冬の京野菜「聖護院かぶ」の収穫最盛期は11月~12月。冷え込めば冷え込むほどその実は甘味を増す。真っ白できめ細かな肌は美しく、やわらかで上品な味わい。「かぶら蒸し」や「ふろふき」など冬の京料理に欠かせない食材だ。家庭では、鯛のあらやブリとの煮物のほか、グラタンやポトフなど洋食にも使われる。が、私は凝った料理はできないから(笑)、サクサクと一口大に切って、オリーブオイルと塩だけで瑞々しい甘味を堪能する。
冬の漬物の代表格「千枚漬」もまた、京都人にとってはご馳走のひとつだ。酸味のあるものや甘めのものなど、店によって味は違うが、京都人にはそれぞれ贔屓の「千枚漬」があるそうだ。代々、ひとつの店のものを求める家もあれば、あれこれ試して好みの味にたどりついた人もいて、よほどでないと浮気をしないのが京都流。私もそれにならって自分の味を探し求めた。
私が、この味とたどり着いたのは、「村上重本店」のもの。だし店を営む友人から「私は村上重さんのが好きやけど、シノブちゃんの口に合うかなあ」といただいたのが最初。封を切ってだそうとすると、昆布のねばりで糸をひくほど。そのねっとり感にまずは驚かされた。食べてみると、緻密でキュッとしまった実のかんじや、ほどよい水分、昆布とかぶの旨味が合わさって、ほんとうに美味しい。以来、私も浮気はしないと心に誓い、「村上重さん贔屓」になった。店頭に並ぶ最初の頃から買い求め、冬の間に何度も楽しむ。できれば、1枚を一口でぱくりと食べたいところだが、もったいなくて二つに切ったり、三つに切ったりして食べている。
なぜ、これほど村上重の「千枚漬」は美味しいのか。どうしても知りたくなった。お店を訪ねると、漬物職人歴46年という岡本好弘さんが、その秘訣を話してくださった。お肌つやつやで、背筋もピンと伸びてお元気そのもの。78歳になった今も毎日工場で漬けていらっしゃる。
岡本さんは、毎朝4時に起きて市場へ向かい、自分の目で見て「聖護院かぶ」を仕入れるという。15~20cmの大きなものだけ、それも実質がしまってほどよい水分のあるものだけを購入するそうだ。「気に入ったものがないときは買いません。全国でつくられた聖護院かぶを食べたけど、今使こうてるのは亀岡産です。値段は気にしません。それよりでき具合が肝心なんです」
丁寧に洗って分厚く皮をむき上下を切り落としたら、使えるのは3分の1くらい。1.5㎜ほどにスライスして塩だけで下漬けして水分や雑味を抜いた後、北海道の昆布を加えて本漬けにする。村上重の「千枚漬」は、聖護院かぶ、塩、昆布で漬けられる極々シンプルなものなのだ。
「だから大切なのは素材なんです。名前はいえませんが塩も特別なもの、昆布は北海道産の稀少な根昆布のほか、切昆布、平昆布をたくさん入れます。うちの千枚漬は、材料の味そのものなんですね」
とはいえ、材料だけが良ければ美味しくなるというものでもない。岡本さんが先輩の仕事を見て覚え、体に叩き込んだ漬け具合が何より味を左右する。
「1日下漬して水分を抜き、1週間かけて昆布の旨味をギュッと入れながら発酵させる。発酵とのバランスも大切。だから1週間は毎日様子を見ながら、ちょうどいい発酵加減の一歩手前になったら冷蔵庫に入れる。あとはじっくり発酵させていく。気温が高ければ早く発酵が進むから、冷蔵庫に早く入れる。その加減は46年、日々漬物と接してきたからわかるんでしょうね」と岡本さん。
若い人にもその勘どころは日々伝授するが、待っていてくださるお客様を裏切らないためにも、まだまだすべてを若い人には託せない。「もっと美味しい千枚漬」を目指したいと話す。
四つに折ったりくるっと巻いて盛り付けたときの美しさも「千枚漬」の魅力。京都ではお正月料理のひとつとして味わう家も多い。
酒のつまみにもいいが、私は熱々ご飯にのせてちょっと醤油をたらし、ご飯を巻き込んでパクッといく。なめらかで甘くて旨味たっぷり。いくらでもご飯が食べられる。
■ 村上重本店
京都市下京区西木屋町四条下る船頭町190
075-351-1737
営 9:00~19:00(土・日・祝日は~19:30)
年中無休(元旦から3日を除く)