食知新ブログ
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BLOG料理人がオフに通う店
2019.08.27
「Bar K6」―「蛸八」掛谷浩貴さんが通う店
「蛸八」掛谷浩貴さん《プロフィール》京都生まれ京都育ち。京都の料理屋などで修業を積み、1999年に実家である「蛸八」に入店。当初は先代の父とともにカウンターに立ち、2016年に先代が亡くなり店を継ぐ。誠実な料理や芯のある接客にはファンが多く、若手料理人たちの兄貴的存在でもある。旨い酒&フードに上質のもてなし。京都のナイトシーンを牽引する名バー木屋町二条にある「Bar K6」といえば、京都の酒好きの間では必ず名前が挙がるほどの人気バーだ。京都を代表するバーテンダー・西田稔氏が、1994年に現在の場所で開業。今年3月に25周年を迎えた。ここで初めてカクテルの味を知ったという人も少なくないだろう。この店を推薦した掛谷さんにとっても、若い頃の思い出深い店だったようだ。「初めて行ったのが20代前半の頃。お酒も飲めないのに、ここのバーは凄いぞという噂を聞いて行きました。そこには西田さんがおられ、酒も飲めない僕がいちびって(調子に乗って)、『すんませ~ん、こんな感じの作ってください』って言うと、ほんまにこんな感じのやつが出てきて感動したのを覚えています。カウンターに埋められたライトに照らされたカクテルが最高に綺麗で。そして西田さんのかっこよさ、何よりも西田さんの作ったカクテルのおいしさ最高でした」と、掛谷さんは当時を振り返る。現在の店内は、オーセンティックな2つのバーカウンターとテーブル席がある空間だが、創業当時は違ったと、チーフバーテンダーの澤真吾さんは言う。「掛谷さんが来られたのはまだオープンして間もない時で、このカウンターとテーブル一つだけの小さなお店だったんです。その当時は照明ももっと暗くて、ライティングでカクテルが浮かび上がるような印象を持っていただいていたのだと思います」「当時は、バーやのにお酒が弱いものでフードを頼む方が多かったと思います。フードばかり頼んでたら悪いなと思って、それから行かなくなっちゃって」と、掛谷さん。長く足が遠のいてしまっていたが、今年、20年ぶりに店を訪れたという。「カウンターには西田さんはもう立っておられないですが、僕の大好きな澤さんが立っておられます。澤さんはうちにも来られていて『K6』に行きたいなぁって思ってたんです。澤さんに、『こんな感じのください』と頼むと、やっぱりこんな感じのやつが出てきて、感動しました!」(掛谷さん)実は、澤さんは十数年来「蛸八」に通う常連で、掛谷さんとは顔なじみなのだそうだ。「僕は和食好きで、20代の頃から飲食の仕事の勉強も兼ねて行かせてもらっていました。当時はお父さんが大将でやっておられて。あんな素敵なお店はもうなかなかないと思いますね。3年ほど前、お客様に「蛸八」さんへ連れていっていただいた時に、僕のことを紹介していただいて。掛谷さんとお話しさせていただくようになったのは、それからです。奥様と2人でここに来てくださって、うれしかったですね」(澤さん)シングルモルトを中心としたウイスキーをはじめ、幅広いアイテムを揃える。「ウイスキーを楽しまれる方と、あとカクテルも多いですね。スタンダードなカクテルはもちろん、旬のフルーツを使ったカクテルを目当てに来られる方も非常に多いです」(澤さん)フードの充実ぶりもこの店の魅力の一つ。料理専門のスタッフがおり、チーズや生ハムなどの前菜からハンバーグ、カレーといったメニューまで揃える。「昔ながらの喫茶店の洋食を思い出すような味作りにしています。お酒と一緒に食べていただくものなので、味はしっかりめ。食前酒、お食事とお酒、食後のお酒と、どの時間帯に来ていただいても楽しめるような店づくりを目指しています」(澤さん)。人気はおつまみやサラダ、フィッシュアンドチップスなど。ここで遅い夕食をとる飲食店関係者も多いそうだ。掛谷さんが今回いろいろ頼んだ中で「たまらんおいしかった」と絶賛するメニューの一つが、ブランデーやマディラ酒に漬けた自家製の鶏のレバーパテ。洋酒が香るパテは、なめらかでクリーミーな味わいに胡椒が利いて、お酒がすすむ。「僕も休日、たまに自分の店に来る時はよく頼みます。こういうくせのないレバーパテには、黄金色をした白ワインや、ちょっと甘さのある貴腐ワインなども合います」(澤さん)もう一つのおすすめ、人気のヴェスビオのアラビアータ。フレッシュトマトやベーコン入りの辛いソースがあとを引くおいしさ。ソースがショートパスタに絡んで食べやすいのもいい。「2、3人で来られる場合、会話とお酒を楽しみながらになるので、フォークに刺しておつまみのようにして食べていただけるようにしています」と、澤さん。料理を出す際も、何か一言添えることを心掛けている。「バー空間というのは非日常を求めてきていただいているので、おいしいと思っていただけるように努力することが大事。居心地のよさって、やはりこういう細かいことが一つずつ積み重なって、『あそこで飲んで楽しかったな』ということにつながると思うんです」。料理もお酒もおいしいのは当たり前、あとはいかに居心地良く過ごしてもらうかが大切だと澤さんは言う。これまで優秀なバーテンダーを輩出してきた「K6」だが、その哲学というのは、どういうところにあるのだろう。澤さんは、この店で働くうえで一番大事なのは、人が好きかどうか、次に細かいことにまで気が付けるかどうかだという。「たとえばジントニックを作る時なら、天候やライムの状態、ジンの温度など、100のチェック項目を作るんです。それがクリアできて初めて、お客様の灰皿がいっぱいになっていることや、お客様にお水を出すタイミングなどが察知できる。お客様が何を求めているかを察知できるバーテンダーになってほしいと思います」。澤さん自身、先輩から店のジントニックを受け継いでいくために、試行錯誤を繰り返すうち、お酒以外のことにも気付けるようになったという。お客の細かな表情などから、何を求められているか察知する。掛谷さんのイメージ通りのお酒を作ることも、一流のバーテンダーのそうした心配りが可能にするものなのだ。「K6」で受け継がれるジントニック。「ジントニックはその店の名刺代わりになるものなので、これだけはうちのバーテンダーの共通の味にしています」(澤さん)いつ訪れても心地よい時間を過ごさせてくれるこの店の哲学が、この一杯に詰まっている。撮影 エディオオムラ 文 山本真由美■Bar K6京都市中京区木屋町二条東入る ヴァルズビル2F075-255-500918:00~27:00(金土~29:00)無休(8月に1日休業日あり)http://www.ksix.jp/
