BLOG美人&イケメンスイーツ2019.05.21

『ラ・ヴァチュール』の「タルトタタン」

京都在住の美人&イケメンにお気に入りのスイーツ、デザートを教えていただく企画。今回は、明治時代から続く京都の出汁屋「うね乃」の3代目に嫁がれた采野佳子さんに「ラ・ヴァチュール」の「タルトタタン」についてお話いただきました。

祖母から孫娘へ。伝え、繋ぐ伝統お菓子

推薦人:采野佳子(うねのよしこ)さん

「京都生まれ。服飾関係勤務を経て、うね乃三代目に嫁ぐ。優れたセンスと女性ならではの目線を生かした新商品開発やパッケージデザインなどを手がける。おだしのワークショップなどを開催し、日本の食の根幹、伝統の味を全国に広めている。

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平安神宮や美術館が点在する岡崎エリアの静かな一角に佇む「ラ・ヴァチュール」はどこか懐かしさが漂う、そしてパリの細い路地にありそうな心地よいカフェです。カフェの創立者は現在のオーナー、若林麻耶さんの祖母であり、"ユリおばあちゃん"の名で親しまれた故・松永ユリさん。ユリさんは当時では珍しく、日本女子美術学校で美術を学び、アートに造詣の深い女性でした。
職業婦人としても先鋭的で、最初に祇園で画廊をオープン。その後、ここ岡崎に移転する際に、カフェの前身であるフランス料理店を開業しました。
娘の友美さん(麻耶さんの母)から、パリで出会ったタルトタタンの話を聞き、1977年、自身もパリを訪れて初めてタルトタタンを口にしたところ、すっかり魅了され、帰国後、独自レシピでタルトタタンを作り始めました。
その後、レストランをカフェにリニューアルし、ご自慢のタルトタタンはその美味しさが口コミで広がり、遠くからもお客さんが訪ねるほど、ファンを獲得しました。

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どこかレトロでシックな店内。麻耶さんがリニューアルを手掛けたが、ユリさんが使っていたスピーカーや古い時代の椅子、テーブルなどがよく溶け合って心地いい空間が醸成されています。

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タルトタタンに使うのはリンゴ、バター、砂糖だけ。専用の鍋にリンゴを何層にも重ね、火入れしていくのですが、鍋の中は見えないので、あの濃い焦げ色をうまくつけて、キャラメリゼの香ばしさを引き出すのには、火入れ加減や時間など熟練の技が求められます。

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「祖母はタルトタタンの高さにもこだわったようで、現在も守っている4センチという高さが、もっとも美味しくいただける高さなんです」と麻耶さん。
 麻耶さんは、父が建築家、母がジュエリーデザイナーという環境で育ちました。母の智美さんが創作活動で忙しかったため、学校から帰ると毎日、「ラ・ヴァチュール」で過ごしていました。ユリさんのお菓子づくりを小さい頃から手伝っていたので、タルトタタンの作り方も自然と身につけたそうです。
 高校卒業後、美術大学に入学し、空間デザインを学んでいましたが、卒業と同時に「ラ・ヴァチュール」を引き継ぎました。
「祖母が亡くなり、もしこの店もなくなってしまったら、祖母が創り、ずっと続けてきたことも失われてしまう...。それはとても惜しいことだと思って、ここを受け継いだんです」
表面の艶やかな輝きとしっとりとした断面が美しいタルトタタン。なんとフランスの「タルトタタン愛好家協会」からも認められた正統派です。

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「本当に忙しくて、究極に疲れた時、脳も甘いものを欲するのでしょうか。そういうときにここに来てタルトタタンをいただくと、ほっと落ち着いてリフレッシュできるんです」と采野さん。いつもご主人と来て、奥のスペースの左側手前の席に座るのだそう。
 麻耶さんが作る、ユリさん譲りのタルトタタンは、昔と変わらぬレシピを守っていて、どこまでも濃厚で香ばしく、しっとりした中にりんごの食感がほのかに感じられ、自然な酸味が生きていて、いつ食べても新鮮で古さなど感じさせません。采野さんが「しっかりと潔い甘さ」と評する甘みも、リンゴを長時間煮詰めることで生まれる甘さで、りんごの酸味と共に品のある甘酸っぱさを生み出し、ボリューミーに見えて、一人でもペロリと平らげてしまいます。

