BLOG料理人がオフに通う店2019.01.11

「韓国伝承 家庭料理・焼肉 芝蘭 CHI RAN」―「acá 1°(アカ)」東 鉃雄さんが通う店 

acá 1°(アカ)」東 鉃雄さん

プロフィール
25歳で料理人を志し、京都のスペイン料理の老舗「ラ・マーサ」で働きはじめる。4号店「フイゴ」の店長時代に研修で訪れたスペインでモダンスパニッシュと出合い、目指すべき方向性が定まる。その後、スペインにわたり修業を積み、帰国後の2014年に「フイゴ」の跡地に「acá 1°」をオープン。2017年にミシュランの一つ星を獲得、おまかせコースのみの予約の取れない一軒である。

おすすめコメント

私は大半の時間を料理人として過ごしているので、食事に行っても勉強モードになっています。「この店のつくりは?」「素材の選び方は?」「料理人のポリシーは?」......などなど、いろいろなことが気になってしまうんです。ですから、まったくのプライベート気分でうかがう店というのは、実は少ないんです。

芝蘭さんは、私がオフモードでいられる貴重なお店です。韓国料理とはジャンルも違うので、料理人モードから思う存分解放されています。休日の朝に家族会議で「今日は芝蘭に行こう!」と決めて当日に予約を取ることが多いですね。7歳の息子も最近は「芝蘭に行きたい」と自らリクエストしてきます(笑)。そしてイベントに出店したあとのスタッフとの打ち上げでも重宝しています。紫野という、街中から離れている立地も、落ち着いていていいんですよ。

「韓国伝承 家庭料理・焼肉 芝蘭 CHI RAN」

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「芝蘭は韓国の家庭料理と焼肉が中心のお店です。京都の街中にもたくさん焼肉屋がありますが、私にはどうも味が濃く重い。でもこちらは料理も肉も味付けのバランスがよく、食べ疲れることがありません。

席に着いたらまずは一品料理を一気に注文します。テーブルの上が料理の皿でいっぱいになるのを見るのが嬉しいんですよね」

では、東さんの心をワクワクさせる韓国家庭料理をご紹介しよう。

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東さんが必ず注文するのが「パジョン」(ミックス税別1200円)。一般的にはチヂミと呼ばれている。「パ」はねぎのこと。「ジョン」は漢字の「煎」で、焼くという意味。つまり、ねぎのおやきである。ミックスにはイカ、海老、ホタテが入り、冬には牡蠣が追加される。餅粉を入れて焼き上げ、表面はカリッ、中身はトロッとした生地が甘みのあるねぎにからまり、風味を引き立てる。海鮮も肉厚で、食べ応え満点だ。ピリ辛の自家製タレ、ヤンニョンジャンも食欲を誘う。

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「息子の大好物です」と言うのが「とうもろこしのジョン」(500円)。韓国・江原道の郷土料理で、最初はグランドメニューではなかったそうだ。周年記念のサービス品として3日間だけ出したところ好評を博し、今に至る。

「とうもろこしがほんのり甘く、まったく辛くないので、好き嫌いがある子供でもパクパク食べます。米粉中心の生地はぽってりとしていて、同じ"ジョン"でもパジョンとは違う食感を楽しめます」

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「冬ならこれですよ!」と東さんに冬の到来を待ち遠しくさせているのが、10~3月限定の「牡蠣のキムチ」(700円)。百済時代に生まれたスタイルのキムチは、海辺発祥らしく海鮮が入っている。発酵させないので酸味はなく、辛みが立っているのが特徴だ。「牡蠣のキムチ」は新鮮な生牡蠣を用い、漬けたその日から食べることができる。

「牡蠣は大ぶりでふっくらとしています。それがキムチのタレと絡みあうと、ほかの牡蠣料理では味わえない独特の旨みが口の中で弾けます」

芝蘭の女将である石敬戌(セキ・ケイイ)さんの実家は、40年以上続く焼き肉屋だった。20代のころに韓国で料理を学び、帰国後の1992年に自ら芝蘭をオープンした。当時の京都では、まだ韓国家庭料理を出す店は少なかったという。

「日本では"韓国料理=辛い"というイメージがありますが、本来は塩分控えめで、素材の味をとても大切にしています。辛い料理と辛くない料理も、はっきりと分かれています。これは私自身、韓国で料理を学んで驚いたことです。私はその伝統的な味を大切に、今風にアレンジせずに提供することを心がけています」(石さん)