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BLOG外国人料理人奮闘記
2019.08.26
スペイン人料理人 ラウル・ナバロさんの「自分のしてほしいことを人にもする」
5回目に登場いただくのは、「フォーシーズンズホテル京都」のバーテンダーでありビバレッジマネージャーでもあるラウル・ナバロさんです。日本の文化に感動し、来日してから7年。「フォーシーズンズホテル京都」に欠かせないバーの顔になりました。四季のある京都の文化に引き寄せられてスペインのバルセロナで生まれ育ち、「世界どこにでも行ける時代に生まれたんだから、自分の国以外も見なきゃもったいない」と思っていました。ディズニーランドやUSJなどアミューズメントパークが大好きということもあって、8年前に日本を訪れたんです。東京も面白いけれど、日本と言えばやっぱり京都。京都に行かずして日本文化は語れないと思い、足をのばしました。それが京都との運命の出合いになろうとは...。季節はちょうど秋でした。嵐山など観光名所をめぐって感じたのは、どこもかもが美しいということ。お寺の庭に散る紅葉も古い町並みもほんとうに綺麗でした。そのうえ、京都の人はみんな優しい。だからこの街をもっと知りたいと思ったんです。京都の文化や人を知るには日本語を身に付けることが必要でしょう。そこで意を決し、翌年日本に留学しました。そう、もちろん京都です。昼は日本語学校に通い、夜はスペイン料理店で働きました。 ZARAのショップ店員からホテルマンに日本語学校を卒業した後は、スペインの知識が役に立つ「ZARA」に就職。四条河原町で仕事をしていました。そんなとき、「フォーシーズンズホテル京都」が開業スタッフを募集していることを知りました。私は、人との触れ合いがとにかく好き。だから、できるだけいろいろな人と触れられる接客業につくのが理想でした。そういう意味でホテルマンなら、お客様のために働けると思ったんです。ドアマンが第一希望でしたが、面接をした総支配人が「君は人の話を聞くのが上手い。だからドアマンよりもっとお客様と話せるバーテンダーが絶対にむいている」と言ってくれました。バーテンダー経験はゼロでしたから迷いました。でも何事も挑戦と思いバーテンダーの職につくことを決めたんです。 学べば学ぶほど面白くなるバーテンダーの仕事「短期間のトレーニング」で経験ゼロの私がなぜバーテンダーになれたか。ひとつには、バーテンダーの仕事が面白い仕事だったからです。当初はシンガポールに行って、その頃フォーシーズンズの系列だったホテル内にあるアジアトップクラスのバー「マンハッタンバー」でOJTを受けました。そこで素晴らしい先輩バーテンダー達に出会いましたが、中でも感銘をうけたのはトム・ホーガンでした。彼は、「カクテルは同じレシピでつくっても、つくる人によって全く違う味になる」と言いました。面白いでしょう。結局はお酒も人がつくるものだということです。シェーカーにお米をいれてふったり、友達のバーテンダーにコツを聞いたり。失敗もしたし、どうしたらいいかわからないこともあった。でも、辞めようとは思わなかったですね。始めた限りは最後までやり遂げたいという想いもありました。今、私のとなりにいるロレンツォ・アンティノーリの影響も大きい。彼はアジア太平洋地区のフォーシーズンズホテルのバーを統括するアドバイザーでフォーシーズンズ独自のバートレーニングプログラムを構築した人でもあります。スマホやパソコンなど、どこででも見てレッスンできるプログラムをつくりあげました。私も、その育成プログラムの京都でのトレーナーとして、フォーシーズンズらしいサービスや体験をお届けできるバーテンダー育成に携わっています。新しい人材を育てることは、とてもやりがいのあることです。ロレンツォさんからラウルさんについてひとことカクテルはお客様をお乗せする車のようなもので、お客様をどんな風景のどんな場所にお連れするかというストーリーを考えるのがバーテンダーです。バーテンダーにとって技術は必要ですが、それ以上にキャラクターが大切。ラウルは仕事への情熱があって、カクテルの味を緻密に研究するなどスキルを身につけきた優秀なバーテンダーです。でもそれ以上に個性がある。自分の意志や熱い想い、キャラクターで、お客様を心から楽しませることができる人です。 お客様とのコミュニケーションがなによりの楽しみ今は、バーテンダーになって本当によかったと思っています。それというのも、お客様おひとりずつと、常に密なコミュニケーションをとれる仕事だからです。それは、僕の理想でもありましたからね。「今日は爽やかな味わいのカクテルが飲みたい。フルーツも使ってほしい」という言葉から要望をくみ取り、瞬時に頭の中の引き出しをあれこれ開けて、自由な発想でベストな一杯をつくる。お客様に「美味しい!」とか「この味好き!」とか言ってもらえたら、もうまいあがっちゃいます。ホテルが建つその地、たとえばここなら京都の特徴をだすことも、カクテルづくりに求められること。日本らしさや京都らしさ、旬、文化などをカクテルに盛り込むのもミッションのひとつなんですね。だから、日本文化や京都の歴史、伝統、風物詩なども勉強しなくちゃいけない。大変かどうか? いや楽しいに決まっています。勉強した成果を毎日発表できるんだから。このカクテルは「シークレットガーデン(2,800円)」というザ・ラウンジ&バーのシグニチャーカクテルです。国産ウイスキーに日本酒、エルダーフラワーリキュール、ローズマリー、みかんシロップ、自家製のダージリンティーとカモミールビターズが入っています。季節によって入れるものは少しずつ変わります。その名のとおり、お庭をイメージしたカクテルです。バーから見えるホテルの日本庭園「積翠園」を観察しなから、それぞれの季節の庭に咲く草木や自然にインスピレーションを得てつくったものです。こちらは「フォーシーズンズホテル京都75(2,800円)」。穂紫蘇を添えた姿も素敵でしょう。京都産の季の美ジン、澪、ゆずとパッションフルーツのシロップ、レモンジュースをシェイクし、すっきりした味わいに仕上げました。。ゆずの風味がジンとよく合う一杯。女性に人気のカクテルですね。僕の信念は「自分がしてほしいことを人にもする」で、小学校6年の時に尊敬する先生に言われてからずっと自分でもそれを実践してきました。ところが、ここに入って驚いたのは、フォーシーズンズのゴールデンルール(社訓)が、「私たちは常に自分が接して欲しいように相手に接します」だったんです。同じなんですよ。だからここでは、お客様に喜んでいただけるために何ができるかをマニュアル通りでなく自分で考え、心からのサービスをすることができる。バーテンダーは職人でありつつも、臨機応変な対応やクリエイティビティも求められる難しい仕事。一生をかけて勉強し、もっと実力あるバーテンダーになりたいですね。撮影:ハリー中西■フォーシーズンズホテル京都 ザ・ラウンジ & バー京都市東山区妙法院前側町445-3 075-541-828810:00~24:00(バーカウンター営業は18:00~)
