食知新ブログ
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BLOG料理人がオフに通う店
2019.06.19
「炭焼きむら」―「洋食おがた」緒方博行さんが通う店
「洋食おがた」緒方博行さん《プロフィール》熊本県出身。熊本のニュースカイホテル、長崎ハウステンボス内のホテルヨーロッパなどを経て、肉料理で名高い京都の「ビストロ セプト」の料理長をオープンから6年間務める。2015年に独立、「洋食おがた」を開き、ハンバーグやエビフライなどの本格的な洋食に、和のテイストを加えたメニューなどを、カウンターの"洋食割烹"スタイルで提供する。尾崎牛や平井牛、焼津の「サスエ前田魚店」から取り寄せる魚、鹿児島県の「ふくとめ小牧場」の幸福豚など、全国各地の厳選した素材で「大人の洋食」をつくり上げる。1串でビール3杯はいけてしまう、追い続ける京都のソウルフード北大路駅から北大路を通りを東へ15分ほどゆくと、まだ新しい建物に、白いのれんがきりりとかかる。ここ『炭焼きむら』に、緒方さんは足しげく通っている。 「うちには月に6日定休日がありますが、イベントなどで地方へ行くことも多く、京都で晩御飯が食べられる機会は本当に少ないんです。そんななか、月に2回は訪れているのが、きむらさんです」北大路のこちらに移転して4年目、店内はまだ新しさもある。しかし、かつては熊野神社前で64年間、10~11人掛けのカウンターと半屋外のテーブル席という風情ある佇まいの店舗を構え、備長炭で焼きあげた焼き鳥は地元の人から愛されていた。営業時間になると、もくもくと白い煙が空に昇っていたという。 「熊野神社前近くで働いていた時、通りすがりにその煙を見て、いったいどんな店なんだろう?と興味を持ったんです。うちのお客様から、老舗の焼き鳥屋さんだと教えていただき、ひとりで訪ねたのが始まりです」「当時のカウンターは15センチくらいの奥行で、すぐ目の前に焼き台がありました。大将の鼻が私の顔にくっつきそうなほどの近さ(笑)。焼きあがったらすぐに目の前に置かれ、熱々を頬ばりながらビールで流し込む!たまりませんでしたね。今ではカウンターの奥行も広くなりましたが、その臨場感は健在です」緒方さんには、きむらでの食べる順番のセオリーがあるという。 「まずメニューの一番最初にあるタンから順番に、一品料理以外の焼き物をひととおり。最後のイカまで食べ終えたら、2段目のトリに戻ってまた順番に。昔は二巡できたんですけど、今では一巡後はプラス3~4串。トリカワかセセリあたりで終了です(笑)」 若大将の木村龍さんも証言する。 「緒方さんとお仲間の4人くらいでいらっしゃると、みなさんは一巡するとお腹いっぱいでダウンされるんですが、緒方さんは必ず二巡目に入られます(笑)」(木村さん)緒方さんが一番最初に口にするのがタン(税別300円)。数量限定なので予約必須。みなさんに行き渡るようにと、緒方さんも二巡目にはタンは含まないとか。やわらかさのなかにほどよい弾力があり、なんとも噛み心地がいい。レバー(税抜き300円)。まろやかな味わいで、口の中に旨みがふわりと広がる。「きむらさんの肉は新鮮で質がいいんです。そして大きいんですよね」と緒方さんを笑顔にする肉は、「毎日仕入れて、毎日売り切る」ことを心がけているそう。 「値上げをするたびにお客様に申し訳なくて、肉がだんだん大きくなりました(笑)。でも、今お出ししているサイズが、美味しく焼ける限界ですね」と、大将の木村晴雄さんは言う。きむらではタレか塩かを選べるが、おまかせも可。緒方さんは基本おまかせ。トリ(1本税別240円)を頼むと、GSで出てくる。GS?それはいったい――? 「カレー粉と、先代から受け継がれている自家製ニンニクタレで味付けたものです。ピリ辛のカレーのスパイスとニンニクの風味が、噛みしめるとジュワッと染みだす肉汁と見事にからみあいます。これがめちゃくちゃビールと合うんです!GSのトリ1本で生ビール3杯はいけますね!」(緒方さん) GSとは「ゴールデン(GOLDEN)・スペシャル(SPECIAL)」の略。常連客が「ゴールデン・スペシャルで」と呼ぶうちに、いつの間にか定着したそうだ。自家製のニンニクタレは、焼き鳥のタレに細かく刻んだニンニクを漬けこんでいる。ニンニクのパンチが効いた、キレのある味わいだ。各テーブルに置かれ、おかわり自由のつきだしのキャベツや、焼き鳥に自由にかけることができる。緒方さんはキャベツにこのタレをたっぷりかけながら、焼き鳥の焼きあがりを待つのが至福の時だとか。大将の木村晴雄さん(写真右)、女将さんの悦子さんが焼き台に立ち、若大将の龍さん(写真左)はフロア担当。 「緒方さんは黙々と召し上がって、あまり話しかけていらっしゃることはありません。こちらの状況を見て、空気を読んでくださってるんです。それは飲食業の方特有の気遣いですね。そしてとてもお酒がお強い!焼酎の伊佐美のお湯割りを5~6杯飲まれた後に、"最後に濃い目で"と頼まれたことも(笑)。それでも顔色ひとつ変わらず、しっかりとした足取りで帰っていかれます」(龍さん) さすがは九州・熊本県出身の緒方さんらしいエピソードだ。「きむらさんのお店では、自分が料理人であることを忘れ、シンプルにすごい!美味しい!と思わせられます。京都に来てから通い続けている店って、実は4軒ほどなんです。その1軒がきむらさんです」(緒方さん) 熊野神社前の地元のソウルフードが、移転を経て、今では北大路のソウルフードにもなっている。しかしどこにあろうとも、緒方さんにとって、一途に思い続ける"京都"のソウルフード、それがきむらの味なのだ。 撮影 鈴木誠一 文 竹中式子■炭焼きむら京都市左京区下鴨西本町456075-555-326717:30~23:00※串がなくなり次第終了休 日曜、祝日https://www.sumiyaki-kimura.com/
