「旨い店は料理人に聞け!」京都を代表する料理人がオフの日に通う店、心から薦めたいと思う店を紹介する【料理人がオフに通う店】。今回は「先斗町 ふじ田」の料理長の田中正一さんが通う「祇園ゆやま」をご紹介します。
『先斗町ふじ田』の料理長の田中正一さん
愛知県の一宮の出身。実家が寿司屋を営んでいたこともあって、自然に日本料理の道へ進んだ。日本料理をするのなら京都で、という考えで、京都の老舗料亭で修業をスタート。3年後に『先斗町ふじ田』に移り、『祇園ゆやま』の主人、湯山猛さんのもとで経験を積み、平成17年に料理長に就任した。「基本はオーソドックスな懐石料理ですが、季節ごとの素材の取り合わせ、器との相性などを考えつつ、歳時記などに合わせた色々なストーリーを考えて、盛り付けや色合いにちょっとしたサプライズを添えて、工夫を凝らすようにしています」。お客さんとの会話を大事にすることも、湯山さんからの大切な教えだという。
シンプルな店内に入ると、よく磨き上げられた美しいカウンター席がまず目に入る。とても気持ちの良い空間。
華やかな祇園の一角に佇む端正な一軒。暖簾をくぐって中に入ると、店内に入ると、まっすぐに伸びた、磨き上げられた木のカウンターが目に入る。
店主の湯山猛さんは、推薦者である『先斗町ふじ田』の料理長・田中正一さんの師匠である。田中さんは湯山さんのもとで長年修業に励み、現在、湯山さんのあとを継いで、料理長を勤めている。
「うちの店もまずカウンター席があって、お客様との会話を大切にしていますが、そのことを教えてくれたのが師匠の湯山さんです。プロが作る料理は美味しくて当たり前、そこに雰囲気、人、おもてなしがきちんと寄り添ってこそ、本当に満足していただけるということを肝に銘じています」と田中さん。
「田中くんがそのことをよく覚えていてくれて、嬉しいですね。『先斗町ふじ田』時代から私自身も大切にしていることで、自分の店を持った時も、まずそのことを第一に考えました」と話す湯山さんは、日本料理一筋38年のベテランだ。
明るい接客を心がける湯山さん。調理の際に一瞬見せる、凛とした表情にプロ意識を感じさせる。
湯山さんは熊本県の出身で修業のスタートは大阪の寿司店だった。親しくしていた先輩から「日本料理をするなら割烹が面白いぞ」と誘われてある割烹店に食事に連れて行ってもらった。
「その時に出てきた八寸が、それはもう美しくて華やかでびっくりしました。こんな素晴らしい世界があるんだ!と感動しまして、日本料理をしっかり極めようと京都に行くことを決心しました」。その後、今はなくなってしまった京都の名料亭「伊勢長」や「河富」で修業し、34歳で「先斗町ふじ田」の料理長に就任した。
その頃から、湯山さんのモットーは「料理屋は料理だけでは成り立たない。料理、雰囲気、そして何よりも人」ということ。この3つが揃って初めて、お客様にとって良い店となりうると考えて、ここまでやってきたという。
提供する料理は、おまかせのコースのみ。料理はまず季節感が大事ということで、毎日、中央市場に自ら仕入れに出かけて、その日その日の旬の素材を手に入れる。そこから献立、器の取り合わせなどを考えて、コース料理を組み立てていくそうだ。
女性に大人気なのがお昼の3800円(税込)のコース。自家製の名物料理、ごま豆腐から始まり、旬味をたっぷりと提供する。
ごま豆腐は、ごまと吉野葛を練り合わせて作るのだが、葛をやや少なめにして、とろとろに仕上げる。なめらかなごま豆腐に、醤油の風味が香ばしいべっこうあんをかけて食べると、お酒好きなら、もうここから日本酒が欲しくなるはずだ。
伊万里の猪口に入ったとろりなめらかな、ごま豆腐。スプーンですくっていただく。この味を求めて通うファンがいるのもうなずける。
女性のリピーターが多いお昼のコースの中で、「わあ。綺麗!」といつも歓声が上がるのがこの縁高。ぎっしりと季節の味が詰め込まれている。
ごま豆腐に続いて出てくるのが、旬味旬菜があふれんばかりの縁高だ。めかぶと汲み上げ湯葉、春キャベツとエリンギの胡麻和え、山クラゲとしらす、菜種の辛子漬け、筍などの旬の味に、明太子チーズとぶぶあられ、手毬寿司、サワラの幽庵焼、淡路の天然鯛とゆばこんにゃくの造りなど、創意工夫を凝らした料理がぎっしり。彩りも味わいもバラエティ豊かで、大満足すること間違いないお値打ちのコースだ。
夜のコースは8000円〜(税サ別)。さらに、華やかに贅沢に旬の味わいをたっぷりと楽しめる。
椀ものはため息が出るような美しさ...!漆黒にこごみや木の芽の緑、艶やかな筍がとてもよく映える。白身の魚のすり身に岩のりを合わせた真丈が、鮮やかな海の香りと運び、山の幸の筍と素晴らしい相性を見せる。
春の喜びが伝わってくるような美しい椀もの。たったひと椀に日本料理の美学と真髄を感じさせる。
料理は全て10,000円のコースから抜粋。
湯山さん自身が若い頃に感動したという八寸は、まさしく、深い感動に満ちている。
甘鯛のうろこ焼、菊芋の煎餅、筍姫皮のきゃら煮、鯛の松風、花わさびの醤油漬け、きんぴら、めかぶ、白菜菜のお浸し、のし梅の博多揚げ、餅麩と菜の花の辛子和えなど、とりどりの味わいが互いにハーモニーを奏でる。
湯山さん自身も好きだという全国の地酒も、よく吟味されている。瑞々しい青竹の酒器でゆっくりとおすすめの地酒を楽しむのもいい。
「お客様はお酒を飲まれる方が多いので、特に八寸ではお酒に合う味わいを、少量でたくさんの種類で楽しんでいただきたいと思っています。締めには、鯛茶漬けやいわし茶漬などが喜ばれますね」
絵巻物を見るように、うっとりする美しさの八寸。写真は2人前。
青竹の酒器は、酒をまろやかにしてくれるという。お酒がついつい進んでしまいそう。
奥の座敷は4名まで。家族や友人と寛いでゆっくりと過ごしたい。
「春は桜鯛を造りや蒸しで、夏は鱧の炭火焼、秋は焼き松茸に栗の渋皮煮、冬はかぶら蒸しに、ふぐや白子など、四季の恵みをふんだんに取り入れてご提供しています。祇園だからといって敷居が高すぎず、肩の力を抜いてリラックスして楽しんでいただけるよう心がけています」
カウンターで湯山さんとの会話を楽しむのも、また奥の座敷でプライベートな食のひとときを味わうのもよし。季節の移ろいを感じながら、ゆるりと京の旬を味わい尽くしてみたい。
ほっとリラックスさせてくれるような湯山さんのこの笑顔。「料理のこと、お酒のことなどなんでも聞いてくださいね」。ここでは、楽しく弾む会話もまた、ごちそうの一つだ。
■祇園ゆやま
京都市東山区 花見小路東入ルアートハイツ 1F
075-551-2688
営業時間 11:30~14:00、17:00~23:00
おまかせのコース料理は、昼3800円〜、夜8000円〜。
月曜定休
予約がベター
撮影/竹中稔彦 取材・文/ 郡 麻江