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采野さんは高校生時代、制服姿で友人とよくタルトタタンを食べにきていたそうですが、そんな時、ユリさんから「高校生は二人で一つで十分。半分ずつ食べなさい」と言われていたそう。
「実際はタルトタタンをそんなに数多く焼けなから半分ずつにしなさいと言っていたようにも思います(笑)。でも、"コーヒーにはお砂糖を入れないほうがうちのお菓子に合う"とか、結構、口うるさい店主だったようですよ。大人がお茶とお菓子を楽しむお店ですので、TPOにもうるさくて、お客さんにお説教をすることもあったようです」と麻耶さんは可笑しそうに笑います。
 采野さんも「でも、大人になって振り返ると、大切なことをたくさん教えていただいたように思います」と当時を懐かしみます。

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伝説の人、松永ユリさん。アーティストであり、全国に知られる老舗カフェをつくりあげた女性。

ユリさんから受け継いだタルトタタンですが伝統のレシピを守りながらも、麻耶さんらしい新たなチャレンジをさまざまに始めています。
 一つは青森のりんご農家さんとの取り組みです。
「日本では、果物や野菜などの大きさや姿かたちを大切にするので、味やクオリティは全く同じでも色や形が悪いと加工用に回されてしまうことが多いそうなんです。そうではなくてタルトタタンやシードル用としての使い道を開拓してりんごをちゃんと生かして、価値づけることができないかなと思って...。農家さんを訪ねてそういう流れを作りはじめているんですよ」。
 また、「ラ・ヴァチュール」のタルトタタンは、ふじとサンふじを使っていますが、麻耶さんは新しい品種でのタルトタタン作りにも挑戦しています。
 たとえばメルシー。ふじよりもやや酸味のあるりんごで、麻耶さんは試作を重ねて、通常よりも薄く焼き上げてりんごの爽やかさを楽しむ味わいに仕上げました。メルシーのタルトタタンは期間限定で登場するそうです。

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©︎Tetsuya hayashiguti

さらに今年、新たな方向性として、盆栽家の川崎仁美さんとのコラボレーションによる「盆栽とりんごの茶会」を開催。その空間デザインを手がけ、茶会に小さなタルトタタンを主菓子として供しました。「祖母も私もお菓子を作っているというより、作品をつくる気持ちでタルトタタンと向き合ってきたんだと思います。これからもタルトタタンの新たな表現法を探っていきたいですね」。
麻耶さんが空間プロデュースを手掛けた「盆栽とりんごの茶会」。多くの人が訪れました。

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「『ラ・ヴァチュール』にいると、なんだか巣箱の中で安心してくつろいでいるような気分になります。レトロな家具や窓やタイルの床が温かな感じで、懐かしい場所に帰ってきたような気持ちになれますね」と采野さん。
 新たな方向を模索しながらも、代々受け継がれる伝統の味わいはしっかりと息づいています。タルトタタンのほか、麻耶さんが新たに加えたチョコレートケーキのオペラも人気。こちらも深みとコクがあり、生地に使っている砕いたローストアーモンドが香ばしさと食感の楽しさを引き出しています。
 京都の老舗コーヒー店のコーヒー豆ブレンドを使って淹れるコーヒーは、酸味が少なく、コクがあって、素晴らしい香りが漂います。
 祖母から孫娘へ、時代を超えて伝え繋がっていく味わいに、芳醇なコーヒーを合わせて、ゆったりと午後のひと時を楽しんでみてはいかがでしょう。

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香ばしい生地とモカバタークリームが大人の味わい。淹れたてのコーヒーとともにどうぞ。ケーキセット1085円。

■ラ・ヴァチュール (La Voiture)

京都市左京区聖護院円頓美町47
075-751-0591
11:00~18:00
定休日/月曜