BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜2021.05.25

炭火割烹 いふき「鮑のガスパチョ」

京都を代表する和食の料理人に、和食の範疇を飛び出した奇想天外な一皿を作っていただく【割烹知新】。今回は『炭火割烹 いふき』山本典央さんの「鮑のガスパチョ」をご紹介します。

奇想の一皿「鮑のガスパチョ」

店主の山本典央さんは、京都北部の舞鶴出身。祇園町の割烹などで経験を重ね、2005年に炭火焼をメインに据えた新しいスタイルの割烹『炭火割烹 いふき』をオープンしました。自由な発想と緻密な思考を基に、上質な魚介類や肉、ジビエなどを鮮やかに調理。臨場感あふれる焼き場の景色を楽しみながら、ここでしか味わえない刺激的な料理に出合える一軒です。

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発想秘話

僕にとって「夏野菜」は大きなテーマのひとつなんです。毎年この時期になると新しいチャレンジがしたくなる。気温が上がってくると、みずみずしいトマトや胡瓜の水分が恋しくなりませんか? やはり身体も自然と時季の食材を求めるんですよね。

そんなわけで今回は夏野菜を使ったガスパチョを作ることにしました。ガスパチョって、もともと農夫たちが畑でお茶代わりに飲んでいたもの。トマトはグルタミン酸が豊富で、南欧やポルトガルではだし代わりにも使いますし、和食に取り入れてもまったく違和感ないと思うんです。ただし色が......。トマトの赤って、和食の流れの中ですごく異質に感じませんか? 僕にはどうもしっくりこない。そこで今回は「ある処理」をして、トマトの赤色を取り除いてしまいます。

僕は新しい料理を考えるとき、まずは各要素をバラバラに分解するところから始めます。例えば今回作るガスパチョなら、それぞれの素材がどんな働きをしていて、どのパーツを外すとどんな影響が出てくるのか。トマトがなければ、うまみと水分がなくなる。でも逆にうまみと水分さえあれば、赤い色はなくても構わない......そんな風に考えを膨らませ、アイデアを形にしていきます。

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主な材料はトマト、水茄子、万願寺唐辛子。そして鮑。味のアクセントに胡瓜と独活(うど)も使います。水茄子はやはり泉州産がおいしいですね。うちでは毎年、泉州の三浦農園の水茄子を使っています。

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トマトと万願寺はそれぞれ串に刺して炭火で焼きます。トマトはつぶしやすいようしっかり焼く。万願寺もしんなりするぐらいまで火を通します。香ばしい香りが付くだけでなく、味もぎゅっと凝縮されます。
一方、水茄子は中心に火が通り過ぎない程度に素揚げします。焼き茄子でも悪くはないのですが、焼くなら長茄子のほうが適しているかな。

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鮑も炭火で焼きますが、事前に立て塩程度の塩を加えた昆布だしで蒸し煮にしています。生のまま焼くと縮んでしまいますが、こうすることで身が縮まず、ふっくらと香ばしく焼きあがるんです。

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そしてこれがガスパチョの主役となるトマト。焼いたトマトを串から外し、ミキサーにかけます。つぶしたトマトを力づくで絞ると赤い色がでてしまうので、丸一日ふきんの上に乗せたままにしておきます。すると重力で自然と水分が下に落ち、透明なトマトだしがとれるわけです。

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こんな感じになります。一見、トマトのしぼり汁には見えないのに、味わいはフレッシュなトマトそのもの。グルタミン酸のうまみがしっかり感じられるはずです。

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この透明なトマトだしに、先ほどの鮑、万願寺唐辛子、水茄子をそれぞれ漬け込み、一日かけて味を含ませます。

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水茄子もこんな感じで......。あとは適当な大きさにカットして、水茄子の上に鮑やほかの野菜を盛り付けます。

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万願寺、独活、胡瓜はこまかくカットして鮑の上に。苦みや青臭さがいいアクセントになるんですよ。仕上げに貝と相性のいい紫蘇オイルをかけて完成です。でもこれが最終形ではないんです。さらに改良を重ねて、より進化したものをいつかメニューに載せてやろうと思っています(笑)。

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炭火焼って「ただ焼くだけ」と誤解されがちなのですが、下処理や焼き方、調味料の使い方などによって、驚くほど多彩な表現が可能なんです。例えば今回の鮑のように、「事前に蒸し煮にする」とか、「魚のたんぱく質が固まり始めるぎりぎりの温度帯で一度火を通しておく」とか、食材のおいしさを底上げする手法はさまざま。最近はガストロパック(減圧加熱調理機)を使った下ごしらえにも注目していて、いいものはどんどん取り入れていきたいですね。

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伝統的な和食の技術を習得し、実践していくことは非常に重要だと思います。しかしそこで満足するのではなく「その上で自分は何を表現したいのか」と考えると、僕はやはり炭火焼の可能性をもっと追求していきたい。これまで和食の世界では「科学的な視点」が欠けていたように感じます。「なぜそうなるのか」を意識せず、当たり前にやっていたものはありますが、科学的なアプローチという点では、まだまだできることがある。一方で洋食のシェフたちは「減圧加熱」や「糖化」「低温調理」など、新しい技術を積極的に取り入れています。彼らの姿勢に刺激を受けますし、ジャンルを問わず「この人はセンスあるな」と感じる人からヒントを得ることも多いですね。鰻や夏野菜など攻略したいテーマや秘かに温めてる構想もあるので、これからも創意工夫を重ね、柔軟に進化し続けたいと思います。

撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子

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■炭火割烹 いふき

京都市東山区四条花見小路南側四筋目東入ル六軒目
075-525-6665
17:00~21:30(L.O.)
火曜休

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