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BLOG京の会長&社長めし
2019.08.23
明清建設工業株式会社の副社長が通う店「ぎおん 阪川」
■本間 満(ほんま みつる)さん 明清建設工業株式会社 副社長。群馬県生まれ。日大卒業後に祖父が創業した「明清建設工業株式会社」に入社。 以来、営業を中心に勤め、現在は副社長と営業本部長を兼務。趣味は美味しいものを食べることと読書。休日には、嵐山で英語の観光案内ボランティアとして活動している。最後の晩餐は、「草喰なかひがし」の松茸ご飯。白いご飯に焼き松茸が乗ったシンプルなご飯だが、ご飯の塩加減や松茸の香ばしさが抜群に美味しくて、忘れられない。秋になったら食べにいく一品。美味しいものを長く食べるためにも、歩くなど運動もして健康でいたい。確かな技術と素材へのこだわりで直球勝負する京料理「ロータリーの友人などと週に1、2回は会食します」という本間さん。おいしいものを食べることが趣味の一つであり、食事をする際はいろいろな人から情報収集を行い、評判のお店に行くのだとか。そんな本間さんの食通ぶりを昔からよく知るのが、今回お薦めの店として紹介された「ぎおん 阪川」の主人、坂川浩和さんだ。「いろんな店に行かれていて、ここ行ったほうがいいよ、って教えてもろたりしましたね。ミシュランガイドにならって、ご自分で選んだ京都のおすすめの店のリストをつくられたほど、おいしいものをよくご存じです。味に厳しい方ですから、僕も少なからず影響を受けたと思います」京都の代表的な花街である祇園町の南側。その花見小路通と東大路通の中ほどの、うっかり見落としそうな裏路地に、「ぎおん 阪川」はある。創業は平成9年。滋賀県出身の坂川さんは、花見小路新橋の「割烹 なか川」で17年間修業したのち、この場所で独立した。すっぽん、鱧、鯛、ぐじ、鮎などの魚介に、筍、松茸など、厳選した旬の食材を活かした京料理で愉しませてくれる名割烹だ。「今と違って、独立した当時、このあたりは古くからのお店やお茶屋さんしかなくて、僕らみたいな若輩者が入ってきてもええんかな、という感じやったんですよ」と、坂川さんは振り返る。本間さんが最初にこの店を訪れたのは、そんな創業から間もない頃だったとか。「もう20年以上のおつきあいになるでしょうか。繁盛店なので、今は年に数回伺うくらいになっていますが、当時はちょくちょく伺っていました。なまこやからすみを注文して麦酒を一杯味わうなど、軽く飲みに行ったりもしていましたね」(本間さん)美しい木のカウンターと小上がりのある落ち着いた雰囲気の店内は、美味いものを求めて全国から訪れる人々で賑わう。そんな人気店も、創業当初はお客が来ず苦労したという。「最初の5年ぐらいは、お客さんが2人とか4人とかがしょっちゅうでした。まだネット社会やないですから、口コミの世界でしたし。そこから本間さんにお客さんを紹介していただいたりして、少しずつ数が増えていくようになって。そういう意味では、今のうちがあるのは本間さんのおかげでもあるんですよ」(坂川さん)最近はコースのみの割烹も増えたが、ここでは季節料理を13000円からのコースとアラカルトで提供する昔ながらのスタイルを貫いている。「うちはどちらもやっていますから、単品メニューに食べたいものがあればコースに入れたり、いらんものはコースから抜いたり、何でもできます。それがうちの良さですから」と坂川さん。本間さんはいつもコースでお願いするそうで、「すっぽん焼きと焼おにぎりは、コースに必ず入れてもらいます」(本間さん)。実はこの2品は通常のメニューにはなく、お客からの要望でできた裏メニュー。こうした料理が存在するのも、割烹ならではの魅力だろう。「東京の友人や社員たちと行くことがほとんどですが、誰と行っても、必ず喜んでもらえるのもうれしいことです」(本間さん)魚介をはじめ、季節の素材のポテンシャルを引き出すことに定評がある坂川さんの料理。コースの中に一品として本間さんが夏によく注文するのが、鱧の焼霜や鯛のあら煮だ。「鱧は目の前で焼いてくれ、ほどよい焼き加減になったら皿にのせてくれる。その様子を見て楽しみ、香りに食欲をそそられる。カウンターならではの楽しみです」(本間さん)鱧の焼霜は、骨切りした鱧を炭火で軽く焼き、氷にあてる。その時に生じる香りを感じながら、出来上がりを待つのだ。「焼霜は焼いてバランスよく香りをつけること、そして何よりいい鱧を使うことが一番大事です」と、坂川さん。坂川さんが料理で最も重視するのはやはり素材の良さだ。使用する鱧は、脂乗りがよく、薄皮で骨の細かい韓国産の天然物。550~600グラムのものが理想だという。熟練の技術でリズムよく鱧の骨切りを行う。これを焼霜にすると、繊細な切り口が花のような姿に。美しく盛りつけられた絶品の鱧の焼霜。お好みで下に敷いたすだちと一緒に、合わせ醤油でいただく。半生の鱧のふくよかな旨味と程よい香ばしさ、そしてほのかなすだちの香りが口の中に広がる。脂ののった鱧は上質の牛肉に近い味わいだ。「天然なので脂のよさもありますね。また後口がいいでしょ。香りが残るのが」(坂川さん)鯛は明石の二見あたりでとれた3キロほどのものを使う。「うちのは数軒しか扱っていない鯛でほんまにうまいと思いますから、ぜひ食べてほしいですね」と、坂川さん。艶やかに仕上がった鯛のあら煮は、「お湯で臭みをとってから醤油と酒、砂糖で炊くだけです」。シンプルだが、バランスのよい味付けが上質で弾力のある鯛の豊かな味わいを引き立てる。「本間さんは、これを食べてご飯かおにぎりを頼まれます。毎日の定食みたいな感じですかね。煮汁を残して鯛にゅうめんにして食べるお客さんもおられます」(坂川さん)本間さんは店の魅力について、こう話す。「何よりの魅力は、坂川さんが常連でも一見でも区別なくもてなしてくれることです。帰る際には、主人と女将のふたりで見えなくなるまで見送ってくれる。開店からずっと変わらずやっておられ、客への思いが感じられます」そのことを伝えると、「常連さんも一見さんもそれは一緒です。お金持ちの人が3倍払ってくれはるんやったら大事にしますけど(笑)。逆に常連さんのほうに無理を言いやすいところがあるかもしれません」とユーモアたっぷりに答える坂川さん。そして、もてなしへの思いについて、「最低限のことしかしてないんですよ。僕は話がうまくないから、会話も続いていかないですし。嫁さんは、お客さんとプライベートの楽しい話もできますから助かっています。とりあえず自分のできるスタイルで、雰囲気のいい空間をつくりあげることができたらと思っています」と語った。坂川さんの素材に真摯に向き合う姿勢と、飾らない人柄。そこから生まれる心地よい料理や雰囲気が、本間さんをはじめ、多くの人々を惹きつけるのだろう。撮影 エディオオムラ 文 山本真由美■ぎおん 阪川京都市東山区祇園町南側570-199075-532-280117時~21時(入店)定休日 日曜、祝祭日不定休 要予約