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BLOG京の会長&社長めし
2019.06.18
原了郭の代表取締役が通う店 「鉄板食堂ことら」
■原 悟(はら さとる)さん 原了郭 代表取締役1703年創業の、各種香煎・薬味を取り扱う「原了郭」。創業者・原儀左衛門道喜は、赤穂義士四十七士のひとりである原惣右衛門を父に持つ。陳皮など数種の漢方薬を原料に、焼き塩で味付けした「御香煎」は、公家、宮家、茶人、文人墨客に愛されてきた。「黒七味」とともに、その味は一子相伝。原悟さんは21歳の時に13代当主を継承。以来その技法を受け継ぎ、日々調合に励んでいる。関西人をうならせる、自家製ソースが効いた粉モンに、サワーが進む「私は関西人ですから、粉モンには一家言あります(笑)。美味しいところにしか行きません。京都で通っている粉モンの店は2軒だけ。その1軒が『鉄板食堂ことら』さんです」原さんは宮本組の組長の顔も持つ。宮本組とは、「お宮のもとで、神様にご奉仕する氏子組織」で、原さんの宮本組は八坂神社に属する。祇園祭がつつがなく催行されるよう、陰に日向に奔走することが、特に大きな役割だ。 「2~3年前に、宮本組の会合の後、メンバーに連れてこられたのが最初です。それまでも、お店の話は聞いていたので、やっと来られた!という気持ちでしたね」 祇園南、八坂神社の対面にあることらは、2009年にオープン。扉を開けるとすぐ目の前の鉄板台で、店主の鈴木尋之さんがコテを振るう。鈴木さんはホテルのフレンチレストランや、京都のイタリアン・フレンチレストランと、西洋料理ひと筋に勤めてきた。だから、女将さんの明日香さんは「出会った頃は、まさかお好み焼き屋になるなんて」夢にも思っていなかったとか。「お好み焼きや、焼きそばが大好きで、しょっちゅう食べ歩きをしていました。なのでお好み焼きと焼きそばを主体にしたお店を開くことは、自分のなかではとても自然な流れだったんです」(鈴木さん) そんな鈴木さんのお好み焼きは、厚みがあり、20分かけてじっくり焼きあげられてゆく。 「山芋入りの生地はふっくら、そしてトロリとしています。九条ネギがたっぷりかかり、そのシャクシャクとした食感もいいですね。豚玉、イカ玉などベーシックなものはだいたいありますが、その日の気分だったり、友人が選んだものを食べています」(原さん) 写真はMIX玉(税込1000円)。イカ、豚、エビに、甘辛く炊いた牛豚ミンチが入る。このミンチでお好み焼きにやさしい甘みがポイントされる。「あ、でも思い出しました......」 焼きそばを炒めながら、鈴木さんがおもむろに切り出した。 「子供のころ、両親は共働きだったんです。母は土曜日も出勤していたので、お昼は父とすごすことに。父は毎週必ず、焼きそばをつくってくれました。そしてほんの時々、お好み焼きも。特別なことはしていない、本当に普通の味です。それを、吉本新喜劇を観ながら食べるのが、土曜のお昼のお約束でした。父は土曜の焼きそばとお好み焼き以外は、いっさい料理はしませんでした。その原風景が、自分の中に残っていたのかもしれません」(鈴木さん) 「だからといって、父の味が反映されてるわけではないんですよ」と言う鈴木さんの焼きそばには、生めんを使用。 「ゆがいてから焼くという手間がかかっているめんは、もっちりふっくら、コシがあって香りが豊か。それにしっかりと自家製ソースがからみます。テーブルには一味の入った辛口ソースがあって、好みでかけることができます。これがビリッと本当に辛く、でも爽やかさもあり。私はいつも男梅サワーを飲んでいますが、これがソースモノによく合うんです」(原さん) 写真は豚やきそば(税込850円)。卓上の辛口ソース以上に辛味が効いた、大辛口焼きそば(税込900円)もある。 酒に合うこと間違いなし!の一品料理の種類も豊富で、目移りしてしまう。 「祇園という場所柄、お酒を飲む方が多いので、だんだんと種類が増えていきました」(明日香さん)原さんが「つまみとして絶品」というのが、めんたま(税込900円)。出汁巻きたまごの中に、博多の辛子明太子が豪快に丸ごと1本入っている。 「博多の屋台料理に明太子をはさんだ卵焼きがあるとお客様に教えていただき、出汁巻きでアレンジしました。ホテル勤務時代に新規ホテル立ち上げのために、しばらく博多に滞在していたことがありました。元となった屋台料理は食べたことがないんですが、"博多"という言葉に懐かしくなって(笑)」(鈴木さん) 明日香さんは週末だけ店を切り盛りするが、とにかく明るく、気さくな人柄だ。 「女将さんのほがらかさで、店内がとてもアットホームな雰囲気になります。ご主人も話し上手ですが、料理には決して手を抜かない。そのメリハリが気持ちいいですね。たいてい親しい友人5~10人とうかがいます。ホテルの宴会であまり食べるものがなかった時に、"ことらへ、食べ直しに行こうか"となったり(笑)。飲んだ帰りにふらりと立ち寄って、やきそばだけ食べて帰ることもあります」 週末は2時ごろまで開いていることもあり、原さんのような地元住民や、近隣の飲食店関係者、芸舞妓、早い時間は外国人観光客など客層は幅広い。 「原さんが最初いらっしゃったときは、物静かであまりお話しされませんでした。でも人見知りされていらっしゃったのかもしれません。何度か通ってくださるうちに、面白くて楽しい方だとわかりました。今ではゴルフをご一緒させていただくこともあります」(鈴木さん)ことらの話をしているとき、原さんの表情は和らいでいた。関西人をうならせる味、そして人間力と、店内の空気感、すべてがバランスよく成り立っている、それがことらの魅力なのだ。※価格は取材当時のもの撮影 津久井珠美 文 竹中式子 ■鉄板食堂ことら京都市東山区祇園町南側529-1祇園ケントビル1F075-525-405018:00〜翌1:00休 日曜、月曜、祝日、不定休あり
