飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづる【京のほっこり菜時記】。 今回は4月の末から5月の初旬が時期である京都の「新茶」についてお伝えします。
新茶と言って誰もが思い浮かべるのが「夏も近づく八十八夜・・・」という歌。
私もよく知らなかったのだが、この歌は京都の宇治田原町で歌われた「茶摘み歌」をもとにつくられたのだそうだ。
新茶の季節は地域やその年の気候などによっても違うが、基本は立春(2月4日頃)から数えて88日目頃と言われている。それでいうと、4月の末から5月の初旬くらいだろうか。
新茶は、その年最初に摘む茶葉のことで、冬の間にじっくりと養分を蓄えていることもあり、最も質が高いとされる。少しでも時季がずれると品質が落ちるから、茶農家の人たちはこの頃になると生育を見守り、「今だ!」という日に素早く一番茶を摘むのだ。
一番茶と呼ばれる新茶には、アテニンなどアミノ酸が多く含まれ、旨味が濃い。
ほかにもポリフェノールやカテキン、ビタミンCなど美容と健康を保つ成分が含まれている。「飲まなきゃ損!」と私は思う。
先日、なにげなくテレビを観ていたら、「なぜ宇治茶は上質さを保ってこられたか」という番組を放映していて、思わず身を乗り出した。宇治茶の美味しさは随分わかっているつもりでいたが、知らないこともたくさんあったから。
宇治が扇状地であること、水はけのいい土地で茶栽培に適していること、昔から時の朝廷や徳川家に愛され、覆下栽培など独特の栽培方法が庇護されてきたことなどなど...。
何より、「日本随一」という評価を守ってきた茶農家の努力と気概が、宇治茶の品質を継いできたのだと番組は締めくくっていた。
なんでもそうだが、美味しいものをつくるには、多大な経験と努力が要る。
それを、さらりと続けておられることが尊い。
宇治の抹茶を使ったスイーツの人気は、ますます高まっている。
抹茶アイスや抹茶パフェだけでなく、次々と新手の和洋菓子が登場して、観光客を並ばせる。
東京の友人などから「お茶の甘味はどこで食べたらいい?」と聞かれることも多いから、
そんなとき私は「中村藤吉本店」を薦める。
「重要文化的景観」に登録された宇治の「本店」や「平等院店」は風情もあって気持ちいい。
宇治まで行く時間のない人には、新幹線乗り場からも近い「京都駅店」を紹介する。
「中村藤吉本店」は、抹茶や緑茶を使った甘味メニューをいち早く販売した先駆者で、厳選したお茶を惜しみなくたっぷり使うから、どのメニューもお茶の香りや旨味で満ちている。
写真の「生茶ゼリイ」、は、瑞々しい緑茶の味わいを満喫できる大好きなメニュー。甘味や苦味、豊かな香りに加え、プルンとした口当たり、ひんやりツルンとしたのど越し。
専門店ならではの知恵と経験で、年ごと、季節ごとに変わる緑茶の繊細な変化を見定め、レシピに反映しているという力作だ。
初代の中村藤吉が茶商を開業したのは1854年のことだという。当代は6代目にあたる。
以前、7代目を継ぐ専務の中村省悟さんに、歴史ある家で生まれた苦労は?と聞いたことがあった。
省悟さんは、それほどの苦労はないと言った。
「なぜなら、僕の役目は、父から渡された家業というバトンを落とさないよう確実に受け取り、それを次の代に滞りなく手渡すという一つのことだから。ただ、そのためには現状に甘んじていてはいけないし、新しいことにも挑戦する」と。
「宇治茶は本来美味しいものだから、その味と品質を大切にするだけ」とも話していた。
家業に携わり始めてからは、新メニューの開発はもちろん、「京都駅店」、「平等院店」、「大阪店」、「香港店」、「銀座店」と店を広げてきた。だが本人は、自分はいたって慎重で、無理な拡大はしたくないと言う。堅実なんだか大胆なんだか...。
省悟さんの店や商品を真面目にまっすぐ見る姿勢が継がれていけば、中村藤吉のバトンはこの後も手渡され続けるだろう。
茶農家で大切に育てられた「宇治茶」は、彼らの手で確実に世界に広がっている。
■中村藤吉本店 京都駅店
京都市下京区烏丸通塩小路下ル東塩小路町ジェイアール京都伊勢丹 レストラン街[JR西口改札前イートパラダイス]3F
075-352-1111(ジェイアール京都伊勢丹店 大代表)
銘茶売場 11:00~21:15、カフェ11:00~22:00 (L.O.21:00)