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一品料理を楽しんでいると、いよいよ肉がやってくる。

「まずは『上タン塩焼き』(1200円)です。ちょっと厚めに切ってもらうようにお願いしています」

肉は京都牛のメスを基本としている。

「昔はA5A4なんてランク付けもなく、輸入の牛肉もありませんでした。焼肉屋は肉屋からいかにしていい肉を回してもらうかに全力を尽くしたものです。今は精肉の環境も随分変わりました。ホルモンも人気がどんどん上がってますよね」(石さん)

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右から時計回りに「ヤキセンマイ」(800円)、「アギ」(700円)、「ウルテ」(700円)。アギやウルテは、食肉業者が手作業で細かく切れ目を入れてくれる。機械で切るのが主流になっているが、手作業のほうが断然味が深く、やわらかい。

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手前より「カルビ」(1200円)、「ロース」(1500円)。

「厚みもあって"肉を食べた!"という満足感があるのに、脂はまったくくどくなく品のある甘みを感じるんです。部位によってベースのタレに手を加え味を変えているので、飽きることがありません。さっぱりと食べ終えることができます」

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そして〆にはかならず「ピビン冷麺」(1000円)。「ピビン」はまぜるという意味で、唐辛子のきいた甘辛タレを、そば粉とじゃがいものでんぷんのもちもち麺にしっかりとからめる冷麺だ。

「本場韓国よりもタレは少し辛めにしているそうですが、辛い物好きの私と妻は辛さ増しでさらに倍かけてもらいます(笑)。これで2時間ほどの食事が終わります。芝蘭さんでは本当にたくさん食べますよ。デザートに『シルトッ』という小豆をまぶしたお餅がサービスで出るので、子供は大喜びです。でも大人たちはお腹がいっぱいで、いつもありつけません(笑)」

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2階までを使ったかなり広い店内のなかで、1階のテーブル席が東さんのお気に入りだ。

「お店の方のキビキビとした気持ちのいい動きを見ることもでき、活気を感じられるので好きですね」

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2階には掘りごたつとテーブルの個室もある。大人数の宴会にも対応できる。

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そもそも東さんが芝蘭へ通うようになったのは、石さんの甥である石晶文(セキ・チョンムン)さんと、かつてスペイン料理店で一緒に働いていたことがきっかけだ。

「晶文さんはグループ内の別店舗に4年いて、同じ店で働いたのは1年弱。まじめで、礼儀正しくて、とにかく頑張り屋でした。年齢は私より10歳ほど下ですが、ひじょうに頼りがいがありましたね。私が芝蘭に行くときは、彼はもしかして緊張しているかもしれません(笑)」

そんな東さんの言葉を聞いた晶文さんは、照れながら言う。

「東さんとは上司と部下の関係で、私にとっては雲の上の存在です。厳しさのなかに、"これをやる"という強い信念を持っていらっしゃると感じていました。一緒の厨房にいたころには、はっきり聞いたわけではありませんが、もうスペインへ修業に行かれることを考えていらっしゃったんだと思います。

私が芝蘭に勤め始めた5年前に、ふらりとご家族と一緒にいらっしゃいました。"東"のお名前で予約は入っていましたが、まさかあの東さんだとは夢にも思いません。お店で顔を合わせてやっと知ったんですから。そのときの驚きは並じゃありませんし、とっても緊張しました(笑)」(晶文さん)

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叔母である石敬戌さんは、オープン以来ずっと一人で厨房に立ち、身内であろうと誰も調理に手を出すことを認めなかった。しかし20年近くたち「そろそろこの味を伝えたい......」と思い始めたころに、「ぜひやりたい!」と手を挙げたのが晶文さんだった。

「祖父母の焼肉屋、そして叔母の店と、小さいころからこの味で育ってきましたから。一番好きな味ですし、守っていきたいと思ったんです」(晶文さん)

東さんは芝蘭での初めての食事を終えた帰り際に「美味しかったわ。また来るな」と晶文さんに伝えたそうだ。そしてそれは社交辞令ではなく、以来ずっと通い続けている。

「月に1~2回は行っています。疲れているときは、肉を食べたいんですよね。芝蘭にはいつも疲れを癒してもらっています。家の台所、といってもいいほど私の生活に根付いているんです」

撮影 瀧本加奈子  文 竹中式子

■ 韓国伝承 家庭料理・焼肉 芝蘭 CHI RAN

京都市北区紫野下築山町54-3
075-432-2298
17:00~23:00(L.O.22:30) 日曜・祝日17:00~22:30(L.O.22:00)
定休日 月曜日※祝日の場合は営業
http://www.chi-ran.co.jp/index.html