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BLOG精進料理知新
2019.08.22
京都の料亭「木乃婦」、高橋拓児の「精進料理をひもとく〜これからの精進料理は?〜」
料亭「木乃婦」の三代目主人、高橋拓児さんは、2015年より京都料理芽生会創立60周年事業で同会が取り組んだ「精進料理の世界へ」をメンバーともに推進してきました。現在も自身の店で、お客さんの要望に応えるかたちで精進料理に取り組んでいます。高橋さん自身が考える精進料理とは?その進化や精進料理への思いはいかに?というテーマで5回にわたって、語っていただきます。今回はその最終回。ずばり、精進料理のこれからはどうなっていくのか?を伺いました。※「京都料理芽生会」/日本料理の発展と、伝統と格式のある京都の食文化を次世代へ継承するために1955年に設立。京の料亭の若主人たちが研鑽・研究を行い、様々な挑戦を行っている。何ごとにも美を求める日本人の感性。これは変えようのないこと。 ここ4年ほど、ほぼ精進料理が念頭にあったと言っても過言ではないかもしれません。通常の料理を作る時も、精進料理の考え方で捉えることが癖になってしまっているというか(笑)、不思議ですが、その方が自分でも納得がいくことが多くなってきました。 精進料理に関わるようになって一番変わったことは、食材に対する考え方かもしれません。以前は、旬のもっともいいものを使うことのみを考えていましたが、今はまず、食材を前にして、その背景を考えるようになりました。 この食材はどこでどう育って、なぜ、ここまできたのか。その背景をじっくり考える時間、少しだけ典座の気持ちに近づいているのかもしれません。 要は食材としっかり向き合うようになったことが大きな変化だと思います。 精進料理は中国から渡ってきたのですが、日本に渡ってきてさらに戒律が厳しくなったように思います。特に日本人は美意識が高いので、美しさにさえ厳しいものを求める傾向があると思うんです。お寺さんでいただく精進料理も、器や盛り付けも非常に美しいでしょう?だから高度なレベルまで昇華させたのも、日本人の性というか、美的追及を際限なくしてしまう性が日本人にはあるんでしょうね。 仏教の本を読んでいても必ず「美」というものが現れ、仏像にしても、寺院建築、庭園、装飾などにも出てきますよね。宗教なのに、そこに美しさを求めるという高邁な精神には凄まじいものを感じますよね。 掃除ひとつ取っても、お寺さんの境内から室内、お手洗いに至るまで、ピカピカでしょう?着物を着て、白足袋を履く感覚、その白足袋がまた真っ白で生地がピンと張っていて美しい。全体を俯瞰で見出す審美的な感覚は、日本の精進料理にも生きていると思います。 美を愛でる、楽しむとなると本来の精進の意味からずれていくのですが、料理人として精進を考える時、美しさを求めることは、やはり必要だと思います。どんなTPOでもオールマイティな精進料理 また、精進料理に限らず、料理には創意工夫が大切です。今ある材料をいかに使い切って、美味しくいただけるものを作るのか?もちろん栄養も考えて。そこは通常の料理と全く変わらないと思います。 食材と向き合うこと、美しさを求めること、創意工夫をすること。この3つの柱って、そもそも、料理人がするべきことなんですよね。 精進料理に向き合うようになって、自分自身の考え方が劇的に変わりました。 例えば、海外で料理を振る舞うときに、なかなか日本と同じ食材って手に入らないんですよ。ナスひとつでも、めちゃくちゃ大きくて中がスカスカみたいなものが用意されることもあります。以前ですと「日本のナスに近いものを探して欲しい。そうでないと美味しい料理が作れない」と要求していました。 でも今は、大きなナスを前に、このナスは何か意味があって自分のところにやってきたのか、それならば、なんとかこのナスの個性を生かしきって料理ができないか?と考えるようになりました。酸っぱいみかんも同じです。甘い和歌山のみかんを取り寄せて欲しい、ではなく、そうでないみかんでも創意工夫で、新しく美味しい味ができるかもしれない、と思うわけです。 面白いことに、精進料理のルールに料理の幅が狭められたようでいて、実はものすごく広がっているんですね。これは驚きでした。 お客様についても、昨今はいろいろな宗教の方、戒律がある方、ヴィーガンの方、健康上の制限がある方など要求されることが様々です。それを面倒とか難しいとは思わなくなりました。精進料理の考え方で料理に臨むと、不思議に自分も納得する味で、しかもお客様にも非常に喜んでいただける料理に仕上げることができるんです。京都迎賓館の仕事でもそれこそ20か国の賓客が居られればかなりの縛りやお好みが分かれて以前なら相当、頭を悩ませましたが、今は精進料理をベースに考えているので落ち着いて取り組めるようになりました。ある意味、オールマイティな料理、それが精進料理なのだと思います。 精進料理の海外への発信ということについては、最初はとにかく精進料理自体を味わっていただくことを念頭におきます。いきなり禅や典座のお話をしても殆ど伝わらないので(笑)。でも、二度、三度とリピートされる方は、真に興味があることがわかるので、座禅や法話が聞けるお寺さんをご紹介したり、少しずつ、禅への理解を深めていただくようなアプローチをするんです。すると料理自体の味わい方も深まっていくわけです。 ただ、それには最低でも数年以上かかるし、本当にスロースタートで徐々にしか進んでいかないんですよ。我々日本人は、精進の土壌がそもそもあるというか仏教が生活の周辺にあって禅や精進料理の知識も、なんとなく分かっていますが海外の方はゼロからのスタートですから、本当に発信して理解してもらうには、かなりの時間を要しますね。我を捨てつつ、我を生かす。縛りがあるようで無限の広がりが見えてくる。 結局、今の時点で考えられるのは、いろいろなものを削ぎ落としたところに、精進料理本来の姿があるのではないかということです。天ぷらやお揚げさんなどをどんどん取り外して、蕎麦と塩で食べるみたいな(笑)。極限のマイナス志向ですね。 