BLOGうつわ知新2021.06.27

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備前や織部、古染付といった焼物ごとにうつわをご紹介。京都・新門前にて古美術商を営む、梶古美術7代目当主の梶高明さんに解説いただきます。 さらに、京都の著名料理人にそれぞれの器に添う料理を誂えていただき、料理はもちろん うつわとの相性やデザインなどについてお話しいただきます。

今月のテーマは「祥瑞」です。
染付のなかでも緻密な文様が特徴で、ファンの多い「祥瑞」について梶さんに解説いただきました。
1回目は「祥瑞」が生み出された歴史的背景や特徴について。2回目はそれぞれのうつわの見方や解説です。
そして、3回目は、野菜をメインにしたフレンチレストラン「青いけ」の青池啓行シェフとのコラボレーションです。
青池シェフが祥瑞の個性をひきだす料理を盛り付けてくださいます。
「祥瑞の世界」をお楽しみください。

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梶高明

梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。 全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。

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祥瑞大鉢

 私が所有する「祥瑞」の中で、もっとも「祥瑞」らしい特徴を持った大鉢です。呉須は美しいバイオレットカラーをしていて、見込みには8種類の幾何学模様を配しています。これだけで「祥瑞」と分類してやってもよいでしょう。高台内には「大明成化年製」と記されており、先に解説した「五良大甫 呉祥瑞造」ではありません。高台の畳付き付近には粗い砂の付着が見られ、砂の付着を防ぐために高台部分の釉薬を削ることはされていません。また、口縁部分には虫喰い予防の鉄薬も塗られておらず、ハッキリ虫喰いができています。このようにいくつかの特徴が欠けていますが、この鉢を「祥瑞」と呼んで問題ないと思います。

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祥瑞手捻子文七寸皿

 やはり染付の色はバイオレットカラーです。見込みには松と鳥が描かれていて、その周辺の捻子(ねじ)模様(螺旋模様)の中に幾何学文を描いています。透明ガラス釉の輝きも、純白の磁胎も美しいので、これだけで「祥瑞」に分類してやってもよいでしょう。高台内は「五良大甫 呉祥瑞造」ではなく「角福(かくふく 角ばった福ノ字)」らしき模様が描かれています。高台の砂、口縁部の虫喰いも見ることができます。

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右手前:祥瑞手波兎文小皿 左と右奥:祥瑞手五寸向付

 これらのうつわは、「祥瑞手(しょんずいで)」と表記したように、「祥瑞」と呼んで良いものかどうなのか、判断に迷ううつわです。右手前の中央に兎を描いたうつわの染付はバイオレットカラーです。しかし、兎以外には模様化された唐草が描かれてはいますが幾何学文ではありません。それでは、染付の色合いだけで「祥瑞」と判別するのか?と考えさせられるうつわです。
 私はこれとよく似た兎の同種のうつわを幾度も扱いました。それらはみんなバイオレットカラーでした。図柄は、あるものは幾何学的な模様と判断できるものもありましたので、その経験からこれを「祥瑞」の仲間に分類しても良いように思います。

 他の2種類のうつわは、見込みの図柄が少し異なってはいるものの、実に似通ったうつわです。どちらも染付の色は暗く沈んだ「古染付」の典型的な色をしています。しかし見込みの周辺には幾何学文を配して「祥瑞」らしい風情があります。実はこのうつわは魯山人が残した「古染付百品集」と言う書籍に掲載されていました。そこには「祥瑞風平向(しょんずいふうひらむこう)」と命名されていました。魯山人もこのうつわが「祥瑞」の特徴を示してはいるが、「祥瑞」と呼んでしまうのには、少し不十分と考えていたようです。
「祥瑞」の様式が突発的に成立したのではなく、これは誰が見ても「祥瑞」だ、というものが出現するまでには試行錯誤を繰り返して仕上がって行ったと考える方が自然ではないでしょうか。そのように考えれば、「祥瑞」の条件を完全に満たしていなくても、「祥瑞」への過渡期のうつわと捉えるべきなのかもしれません。

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手前:14代永楽妙全作 祥瑞平皿 
右奥:12代永楽和全作 祥瑞写茶盌

 明代末期のうつわを並べて、それが「祥瑞」かどうかを検証することも良いのですが、日本の陶芸家たちは何をもって「祥瑞」と思って写して来たかを学べば、「祥瑞」の姿がもっとハッキリするのではないでしょうか。ここに明治から大正期の永楽家の作品を2点ご紹介します。
 残念ながらどちらの作品も特徴的なバイオレットカラーはうまく表現できていません。しかし、全体的に幾何学文を配し、虫喰いが発生しそうな口縁や、茶碗の胴紐(胴体に回した紐状の装飾)部分は、焼成前に透明釉を拭き取って、代わりに鉄釉を塗って、虫喰いの発生予防をしています。私が特に注目したのは茶碗の高台部分です。写真では少し見にくいかもしれませんが高台の先端部の畳付(たたみつき)から約2mmの高さまで、透明釉を削って、砂を付着させないための配慮がされています。この虫喰いや砂の付着への対策が、小堀遠州の目指した「綺麗さび」へのこだわりが伺える点ではないでしょうか。
 これら2点は京都の永楽家が作ったものですが、永楽家の勝手な創作ではないと思われます。それは、永楽家の染付磁器では虫喰いも砂の付着も発生しないのですから、それに対策をする必要はありません。ですから「写(うつし)」の文字が示すように永楽家は、徳川家・三井家などのスポンサーに「祥瑞」と伝わる本歌(ほんか=オリジナル)を借りて、忠実に写した結果、本来不必要なはずの作業も行なわれている訳です。

 こうして「祥瑞」について学んで来ると、「祥瑞」の定義は、案外はっきりしていないことにお気付きになったことでしょう。箇条書きにした「祥瑞」特徴も、その全部にあてはまるものなどほんの一握りしか存在しなくて、ほとんどは私たちのおおよその判断でもって、「古染付」と「祥瑞」の境界線を引いているということでしょう。

祥瑞3につづく