「acá 1°(アカ)」東 鉃雄さん
プロフィール
25歳で料理人を志し、京都のスペイン料理の老舗「ラ・マーサ」で働きはじめる。4号店「フイゴ」の店長時代に研修で訪れたスペインでモダンスパニッシュと出合い、目指すべき方向性が定まる。その後、スペインにわたり修業を積み、帰国後の2014年に「フイゴ」の跡地に「acá 1°」をオープン。2017年にミシュランの一つ星を獲得、おまかせコースのみの予約の取れない一軒である。
おすすめコメント
オーナーシェフの仲本章宏さんとは、まだ私が店を開く前の、料理人が集うバーベキューで出会いました。シエナ「バゴガ」、フィレンツェ「エノテカ ピンキオーリ」などイタリアで6年、その後はニューヨーク「レストラン・ファライ」で1年間と海外経験が豊富な仲本さんに、当時スペインでの修業を考えていた私の相談に乗ってもらい、親しくなっていったんです。
「リストランテ ナカモト」は、京都の中心地から離れた木津川市に2011年にオープン。こちらはご実家のあった場所だそうです。なぜ、不便ともいえるこの場所に? と尋ねると、仲本さんはおっしゃいました。
「イタリアでは星付きのレストランの多くは、田舎の交通の不便な場所にある。お客様はその店で食事をするために、わざわざ足を運ばれるんです。それこそトマトパスタひと皿のために30分車を飛ばしたり。自分のクオリティを試すためにも、生まれ育った木津以外で店を構えることは考えられませんでした」
そのように好きなことに邁進される仲本さんとお話ししていると、とても気持ちがいいんです。私も「好き」が要にあって、その延長線上にある人やコトを吸収して仕事をしていくタイプですから。料理人として、経営者として、「会いたい」気持ちがつのる――そんな仲本さんのお店は、私にとって刺激のある学びの場です。
リストランテ ナカモト
「この立地で、このクオリティの高さ! 木津でお店を持たれることに意味があることを強く感じます。私も今は京都の中心地で店をやっていますが、いつかは落ちついた場所で......という夢はあります。とはいえまだ勇気がないんですよね。でも仲本さんは30代後半という同世代で、あえて木津でやる、という意志を貫いている。その姿勢にあこがれます」
京都駅から30分に1本のJRに揺られて40分、ほぼ奈良ともいえる木津駅前には高い建物はなく人もまばらで、鄙びた光景が広がる。そこからとぼとぼと代わり映えのしない街並みの中を5分ほど、木津川市役所の目の前に「リストランテ ナカモト」はある。決してにぎわっているとは言えないこの地へ、多くの美食家たちがわざわざ足を運んでいる。すべてはこの店の美食を味わうためにだ。
東さんが熱弁するとおり、リストランテの扉を開けると、仲本章宏シェフの美学が随所にあふれる空間が広がっていた。
中庭を臨むテーブル8席に、4名までの個室がひとつ。天井が高いので、こぢんまりとした空間ながら開放感がある。
「私の店もカウンターとテーブルで16席と、規模が近いのでとても参考になります。特にテーブル席から見る厨房の高さが絶妙ですね」
シェフ目線で見ると、こちらの厨房はとても機能的で、かつ客のことも考え抜かれているそうだ。
「厨房の床を掃除したときに水が流れやすいように、ゆるやかに傾斜がついています。熱がこもらないようダクトも、そしてエアコンも風が直接お客様にあたらないように天井に組み込まれています。厨房の熱い空気が客席に流れないよう、エアカーテンでブロックされてもいます。だからすっきりと見えるんですよね。料理人にもお客様にも快適です」
なるほど、料理人の手元だけでなく厨房の細部まで見るのも、「リストランテ ナカモト」ならではの楽しみ方なのだ。
厨房の各所には、いつまでもシェフであろうとする仲本さんの想いがつまっているという。
「この店を作るときに私が一番重視したのは、いかに機能的な厨房であるか、ということです。厨房器具の足元に水が入り込む隙間を作らず、作業に負担がかからない程度でも床に傾斜がついていれば、掃除が非常に楽ですよね。ダクトをはめ込んだ天井のシステムはドイツ製ですが、取り外しが簡単で、こちらも洗浄しやすい。
