける。しし唐の素揚げと白ごまが添えられ、見た目も美しい。

6月になると、ほかにも鱧や小鮎、万願寺とうがらしなど京都の夏の味が並ぶ。

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まずは定番のポテサラをたのんで冷えたビールを一杯。
なんともいえないコクのある味に癒される。
器のほとんどは女将さんが開店当時から陶芸教室に通って焼かれたものなのだが、今では器も売れるのではないかと思うほどの腕前になっていらっしゃる・・・(笑)

こんな文を書いていたら、女将さんの手料理がものすごく食べたくなってきた。
今夜はあの路地に足を向けることにしよう。

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■ 太郎屋

京都市中京区新町通四条上ル東入る観音堂町473
075-213-3987
営17:00~23:00 (L.O. 22:00)
休日曜、祝日、不定休日あり

中井シノブ

京都の情報誌編集長を経てライターに。飲食店取材1万軒。外飯、外酒がライフワーク。著書に『京都女子酒場』(青幻舎)、『京の一生もん』(紫紅社)などがある。