食知新ブログ
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BLOG料理人がオフに通う店
2018.12.07
「菜処 やすかわ」―「京都吉兆」徳岡邦夫さんが通う店
「京都吉兆」徳岡邦夫さんプロフィール「吉兆」創業者・湯木貞一氏の孫にあたる。15歳から貞一翁のもとで料理の核心を学びはじめる。その後、高麗橋吉兆、東京吉兆での修業を経て、京都・嵐山本店へ。1995年以来、総料理長として現場を指揮。伝統を守りながらも時代に即した食へのアプローチに挑戦し続ける。2009年のミシュランガイド関西版の発行以来、嵐山本店は10年連続で三つ星を獲得。おすすめコメント名古屋などの近郊への出張帰り、夜9時ごろに京都駅に降りたつと、その足で向かうのが祇園にある「やすかわ」さん。参加したパーティでそれほど食事ができず、お腹が物足りない時にもうかがっています。おでんの種類も豊富で、おばんざいも有名ですが、私はいつでも決まったおでん種と一品料理をいただきます。 行く時はたいてい一人です。5~6年前に初めてうかがった時からそうでした。ゆっくりと一人でご飯を食べたい、ほっと一息つきたい、そんな気持ちを満たしてくれる空気がこちらにはあるからです。会議やパーティでたくさんの方と接して高揚した気持ちを落ち着かせ一日の最後にリセットしてくれる、私にとって大切なお店です。菜処 やすかわ「大根、糸こんにゃく、さつまあげ、豆腐の4種類が私の定番です。4つ一緒に頼むこともありますが、出汁が冷めないようにたいていは2種類ずつ。一番最初の大根は外せません。鰹節と昆布を濃い目に利かせた出汁がじゅんと染みわたっています」 昭和60年にオープンして以来33年間、毎日つぎ足されてきた出汁で煮込んだおでん(1個税別200円、すじ肉おでんのみ400円)。その出汁は「やすかわ」の一品料理のベースにもなっている。 「2個の卵に出汁たっぷりの、ゆるめでフワフワの出汁巻きもお気に入りです」店主の安川裕貴子さんが店内で見る、徳岡さんの姿とは......? 「徳岡さんがいらっしゃる夜9時すぎは、ちょうど最初のお客様がお帰りになってお店が落ち着いたころです。予約の電話もなく、いつもお一人でふらりといらっしゃいます。そして冷の日本酒でいつものおでん4種をつまんでいる間に、焼き魚を注文されます。最近は鯖の塩焼きが多いですね。私とお話しされることはなく、携帯をご覧になったり、考え事をされたりと、お一人の時間を楽しんでいらっしゃるようです」(安川さん) そうして小一時間ほどするとさっとスマートに切り上げて帰られるとか。「一人ですと、やはりカウンターが落ち着きますね。空いていれば端の席を選びます」開店当初はカウンターと小上がりのみだったが、18年前に改装して今では奥に座敷が設けられ、宴会利用もできる。大正時代から続く置屋だった安川さんの実家の一角を改装。深夜1時まで営業しているので、店じまい後の料理人も多く訪れる。撮影 津久井珠美 文 竹中式子■ 菜処 やすかわ京都市東山区末吉町93075-551-339018:00~翌1:00定休日 日曜、祝日※12月31日は営業、ゴールデンウィークも一部営業
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BLOG京の会長&社長めし
2018.12.07
キョーラクの社長が通う店 蕎麦「おがわ」
■ 長瀬孝充(ながせ たかみつ)さん キョーラク株式会社代表取締役取締役社長1957年京都府生まれ。三菱銀行を経て'85年に、プラスチック製品の製造・加工・販売企業である「キョーラク」に入社。代表取締役専務などを経て'98年から現職。さまざまな業種の方にお会いして、美味しいものを共有することを愛している。美食を味わうためのカロリーコントロールとして、自宅のウォーキングマシーンで1万5000歩歩くのが日課。ご主人の蕎麦愛に打たれ、お茶くみも率先してやってしまう「私にとって愛すべきお蕎麦といえば、『おがわ』さんです」 8年連続でミシュランの一つ星に輝いた「おがわ」。ご主人の小川幸伸さんと奥様の二人で切り盛りする北山通りに面する蕎麦屋には、連日行列が絶えない。平成14年のオープン当初から通う長瀬さんは、こちらを「癒やしの場」と言う。 「実家の近くに新しいお蕎麦屋ができたな、と何気なく入ったのですが、その風味豊かな蕎麦ののどごしにびっくり。それからは休日になると家族でうかがうようになりました。当時はまだ行列もありませんでした。カウンター越しにご夫婦と立ち話をしていると、とても心が和みます。仕事で慌ただしくすごしている日常から、ここにいるときだけは距離を置くことができるんです」足繁く通う長瀬さんのお店での様子に、小川夫妻は驚きつつ感謝していたそう。というのも...... 「古民家を改装したテーブル12席の小さな店ですから、行列はなくてもよく満席になりました。私と妻と二人で手がまわらないと、長瀬さんはほかのお客様にお茶を出してくださったり、食器を下げてくださったりして。本当に助かりました。実は1年以上、長瀬さんの肩書きを存じ上げませんでした。