BLOG村田吉弘の和食知新2018.11.01

京の味、京の料理とはそもそも何なのか?

By村田 吉弘

これを知っておけば大丈夫!料亭・割烹の楽しみ方やマナーをわかりやすく解説します。京都の老舗料亭「菊乃井」の代表取締役である村田吉弘さんに和食の奥深さ、京都の料理について教えていただきました。

緑滴る東山麓の懐に抱かれるように建つ、料亭「菊乃井」。大正元年の創業以来、京都を代表する名料亭として、多くの人々に愛されてきたこの店の三代当主、村田吉弘さんは、「和食とは何か?」を常に問い続け、様々な活動を続けている。現在はNPO法人日本料理アカデミー理事長に就任し、「日本料理を正しく世界に発信すること」を自らのライフワークとして掲げ、「和食」つまり、日本の伝統的な食文化のユネスコ無形文化遺産への登録に尽力した。その村田さんに改めて「和食とは何か?」そして「和食の最先端」について伺い、5回にわたって、語っていただく。

京の料理の土台となった4つの食文化

「菊乃井」は、二十二代前に大坂城から、ねねさん(北政所)について京都・高台寺へとやってきて、「菊水乃井」という井戸を守るように命じられた茶坊主がご先祖さんです。三代前から料理屋に変わって、井戸の名前にちなんで店の名前が生まれたんですね。
代々続く料亭の看板には「京料理」という言葉をほとんど掲げていませんよね。
それは、それぞれの店の成り立ち、歴史というものがまずあって、「うちの店の味をご提供する」という思いがそこにあると思うんです。
共通しているのは、京都で生まれた店、味であるということ。今回は、それぞれの店の味の成り立ちに影響を与えた、京の食文化について、お話ししたいと思います。

料亭「菊乃井」

京都には、京の食文化を支える根本、伝統的な4つ の食文化があります。
まず一つは、公家の有職文化から生まれた有職料理。都には日本の各地から国司と言われる人が、国元から派遣されてくるわけやけど、同時に料理人も伴われてきたわけです。今でいう、大使館付の料理人みたいなもんですね。
これはつまり、全国各地の名産や食材などが都に入ってきたということであり、それらの珍しい食材や調味料を、御所の料理人が一所懸命、工夫して、殿上人の口に合うように洗練させていったのが、有職料理だと思います。
さらに禅宗の修行中の坊さんの食事である精進料理があります。動物性の食材と、匂いのきつい五葷(ごくん)と呼ばれるネギやにんにくなどを一切使わず、料理に仕立てます。
そして修行中の坊さんが、空腹時に懐に温めた石を入れて空腹をしのいだという懐石、その発想を利休さんが茶の湯に取り入れて完成させたのが、茶懐石ですね。
さらには、庶民である町衆が日々いただくおばんざいがありますよね。

各店がそれぞれに切磋琢磨して、その店らしさを構築

京都の文化は、公家文化が中心やから、料理人ももちろん有職料理の影響を受けます。それだけでなく、お寺さんがぎょうさんあって、当然、禅宗のお寺も多いから、精進料理の影響も受ける。お茶の世界では、京都に三千家があるから当然、茶懐石の影響も受ける。さらに京のおばんざいと言われる町衆の料理の影響も受けて、つまり、この4つの食文化の影響を受けて、それが相まって、京都独特の料理、味ができたんですね。

料亭「菊乃井」

そして、料理屋ごとに、その成り立ちや歴史に則って、各店の主人が切磋琢磨した結果、その店の味、心情というものが完成していったんやと思います。
たとえば茶家の流れを汲んでいるお店は、やはり「侘び寂び」を追求した料理が出てくるし、品書きにも「向付」とか「八寸」とか「煮物椀」とかね、茶懐石に則った言葉を用いておられます。禅寺さんと縁の深いお店やったら、精進料理の影響を強く受けた料理を出さはりますし、おばんざいのお店も町なかにたくさんありますよね。

「菊乃井」が目指す「きれい寂び」

そんな中で、うちの料理は「きれい寂び」を信条にしています。
「美しくて不華ならず。渋くして枯淡ならず」いうてね。
わかりやすくいうと、「上品で美しくあれ。ただ華奢なんでなく、渋くても力強くあれ、枯れすぎてはあかん」といった意味です。代々が、お武家さんの血筋のねねさんにお仕えしていたということも、この流れに大きく影響していると思います。

料亭「菊乃井」

僕自身、枯れすぎんように「美味しさ」と「美しさ」を追求しながら、日々、新しい提案を考え、変化させていきたいと考えています。伝統は革新の連続と言いますが、まさにそれを地で行きたいなと...。
今の僕が大切に思っているキーワードは、「香りとテクスチャーと驚き」なんですけど、このことについては次回、お話しいたしましょう。

料亭「菊乃井」

■ 菊乃井 本店

京都市東山区下河原町 鳥居前下る下河原町459 八坂通
京都市営地下鉄東西線 東山駅(出入口1) 徒歩12分
京阪本線 祇園四条駅(出入口6) 徒歩14分
075-561-0015
http://kikunoi.jp/kikunoiweb/Honten/index

村田 吉弘むらた よしひろ

株式会社菊の井 代表取締役 / NPO法人日本料理アカデミー理事長。自身のライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。また「機内食」(シンガポールエアライン)や「食育活動」医療機関や学校訪問・講師活動)を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動も行う。2012年「現代の名工」「京都府産業功労者」、2013年「京都府文化功労賞」、2014年「地域文化功労者(芸術文化)」を受賞。

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