BLOG村田吉弘の和食知新2018.12.03

五感で愉しむ和食の真髄(1)

By村田 吉弘

これを知っておけば大丈夫!料亭・割烹の楽しみ方やマナーをわかりやすく解説します。

緑滴る東山麓の懐に抱かれるように建つ、料亭「菊乃井」。大正元年、創業以来、京都を代表する名料亭として、多くの人々に愛されてきたこの店の三代当主、村田吉弘さんは、「和食とは何か?」を常に問い続け、それを使命に様々な活動を続けている。現在はNPO法人日本料理アカデミー理事長に就任し、「日本料理を正しく世界に発信すること」を自らのライフワークとして掲げ、「和食」つまり、日本の伝統的な食文化のユネスコ無形文化遺産への登録に尽力した。その村田さんに「和食とは何か?」について語っていただくシリーズの今回は第二回、「五感で感じる和食」をテーマにお話をいただいた

香りで蘇る、料理の記憶と季節の思い出

「前回のお話の終わりに、今の僕が大切に思うキーワードは、「香りとテクスチャーと驚き」について少しだけ触れましたが、今回はそこを詳しくお話したいと思います。
「まず、和食において、香りというのはとても重要です。料理をいただいた時に、人の記憶のバンク(銀行)にはね、まず、香りが残るんやないかなと思うんです。
「たとえば、おばあちゃんが作ってくれたバラ寿司を食べたいとなるでしょう?で、お母さんが、同じ素材、同じレシピでまったく同じに作ったとしても、"似ているけど、なんか違う"ってなるんですよ。それはね、おばあちゃんの家の香りの記憶というものがそこに確かにあるからなんです。おばあちゃんがバラ寿司を作っている台所の音、酢の匂い、おばあちゃんの足音、声、笑顔、そして目の前に並んだ時の寿司の香り。要は、嗅覚、視覚、聴覚が一体となって、記憶に残っていて、味覚は実はあまり残っていないということですね。その中で、重要なのが嗅覚。家の香り、台所から漂う匂い、酢飯の酸っぱい匂い。それがまず、ピピッと感性に響いて、記憶の鍵になるんですね。

料亭「菊乃井」

香りはイコール季節でもあるんです。ほら、金木犀が香ってくると秋の深まりを感じるでしょう?桜餅の葉の香り、だしの香り、松茸の香り、餅を焼く時の匂いとかね。香りと季節って、セットで蘇ってきませんか?そやから、私も、料理を作るときは、椀の蓋を開けた時の香り、焼き物にそっと添えや柚子皮や山椒の香りとかね、まず、最初に香りを感じていただくことをとても大切に考えています。

パリッとしたテクスチャーが、胡瓜もみを極上の逸品に。

テクスチャーについても同じですね。たとえば胡瓜もみってありますでしょう?胡瓜を塩で揉んで、ぎゅっと絞って、あとは生姜汁をちょっと加えてね。それをパリパリって食べると「美味い!」となるんですけど、あのパリッと感じるテクスチャーがなければ、そこまで美味しいと感じないと思うんです。胡瓜自体、青臭い頼りない味やし、カロリーもないしね(笑)。
胡瓜と生姜の清涼な香り、そしてパリパリっというテクスチャーがあって、美味しいと感じる。そんな生き物は人間しかいないし、胡瓜もみの真の美味しさがわかるのは、日本人だけでしょうね。
まず、香り、テクスチャーがあって、そして、器であったり、演出であったり、いろいろな要素を足すことで、今度は"驚き"へと繋がっていくわけです。

時空も空間も距離も超えてしまう、料理の不思議な力

料亭「菊乃井」

先日も、70歳ぐらいのお年の男性のお客様に、焼き栗をお出ししたんです。焼き栗がころんと一つだけ転がったようなとてもシンプルな一品ですが、その香ばしい匂い、ころんとした姿に大層、喜んでいただきました。
その方はね、栗を食べた時に甘い、とか、味だけに感動されただけでないんです。それよりも「ああ、子供の頃なあ、よう栗を取ってきて、焚火でこうやって焼いて食べたなあ」ととても懐かしそうに思い出を話されるんです。「おじいちゃんと一緒に焼いてんけどあ、楽しかったなあ。あの頃の栗はこんな立派なもんやなくって、小さくて、硬くて、あんまり甘くもなかったけど、焚き火で焼いて食べると美味しかったなあ」って、70歳のその方も、もう、ええおじいさんなんですけど(笑)、その一瞬、7歳ぐらいの子供に戻ってしまっているんですね。

たった一つの料理がね、時空を超えて、その人を何十年も前にトリップさせてしまうんです。これってすごいことでしょう?ぷりぷりの鯛の刺身が出てきたらね。今度は、夏の思い出に飛んでいくんです。何十年も前の夏、家族みんなで海に行った時に海辺の店で食べたなあとかね。時空も空間も距離もなく、それを簡単に超えてしまう力が料理にはあるんですね。
皆さん、忘れていた記憶が蘇ることにびっくりされるんやけど、その驚きこそがイマジネーションの原動力になるんやと僕は思っています。
たった一皿の料理から感じる驚き。そしてそこから、想像の翼をいくらでも広げることができる。そのキーとなるのが、香りとテクスチャーなんです。

次回は、「五感で感じる和食の真髄⑵」ということで、和食と空間のお話をしたいと思います。

料亭「菊乃井」

文 郡麻江

料亭「菊乃井」

■ 菊乃井 本店

京都市東山区下河原町 鳥居前下る下河原町459 八坂通
京都市営地下鉄東西線 東山駅(出入口1) 徒歩12分
京阪本線 祇園四条駅(出入口6) 徒歩14分
075-561-0015
http://kikunoi.jp/kikunoiweb/Honten/index

村田 吉弘むらた よしひろ

株式会社菊の井 代表取締役 / NPO法人日本料理アカデミー理事長。自身のライフワークとして、「日本料理を正しく世界に発信する」「公利のために料理を作る」。また「機内食」(シンガポールエアライン)や「食育活動」医療機関や学校訪問・講師活動)を通じて、「食の弱者」という問題を提起し解決策を図る活動も行う。2012年「現代の名工」「京都府産業功労者」、2013年「京都府文化功労賞」、2014年「地域文化功労者(芸術文化)」を受賞。

京都知新編集部推薦

Editors' Choice

「料亭」では、座敷で、床の間のしつらえ、庭の景色、女将さんや仲居さんの所作、季節の空気の色をふくめて、空間ごと「静」の美意識を五感で感じることができます。 「割烹」では、カウンターの目の前で、調理、盛りつけといった料理工程や、大将や、二番手、三番手の料理人の所作を見ながら、「動」の美意識を体感することができます。このコーナーでは、京都知新編集部のスタッフが実際に行ったことがある店の中から、【この店に行けば、そんな静と動の美意識を味わえる】「料亭」と「割烹」をご紹介いたします。

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