どなたにも分け隔てなく明るくニコニコと気配りされている様子に、只者ではない感じはしていたのですが(笑)」(小川さん) 「ご主人とよく話し、お互いの人間性を理解しあえる関係を築く」という料理店との付き合い方のモットーを遺憾なく発揮した長瀬さんは、何より小川夫妻の朗らかな人柄に惹かれているという。お顔写真の撮影をお願いしたが、かたくなに固辞されたシャイなところもまた魅力的だ。「いつも長い時間メニューを眺めて熟考するのですが結局毎回、同じお蕎麦を注文してしまいます(笑)」と長瀬さんが言うそのひとつが「おろし辛味大根」(税込1240円)。 「まずは何もつけずにそのままで蕎麦の風味を楽しみます。次にカツオ、どんこ、昆布でとった出汁つゆに、長野産の辛味大根を溶いてズズッと蕎麦をたぐると、さわやかな辛味がすっと鼻を抜けていくんです」蕎麦の風味を落とさないよう新鮮な味わいのうちに一気におろし辛味大根を平らげた長瀬さんは、すかさず運ばれてきた「鴨せいろ」(1750円)に箸をのばす。 「じっくり焼かれた合鴨に、少し濃いめで甘みのある出汁がからんでジューシーです。この二枚が私の定番。おがわさんのお蕎麦は、群馬産の無農薬の蕎麦の実を挽いたそば粉が10、つなぎ粉が2の割合の"外二(そとに)蕎麦"。とても細く切られていて、スルスルと口に入ってゆきます」 小川さんが今の外二蕎麦にたどり着いたのも、ここ数年のこと。長瀬さんが通い始めてからも試行錯誤を重ねていったという。 「長瀬さんが最初に召し上がった蕎麦から、少しずつ変化していると思います。蕎麦の実を仕入れたら、あとは自分の腕次第。すべて自分の責任になることが楽しいことでもあり、時には苦しいことでもありますね」(小川さん)「小川さんはとにかくお蕎麦を愛していらっしゃるんです。今は行列が絶えずなかなか気軽にうかがえなくなりましたので、特別に冷凍のお蕎麦を送っていただいています。我が家の年越し蕎麦は例年これで作ります。お蕎麦に興味を持たれていた『たん熊北店』さんにお贈りしたこともあります。冷凍蕎麦は半年保つのですが、小川さんは2週間で食べてくださいとおっしゃいます。長く放っておかれると、お蕎麦がかわいそうだからと」 その言葉を聞いた小川さんは照れくさそうに「半年保つとはいっても、冷凍庫のなかに長く忘れ去られると風味は落ちますしね。冷凍蕎麦を美味しく食べるのは難しいんですよ。完全解凍が必要ですし、夏は氷で、冬は冷水でと、しめる水の温度調整も必要ですし」と頭をかく。この冷凍蕎麦は、今は常連客のみへの販売だそうだ。小川さんが蕎麦に目覚めたのは、なんとも運命的な出会いからだった。 「ある催事で蕎麦打ち教室をやっていたんです。たまたま通りかかってその様子を眺めていたら、ちょうど1名欠員が出たので参加しないかと声をかけられて。先生に手取り足取り教えていただきながら、なんとか打ち上がった蕎麦を家で茹でて食べてみたら、なんとびっくり、とっても美味しかったんです。自画自賛ですが(笑)。 生まれて初めて美味しい手打ち蕎麦を口にして目からうろこ、うどん文化に生きてきた京都人である私の概念が覆りました。 それから道具をそろえ、蕎麦打ちにはまっていったんです。当時はサラリーマンだったのですが、その蕎麦との出会いから1年ほどたって起業を志して脱サラ。そして富山の蕎麦屋で1年修業した後、ご縁があって北山のこの場所に店を構えることができました」(小川さん) 小川さんが「たまたま」「催事で」「欠員が出て」蕎麦と出会ったことで、地元はもちろん国内のみならず、今では多くの外国人までもがわざわざ訪ねてくる名店が生まれたのだから、小川さんと蕎麦の深い縁を感じずにはいられない。そして長瀬さんが「たまたま」「実家の近くで」「見かけて」16年もの長く深い付き合いを続けるお店と出会ったことも、また得がたい特別な縁があったからなのだろう。「2016年、我が社は99周年を迎えたのですが、そのパーティ会場のホテルまで小川さんにお蕎麦をふるまいに来ていただきました。できるだけお店の味に近づけられるようにと、設備や器などの準備のために本番までに3回も下見に行ってくださったそうです。社員も社員のご家族もみなさん、こんな美味しいお蕎麦は食べたことがないと大絶賛でした。 小川さんは商売抜きで、お蕎麦に愛情を込めて作っていらっしゃいます。口下手でシャイでいらっしゃいますが、お店に行くとお蕎麦への深い愛を感じることができます。奥様も包み込むようなおおらかさでご主人を支えていらっしゃる。その空気が私にはたまらなく心地いいのです」※価格は取材当時のもの撮影 津久井珠美 文 竹中式子■ おがわ京都市北区紫竹下芝本町25075-495-828111:30~15:00※売り切れ次第終了定休日 木曜(祝日の場合営業、翌日休み)
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BLOG料理人がオフに通う店
2018.12.05
「和久傳」―「祇園さゝ木」佐々木浩さんが通う店