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BLOG料理人がオフに通う店
2019.06.13
「食堂おがわ」―「洋食おがた」緒方博行さんが通う店
「洋食おがた」緒方博行さん《プロフィール》熊本県出身。熊本のニュースカイホテル、長崎ハウステンボス内のホテルヨーロッパなどを経て、肉料理で名高い京都の「ビストロ セプト」の料理長をオープンから6年間務める。2015年に独立、「洋食おがた」を開き、ハンバーグやエビフライなどの本格的な洋食に、和のテイストを加えたメニューなどを、カウンターの"洋食割烹"スタイルで提供する。尾崎牛や平井牛、焼津の「サスエ前田魚店」から取り寄せる魚、鹿児島県の「ふくとめ小牧場」の幸福豚など、全国各地の厳選した素材で「大人の洋食」をつくり上げる。仕事終わりに、ひとりでふらり。大人のにぎやかさに酔いしれる「たまらなく出汁を身体が欲しているとき、仕事帰りにふらりと訪ねるのが『食堂おがわ』さんです。予約の取れない店ですが、21時ごろだと、ひとりなら席が空いていることがあるんです」木屋町四条の細い路地に、夜になると灯りをともす「食堂おがわ」。のれんをくぐると、思い思いに料理と酒を楽しむ大人たちが、夜ごとカウンターを囲む。 「洋食おがたもカウンターメインですので、割烹スタイルの勉強にもなるんですよね。おがわさんは、いつうかがってもお客さんでにぎわっていますが、決してうるさくはありません。ほどよいガヤガヤ感が居心地いいんです。お料理をつまみながら日本酒をいただいて、顔見知りのお客様がいらっしゃったらお話ししながら、2時間くらいすごしているんですが、だんだん自分が料理人であることを忘れてしまいます(笑)」 「店主の小川真太郎さんは、ひとりでもちょうどいい量で料理を出してくださいます」という緒方さんの言葉に、小川さんは「量はかなり意識しています。おひとりごとに分量を変えたり、シェアしてお出ししたり」と応える。「うちのメニューの7割は定番です。そこに季節の魚が入ってきます。しょうがかきあげ(税別700円)、やはた巻(税別1600円)など人気が高いですね。ぐじの料理は例外としても、ほかはどれほど高くても、基本的に2000円までに納めるようにしています。アラカルトで食べて飲んで少々無茶しても、想像できる予算内で召し上がっていただきたくて」(小川さん)数あるメニューのなかで、緒方さんのお気に入りのひとつが、うどてっぱい(税別700円)。うど、わけぎ、赤貝(日によってタコやバイ貝など)を、白味噌と卵の黄身に酢をまぜあわせた酢味噌とからしで和える。「目の前でつくられていくライブ感がいいんですよ。うどはしゃきしゃきとしていて、具材が酢味噌とよい塩梅でなじんでいます」(緒方さん)ぐじのおつくり(税別2500円)は、口の中に甘みのあるねっとりとした食感が広がる。緒方さんは「おがわさんのおつくりの魚は、とても鮮度がいいんです」と絶賛する。 「毎日市場で魚を見て触っています。市場で出会う料理人の方々との情報交換も有意義ですね。でも何よりお客様の反応がいちばん参考になります」(小川さん)「緒方さんがえらく褒めてくださった」と小川さんが言うのが、うど天ぷら(税別1000円)。1本丸ごと揚げたうどを手渡しされ、丸かじりする。サクッとした食感と、みずみずしさのなかにほのかな苦みがあり、なんとも春らしい。 ふんわりと巻きあがった、だしまき(税別500円)には、和食の手法が取り入れられているという。「かつお節を利かせすぎず、昆布を利かせています。そうすると、すっと透き通った、切れのある味わいになるんです」(小川さん)福岡県出身の小川さんは、20代前半に京都へやってきて、仕出し屋に勤めはじめる。しかし、なかなか調理に関わることができず、岡持ちを運ぶ日々を重ねていたそうだ。そこで6年目に一念発起して、先斗町の割烹「余志屋」へ。3年後には祇園「さ々木」でも修業を重ね、2009年に独立を果たした。 「店名に"食堂"と付けているように、食堂や居酒屋みたいに気軽に入れるようにしたい。でも料理はくだけすぎず、ちゃんとした味の和食を食べられる店でありたい。つまり自分が行きたい店をつくったんです(笑)」(小川さん)緒方さんと小川さんは、ワインバーの客同士として出会い、お互いの店を訪ねるようになったという。 「2009年にオープンして1年経たぬ間に、もらい火による火災でお店が焼けてしまったんです。意気消沈している私を緒方さんはなぐさめて、相談にのってくださいました。料理人としても知識の豊富な、とてもありがたい先輩です。肉の火入れなど、和食以外のことや、わからないことがあったらいつも頼っています。日本酒についてもよくご存じなので、緒方さんに教えていただくこともしょっちゅうです」(小川さん)緒方さんにとっても、小川さんは大切な存在だ。 「2010年に今の場所に移転されてから、瞬く間に大人気になって、なかなか入ることができなかったんです。今もそういう状況は続いていますが、落ち着いた時間帯を狙ってちょくちょく顔をだせるようになりました。小川さんとは、7~8人の料理人仲間と一緒に、年に1回、"大人の修学旅行"と称して名古屋や静岡まで食事に行っています。そうしてお店以外でも共に見地を深められる関係でいられるのが、とてもうれしいですね」(緒方さん) 撮影 津久井珠美 文 竹中式子■食堂おがわ京都市下京区西木屋町四条下る船頭町204 1F 17:30~23:30(L.O.22:30)定休日 水曜、月最後の火曜