身の丈という言葉がありますが、もともと我々の食も四方四里の手の届く範囲の食材を食べてきたわけです。それ以上、無理もしないし、よそのものを勝手に取ることもなかった。身近で身の丈にあうその土地のものを使って、根っこも葉っぱも余すところなく使って、米ぬかでぬか漬けを作って、大根を干して切り干し大根にして、というように...。そうやって合理的な食の循環を生む暮らしの中で、日本食の文化を作ってきたわけです。 今、政治・経済・文化など全てに閉塞感があるでしょう?一度、発想変えて、四方四里の中だけで生きてみようとか、当たり前を一旦リセットしてみると面白いかもしれませんね。精進は全てに通じるものがあると思うんです。 精進料理の理解は、料理人にとって技術革新に繋がると思います。また、僧侶から料理人へと受け手が変わるので、新しい哲学を生むと思います。 精進料理とはこれだ!というように固定化せず、ロシア、マレーシア、京都、どの国で作るとしても自分の成したい料理を優先するのはなく、我を捨てつつ、我を生かすみたいな、そういう哲学が今、自分にとってとても心地いいんです。このバランス感覚を大切にしていきたいですね。 ピースフルで、新しくて、どんな人が集まってもそこに料理をお出しすることができること。精進料理の強みを持っている、知っていることは自分にとって大きなことだと思います。時代が変わっても、この強みは変わらないと信じています。取材・文/ 郡 麻江■ 木乃婦京都市下京区新町通り仏光寺下ル岩戸山町416075-352-000112:00~14:30(L.O.13:00)、18:00~21:30(L.O.19:00)定休日 水曜
高橋拓児
「木乃婦」3代目主人
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BLOG美人&イケメンスイーツ
2019.08.20
『前田珈琲』の「チョコぼうろ」
推薦人:Enjoy Kyoto代表 徳毛伸矢さん京都を訪れる人に向けて英語で京都の情報を紹介するフリーペーパーの企画、制作、出版を手がけているEnjoy Kyoto代表の徳毛伸矢さん。Enjoy Kyotoは、京都を深く探り、知るためのクオリティの高いコンテンツで、国内外から高い評価を得ている。 蛸薬師通烏丸西入る。風情ある町屋の外観に真っ白な暖簾。京都の老舗喫茶「前田珈琲室町本店」は、朝早くから夜7時の閉店まで常連さんや観光客で賑わっています。 創業は1971年。現会長の前田隆弘さんはイノダコーヒーで長年、修業をしたのち、独立しました。 豊富なメニューが揃うモーニング、お昼時には名物のナポリタンなど、ボリューム満点のランチを、またコーヒーのお供に多彩なオリジナルのスイーツも揃えて、様々な年代のお客さんが愛用しています。 「室町本店」は、元呉服屋だった古い建物を、1981年に前田珈琲の本店としてリノベートして開店しました。100席もある大型の喫茶店ですが、店内はくつろいだ雰囲気に満ちて、お客さんは好みの席でゆったりとコーヒーを楽しんでいます。 店内入り口近くには、ドイツ・プロバット社の大きいな直火式焙煎機がどんと置かれ、毎日、前田会長が全ての店舗や販売用の豆を焙煎しています。焙煎中は焙煎室から芳香が漂い、その香りごとコーヒータイムを楽しめます。香り高くコクがあるアイスコーヒー 463円(税抜き)。夏のコーヒータイムに欠かせない味わいだ。冬場でも暖かな部屋でアイスコーヒーを注文する常連さんも少なくないという。 徳毛さんは、忙しい仕事の合間を縫って、この店でコーヒータイムを楽しむことが多いといいます。 「一人で来ることが多いのですが、いつ来てもお店の方がいつもにこやかに声をかけてくれるのでほっとします。ホールのスタッフも皆、きびきびとして、とても気持ちがいいですね」ホールのサービスの中心的存在は「おかあさん」と親しまれている前田会長夫人の恵美子さんです。創業時から48年、ずっと休むことなく、店に立ち続け、接客を続けてきました。「ミルクはダブルで、シロップはなしでなど、常連さんのお好みは、だいたい頭に入っています(笑)」と恵美子さん。 「僕はアイスコーヒーか、ミックスジュースを頼むことが多いですが、モーニング、ランチ、午後のコーヒータイムとメニューが充実しているので、いつどんなシチュエーションでも使い勝手がよくて、打ち合わせなどでお客様をお連れしても安心感があります」"おかあさん"のこの笑顔に癒されたくて、毎日、多くの常連さんがこの店を訪れる。初めて訪れた人も、恵美子さんの和やかなもてなしですぐにリラックスできる。 店頭のショーケースに並ぶ色とりどりのスイーツも人気。パティスリー部門で毎日手作りしている生ケーキは、ショートケーキやプリンアラモードなど、懐かしい味もあれば、求肥を使った新しい京都の味を提案するなど、スイーツ好きにも定評があります。「僕は、イートインよりも、おもたせ用にお菓子を購入することが多いのですが、特にお気に入りは[チョコぼうろ]ですね。これは本当に他にはない味わいなんです。周りはカリッと香ばしくて、食べるうちにコーヒーのコクと苦味が広がって、また一つ、もう一つと欲しくなるんです。コーヒーにもぴったりで、ギフトにすると本当に喜ばれます。他にもお仏事や仕事のご挨拶など、進物選びのアドバイスも店頭で丁寧にしてくれるので、毎回助かっています。[チョコぼうろ]は、一箱買えばイートインもできるそうなので、今度試してみたいですね」チョコぼうろ(カフェオレ風味) 800円(税抜き)。カリっ、サクっとした食感であとからコーヒーのほろ苦さが広がる。 コーヒーは、厳選した豆を前田会長の熟練の技で香ばしく焙煎。気候によって温度管理や火入れを微妙に変えるそうで、まさにコーヒーの匠の技といえます。ブレンドコーヒーならしっかりとコクのある「スペシャルブレンド龍之助 <RYUNOSUKE>」と、繊細な香りを楽しむ「プレミアムブレンド冨久 <FUKU>」。ストレートのスペシャルティコーヒーなら、「スペシャルティ モカ イルガチェフェ珈琲弁慶 <BENKEI>」と「完熟ブラジル珈琲豆牛若丸 <USHIWAKAMARU>」が定番。お好みを選んで、好きな席でコーヒーを心ゆくまで楽しめるのが、前田珈琲らしい楽しみ方と言えるでしょう。「僕は入り口近くの席が好きなんです。知り合いが来たらすぐにわかりますし、何より落ち着くんです。たまたま知り合いが来たら、席の移動もスムーズにさせてくれますし、ある時、一人で行ったのですが、だんだんと知り合いが増えていつの間にか大きなテーブルを囲んでみんなでコーヒーを飲んでいるなんてこともあって...。つくづく人がたくさん集まる名店なんだなあと思いました」チョコぼうろとオリジナルコーヒーのギフト詰め合わせも人気。買い付け担当者と焙煎士である前田会長が綿密に相談しつつ、その時季に一番良い豆を選んで厳しいカッピング(味や香り、舌触りなどのテスト)のもとで生豆を入荷。前田会長がそれぞれベストな焙煎を行なって、前田珈琲のいつものあの味と香りを提供している。 今は息子の剛さんが経営を引き継いで、昔ながらの古い良き喫茶店の魅力を守りつつ、新たな業態展開や新商品開発にチャレンジしています。現在、京都で9店舗、北京に1店舗を展開し、京都から世界に発信するコーヒー店として成長していますが、その原点は変わりません。「最高に美味しい一杯を、最高に心地よい空間で、最大限のおもてなしの気持ちをこめてお出しすること。これが前田珈琲の思いです」と恵美子さん。 温故知新の心が息づく京の老舗喫茶店で、ゆっくりと一杯のコーヒーに癒されてみてはいかがでしょう。撮影/竹中稔彦 取材・文/郡 麻江■前田珈琲 室町本店京都市中京区蛸薬師通烏丸西入る橋弁慶町236075-255-25887:00~19:00(LO18:30)無休