掃除の時間が短縮できれば、その分料理に時間をかけることができます。それに本を読んだり、大好きなバスケの試合を観たり、人に会ったりとインプットの時間も増やせます。身体にも負担がかかりませんから、10年20年と元気に仕事ができるでしょう。設備への初期投資費用はかかっても、長い目で見ればとても有意義なことだと思うんです」(仲本さん)
コースのみで、ランチは5940円(税サ込)、大和榛原牛使用の場合は7740円。ディナーは9980円、大和榛原牛使用の場合は1万2470円。東さんが特に魅了されたのがパスタだそう。
「コースには必ずパスタが2品出てきます。すべて生パスタで、生地は練り上げてから2日間寝かせる。そうするとプチッと弾けるような歯切れのいいパスタになるそうです」
「ダブルの意味を持つ『ドッピオ ラビオリ』(※ディナーコースのみ)は、仲本さんがエノテカ ピンキオーリでの修業時代、シェフから請われて考案したもの。中に牛ほほ肉の赤ワイン煮と、リコッタとマスカルポーネチーズの2種類のソースが双子のように入っています。とても軽やかで、するりと喉を通ってゆくんです。あまりのレベルの高さと美味しさに、思わず"大盛りで!"と言ってしまい、仲本さんに苦笑されました(笑)」
「サラダもとても手が込んでいるんですよ。お店ではサラダではなく『野菜のひと皿』と呼んでいらっしゃいます。使用する野菜は季節や日によって変わり、冬なら根菜が多いそうです。野菜のうまみを引き出す一番合った方法で、それぞれ焼いたり、揚げたり、茹でたり......20種類くらいあるのかな? とてもボリュームがあります」
「そして特筆すべきはドレッシング! ワインビネガーをベースとした、酸味のあるドレッシングをシート状にし、野菜の上にふわりと掛けます。冬は霜を連想させる季節感、夏はさわやかな清涼感があり、一年を通して魅了されますね」
「デザートの後に出されるプチフールもすべて手作り。5種類も出てきて、どれから食べようか目移りします(笑)。カヌレはカリッとした触感を楽しんでいただくため、焼き上がりから2~3時間以内にテーブルへ運べるよう計算しているそうです。ロリポップタイプのアイスも季節によって味わいが変化、冬は柑橘系で口の中がさっぱりします」
プチフールには、紅茶、ハーブティーなど12種類の茶葉から選んだお茶も一緒に。
「お店にはスタッフを連れてうかがいます。厨房のつくり方からも、お料理からも、どれほど強い想いをもってお店に取り組んでいらっしゃるかを学ぶことができますから。仲本さんは3カ月に1回、お店で料理人に向けての勉強会も開かれ、私もよく参加しています」
その勉強会では、たとえば大阪の3つ星レストラン「ハジメ」の米田肇シェフと、その弟子である「モトイ」の前田元シェフを招いて鼎談をしたり。日本人で唯一、イタリア・アルバでトリュフ騎士の称号を授かった富松恒臣さんによる、トリュフについての講義を開いたり。閉店後の夜11時に、京都・大阪・奈良・神戸から毎回25~30人ほどが木津へ集まり、明け方まで続くという。
「情報は隠しているより、シェアしたほうがより広がりをもって身に付きますよね。オーナーシェフや料理長になると、なかなか勉強する機会もありませんから、みなさんとても真剣に参加されます」(仲本さん)
「仲本さんはオープンマインドで、多角的に物事をとらえる目を持っているんです」と東さんは言う。料理人が魅了される料理人は日々進化することを止めず、木津という場所から美食家たちと料理人たちの心をざわつかせているのだ。
撮影 菊地佳那 文 竹中式子
■ リストランテ ナカモト
京都府木津川市木津南垣外122-1
0774-26-550
昼12:00~15:00(L.O.13:00) 夜18:00~23:00(L.O.20:00)
定休日 毎週水曜含む月6回
https://www.ristorantenakamoto.jp/