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BLOG京の会長&社長めし
2019.06.10
原了郭の代表取締役が通う店 「ぎをん 福志」
■原 悟(はら さとる)さん 原了郭 代表取締役1703年創業の、各種香煎・薬味を取り扱う「原了郭」。創業者・原儀左衛門道喜は、赤穂義士四十七士のひとりである原惣右衛門を父に持つ。陳皮など数種の漢方薬を原料に、焼き塩で味付けした「御香煎」は、公家、宮家、茶人、文人墨客に愛されてきた。「黒七味」とともに、その味は一子相伝。原悟さんは21歳の時に13代当主を継承。以来その技法を受け継ぎ、日々調合に励んでいる。客に寄りそう、コースでありながらアラカルトのような気遣い「たん熊北店 本店」で17年、そのうち7年間料理長を務めた人物が、2017年12月に満を持して祇園に割烹を構えた。その名は「ぎをん 福志」。 「たん熊北店 本店さんから紹介されて以来、今では月に2、3回行くこともあるほど大好きなお店になりました。会合やロータリー関連の友人たちをどんどん連れていっています。そうすると誰もが気に入って、今度は彼らが個人的に訪れていく――そんな連鎖ができていて、いずれ予約が取れない店になるだろうと思います。今回紹介することは、自分にとっては痛しかゆしですね(笑)」(原さん) まだ新しい店先ののれんをくぐると、店主・福士卓義さんと女将の祐子さんの福福しい笑顔が出迎えてくれる。福士さんの口調は優しくやわらかで、凛とした店内にあたたかな空気を送り込む。「カウンター越しに目の前で料理が出来上がっていき、供される。そして福士さんはとても美味しそうに説明してくださるんですよね。その一連の流れが見事です」(原さん) 福士さんは「お客様から"美味しい"というお言葉をいただいてから、料理の説明をするようにしています。召し上がっていただく前に、産地や料理内容をお伝えするのは無粋ですから」と言う。原さんが訪れるたび感動するのが造りだそう。 「19時に予約を入れたとします。すると逆算をして、魚をどれだけ寝かすか? 何時に〆るか? そこまで緻密に考えられているんだろうということが、魚を口にすると伝わってきます。見事な歯ごたえを導き出していらっしゃるんです」(原さん) たとえば、鯛の造り。 「鯛は明石の水口商店から、選び抜かれた身が活かっているものを毎日持ってきていただいています。水口さんはよい鯛が手に入らないときは"今日は持っていけません"と言ってくださるので、とても信頼しています。そしてお客様にお出しする12~13時間前に神経締めにして、氷の冷蔵庫で保管します。そうすることで身に旨味が出るのです」(福士さん) どんな魚でも大切なのが扱い方だと福志さんはきっぱりと言う。使いまわしでない発砲スチロールで運び、ほかのものを切っていないまな板を使う。そして柵には手を添えて、やさしく置く。聞くと簡単なことだが、こうした些細な点にまで気を配り、手を抜かないでいることは、なかなか難しい。 「そうしたことを、原さんは魚の味から感じとってくださるのでしょうね」(福士さん)写真はマグロ、イカ、鯛の造り。マグロにのったたっぷりのわさびにギョッとするが、醤油に漬けて口に入れるとマグロとともにホロリととろけて、その絶妙なバランスにたちまち恍惚となった。 「わさびって、適量が分かりにくいですよね。それに造りにのせるべきか、醤油に溶かすのかなど、いろいろ悩みもあります(笑)。そういう煩わしさを、お客様が感じずにすむようにしてゆきたいんです」福士さんの「お客様のために」という想いは、その供され方にも現れている。メニューはコースのみで1万8000円から(税サ別)。しかしその料理には、まるでアラカルトを注文したかのように、客それぞれの好みや量にも反映されている。 「原さんは手を加えすぎず、素材が活きた料理を好まれます。なのであしらいをつけず、ストレートにお出しします。一方、京都らしさを求めていらっしゃるお客様には、割烹らしからぬ意外性を添えるようにしているんです。たとえば八寸も、季節ごとの歳時記を意識しながら、華やかに演出して提供させていただいております」(福士さん) 八寸は6月は梅雨やあじさい、7月は祇園祭、8月はお盆......と、時節が取り入れられている。取材時は5月だったので、端午の節句が描かれ、鯛と穴子のちまき寿司が。「歯の悪い方には薄造りにしたり、おなかがいっぱいになった方には、コースの途中からネタの質を上げて品数や盛り付けを減らしたり。風邪気味の方には、コース内にはない丸鍋をお出しすることも。準備したから全部を出すのではなく、お客様それぞれに合ったお料理をおつくりします」(福士さん)その臨機応変な対応に、原さんが驚き、さらに心酔したというエピソードがある。 「私には高校2年生になる息子がいます。そろそろよいお店を経験させておこうという年頃ですので、こちらに連れていったんです。息子は魚が好きなのですが、福士さんの手による造りは、今まで食べてきたものとは格段にレベルが上だということが分かったようです。"お父さんは、いつもこんなにいいものを食べてるの!?"と恨まれました(笑)。そしてあまりにも感動した息子は、なんと鯛の造りのおかわりをお願いしたんです。すると福士さんは快く出してくださったんです。