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BLOG料理人がオフに通う店
2019.08.16
「旬肴家 秀」―「蛸八」掛谷浩貴さんが通う店
「蛸八」掛谷浩貴さん《プロフィール》京都生まれ京都育ち。京都の料理屋などで修業を積み、1999年に実家である「蛸八」に入店。当初は先代の父とともにカウンターに立ち、2016年に先代が亡くなり店を継ぐ。誠実な料理や芯のある接客にはファンが多く、若手料理人たちの兄貴的存在でもある。産地直送の季節の魚や酒がすすむ一品に、心地よく酔える穴場的居酒屋阪急烏丸駅から四条通を西へ5分ほど歩くと、四条西洞院交差点の手前に、「膏薬図子(こうやくのずし)」と呼ばれる風情ある石畳の路地が出現する。ここは平安時代中期、空也上人の念仏道場があったと伝わる場所。現在は民家が連なる中に飲食店がいくつもできて、知る人ぞ知るスポットとなっている。その一角、路地を入ってすぐの場所に佇む町家の建物が、今回掛谷さんがお薦めする「旬肴家 秀」だ。「旬肴家 秀」は2008年にオープンし、今年で12年目を迎える。町家の空間で、新鮮な魚や一品がリーズナブルに楽しめると、ビジネスマンや観光客に人気の居酒屋だ。「『秀』の店主とは、彼が友人の店で働いていた頃からの知り合いで、オープン当初から通っています。家がお店から近いということもあり、休みの日に家族で伺います」(掛谷さん)店主の伊藤秀諭さんが料理の世界に入ったのは、20歳の時。仕出し屋で修業した後、サントリーのグループ会社の飲食部門に勤務。その後、知人が営む鳥料理店を経て、この店を始めたという。「もともと独立して店をやるつもりでいたので、その準備期間に知り合いの店の手伝いに行かせていただいていたんです。掛谷さんはその方と同級生で、お店に食べに来られたり、また僕も蛸八さんに連れていってもらったりして、そこから仲良くしてもらうようになりました。ですから15、6年のおつきあいになりますね」と、伊藤さん。今もオフに互いの店へ行き合う存在だと話す。昭和初期に建てられた町家を利用した店内。時代を感じる壁や柱が味わい深い。「街中の賑やかすぎる場所は嫌だったので、少し離れたゆっくり落ち着けるようなところをあちこち探していた時に、ここの建物を紹介していただいたんです」(伊藤さん)店の奥にはテーブル席も。掛谷さんは家族で訪れると、大抵ここが定席だという。「今はもう奥さんとお2人が多いですが、昔は掛谷さんのお母さんや、奥さん、お子さんたちと一緒に自転車でご飯を食べに来られて、家族団らんを楽しんでおられましたね」(伊藤さん)掛谷さんのように家族連れの利用も多いそうだ。ここでは舞鶴漁港をはじめ産地から仕入れる魚介を使った本日の魚料理を中心に、人気のポテトサラダや、生麩の揚げ出し、出し巻きといった通年メニューが並ぶ。「何を食べてもおいしいのですが、『あれが食べたい』と思う家庭料理的なものも多く、気持ちが和みます」(掛谷さん)。「女性をターゲットにスタートして、初めはもっとひねったもんを出してたんですが、来ていただく方の年齢層が比較的高くて、エイヒレとか、だんだんメニューがそっち寄りになっていきました」と、伊藤さんは笑う。掛谷さんが気に入ってよく注文するのが、店おすすめの「アツアツお好み焼き風月見つくね」。「鉄板の上にのせて出され、ソースをつけながら熱々をいただきます。ほかの店ではこの料理は見たことがないですね」(掛谷さん)。軟骨入りのつくねをドーナツ状にして焼いたもので、真ん中に卵を落とし、半熟状態に仕上げて供される。トッピングは特製ソースとマヨネーズ、鰹節、刻み海苔と、見た目はまさにお好み焼きだ。これをミニコンロにのせて温かいまま食べられるのもうれしい。「掛谷さんは『つくねバーグ』って呼んではります(笑)」と伊藤さん。鶏ミンチを手ごねし、にんにくや生姜、ごまを加えたあっさりした味わいのつくねと、濃厚な半熟玉子、甘めのソースやマヨネーズが絡み合い、なんともおいしい。また、自慢の季節の魚料理はぜひ味わいたいところ。今の時期なら舞鶴産岩がきやマナカツオ、活け鱧など、その時々の魚を多彩な料理に仕立てる。中でも「天然お造り盛合せ」は、掛谷さんもよく頼むという一品だ。今日の内容はアジ、剣先イカ、本マグロ、信州サーモン、イシガキ鯛などのほか、コバンザメも入る。「コバンザメのように珍しいものがある時は、できるだけ入れるようにしています」と伊藤さん。毎回どんな魚が食べられるかを楽しみにしている常連客も多いそうだ。「うちは高級料理店ではないので出始めのものは無理ですけど、同じものを少しでも安く食べてもらえたらと思っています」掛谷さんは、ほかに「ピリ辛四川風麻婆豆腐」や「レタスチャーハン」もおすすめに挙げている。麻婆豆腐は粗挽きの豚ミンチや豆鼓醤を使った濃厚な味わいに、山椒がピリリとアクセントに。程よい辛さにご飯がすすむ。「最初は辛さ控えめだったんですが、少しずつ辛くなってきました。レタスチャーハンは、オイスター風味の肉入りのあっさりとしたチャーハン。麻婆豆腐と一緒に頼まれる方も多いですね」(伊藤さん)料理を味わってもらうために、日本酒は純米酒のみを扱う。伊藤さんにとって、もてなしでまず重視していることは、一杯目のビールだという。「最初にビールを頼む方が多いので、そのビールがまずいのは最低ですから。最初の一杯で店の印象が変わると思います。ビールの管理やグラスの保存状態も含め、ビールをおいしい状態で出すこと。特にここにはお酒の好きな方が来られるので、どれだけおいしく飲んでもらえるかは大事やと思っています」「ここを誰かに教えたくないという常連さんも中にはおられます。それでは困るんですけどね(笑)」(伊藤さん)どこか懐かしさを覚える気軽な雰囲気の隠れ家で、丁寧に作られたおいしい料理と酒を味わい、会話を楽しむ。掛谷さんにとってそうであるように、多くの常連にとっても、リラックスした時間を過ごせるオアシス的な場となっているのだ。撮影 エディオオムラ 文 山本真由美■旬肴家 秀京都市下京区四条通西洞院東入る新釜座町719075-352-220518:00~24:00(フードLO23:00、ドリンクLO23:30)休 不定休
