BLOGうつわ知新2021.08.30

漆器3

備前や織部、古染付といった焼物ごとにうつわをご紹介。京都・新門前にて古美術商を営む、梶古美術7代目当主の梶高明さんに解説いただきます。 さらに、京都の著名料理人にそれぞれの器に添う料理を誂えていただき、料理はもちろん うつわとの相性やデザインなどについてお話しいただきます。

今月のテーマは「漆器」です。
日本料理にとって欠かすことのできない「漆器」について、その特徴を梶さんに解説いただきました。
1回目は日本の漆器と使い方について。2回目は料理に用いるうつわの見方や解説です。
そして3回目は、中華料理を新しい解釈で再構築するイノベーティブ中華の雄「ベルロオジエ」の岩崎シェフとのコラボレーション。 中国と日本の季節感を織り交ぜた岩崎シェフの美しい料理と漆器との稀なる融合です。

「漆器の世界」をお楽しみください。

_MG_0023_1.JPG

梶高明

梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。 全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。

漆器3

Shikki7.jpg

朽木盆

 朽木盆は滋賀県の北西部、若狭と京都を結ぶ鯖街道に沿って発達した山間の朽木の集落周辺で、豊富な森林資源を背景に作られた漆器の盆です。
 室町時代末期には足利幕府も弱体化し、12代将軍足利義晴・13代将軍足利義輝が京からこの朽木の地に難を逃れて滞在するなど、歴史の舞台に度々登場することから、単なる山間の閉ざされた集落ではなかったのでしょう。この朽木盆は領主の朽木氏が奨励して生産させ、上質なものは参勤交代の折に献上品として数多く江戸へ持参され、広く名前を知られるようになりました。

 写真の朽木盆は、江戸に運ばれた上質な盆とは異なり、分厚く丈夫な作りで、低い足をつけて食事の折敷としても、給仕する側の扱い易さも考慮した、実用性に富んだ盆です。民間で自然発生し、発達した民芸色が強いので、一般の懐石料理店でこれをお使いになっているのは見かけませんが、摘み草料理で名を知られている美山荘では、この盆をお使いになり、お料理の趣をさらに高めておられるようです。
漆器2より

Shikki11.JPG

海老チリ風団子と名残鱧を陰陽スタイルで

 「日本料理では、9月には重陽の節句にちなんだ料理が出されます。そもそもこの節句という考えは、中国の陰陽思想からくるものです。すべてのものを陰と陽のふたつに分ける陰陽思想では、奇数は陽の数字とされ、陽数の極み9が重なる日、9月9日が重陽と呼ばれるようになったのです。

 今回は、陰陽思想を表す白と黒の「太極図」を料理で表現してみました。
白の陽は、海老チリ団子にフロマージュブランのソースを合わせたもの。海老のひき肉を団子にして揚げ、桜海老をトッピングしています。一方、黒の陰は、名残鱧のミンチ、インゲン、大葉などをカダイフ(極細麺状の生地)で巻き、揚げたもの。秋ナスのピュレをソースに、焼き茄子のチュイールを添えています。

 朱色と黒の朽木盆を見た時に、陰陽のデザインが頭に浮かびました。本来ならお盆として使われるものですが、今回はうつわに見立て使わせていただきました。」
岩崎シェフ

Shikki8.JPG

北大路魯山人造 日月椀

 多くの人が憧れる北大路魯山人の漆器の代表作、日月椀です。このお椀は漆器の産地である温泉で有名な加賀地方の山中の辻石斎という職人が手がけました。私も様々な勉強をするうちに、魯山人と辻石斎が作り始めた当初の日月椀は、今の姿とはずいぶんと異なるものであったことを知りました。金銀の装飾部分は、金色の代わりに朱色、銀色の代わりに灰色を用いたのです。しかも、椀の外側表面の漆の下地に和紙を用いた艶の少ない一閑張(いっかんばり)も、最初は光沢のある一般的な椀の仕上げでした。
 時間の経過とともに試行錯誤と改良を加えられた日月椀は、やがて一閑張が採用され、装飾では、金色の下に赤、銀色の下に灰色が隠されたお椀になっていきます(金銀の下なので見えませんが...)。
 ただし魯山人はある時、辻石斎に対して絶縁状を送りつけて縁を切っておりますので、その後京都で作らせたものなのか、やはり山中の誰かに作らせたものなのか、詳細が分からなくなっています。この日月椀を眺めているうちに私は気づいたのですが、椀の胴にかすかなくびれがあります。このような形はお椀には見たことがありません。唯一心当たりがあるのは、樂家の作る樂茶碗に見かける特徴です。
 魯山人がお椀に一閑張を採用したこと、微かに胴を締めた姿にしたことは、茶道具の形を熟知した数寄者からの助言に強いひらめきを得たのではないかと思っています。写真の右側の日月椀の金銀彩の下にはどちらにも朱色が隠されているのが見て取れます。下地の色が最終的に朱色と灰色になるまでには試行錯誤があったことが想像できます。
 30年くらい前には、大きなサイズの煮物椀を好む料理人の方が多くいましたが、いまは小さめのサイズが好まれるようになりました。
 しかし、この日月椀の人気はそんなサイズがどうこうという問題など、まったく関係ないようです。
漆器2より

Shikki10.JPG

蕪と菊花のお椀

「9月に日本料理店にうかがうと、菊のお軸がかかっていたり、料理に菊花が用いられていたりと、重陽の季節感をさまざまに表現されています。
 中国では、菊は不老長寿の効能があるとされ、古くから薬草として用いられてきました。重陽の節句には、菊に綿をのせて露を含ませ、その綿で身や顔をぬぐったそうです。

 このお椀は、菊花を模した蕪に菊の花びらを添えた、まさに重陽を表した料理です。蕪の中には、栗のチャーハンを詰め込み、フカヒレをトッピング。鶏の白湯スープをはっています。魯山人のお椀の圧倒的な存在感には、シンプルで色も少ない料理をと思い、このお椀を仕立てました。

 これほど素晴らしい漆器を中国料理に使わせてくださった梶さんの寛容なお心に感謝いたします。」岩崎シェフ

rakuyaki7.jpg

ベルロオジエ
2019年12月に苦楽園から四条河原町GOOD NATURE STATION2Fに移転して開業。ベースは中国料理だが、モダンスパニッシュにも通じるアート感覚にあふれた料理が評判。大阪のホテルで広東料理を、京都のホテルで四川料理を身に付けた岩崎祐司さんが、独学でフレンチなどガストロノミーを学び個性あふれるチャイニーズ・イノベーションを創り上げた。餃子や酢豚を再構築して旨味を積み重ね、デザイナブルな料理に仕上げる。温前菜からデザートまでのおよそ10~14品のコースは、驚きと感動の連続。ゆったりと楽しみながらも、時間があっという間に過ぎていく。

rakuyaki8.jpg

■ ベルロオジエ

京都市下京区河原町通四条下ル2丁目稲荷町318番6 GOOD NATURE STATION 2F
075-744-6984
12:00~15:00(※12:30最終入店)、18:30~22:30(※19:00最終入店)
休 水曜日(不定休あり)