「祇園 さゝ木」 佐々木浩さんプロフィール京都、滋賀の有名料理店で腕を磨き、1998年独立して「祇園さゝ木」を開店。カウンター前で客に魅せる勢いとサプライズ溢れる佐々木さんの料理は、いつしか「さゝ木劇場」と呼ばれる。客一人ひとりに心を寄せる親身な接客にはファンが多い。2009年以降、連続してミシュラン二つ星を獲得している。佐々木さんおすすめコメント「和久傳」さんには、「高台寺和久傳」、「室町和久傳」、京都駅にある「京都和久傳」と、3軒とも伺ったことがあり、特に「室町和久傳」さんによく行かせてもらっています。 2018年4月に料理長になられた松本進也さんとは、「高台寺和久傳」時代からの??......と思っていましたが、娘がまだ小さかった頃「京都和久傳」で京都タワーを眺めながら家族団らんしていた姿を憶えていただいているそうで、実はずいぶん長いお付き合いだったんです。 近頃、「和久傳」出身の料理人が和食界を席巻していますが、どの方も料理はもちろん、サービスやホスピタリティー、店のしつらえなどに対する考え方が素敵で、とにかくみなさん、美意識が洗練されていると思います。料亭できっちり修業された強みであり、料理人としての矜持をしっかりと養ってこられた証しです。「和久傳」さんに伺うと、いつも感じるところがあって、勉強させていただいています。室町和久傳カウンター中心で、手ごろな値段で料亭の味を楽しめる。そのスタイルが愛され続ける「室町和久傳」の料理長・松本進也さんは「高台寺和久傳」でも6年間料理長を務めた、生粋の和久傳料理人。 「佐々木さんとは高台寺のお座敷で何度かお目にかかりましたが、いつも控えめに下座にいらっしゃり、とても礼儀正しく私にもしっかりと頭を下げてくださった姿が印象的です」 そう座敷での思い出を語る松本さんは、カウンター仕事へのあこがれも強かったそう。「リアルタイムでお客様と向き合うカウンターは舞台のよう。料理人の想いを直接お伝えできて、お客様のテンションを上げることができる。そのエンタテインメント性が魅力です」。 佐々木さんが絶賛する和久傳出身の料理人達の魅力は、松本さんの言葉にも表れているように、料理だけに傾倒しない、サービスへの意識の高さにもある。そして料理は「繊細でありながら野趣」であること。食材のポテンシャルを最大限に活かすため、手先だけに頼ることなく研究を重ねる姿勢が脈々と受け継がれている。 昼は7000円、1万円の2コース、夜は1万5000円、2万円コースに、おまかせ2万5千円で、高台寺の和久傳に比べるとかなりリーズナブル。肩の荷を下ろしてカジュアルに、料理人と向かい合いながら「和久傳」の味とサービスを体感できるのは「室町和久傳」ならではだ。鱧と松茸の成相(なりあい)焼き 香り豊かな松茸をたっぷりと裂き、脂ののった鱧でぐるりとくるむ。そして炭火で30分、じっくりと焼き上げると、松茸に鱧の旨味が染みこみ得もいわれぬ味わいがあふれ出す。醤油で炊いた梅干しとタレでいただくもよし、塩が振られているので何もつけずにそのまま素材の味を堪能するもよし。秋(9~11月半ば)の定番で、夜の2万円以上のコースに含まれる。3年前にコの字のカウンターに改装。店内奥と手前にある2カ所の庭が臨みやすいと好評。どの位置からもカウンター内を見渡すことができ、4人の料理人による和久傳劇場を楽しめる。おくどを改装した天井の高い8人までのカウンター個室や、テーブル個室もあり。文 竹中式子■ 「室町和久傳」京都市中京区堺町通り御池下ル東側075-223-3200営業時間/11時30分~15時(最終入店13時30分)、17時30分~22時(最終入店20時)定休日/火曜、12月27日〜30日※12月31日〜1月3日は特別献立にて営業
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BLOG京のほっこり菜時記
2018.12.05
「こっぺ」
待ち焦がれたカニの季節がやってきた。11月6日のカニの解禁日が近づくと、「今年もカニの季節ですねえ」と電話をくださる店があって、いそいそとでかけていく。お目当ては松葉ガニの雌「こっぺ」。一般的には「セコ蟹」と呼ばれるが、鳥取では「親ガニ」、石川など越前では「香箱ガニ」、そして京都では「こっぺ」と呼ぶ。雄のふくふくして甘い身も確かに美味しいが、私は赤い子のつまった雌のこっぺが好き。料理屋さんにいくと、内子が詰まった甲羅のなかに、足の身やプチプチした食感の外子もきれいに盛ってだしてくれる。細い足から身をだしたり、甲羅についた外子を外すのは、ほんとうに根の要る作業。客が食べやすいようにと、丁寧な仕事をされる料理人さんには頭が下がる。もし、自分でこっぺを買って身をとりだしながら食べたとしたら、「幸福感」までは感じないだろうと思うのだ。冒頭の店以外にも、こっぺを食べに行く店は何軒かあるが、なかでも「早く行かなきゃ」と心が急いて足を向けるのが、烏丸錦の『四季料理 かわむら』だ。日暮れ時に、錦通りから細い路地を入ると、ふんわり優しい灯りが見える。『かわむら』の開店は36年前で、当時はこの路地には、他に飲食店はなかったそうだ。私が通い始めたのは、20年くらい前だろうか。その頃には、この路地にもバーや和食店など数軒できていて、職場から近くよく通っていた。ただし、『かわむら』へは、なんだか気後れして入れなかった。