コース料理のお店ですから、ふつうに考えると、鯛の数は決まっているでしょう。その対応力の高さは見事です」(原さん)福士さんと祐子さんとのコンビネーションのよさも、「かしこまりすぎず、楽しくすごせる」理由のひとつだと原さんは言う。 「原様は、オープンして2カ月ほどしてから訪ねてくださって、以来とてもよくしていただいています。スーツ姿が決まっていて、いつも素敵なネクタイをしていらっしゃいます。そして何より気遣いの方です。原様が手前どもの店のそばを通られましたとき、臨時休業で店を閉めていると心配してお声をかけてくださったり。お連れの方に楽しんでいただこうと細やかに接していらっしゃるお姿は、私も勉強になります」(祐子さん)原さんは、予約の時には誰と行くか、その方の苦手なものを伝えるだけで、自分からの注文はしない。それでも阿吽の呼吸で通じあい、訪れた日には原さんにとっていちばんふさわしい味が目の前に現れる。それは原さんだから特別なのではなく、誰にとっても同じように「特別な味」が、確かな技術のもと提供されているのだ。だから、原さんが「福志はいずれ予約困難な店」になる心配をするのも、なんとも合点がゆくのだった。 撮影 鈴木誠一 文 竹中式子■ぎをん 福志京都市東山区祇園町南側570-120075-354-531412:00~、17:30~(19:30最終入店)定休日 日曜、第2・第4月曜、月1回不定休あり※変動あり。HPで確認をhttp://gion-fukushi.jp/
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.06.05
「賀茂なす」
「賀茂なす」は、京野菜のなかでも最も人気のある夏野菜ではないだろうか。京都だけでなく、他府県のデパートやスーパーなどでも購入できるようになった。 コロンと丸い可愛くてやさしげな形も人気の理由だと私は思っている。つやつやとして深みのある紫も、日本人の心に響く気品ある色だ。 実質はぎゅっとつまってなめらか。ほかの茄子とは違った甘味や旨味がある。持ってみると見た目以上に重いから、ひとりなら1度に1個は食べられないほど。そういう意味ではコストパフォーマンスの高い食材なのだ。 肉質はなめらかなのに、煮炊きしても実が崩れることがなく、独特の風味もあるから、十分メイン料理になる。 私はザクザクと大きめの乱切りにして油であげ、大根おろしを添えてめんつゆをかけ、いわゆる「揚げだし」風にして食べることが多い。油を吸い過ぎることがないから、実がぐったりせずほんとうに美味しい!かみしめると油とまざりあった出汁がジュワーッと染み出して、その美味しさに思わずほほがゆるんでしまう。まさに、京都の「初夏のご馳走」だ。「賀茂なす」は、江戸時代に洛東河原(いまでいう出町柳から三条くらいまでの鴨川畔)でつくられていた丸くて大きい茄子が発祥だという。その茄子が、明治になって上賀茂でつくられるようになり、「賀茂なす」と呼ばれるようになった。今は、京都だけでなく他府県でも似たような茄子がつくられているが、京野菜と呼べるのは、上賀茂周辺の地域でつくられるものだけ。露地ものが出回るのは、6月から9月で、京都ならば青果店のほか、スーパーなどでも手ごろな価格で販売している。丸くて大きな「賀茂なす」が並んでいると、「ああ、いよいよ夏だなあ」と私は毎年思うのだ。「賀茂なす」の料理といえば、まずは田楽。ほかには、私もよくつくる揚げ出汁なす。麻婆なすや輪切りのオイル焼き、そぼろあんかけなども美味! 衣をカラッと揚げて天ぷらにすれば、甘い実のふっくら感も味わえる。和食店だけでなく、居酒屋やおばんざい店、イタリアンなど洋食店でも、この時季になると「賀茂なす」を使った料理がメニューに登場し、何度も食べているにもかかわらず注文してしまう。 京都のおばんざい店「太郎屋」は、雑誌の京都特集などでもしばしば見かける名店だ。何が素晴らしいといって、26年前の開店から、価格がほとんど変わっていないこと。料理はどんどん進化して、おばんざいのほかお造りや天ぷら、洋テイストのメニューも増えているのに、定番の「茄子にしん」、「おから」、「なっぱ煮」なども健在で、「こんな値段でいいの?」と思うほど安価なのだ。 店主の女将さんは、特にどこかで料理修業をした方ではなく、もともとは専業主婦だったそうだ。出版社に勤めていたご主人の太郎さんが、毎夜のように客人を家に連れて帰り、女将さんが料理をふるまっていた。その料理があまりに美味しくて、客人は「外で飲むより太郎さんの家がいい」と言う。 そうこうしているうちに、店をだしたらということになって、26年前に、当時はまだ何もなかった四条烏丸近くの路地に「太郎屋」を開店したのだ。ちなみに、店名の「太郎屋」はご主人の名前からとっているのだが、実は太郎は本名ではないらしい。なぜ太郎さんなのか?は、お店に行ってお尋ねを・・・私は、開店当時近くに住んでいたから、仕事とは関係なく、よくご飯に通っていた。ポテサラやコロッケ、やきうどんなど、なにげない家庭的な料理がそれはそれは美味しくて。今日はほかの店に行こうと思っていても、足がむいてしまう。女将さんにはずいぶん私の美容?と健康を支えていただいたと思っている。仕事でつらいことがあっても、この店のカウンターに座って家のご飯のような料理を食べると、なんだかほっとして心がリセットされた。賀茂なすの田楽は、初夏の定番料理で、半分に切って皮目に切り込みを入れて揚げ、油をきったら、たっぷりと白味噌ベースの田楽味噌をかける。しし唐の素揚げと白ごまが添えられ、見た目も美しい。6月になると、ほかにも鱧や小鮎、万願寺とうがらしなど京都の夏の味が並ぶ。 まずは定番のポテサラをたのんで冷えたビールを一杯。なんともいえないコクのある味に癒される。器のほとんどは女将さんが開店当時から陶芸教室に通って焼かれたものなのだが、今では器も売れるのではないかと思うほどの腕前になっていらっしゃる・・・(笑)こんな文を書いていたら、女将さんの手料理がものすごく食べたくなってきた。今夜はあの路地に足を向けることにしよう。 ■ 太郎屋京都市中京区新町通四条上ル東入る観音堂町473075-213-3987営17:00~23:00 (L.O. 22:00)休日曜、祝日、不定休日あり
