BLOG料理人がオフに通う店2021.03.22

「先斗町 ふじ田」-「すし・一品料理 すし昌」の松本敏昌さんが通う店

「旨い店は料理人に聞け!」京都を代表する料理人がオフの日に通う店、心から薦めたいと思う店を紹介する【料理人がオフに通う店】。今回は「すし・一品料理 すし昌」の松本敏昌さんが通う「先斗町 ふじ田」をご紹介します。

_MG_7387.JPG

「すし・一品料理 すし昌」の松本敏昌さん

主人の松本敏昌さんは香川県の出身。大阪の専門学校に通っていた頃、寿司店でアルバイトをしたのをきっかけに飲食の世界へ。うなぎの店や喫茶店のマスターなどを歴任し、平成17年に、「すし・一品料理 すし昌」をオープン。「とにかく美味い魚を食べていただきたい」という思いで、毎朝、中央市場に自ら出向いて新鮮な魚介を吟味し、仕入れている。近鉄京都駅すぐの『近鉄名店街みやこみち』で、美味い魚介とお酒を提供している。

_MG_9816.JPG

よく手入れされた清々しい木のカウンター席が、ゆったりと配置されている。

 先斗町・歌舞練場の真向かいに、静かに暖簾が揺れる一軒。店内に入ると、まっすぐに伸びた、磨き上げられたカウンターが目に入る。その向こうで、料理長の田中正一(しょういち)さんが、出迎えてくれる。
「松本さんとは、仕入れ先の中央市場で顔見知りになったんです。お会いするうちに、互いに話すようになりました。市場でお会いすると、『どない?』と聞いてこられて、僕が『ふつうです』と応えるのがいつものことです(笑)。うちの店には、お休みの日に奥さんと一緒に来ていただいたりしています。今年は、おせち料理を注文してくださいました」と田中さん。
「お店では、お任せのコースを頼みますが、ほんまに何をいただいても美味しいんです。特に今年は、おせち料理がどれもとても丁寧に作りこんであって、お願いして正解でした」と松本さん。美味しいものを追い求める者同士、リスペクトとシンパシーを感じる。

_MG_9857.JPG

テキパキと作業をしながら、カウンターを挟んでお客さんとの会話も大切にしている田中料理長。

 田中料理長は、愛知県の一宮の出身。実家が寿司屋を営んでいたこともあって、自然に日本料理の道へ進んだ。
 日本料理を学ぶなら京都で、という考えで、京都の老舗料亭で修業をスタート。
3年後に「ふじ田」に移り、それ以来、一筋で仕事を続け、平成17年に料理長に就任した。
「うちの店の料理の基本は、オーソドックスな懐石料理です。季節ごとの素材の取り合わせ、器との相性などを考えつつ、歳時記などに合わせた色々なストーリーに沿って、盛り付けや色合いに工夫を凝らすようにしています」。
 コース料理は月替りで変わっていく。しかし、田中さんが作る料理は、単に、「正統派の懐石料理」というだけではない。例えば、和物にチーズを使ってみたり、肉料理を組み合わせたり、モダンな感性でひと工夫加え、変化と緩急を楽しめるコースに仕立てている。「いつ来ていただいても、ちょっとしたサプライズを楽しんでいただきたいと思っています」。
 今回は、コースの「馳走一」から、おすすめの料理を抜粋してもらった。

_MG_9903.JPG

節分にふさわしい一椀。鮮やかな色彩が美しい。料理は全て「馳走一」15,000円(税サ込)から抜粋。

 朱の折敷に、漆黒の塗りの椀が冴えざえとしたコントラストを見せる蛤の真丈の吸い物。酒蒸しにした蛤を、白身魚のすり身と卵黄を合わせた真丈で包み込み、蛤で引いたエキスたっぷりの出汁を張って供する。取材時はちょうど節分の時期だったので、大根を升に見立てて、そこに大豆をのせ、季節のストーリーが鮮やかに表現されている。愛らしい梅人参や緑のセリ、柚子皮を添えた一椀は、豊かな春の色彩に溢れ、春到来を待つ気持ちが伝わってくる。だしに満ちる蛤の濃厚なコクと、ふわりとした食感の真丈がじつによくマッチしている。

_MG_9988.JPG

海の青、白い砂を連想させる盛り付けが食欲をそそる蒸し鮑のステーキ。

 この店の名物料理の一つが、この蒸し鮑のステーキだ。鮑を3時間、じっくり酒蒸しにして、さらに2時間、だしで味を含ませるように煮る。下ごしらえにじっくりと手間をかけることで、柔らかさもありつつ、弾力に満ちた海の恵みの美味しさを余すことなく、堪能できる。添えてあるソースは、鮑の肝を煮詰めてバターを加えたもの。ほろ苦さがバターのまろやかさを纏い、感動的な味わいを生み出す。和の味が続く中で、インパクトのあるアクセントとなって、舌に忘れがたい印象を刻みつける。

_MG_9948.JPG

ほくほく、さっくり、カリっ、と様々な食感と風味が楽しめる、季節の野菜の炊き合わせ。

 季節の野菜の炊き合わせにも、田中料理長の創意工夫が生き生きと息づいている。ゆで汁と一番だしを合わせて、味を含ませた近江かぶは、なんと甘やかな味わいだろう...!八方だしで煮含めた京人参もまた、素材本来の甘みをしっかりと引き出している。小松菜はだしでさっと湯がいて青味も生き生きと、小芋は浸透圧でだしの旨みをゆっくりと含ませて、しっかりとした味わいをそれぞれ楽しむ。
 さらに、玄米粉をまぶしてカラッと揚げた太刀魚を添え、とろりとした濃厚な白味噌だしとともに食すのは、まさにここならではの味。まったりと甘やかな白味噌に野菜や太刀魚をからめて食すとまさしく「滋味」そのものの味だ。滋味深い味を堪能するうちに、"美味しい料理は人を幸せにしてくれるのだなあ"としみじみと思う。

_MG_9878.JPG

いつもにこやかな田中料理長。この笑顔で出迎えてもらうとほっとする。

「僕の師匠でもある前の料理長の時代から"会話もごちそう"というのが、うちの店のモットーで、僕もそれを大切にしています」という料理長。一階はカウンター席のみなので、お客さんに、調理法や素材のことをなど、丁寧に、ユーモアを交えて、時に英語も使って、説明するのだという。笑顔溢れる楽しい会話は、料理の美味しさをさらに引き立てて、食時間を心豊かなものにしてくれる。
 春にはたけのこや山菜、桜鯛が登場して、味も見た目も、春爛漫の華やかなコースに仕立ててくれるに違いない。寛ぎの空間で、肩の力を抜いて、リラックスしながら、京の粋なる料理の数々を楽しんでほしい。帰りは、胃の腑も心も満ち足りて、春の先斗町をそぞろ歩きして帰りたくなるはずだ。

_MG_0005.JPG

二階は個室、三階は大広間とさまざまなTPOに対応してくれる。

■先斗町 ふじ田

京都市中京区先斗町三条下ル 先斗町歌舞練場前
075-255-0500
木曜〜日曜 11:30~14:00、17:00~22:00
※火曜・水曜は予約のみ。
コース料理は昼3800円〜、夜8000円〜。
月曜定休

撮影/竹中稔彦  取材・文/ 郡 麻江