前を通るときにちらりと見えるカウンターには、スーツ姿の紳士が並んでおられ、「私なんかお呼びじゃないな」と思っていたのだ。ところが、隣のバーに通ううち、客を見送る女将さんとしばしば顔を合わせるようになった。何回目かに顔を合わせたときに女将さんが、バーを指さして「この店のお兄さん面白いやろ(店主は日本舞踊のお師匠さんで、ドラッグクイーンでもある)」と声をかけてくださった。「いや、めっちゃ面白いんですよ」と答え、顔を見合わせ笑いあった。そんなことがあって『かわむら』の暖簾をくぐってみると、誠実で確かな味の料理に、私はすぐに夢中になった。おからや鰊なすなどおばんざい、お造りも天ぷらも。何を食べてもしみじみ美味しくて心が安らぐ。女将さんの人柄そのものという感じだった。そう、そしてもちろん「こっぺ」も。この店のカニは基本、間人(京丹後市の港)から届く。ただし、水揚げが少ないと入荷しないので、電話は必ず必要だ。間人は船が5隻ほどしかない小さな港で、近場で漁をするから、カニが新鮮で美味しいといわれている。確かにそうだろう。でも、こうして美しく料理してくれる店があるからこそ、その価値はなお上がるのだと思う。身はしっとりとして甘く、内子も味噌も濃厚。美しい葉を添えるきめ細やかな演出にも、女将さんの客への想いが感じられる。今年はあと何回食べられるだろう。この先、何年ここに通えるだろう。「この店が続く限り、通えればいいなあ」と女将さんと話しながら思うのだ。■ 四季料理かわむら京都市中京区錦通り烏丸西入075-255-0192営業時間/17:00~23:00定休日/日曜日
中井シノブ
ライター
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BLOG村田吉弘の和食知新
2018.12.03
五感で愉しむ和食の真髄(1)
緑滴る東山麓の懐に抱かれるように建つ、料亭「菊乃井」。大正元年、創業以来、京都を代表する名料亭として、多くの人々に愛されてきたこの店の三代当主、村田吉弘さんは、「和食とは何か?」を常に問い続け、それを使命に様々な活動を続けている。現在はNPO法人日本料理アカデミー理事長に就任し、「日本料理を正しく世界に発信すること」を自らのライフワークとして掲げ、「和食」つまり、日本の伝統的な食文化のユネスコ無形文化遺産への登録に尽力した。その村田さんに「和食とは何か?」について語っていただくシリーズの今回は第二回、「五感で感じる和食」をテーマにお話をいただいた香りで蘇る、料理の記憶と季節の思い出「前回のお話の終わりに、今の僕が大切に思うキーワードは、「香りとテクスチャーと驚き」について少しだけ触れましたが、今回はそこを詳しくお話したいと思います。「まず、和食において、香りというのはとても重要です。料理をいただいた時に、人の記憶のバンク(銀行)にはね、まず、香りが残るんやないかなと思うんです。「たとえば、おばあちゃんが作ってくれたバラ寿司を食べたいとなるでしょう?で、お母さんが、同じ素材、同じレシピでまったく同じに作ったとしても、"似ているけど、なんか違う"ってなるんですよ。それはね、おばあちゃんの家の香りの記憶というものがそこに確かにあるからなんです。おばあちゃんがバラ寿司を作っている台所の音、酢の匂い、おばあちゃんの足音、声、笑顔、そして目の前に並んだ時の寿司の香り。要は、嗅覚、視覚、聴覚が一体となって、記憶に残っていて、味覚は実はあまり残っていないということですね。その中で、重要なのが嗅覚。家の香り、台所から漂う匂い、酢飯の酸っぱい匂い。それがまず、ピピッと感性に響いて、記憶の鍵になるんですね。香りはイコール季節でもあるんです。ほら、金木犀が香ってくると秋の深まりを感じるでしょう?桜餅の葉の香り、だしの香り、松茸の香り、餅を焼く時の匂いとかね。香りと季節って、セットで蘇ってきませんか?そやから、私も、料理を作るときは、椀の蓋を開けた時の香り、焼き物にそっと添えや柚子皮や山椒の香りとかね、まず、最初に香りを感じていただくことをとても大切に考えています。パリッとしたテクスチャーが、胡瓜もみを極上の逸品に。テクスチャーについても同じですね。たとえば胡瓜もみってありますでしょう?胡瓜を塩で揉んで、ぎゅっと絞って、あとは生姜汁をちょっと加えてね。それをパリパリって食べると「美味い!」となるんですけど、あのパリッと感じるテクスチャーがなければ、そこまで美味しいと感じないと思うんです。胡瓜自体、青臭い頼りない味やし、カロリーもないしね(笑)。胡瓜と生姜の清涼な香り、そしてパリパリっというテクスチャーがあって、美味しいと感じる。そんな生き物は人間しかいないし、胡瓜もみの真の美味しさがわかるのは、日本人だけでしょうね。まず、香り、テクスチャーがあって、そして、器であったり、演出であったり、いろいろな要素を足すことで、今度は"驚き"へと繋がっていくわけです。時空も空間も距離も超えてしまう、料理の不思議な力先日も、70歳ぐらいのお年の男性のお客様に、焼き栗をお出ししたんです。焼き栗がころんと一つだけ転がったようなとてもシンプルな一品ですが、その香ばしい匂い、ころんとした姿に大層、喜んでいただきました。