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.08.16
「万願寺とうがらし」
あまり言われていないが、「とうがらし」が京野菜に占める割合はあんがい多い。京都以外でもでまわるようになった「万願寺とうがらし」は今やだれもが知る夏の野菜。ほかにも、「伏見とうがらし」「山科とうがらし」「鷹峯とうがらし」がある。それぞれに個性があって、どれも美味しいのだが、「山科とうがらし」や「鷹峯とうがらし」は栽培量がそれほど多くないこともあって、京都では購入できても他府県ではなかなか手に入らない。実際のところ、稀少だからこそ、京都で食べる楽しみもある。 「万願寺とうがらし」は、舞鶴市の万願寺という地区の在来種で「伏見とうがらし」と「カリフォルニア・ワンダー」の交配種だと言われている。大正末期頃からつくられた品種で比較的新しい。肉厚で艶やか。独特の風味があって柔らかく、甘味があるのが特徴だ。 一方、「伏見とうがらし」の歴史は古い。江戸時代の書物にはもうその名が記されているらしい。緑鮮やかで艶やか、皮もやわらかで辛味は少ない。 「山科とうがらし」は、コロンとして小ぶり。左京区田中のあたりで栽培した「田中とうがらし」がルーツだといわれている。このとうがらしも辛味はなくやわらかいのが特徴。 そして「鷹峯とうがらし」。その名のとおり、北区鷹峯で栽培されている。栽培が難しいことからわずかな土地でしかつくられておらず、農家の方の振り売りなどで手に入るくらい。もし、京都の料理屋で出合ったらラッキー。その日はいいことがあるかも!?こうして説明していると、京都のとうがらしはどれも辛くない。インドや韓国、メキシコのとうがらしはどれも辛い!というか食べると痛いのに。京都産はなぜか甘い。だが、ごく稀に、ひとつだけ辛いものがあったりして。出合ったらラッキーなのか、アンラッキーなのか。「万願寺とおじゃこの炊いたん」や「焼きとうがらし」などは、和食店でだされることが多いメニューだが、「万願寺とうがらし」は、イタリアンなど洋食店でも見ることが多くなった。赤と緑の美しい色合いは、まさにイタリアンカラーで、料理が映える。とはいえ、私は炊いたり焼いたりして食べてしまう。手軽なのに風味をダイレクトに楽しめるというのもその理由で、レンジでチンとあたため、鰹節をパラパラかけるだけ。それでも十分美味しいからありがたい。西木屋町に「レボリューションブックス」という立ち飲み店がある。この店が面白いのは、立ち飲み店ではあるが、書店でもあるということ。店内には、食関係の本が並ぶブックコーナーがあるのだ。カウンターで立って飲んでいると、その後ろをすり抜けるようにして奥の書棚に行き、熱心に本を探す人がいたりする。店主の西谷将嗣さんは、元ミュージシャン。「自分が行きたい店をつくった」そうだ。壁に貼られた約100種もあるアテから2,3品選び、それを肴に麦酒やサワーを昼から楽しむ。思い立ったように途中で本を見に行く。本と酒が好きな私にとっては、まさにパラダイス的な酒場なのだ。料理はどれもレベルが高く、なかでも人気ラーメン店「夢を語れ」の叉焼を持った「豚皿」や熱々でジューシーな「唐揚げ」は、ぜひ食べてほしい一品。とうがらしのメニューももちろんある。焼きとうがらしを注文すると、目の前でさっと炙って鰹節をかけてだしてくれる。豆腐の上に辛い唐辛子の醤油漬けをのせた一品も好きな料理だ。ほかにもみょうがの酒盗和えや鯖缶キムチなど、ひと手間工夫を加えた肴があって、ひとりでもじっくり飲める。一品300円前後~という価格帯だから、若い女性から年配の男性まで客層も広く、居心地がいい。ちょっと飲んではしごすることもあれば、飲み友達との待ち合わせに立ち寄ることも。いろんなふうに使えて気軽。なのに、名店に行ったのと同じくらい満足感がある。こんな店がもっと増えてほしいが、そうなってもきっとこの店だけに通ってしまう。■ レボリューションブックス京都市下京区西木屋町通り四条下がる船頭町235番地集まりC号075-341-7331営13:00~23:00休月曜、火曜不定休立ち飲み 予約不可
中井シノブ
ライター
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BLOG酒のふと道
2019.08.07
夏本番!ビールのお供にピッタリな揚げ物料理が食べられる京都のお店3軒
暑いあっつい京都の夏。「なぜこんなに暑いのに体についた脂肪は溶けないのか......」なんてせんないことを愚痴りつつたどり着いたお店で、何はなくとも口にしたいのはヒエッヒエのビール! ゴキューーーッ(ひと口めの幸せを長めに味わいたい)、んっんっんっ(まだ味わいたい)、ぷっは〜〜〜〜という流れを経てやっと人心地ですよ。五臓六腑がひや〜っとしたところで心穏やかにお品書きに目をやり、頼むべきはそう、茶色いアレ! アレなんです!わざわざ目指したいアツアツの餃子と唐揚げがある『ミスター・ギョーザ』こちらは昭和46年から続く餃子専門店。創業当初から変わらぬ味が魅力で、ご近所さんから遠来の客までが集まり平日も常に満席状態。お店のポリシーとして、餃子の餡に使うのは国産の素材。以前取材した時に伺って驚いたのが、キャベツは甘みのある中葉のみを使うと徹底していること。「そんなのお客にはわからないのでは!?」と内心思ったブラック泡ですが、ご主人曰く「キャベツの値が高騰してる時はたいへんやけど、味を守らなあかんからね」とのこと。キャベツのほかは、青森産ニンニク、生姜、豚ミンチというシンプルな構成です。まー、なにはさておきご覧いただきましょう。たまらーん! 「ザ・餃子」なルックス!1人前は6個入りですがそれでは絶対に足りないので、あらかじめ人数分プラスαを頼んでおくのが吉です。薄めの皮は底がパリッ、カリッと焼き上げられ、口にするとまず香ばしさが広がります。うっすらと具が透けた餃子の腹に歯を立てると、野菜の甘みと豚肉の旨みが一体化した餡が登場。ただし、ものっすごい熱さで!「うあっちぃぃぃ!」と悲鳴もどきをあげながら空いた手でグラスをつかみ、ビールをキュウ。焼けた舌を、上顎を、ビールが優しく癒してくれる幸せをかみしめましょう。焼きたての餃子が熱いのは当たり前とはいえ、『ミスター・ギョーザ』の熱さは別格だと思うんです私。