中井シノブ
ライター
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BLOG外国人料理人奮闘記
2019.05.31
イタリア人料理人 ファビオ・パルミエリの「ワインを飲む人は100年生きる」
京都は生まれ故郷のフィレンツェに似ている日本へ来た一番の理由は、妻が日本人だったから。彼女がフィレンツェに留学していたときに出会って結婚し、彼女が生まれ育った名古屋で暮らすことになったんだ。僕の実家はレストランだったから16歳からずっと料理を続けていたこともあって、仕事に対する不安はまったくなかった。名古屋ではデパートやホテルのレストラン、町場のピッツエリアなどでも働いた。1年だけだけど、東京のイタリアンにも勤めていたよ。 名古屋にいた頃に、休みになると京都へ来ていた。なぜかというと、京都は僕が育ったフィレンツェにとても似ているから。山に囲まれた地形、四季のある気候、お日様が毎日見えるし空気もきれい。そして京都の人たちはフィレンツェ人みたいだと思った。真面目で自分の町や文化に誇りをもっている。どちらも古都だから、人柄も似ているのかもしれないね。 独立の場は京都僕はレストランで、妻は企業に勤めて独立のための資金を貯めた。といっても10年くらいかかったけどね。いざ、独立というときに、京都を選んだのにはいくつか理由がある。さっきも言ったように京都が好きだったことがひとつ。東京には本格的なフィレンツェ料理の店が何軒かあるけれど、京都にはまだ少なかったこと。ヨーロッパの人など外国人もたくさん住んでいるから、きっと本格的な味を求めて通ってくれると思った。なにより、京都にいると落ち着くと言うか、ほっとできるんだ。大通りではなく狭い路地に魅せられた 柳小路というこの素敵な路地の物件と出合えたことは、ほんとうにラッキーだった。インターネットや不動産屋めぐりもして、物件を探していただけれど、最初はなかなか見つからなくて。そんなとき、この路地に「柳小路taka」という店があることを知ったんだ。この店のオーナーシェフのタカさんは、ミラノの「ノブ」で10年間も勤めた人。何かヒントをもらえるかもと思って訪ねたところ、この路地を一目で気に入ってしまった。彼とも意気投合して、できればこの路地で店を開きたいと思った。でも、そのときは空き物件がなくて。毎日、情報をチェックしていたら、あるときここの情報がでていたからすぐにエントリーした。大家さんとの面接では、どうしてもここでフィレンツェ料理の店をだしたいと想いを伝えて認めてもらい、お借りすることができた。ほんとうによかった。現地の味を食べてほしい 海外では、アメリカやヨーロッパはもちろん、インドネシアなどアジアでもイタリアンといえばイタリアの味だ。けれど、なぜか日本だけは、日本人に合うようにアレンジされていて、食材も日本のものが多く使われている。東京にはわずかに、イタリアを貫く店もあるが、名古屋や京都にはない。ある意味、競合がいないことはラッキーだと思った。2017年11月にここを開店して以来、僕がつくるのはフィレンツェの料理だけ。なかでも、トマトにニンニクをたっぷり加えたトマトソースは現地の味そのものだと思う。写真の「ピーチ にんにくトマトソース」は、太めのもちもち麺にたっぷりのトマトソースをからめたパスタ料理。コシの強いうどんのような食感は、日本の方にも気に入ってもらえるはず。日本のイタリア料理も美味しいし、逆にリスペクトしているくらい。だけど、それはあくまでジャパニーズイタリアンだし、僕がつくらなくても、もっと熟達した料理人が京都にはたくさんいる。僕は僕が自慢できるフィレンツェの料理をつくればいいし、その味を京都の人にも知ってほしいと思っている。オイルも牛肉もできる限りイタリアのものでフィレンツェの料理は、肉や生ハム、サラミなどを使うものが多くて、塩と胡椒、ハーブで味をつける。素材の持ち味を大切にし、そういう意味では和食と共通する部分もあるのかもしれない。とにかく、シンプルな料理が多いから、逆に配分などを間違えるとまったく違う料理になる。だから食材はとても大切。だから調味料や食材はできる限りイタリア産のものを使えるようにと思っている。 お客様はイタリア人もいるけれど、イタリアに住んでいた人や旅行に行ったという人も多くて、みんな「フィレンツェの味だ!」と言って喜んでくださる。少しでもイタリアの風を吹かせられれば、そんな嬉しいことはない。写真の「赤せんまい(ギアラ)の煮込み サルサヴェルデソース」は、フィレンツェのキングオブ・ストリートフード。赤せんまいを丁寧に掃除して下処理し、それを唐辛子やニンニク、ブラックペッパー、イタリアンパセリと煮込む。ピリッと辛くて、美味しい。思わず「ボーノ!」と言っちゃうよ!イタリア人はみんなワイン好き!料理を食べるときに、ワインを飲まない人はイタリアでは少ないね。だって、料理とワインはほんとうに相性がいい。そのうえワインは、塩や脂などを流してくれる。イタリアには、「ワインを飲む人は100年生きる」という名言がある。美味しい料理を食べてワインを飲み、幸せな気分になれば、ストレスもたまらない。