その方はね、栗を食べた時に甘い、とか、味だけに感動されただけでないんです。それよりも「ああ、子供の頃なあ、よう栗を取ってきて、焚火でこうやって焼いて食べたなあ」ととても懐かしそうに思い出を話されるんです。「おじいちゃんと一緒に焼いてんけどあ、楽しかったなあ。あの頃の栗はこんな立派なもんやなくって、小さくて、硬くて、あんまり甘くもなかったけど、焚き火で焼いて食べると美味しかったなあ」って、70歳のその方も、もう、ええおじいさんなんですけど(笑)、その一瞬、7歳ぐらいの子供に戻ってしまっているんですね。たった一つの料理がね、時空を超えて、その人を何十年も前にトリップさせてしまうんです。これってすごいことでしょう?ぷりぷりの鯛の刺身が出てきたらね。今度は、夏の思い出に飛んでいくんです。何十年も前の夏、家族みんなで海に行った時に海辺の店で食べたなあとかね。時空も空間も距離もなく、それを簡単に超えてしまう力が料理にはあるんですね。皆さん、忘れていた記憶が蘇ることにびっくりされるんやけど、その驚きこそがイマジネーションの原動力になるんやと僕は思っています。たった一皿の料理から感じる驚き。そしてそこから、想像の翼をいくらでも広げることができる。そのキーとなるのが、香りとテクスチャーなんです。次回は、「五感で感じる和食の真髄⑵」ということで、和食と空間のお話をしたいと思います。文 郡麻江■ 菊乃井 本店京都市東山区下河原町 鳥居前下る下河原町459 八坂通京都市営地下鉄東西線 東山駅(出入口1) 徒歩12分京阪本線 祇園四条駅(出入口6) 徒歩14分075-561-0015http://kikunoi.jp/kikunoiweb/Honten/index
村田 吉弘
株式会社菊の井 代表取締役
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BLOG酒のふと道
2018.12.03
でぶのくせにラーメンフェチじゃない私がそれでも好きな3杯
こんにちは。京都在住のでぶっちょフリーランスライター・泡☆盛子です。このコーナーでは京都の街で私が「もっと太ってもかまわないから食べたい! 行きたい!」と思う旨きもの・良きお店をご紹介します。今回は好きなラーメンを3杯選んでみました。実はこう見えて不肖・私め、意外にもでぶの標準オプションであるところのラーメン熱を備えておりません。呑んだ後のシメラーメン? なくても平気。お昼に食べるならラーメンよりカツ丼がいいな♡というタイプです。でもこんな私が、取材や友人のすすめで食べてみて「これは旨いっっ」とコーフンさせられたラーメンをお披露目させてくださいまし。ビリビリの刺激が四十路のカラダを火照らせる担々麺姉小路西洞院にある『煌力(ごうりき)』は担々麺の専門店。友人・知人にファンの多い一軒です。入店前に入口の券売機で食券を買うスタイルなので慣れていないとちょっと焦りますが、じっくりと吟味してください。最初ならまずは定番の「THE担々麺」をぜひ。自家製ラー油の辛味と旨味、ゴマの香りと肉味噌のコクがバランス絶妙です。細めのシコシコ麺がまた合うんですよね〜。そして恋も二度目なら。麺も二杯目なら。一歩踏み込んでもっと刺激的になってみたいもの。というわけで、「カラシビ担々麺」イッちゃいましょう見るからにうまっそ〜〜〜! 辛っそ〜〜〜!手前には自家製の高菜をどうにかした旨いやつ(雑!)、左が自家製ラー油、右の黒っぽいのが同じく自家製のマー油なんですって。ほんで中央には肉味噌。これをわっしわしと混ぜていただきます。気前よくふりかけてある四川漢源花椒(選び抜かれた高めな花椒)の香りがスーッと鼻に抜け、後からじわじわと辛さというより風味が広がります。味が重層的なので食べ飽きないし、バカみたいに辛さだけが突出しているわけではないので「ヒーーーッ」と火を吹くこともありません。 さらに、麺がなくなったら残ったスープをご飯と一緒に楽しむという素敵なおまけがあるんです。あー、また太っちゃうな〜。かなんな〜。クッパ風ご飯セット。ここにスープを入れまして......よっくよく、混ぜます。お米ひと粒ずつにカラシビなスープや肉味噌がしみたとこに、ナッツが香ばしいアクセントを加えます。謎のアジア飯っぽくてたまらん。担々麺のお供にはビールがもちろん合うんですけど、ここはなぜかモヒートを置いているのでオシャレぶってそちらをセレクトするのもあり。そしてお腹に余裕があれば、単品の唐揚げもぜひお試しいただきたいです。ジューシーでやや濃いめの味付けが呑兵衛好み。ランチのピークを超えた14時前なら、ちょい呑みからの担々麺という使い方もできます。二日酔いの朝、枕元にあってほしい貝のスープ貝だしのラーメンというのも一般的になりつつありますね。私が初めて食べて衝撃を受けたのが、姉小路烏丸の『麺屋 優光』でした。呑 ん だ 翌 朝 に 食 べ た い !!という言葉が福音のように頭の周りでキラキラと輝いたことを覚えています3種類あるラーメンのうち、お気に入りは「淡竹(はちく)」。ぜひとも透明感のあるスープから味わってみてください。飲み下して一拍子おいてから、鼻腔にじわじわと広がる貝の風味。