これは周囲のミスギョ好きもみな口をそろえること。鉄板の力なのかしら。熱いといえば、こちらもかなりのもの!唐揚げです。ひと口でいったらマジものの口内火傷必至なのでご注意!しっかりと甘辛味がついた鶏肉がめっちゃジューシーなのは、肉汁と脂と油が渾然一体となって滲み出てくるから。これまた冷たいビールを絶えず補給しながら食べねばなりません。ああ辛い(ニヤニヤ)。箸休め&クールダウンに欠かせないのがきゅうりの丸漬け。酸味と辛味がほどよく効いていて、これまた素敵なビールのお供なんです。ミスギョ印のビールグラス、めっちゃ欲しい!餃子の王将みたいにキャンペーンでグッズがもらえるシステムがあればいいのにな〜。さてさて、こちらのお店、はっきりいってアクセスは不便です。最寄りの地下鉄烏丸線九条駅からは徒歩30分以上。車じゃないと行きにくい立地だけに、3台ある駐車場はいつも満車状態。でも、それでも行きたい。行くだけの価値があるのですよここの餃子&唐揚げには!ぜひ、お酒を飲まない運転手さんをお仲間にして向かってくださいね。■ミスター・ギョーザ京都市南区唐橋高田町42075-691-1991 11:30〜20:30(売り切れ次第終了)木曜休でぶっちょも降伏寸前!? 『ハイライト食堂』のカラフルジャンボチキンカツ京都では食べ盛りの学生さんご用達として知られる『ハイライト食堂』。百万遍の本店をはじめ、衣笠、御園橋、御池などに全5店舗を展開していて、ほとんどの店が学生街に近いのが特徴的。元々は「一人暮らしの学生さんに、バランスのいい家庭的な料理を安く食べてもらいたい」という思いから始まったとのこと。素晴らしき哉、圧倒的オカン力! それゆえに、なんしか量がすごいんです! 私のお気に入り料理を見ていただきましょう。どどーん!カラフルジャンボチキンカツ〜〜〜(ドラえもん的な声で再生ください)。ハイライトの名物、鶏胸肉を使ったジャンボチキンカツのアレンジメニューです。手前からアメリカン(ケチャップオニオン)ソース、チーズ、おろしポン酢と3種類の味で楽しめる夢のようなひと皿。後ろの中瓶ビールと比べるとボリュームの凄さが伝わりますでしょうか。ややジャンクな味が食欲を刺激するアメリカンソース、塩気強めで濃厚なとろとろチーズは間違いなくビール泥棒な味。ガツンと濃い味が続いたところでおろしポン酢にたどり着くと、さっぱり感が際立って実によいバランス。あまり見えませんが、カツのそばにはサラダとマカロニのトマトソース和えものっています。これらを箸休めに、ビールをお供に、巨大なチキンカツ山を制覇するのです。正直言って、「大盛り食堂=安くて適当な食材を使った適当な味」という偏見が私にもありました。しかーし、ハイライトはこの大量のチキンカツも冷凍ではなく新鮮な鶏肉を使って店舗でイチから仕込んでいるといいます。その心意気が嬉しいではありませんか。あっさりとした胸肉を使っているから、この量も完食できてしまうのでしょうね。ちなみにこちら写真の単品が650円、山盛りのご飯と赤だしがつく定食は800円です。少食な家族ならみんなでシェアできるほどのチキンカツがこの値段で食べられるなんて奇跡ではないでしょうか。さすがのでぶも単品でビールを飲むのが精一杯。あと20歳若ければご飯も付けられたかしらん......。ハイライトではほとんどの料理がテイクアウトにも対応しています。カラフルジャンボチキンカツ(単品)を持ち帰って公園飲みした時の写真です。ビールだけではなく赤ワインまでやっちゃってますね、私ってば。サラダはちゃんと別パックにしてくれているところが素敵。ハイライトにはチキンカツ以外にもビーフカツ、トンカツ、ハンバーグ、丼ものなど茶色いご馳走が勢揃い。大盛り上等な定食はもう無理〜という大人のみなさんには、単品オーダーでビールを楽しむというスタイルを強くお勧めして、次の章へ移りたいと思います。■ハイライト食堂 御池店京都市右京区山ノ内宮脇町15-1075-801-887811:00〜22:00(土曜は〜21:30)日曜・祝日休専門店の極上生ビールと唐揚げは相思相愛のカップリング『ビアレストラン ミュンヘン』四条河原町の路地で約70年も続く『ビアレストラン ミュンヘン』。お昼から通し営業で開いているので、「美味しいビールが飲みたいな」と思った時にいつでも立ち寄れる頼もしい存在なのです。あー、これこれ!大きめのジョッキに見事な比率で注がれたビールと泡。そしてつき出しのポップコーン。どこかクラシカルなこの感じが大好きなんです。こちらの生ビールは「アサヒ生ビール」。あまり聞きなれない銘柄ですが、実は「アサヒスーパードライ」よりも前に発売された、通称「マルエフ」という歴史あるビールなのです。ピルスナータイプなのでほどよいコクがありつつ喉にすっと通る飲みやすさ。ジョッキの重さもなんのその、喉を反らせてグイーッといきましょう!そしてなにはなくともオーダーしたいのは、これ!名物 若鶏の唐揚げ!モモや胸肉ではなく、手羽元を食べやすく開いたものを使うのが特徴的。だから肉の味がグッと濃厚なんですね。骨つき、骨なしが選べますが、ジョッキの上げ下げで忙しい私はいつも骨なしをチョイスします。唐揚げと竜田揚げのいいとこどりのようなパリッと香ばしい衣の中には、肉汁をたたえた鶏肉。じゅわんと噛み締めて、ビールをぐびり。っあー! うんまーーい! 自然と頰が緩むのでお気を付けくださいね。唐揚げのほか、本格的な洋食メニューも充実しています。上の写真はミュンヘン特製盛り合せセット(本来はスープ、ライス付き)。チーズオムレツはもうすでにお尻(?)からはみ出してしまうほどたっぷりのチーズ入り。マイルドなトマトソースとの相性もばっちりです。と、ここで唐揚げおかわり!(どんだけ好きやねん)二度目はマジックパウダーのような特製塩をつけて味わいます。そのままでも充分美味しいのに、この塩があるともっと味に奥行きが出るんですよね。もちろんビールもおかわり!かくして京都の夜は更け行き、私のお腹はますます丸くなるのでした。■ビアレストラン ミュンヘン京都市中京区河原町通四条上ル一筋目東入ル米屋町386075-221-391711:30〜22:20無休***やー、我ながら本当に茶色いもの大好きすぎますね。スマホの食べ物写真フォルダも黄色(これまた好きな玉子料理)〜茶色のグラデーションがほとんどですもの。映えなくたって、カロリーが高くたって私はこれからも茶色い食べ物を愛し、そしてビールを飲み続けます!たとえその代償が溶けない脂肪であったとしてもかまうものかーーー。ああ、かまわないともさーーー(ちょっと涙目)。
泡☆盛子
沖縄出身・京都在住のフリーランスライター
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