「リストランテ ナカモト」仲本章宏さん
プロフィール
シエナ「バゴガ」、フィレンツェのミシュラン3つ星店「エノテカ ピンキオーリ」と6年間のイタリア修業を経てニューヨークへ。2011年に実家のある木津川に「リストランテ ナカモト」をオープン。決してよい立地とはいえない場所にありながら、多くの美食家が、遠路はるばる足を運ぶ。30~40代の料理人との交流も深く、年間6回ほど主催する勉強会には京都・大阪・奈良・神戸から20~30名が集まり、関西の食文化の幅を広げている。
おすすめコメント
「Bini」のオープンは2010年末で「リストランテ ナカモト」とオープン時期が近く、雑誌の新店紹介コーナーで一緒に掲載される機会が多かったんです。店の規模も似ており、中本敬介シェフは同じ時期にイタリアで修業されていて、料理の感性もどうやら近そうだ。そして「ナカモト」苗字つながりということもあり(笑)、とても気になる存在でした。その後、料理人の勉強会で初めてお目にかかって、思った通り意気投合しました。
中本シェフの料理にはいつもイタリアの風を感じます。分子ガストロノミーの手法を取り入れても、口のなかへ最後に落ちていくハーブの香りなどは、まさに懐かしのイタリア。私もイタリアにいたからこそよくわかります。
2017年に移転された京町家を改装された今のお店は、「洗練された素朴さ」という一見相反する表現ですが、その言葉がしっくりくる佇まいです。誕生日や結婚記念日など、人生の節目に妻とふたりでゆっくりすごしたいときに訪れています。
Bini
京町家の小さな門の前に立っただけで、ふわりと温かな気配を感じる。このレストランのなかには、きっと特別優しい時間が流れている――そんな気持ちが沸きあがるのはなぜなのだろう? その理由は、扉を開けた瞬間にわかった。
「寒いなか、わざわざありがとうございます」と出迎えてくれた中本敬介シェフと理恵子マダム。おふたりの笑顔は、京都のしんしんと底冷えする冬をポッと暖めてくれる陽だまりのようだ。
「中本さんはご自身の知識や技術を包み隠さず話してくださいます。料理人仲間とともに高めあっていこうという意識が高く、でもとっても優しく、柔らかく接してくださるんです。マダムは朗らかでチャキチャキとサービスされます。お料理の説明をされていて、ふと内容を忘れられたことがあったんです。そのときも慌てず素直に『シェフに聞いてきますね』とおっしゃって、なんてチャーミングなんだろうと。ただメニューを丸暗記するのではなく、自分の言葉として話そうとされているんだな、ということが伝わってきました。おふたりが紡ぎだすアットホームさがお店を包みこんでいて、食事が本当に楽しくなるんです」
マダムが心がけているのが「お客様の会話の邪魔をしない」というサービス。
「一緒にテーブルを囲む方は、お友達でも恋人でもご夫婦でも、お互いの関係を深めたいと思っていらっしゃると思います。ですので、お話が弾んでいるようでしたら、あえて料理の説明をしないこともあります。仲本さんは奥様と本当に仲が良く、ずっと楽しそうに会話をされています。"なんて楽しく食事をされる方なんだろう"と、こちらもうれしくなってしまいました。それから、私はそそっかしいので、"お皿を丁寧に扱う"ことも意識しています(笑)」(理恵子さん)
料理はランチ、ディナーともに1万2920円(税サ込)のおまかせコースのみ。
「最初に出される自家製のグリッシーニは、太さが絶妙。お菓子のようなサクッとした歯触わりで、スーッとのどを通っていく。ポキポキ手で折りながら食べるとイタリアを思い出して、どんどんおかわりしてしまうんですよね。料理をいただく前にお腹がいっぱいになってしまいます(笑)」
このグリッシーニのレシピは、ピエモンテでの修業時代、バカンスシーズンに入り働いていた店は休みになったが、バカンスへ行くあてもなかった中本さんが、近くの人気ブーランジェリーに出向いて習ったもの。
「小麦粉は、仲本さんにご紹介いただいた千葉産のものを使っているんですよ。器は私がデザインしてつくってもらいました」(中本さん)
「中本さんの生パスタは、食感、香りの重ね方が私の打つものとは違っていて、印象深いです。私は外食ではパスタを食べたいとはほとんど思いません。でも関西では2軒だけ、"ここのパスタが食べたい"という店があります。その1軒がBiniさんです」
「アンズタケと岩手の短角牛のラグーソース」はさっくり歯切れのいい平打ちのパッパルデッレと合わせる。杏子のようにふわりと甘いアンズタケの香りが鼻腔をくすぐる。
仲本さんがよりいっそう熱をこめて語るのが「鴨のロースト」だ。
「火入れが素晴らしい! 巷では低温調理が流行っていますが、最初から最後までたとえば55℃で火を入れ続けても繊維までは調理できていません。ですので見た目はきれいでも、噛み切れない。ある程度火を入れてから55℃へもっていくのがプロの技なんです。その最初の火入れは肉を見て考えるのですが、どのラインで始めるかもシェフそれぞれ。中本さんと私はその感覚がとても合っていると思います。こんなふうに感じたことは、生まれて初めてです。つきあわせとソースのバランスもとても美しく、そのなかで肉の存在感が際立ち"肉の焼き方がすごかった"と語れるのはなかなかないことです」
中本さんは肉に対する技術と考え方を、ヨーロッパで学んだという。
「12年滞在して、ヨーロッパは肉食文化であることを実感しました。特にスイスは魚介を食べることはほぼなく、肉が主流の国なので徹底的に勉強することができました」(中本さん)
中本さんは26歳の時にイタリアへ渡り4年半の修業を経てスイスへ。ザンクトガレンの「Segreto」開業に伴い料理長に就任。日本人シェフが珍しい時代に、和食材などを用いた「日本人らしいイタリアン」で評判をよぶ。そして8年後に帰国。地元である広島での開業を考えていたとき、京都大原の山田農園の卵に出合った。
「この卵なら、自分のつくりたい料理が表現できると感動しました。京都のことはよくわかっていませんでしたが、"卵ありき"で移住を決めました(笑)。でも朝市にも新鮮で魅力的な食材が溢れていたんですよね。そしてここで料理人の方と情報交換できるのも楽しみのひとつです。京都の料理人はジャンルを問わず勉強熱心で、同じ向上心を持った方がとても多いのです。これはほかの土地では得られなかっただろう財産です」(中本さん)
2010年に哲学の道近くに店を構え、7年後の2017年9月に丸太町のこの町家へ移転した。地元の方たちも、朗らかなおふたりをあたたかく迎え入れ、いつも気にかけてくださるそうだ。
「中本さん主催の勉強会でも、よくお店にうかがいます。自分の道を持ち、志が高い方の料理は、やっぱり心に響くものですよね」
撮影 瀧本加奈子 文 竹中式子
■ Bini
京都市中京区東洞院通丸太町下る445-1
075-203-6668
昼12:00~15:00 夜18:00~23:00
定休日 月曜日、火曜昼。日曜夜は不定休
http://www.restaurant-bini.com/