アサリ、シジミ、牡蠣を使っているそうで、そのうちのどれかだけではなく、「なんしか、貝」という感じなのが私的にとても好ましいのです。そして不思議なことに、スープだけで味わうよりも麺に絡んだ時のほうがより濃厚に貝っぽさが出てくる気がします。このスープだけぜひ売って欲しい。二日酔いで死にたい朝もこれがあれば秒で復活できるに違いない!そしてですね、この自家製麺がまたうまぐで!ちょっとびっくりするほどつるっつる&すべらか〜な口当たりで、食べるのが気持ちいいんです。聞いたところによると、全粒粉にうどん用の粉を混ぜて、さぬきうどん屋さんのように生地を踏み踏みして麺にコシを出しているのだとか。ローズ色のチャーシュー、ナイス半熟な煮玉子、品名の通り淡竹をあっさりと炊いたトッピングたちも手抜かりなしの旨さです。そして多くのお客さんがラーメンとセットで食べている鶏餃子にも注目!鶏なのであっさり軽めな味を想像していたら、肉汁が溢れるくらい餡がジューシーで驚きました。今度は生ビールと一緒に頼まなければ......。またここに帰って来たくなる、郷愁いざなう中華そば先の二杯はどちらかというとイマドキなラーメンでしたが、最後にご紹介するのは、昔ながらの中華そば。お店は四条大宮の交差点近くにある大衆食堂『京一』です。(京都に住んでいる人なら「京一うまい」のキャッチコピーに聞き覚えがあるはず)「名代 中華そば」をはじめ、うどん、そば、丼とメニュー豊富で、界隈の人たちから愛されて約70年という地元密着型のお店。通し営業なので、遅めの昼や早めの夕食、または私の大好きな食堂呑みにぴったりなのです。うひひ。ビジュアルからして、ザ・中華そばでございましょう?スープはほんのりとした甘さがたった優しい味わい。思わず「ほぅ......」だの、「ふぅ......」だのの声が漏れてしまうくらい、心和ませてくれる味なのです。京都らしくみずみずしい青ネギをたっぷりとあしらい、かまぼこまでのっているのがご愛嬌。そしてこの自家製のチャーシューがまた美味しいんですよね〜。(わがままいって単品でもらってビールのアテにしたことあり)ビールのつまみといえば、こちらのお品書きには「つきだし」という謎メニューがあります。その正体は、皆さんご存知のとある京都っぽいなにかなのですが、さて一体なんでしょう?気になった方はぜひビールやお酒のお供にオーダーしてみてくださいね。【おまけ】呑んだ後に最高な肉うどん。こちらもちょい甘めのだしが泣けます。***ラーメンのお店なのに、ついついおつまみやお酒をチェックしてしまうダメな私をあなたは笑うでしょうか。それとも褒めてくれるでしょうか。またはそっとチャーシューを1枚恵んでくれるでしょうか。ラーメン屋で私を見かけたら、ぜひとも3番目でお願いします!
泡☆盛子
沖縄出身・京都在住のフリーランスライター
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BLOG料理人がオフに通う店
2018.12.03
「広東旬菜 一僖(いっき)」―「京都吉兆」徳岡邦夫さんが通う店
「京都吉兆」徳岡邦夫さんプロフィール「吉兆」創業者・湯木貞一氏の孫にあたる。15歳から貞一翁のもとで料理の核心を学びはじめる。その後、高麗橋吉兆、東京吉兆での修業を経て、京都・嵐山本店へ。1995年以来、総料理長として現場を指揮。伝統を守りながらも時代に即した食へのアプローチに挑戦し続ける。2009年のミシュランガイド関西版の発行以来、嵐山本店は10年連続で三つ星を獲得。おすすめコメント祇園界隈からぶらりと歩いていける場所にあり、とても使い勝手がよいお店です。初めてうかがってから2カ月の間に3~4回立て続けに訪ね、今でも東京からいらっしゃったお客様をカジュアルにおもてなしする時、中華をいただくなら「一僖」さんと決めています。 店内もお値段もカジュアルですが、素材本来の味わいを引き出すご主人の腕前のなんと見事なこと。定番料理もありますが、素材ありきで毎日変わるメニューは、中華料理でありながら、まるで割烹のようでもあります。ご主人はかなりの目利きで、素材選びを教えてほしいとやってくる食品納品業者もいるとか。 お料理のほとんどは米油を使用されているので、優しい味わいで胃もたれしません。お年寄りでも2日連続で召し上がれるのではないでしょうか。この味にすっかり魅了され、周囲にも何度も語り、おすすめしています。私の熱弁に興味を持ち足を運ばれた方々は誰もが「大満足!」と言われるので、私も鼻が高いです。広東旬菜 一僖「このソースが大好きでね、エビワンタンがない時でも、剣先イカなど旬の素材でアレンジしてもらうほどのお気に入りです」 徳岡さんが愛してやまないというソースを使用した一品が、「プリプリエビワンタン 香りねぎホンコンしょうゆソース」(税込1200円)。エビがゴロリと入った大ぶりのワンタンの上に、クールブイヨンで仕上げたあっさりソース、そしてたっぷりの白髪ねぎをのせ熱々のネギ油を回しかけると、ジュジュッと音を立てて何とも香ばしい薫りが鼻腔をくすぐる。 「ご主人がウェスティンホテル大阪時代に、香港人シェフから学んだという本場仕込みの味。