みんなハッピーでいられるから。うちのディナーマットにもこの言葉が書いてあるんだ。辛いことや大変なことがあったときは、ぜひうちに来て、料理とワインを味わってほしい。きっと、いやなことなんてすっと忘れる。うちで初めてのフィレンツェ料理を食べた人たちは、現地に行っても困ることがない。同じ味に必ず出会えるから。すめば都! どこに住んでも同じ!最初は「京都の人に受け入れてもらえるだろうか?」と多少は不安だった。だけど、開店して1年半になるけど、嫌な思いはしたことがない。ここに来る人はみんな本当に優しいしいし、イタリア料理が好きな人ばかり。イタリアやヨーロッパの友人たちも、日本へ来るときは必ず京都へ来てくれるのも嬉しいこと。京都がもつ伝統や文化の力だと思っている。京都にはアートもあるしカルチャーも音楽もある。休みの日? 音楽を聴いたり、鴨川を散歩したり。焼き鳥や唐揚げ、ラーメンなど、大好きなものを食べに行くことも多い(笑)。京都は食のパラダイス。そんな街で、自分の国の料理をつくって食べてもらえることは、ほんとうに幸せだ!■ヴィナイーノ キョウト京都市中京区中之町577-14075-286-3180営12:00~15:30、17:30~22:30LO(金・土・日・祝は12:00~)休火曜
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BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜
2019.05.29
木山「らびおり」
奇想の一皿「らびおり」桜鱒、石鯛を編みこみ、鯛の白子を包んだお造り 木山義朗さんは「京都 和久傳」で料理長を務めたのち、2017年に「木山」をオープン。敷地に湧き出す井戸の水と、丁寧にひかれた出汁が生みだすドラマ性のあるコースを日々つくり上げています。発想秘話今回の料理の発想には、モダン・スパニッシュの影響が大きくあります。ですが、そのきっかけをお話しする前に、まずはこの「らびおり」がどのようなものかをご説明いたしましょう。撮影がありました4月下旬は、桜鱒、石鯛がまさに旬。鯛は繁殖期ですので、上質な白子も手に入ります。今回は青森の桜鱒、伊勢湾の石鯛、和歌山の鯛の白子を用意しました。桜鱒と石鯛を薄い短冊に、白子は小さなブロック型のお造りにします。厚みや大きさを試行錯誤して、この形にたどり着きました。桜鱒と石鯛を編みこんでゆきます。モダン・スパニッシュではズッキーニやパプリカなどの野菜を編みこむことが多いようです。白子をその中に包みます。編みあがれば完成です。自家製のとろみ醤油をつかったポン酢おろしで、ひと口で召し上がってください。おろしや醤油の量も微調整を繰り返しました。中から白子がふわっととろけだし、ソースのように桜鱒と石鯛にからみ、一体感のある旨みを感じていただけると思います。旬のものを一緒に口にしたときに、ケンカすることなくそれぞれが引き立てあう、そんな「新しいお造り」です。私とモダン・スパニッシュの関係は、4~5年ほど前に出会ったデヴィッド・ヴィーヴ・プイグさんとのご縁から始まりました。デヴィッドさんは、スペイン・カタルーニャ州のレストラン「アル・サリェー・ダ・カン・ロカ」が、2015年の「世界のベストレストラン50」で1位になった時に、厨房に立っていた人物です。 2016年からは毎年2月に3日間だけ「ごだん 宮ざわ」で日本の食材をメインに、和食器を用いてモダン・スパニッシュを披露。2018年には「木山」でも同じように腕を振るってくれました。デヴィッドさんに出会うまでは、モダン・スパニッシュは泡や液体窒素を用いる科学的な料理法である、分子ガストロノミーのイメージが強かったんです。でも、それだけではないんですよね。肉も魚も野菜も、素材がとてもよくて、そのものの味を大切にしているんです。スペインで食べたヒラメには驚きました! 焼いてオリーブオイルをかけただけなのに、脂ののっている最高のクエに匹敵するほどの旨みが引き立っていたんです。 また出汁の文化もあり、キノコやイベリコ豚、鶏などからじっくりと出汁をとって料理に使っています。和食との共通点を随所に感じ、以来、デヴィッドさんを通じてモダン・スパニッシュから学ぶことがたくさんあります。今回の「らびおり」も、切ってお出しするだけのお造りの一歩先を行きたい、「新しいお造りの形を」という想いからつくりました。お造りに限らず、今後はそういう展開もしていきたいと思っています。素材を編みこむスタイルは、季節によって素材を変えてお出ししていくつもりです。 撮影 津久井珠美 文 竹中式子■木山京都市中京区堺町通竹屋町下ル西側絹屋町136 ヴェルドール御所1F075-256-446012:00~15:00 (最終入店13:30)、18:00~22:00 (最終入店19:30)不定休
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BLOG精進料理知新
2019.05.28
京都の料亭「木乃婦」、高橋拓児の精進料理への思いvol2