あらゆる人におすすめしては、必ず気に入ってもらえるキラーメニューです」「もう一品、必ず頼むのが干し貝柱フカヒレスープ(2800円)です。2~3人でいただくのがちょうどいい。こちらの清湯スープはスッキリと喉を通り、清々しい気持ちになれます」 その秘密は、鶏ガラや豚骨は一切使わず、豚・鶏の「肉」をそのまま使用し、長く煮込まないから。濁ることなくうま味がたっぷりだ。気仙沼産フカヒレのスープには世界三大ハムとも称される金華ハムを足し、香ばしさとコクがしっかりと広がる。※写真は1人前に取り分けたもの 「オープンして1年ほどたったある日、予約もなく突然、徳岡さんが店にいらっしゃったので『え!? あの京都吉兆の徳岡さんが!?』と、とても驚きました(笑)」(下村さん) 今でも徳岡さんが、シャイな様子で扉を開けて店に入ってきた瞬間をはっきりと覚えていると語る、オーナーシェフの下村一太さん。神戸のオリエンタルホテル、ウェスティンホテル大阪など関西圏のさまざまなホテルの中国料理店を経て、平成26年に「一僖」をオープンした。ホテル時代から広東料理一筋、そして今の料理は広東料理ベースの香港スタイルだという。 「香港スタイルは調味料に頼ることなく素材の持ち味を引き出し、そして香り豊かだと思います。和食に近い部分もあるかもしれませんね。実際、和食の料理人の方も味付けや香りに興味を持たれ、ご質問をいただくことも多いです」(下村さん)しかし、徳岡さんが下村さんと料理について語ることはないそうだ。 「料理人同士の関係ではなく、一人の客として私はこの店のファンなんです。カウンター席に座って、エビワンタンとフカヒレスープは必ず注文。青ネギ入り焼きシューマイもよく頼みます。点心もすべて手作りで、心に残る味わいなんですよね。そしてその日のおすすめがびっしりと書かれた黒板を眺めて、ご主人と相談しながら気になる素材の料理を追加する。コースもありますが、私は必ず単品での注文です」瓶入りの紹興酒は通常2回煮沸するところ、甕出しの「塔牌〈陳十年〉」(グラス650円、デカンタ3000円)は1回のみのため、香りがよく舌触りもビロードのようにまろやか。 「こちらを2杯、調子がよい時には3杯いただくと、お連れしたお客様との会話もますます弾みます(笑)」京都の風情漂う東山安井の交差点近くに店を構える。 「父の故郷である京都で店を持ちたいと夢見ていました。ここは祇園も近く、徳岡さんのような料理人の方や食通の方がとても多い場所なので、身が引き締まりますね(笑)」(下村さん)※価格は取材当時のもの撮影 津久井珠美 文 竹中式子■ 広東旬菜 一僖京都市東山区月見町17-5075-744-1947昼11:30~13:00(L.O.) 夜17:30~21:30(L.O.)定休日 木曜全日、金曜昼、月1回の不定休
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BLOG京の会長&社長めし
2018.12.03
キョーラクの社長が通う店 京料理「たん熊北店」
■ 長瀬孝充(ながせ たかみつ)さん キョーラク株式会社代表取締役取締役社長1957年京都府生まれ。三菱銀行を経て'85年に、プラスチック製品の製造・加工・販売企業である「キョーラク」に入社。代表取締役専務などを経て'98年から現職。さまざまな業種の方にお会いして、美味しいものを共有することを愛している。美食を味わうためのカロリーコントロールとして、自宅のウォーキングマシーンで1万5000歩歩くのが日課。最後の晩餐は、60年通う「たん熊北店」で「最初にうかがったのは4歳のころでしょうか。私の両親は外食する店を決めており、たん熊北店さんはそのなかのひとつ。学生の身分では自分で気軽に行けるお店ではありませんから、両親によく連れてきてもらいました」 長瀬さんが60年近く通い続ける「たん熊北店」は昭和3年、"京料理の神様"といわれた栗栖熊三郎氏により創業。谷崎潤一郎、古井勇ら文化人たちにも愛された京料理の老舗で、2018年に90周年を迎えた。長瀬さんにとっては家族との歴史が詰まった大切な場所である。「今でも毎年元日に、母と妻、子供たちとうかがうのが恒例です。脚の悪い母のために、1階奥にある椅子席の個室を用意していただきます」 接待の時も座敷を利用するが、カウンター割烹のはしりともいわれるこちらでは、やはりカウンター席が一番だそう。 「気心の知れた友人となら、カウンターの一番奥が定位置です。目の前に料理長の栗栖正博さんが立たれて、腕を振るってくださいますからね。コースもありますが、私はいつも単品で注文。それぞれ好きな素材を好きな調理法で、お腹の分量に合わせて出していただけるので、みなさんに喜んでいただけます。 お客様と品書きを見ながらお料理を選ぶのも楽しみのひとつです。そのときは、それぞれの料理がかぶらないようにするのがコツ(笑)。お刺身なら一人は鯛、一人はウニ、一人は赤貝......それをみんなで分けながらいただくと、お互いの距離もグッと近くなるのです」 なんともほのぼのとした長瀬さんたちの様子が目に浮かんでくるようだ。どの料理も魅力的だが、なかでもとりわけ好物だというのが「すっぽんの一人鍋」(税サ別4000円)と「鴨ロース」(2500円)。「たん熊の代名詞でもある、すっぽんの一人鍋は、他店では見られないほどたっぷりの日本酒ですっぽんを煮込んでいます。アルコール分はちゃんと飛んでいるのですが、未成年の時はちょっとドキドキしながらいただいていました。成人してからは、カンカンに熱くした日本酒を別に注文し、自分で鍋に回しかけます。こうすると日本酒の香りがふわっと立ちのぼり、スープもよりコクが増します。これは酒好きの食べ方らしいですね(笑)」 「鴨ロースを初めて食べたのが、こちらでした。ですので私にとっての、すべての鴨ロースの原点になっています。そのままでも鴨の煮汁による味がしっかりと肉に染みていて、マスタードをつけるだけで十分なのですが、私はウスターソースでいただきます。ソース派の父がこの食べ方をお願いしたのが始まりで、長瀬家に受け継がれているんです(笑)。そしてマヨラーの私のために、付け合わせのサラダにはマヨネーズを添えていただいています」 今ではさまざまな日本料理店でよく見かける鱧と松茸の鍋も、40年ほど前に長瀬さんからリクエストして作ってもらったことがあるそう。 「松茸のお鍋といいますと、当時はすき焼きが定番でした。ある日、松茸がたっぷり入った鱧しゃぶ鍋があるらしいと耳にし、どうしても食べたくなって。 どちらのお店が発祥かははっきりしていないそうですが、たん熊北店では、もともとはお見舞いの品として先代が考案されたようです。すっぽん鍋ですと好き嫌いがありますが、鱧だとポン酢でさっぱりといただけますから、どなたにも美味しく召し上がっていただけると。骨切りした鱧は時間が経っても美味しくいただけるそうです。お見舞いでいただいた方の口コミで、徐々に広まっていったようですね。 宴会の時に湯葉やたっぷりの青菜と一緒に大鍋でいただくのも楽しいですし、お吸い物の代わりに小鍋仕立てでいただくのもよいものです」たん熊北店の味をこよなく愛する長瀬さんは、折り詰めや仕出し弁当もよく利用する。※写真は仕出し用の松花堂弁当(税別5500円) 「都をどりの芸妓さんへの差し入れとして、折り詰めはとても人気があります。芸妓さんからわざわざ『たん熊北店さんのお弁当で』とご指名があるほどです。東京出張の際に、折り詰めを新幹線のなかでつまむの楽しいひと時。自宅に友人を招いたときにいただく仕出し弁当も最高ですね」 長瀬さんのお店と長く付き合っていくうえでのモットーは「ご主人とよく話し、お互いの人間性を理解しあえる関係を築く」こと。 「時には明太子や栗きんとん、冷麺など、受け取られてもご負担にならないものをお店にお送りします。携帯電話の番号を交換したり、LINEで繋がることは基本です。そして家族の写真入りの年賀状にメッセージを添えて、毎年必ずお送りします。年賀状をお送りしていると、10年たってもお店の方に覚えていていただけます」料理長の栗栖正博さんは、長瀬さんと同じ歳。栗栖さんは立命館大学、長瀬さんは同志社大学で青春時代を過ごしたこともあり、同世代としての親しみを感じているそうだ。それは栗栖さんも同じで、出会った頃から長瀬さんは印象深かったという。 「料理の修業を始めてからのお付き合いになりますが、偶然にも共通の友人がいたことがわかり、最初からお話が弾みました。そんな様子を見ていた2代目主人だった私の父親から、それ以降も長瀬さんのお相手を任されるように。当時は新米ですから、私にとって長瀬さんは、唯一お話しさせていただけるVIPだったんです。お仕事の話は無粋ですから、主に最近食べたお料理や、よかったお店について情報交換をしています」(栗栖さん) 「昨年、共に60歳を迎えましたので、栗栖さんご夫婦と一緒に還暦のお祝いをしました。栗栖さんは料理人としても素晴らしいですが、今や全国17店舗と大きく広がった、たん熊北店グループを引っ張る経営者としても立派です。伝統を重んじながら料理はぶれず、業績も拡大されている姿は、ビジネスマンとして見習わなければなりません」 長瀬さんと栗栖さんの息子さんが小学校の同級生と、これもまた縁の深いお二人。両親、自分、子供たちへと3世代にわたって続いていく長瀬家と「たん熊北店」の付き合いは、やはり長瀬さんにとっても格別なものだ。「たん熊北店さんの魅力は、変わらないことです。夏には鮎や鱧、秋は松茸、冬は蟹と、季節によって素材は変われども、品書きはほとんど変わりません。新しいお店がどんどんできて、目新しい料理も増えましたが、何年たっても美味しいものは美味しいんです。変わらない味が私にとって一番です。ですから『最後の晩餐はどこで?』と聞かれたら迷わず、『たん熊北店で』と答えます」 撮影 高見尊裕 文 竹中式子■ たん熊北店京都市中京区西木屋町四条上紙屋町355075-221-6990昼12:00〜15:00(13:30L.O.) 夜17:30〜22:00(19:30L.O.)定休日 不定休。2018年12月は11日、17日、25日~31日。 2019年1月は8日、9日、16日、22日、30日。ホームページで要確認 https://www.tankumakita.jp/
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