※「京都料理芽生会」/日本料理の発展と、伝統と格式のある京都の食文化を次世代へ継承するために1955年に設立。京の料亭の若主人たちが研鑽・研究を行い、様々な挑戦を行っている。 食材に深く向き合う姿勢。食材への洞察を深めていく。 「京都料理芽生会」で精進料理に取り組むようになってから、うちの店にも精進料理でコースをいただきたいというご要望や、お寺さんからのご注文が増えてきました。これはとてもありがたいことやと思います。 お寺さんの場合は、例えば新しい管長が就任される晋山式など、「ハレ」の日のご注文も多いですね。 まず、通常のご予約と同じように、先様のご要望をよく聞きます。目的やご予算、ご希望、お好みなどをよくお聞きして献立を考えていきます。 でも、前回もお話ししましたが、精進料理の場合は、ここからが通常の店の仕事を少しちがってくるんです。そのあたりをもう少し詳しくご説明したいと思います。たとえば大根一つ目の前にして、その背景をじっくり考えるようになりました。この大根はどんな畑で育ってきたんだろう、とか、農家さんの作り手のこだわりというよりも、その大根そのものが自然の中でどういう育ちをしてきたのか、とかね。以前はそんなことは考えもしなかったことです(笑)。 実態にとらわれず洞察するというか、その素材をどうすれば活かしきれるのかを考える癖が身についてしまったというか、でもそういう姿勢で食材に接するといままで見えてこなかったものが見えてきます。 たとえば、以前なら形や色が悪い、とか、虫食いがあるとか、そういうところは最初に排除していたわけですが、逆に虫に食われたらそれだけ健やかなんやなとか、虫もおいしいと思うねんなとか(笑)、土が硬いところで育ったから繊維質が強いんやろうなとか、見方を変えれば、本当に食材って面白いし、より深く付き合っていきたいと思いようになりました。 精進料理の場合は、虫食いのところも全てを活かしきることが基本ですから、そういうところも取り入れて、どう美味しく料理しようか、という新たな課題にぶつかるわけです。そこからの新たな工夫から、新しい素材の組み合わせや料理法なども生まれてくることがあるんですね。 食材を目の前にしてあれこれ考えるうちに、よく頑張ってここまで育ってきてくれたなあと、目の前の食材に感謝する気持ちが以前よりずっと強くなってきたと思います。神式の考えから仏式の考えへ。大きな転換を迎えて料理をしていると、どこどこ産の魚がいいとか、どこどこ産の葉物がいいとか、よう言いますよね。これって、僕は神式の考え方じゃないかなあと思うんです。神様に捧げる供物を四方八方走り回って集める、それが「馳走」であり、僕ら料理人は、より良いものを選んで持ってきて、より美味しく仕上げるという、まさに神道の考え方に則って料理をしてきたと思うんです。それはプロとしてもちろん大切なことですし、お客様に対するその気持ちは変わりません。 でも食材という実態を前にして、以前は自分がその対象物についてどう工夫して料理をするかで終始していたのですが、今は食材自身がどういう風な所で生まれてきてとか、何を訴えたいのかとか、今、対峙している"相手"について、より深く考えることができるようになってきたんですね。 神道の「馳走」という考え方に対して、仏式っていうのは、もの、たとえば食材についてそもそも順位もないし、優劣もないんです。 それぞれにそれぞれの生命みたいなものがあるので、それ自体をどのように活かすかを根本的に考えるんです。 食材の本質を明らかにする、といえばいいのかな。それを続けていくと、どんどんどんどんディープな深みにはまっていくんですけど(笑)、そこが、精進料理は永遠に進化するみたいなところではないかと思うんです。 ここにその食材を使う意味とは?典座の仕事に思いを馳せるこうして食材としっかり向き合った後、今度は献立を決めるのですが、ここがまたかなり難しいんです(笑)。たとえば、豆乳で湯葉を作るにしても、その湯葉やからこそ使いたいという意味を見つけないといけないんです。どうして今、ここに、その半生の柔らかい湯葉を使う必要性があるのか?みたいな、まさに禅問答ですよね。 でもそこまで考えて作るからこそ、湯葉がきちんと生かされるように僕は感じています。その食材の存在を、命を、僕の料理によってくっきりと浮き出させるようなイメージがあるんです。これはなかなか責任重大ですよね。 こんな考えは、以前なら本当にしていなかったし、まず知らなかったわけです。無知の知いうんですかね。知らんかった世界があったんやなあというのが実感です。精進料理に取り組むようになって、そういう気づきがあったことが僕にとっても非常に大きなことでした。 食材の背景や、調理に使う意味合いやら、もちろん味のことも考えながら献立を決めていくので、以前ならば、今の季節とか、旬とか、見立てや色彩とか、経験値からパッと決めていたことが、かなり長い時間を要するようになりましたね。でもそれは決して、面倒ではないんです。うまくそこに食材を用いて、使い切ることができるとやはり嬉しいですよね。 かっこよくいえば、精進料理って、自分自身の精神的な成長に比例して、料理の完成度も高まっていくように思います。僕自身、悪戦苦闘を続けながら、典座の修行にほんの少しでも近づけられたらと思います。 ようやく献立が決まって、いよいよ料理に入っていくのですが、精進料理は、魚肉を一切使わず、匂いの強い素材も避けて、野菜や穀類、豆類、海藻などを主体に料理を作ります。調理法としては生、煮る、焼く、蒸す、揚げるという「五法(ごほう)」を用い、そして、苦味(くみ)、酸味、甘味、辛味、鹹味(かんみ)、淡味の「六味(ろくみ」を心がけて料理に向き合います。 日本料理の生命線とも言える、だしの問題もあります。そのあたりの実際の料理法につきましては第三回でお話ししたいと思います。取材・文/ 郡 麻江■ 木乃婦京都市下京区新町通り仏光寺下ル岩戸山町416075-352-000112:00~14:30(L.O.13:00)、18:00~21:30(L.O.19:00)定休日 水曜
高橋拓児
「木乃婦」3代目主人
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