BLOG京のほっこり菜時記2019.07.02

「鱧(ハモ)」

By中井シノブ

飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづる【京のほっこり菜時記】。 今回は京都の夏の風物詩として代表される旬の魚・「鱧(ハモ)」についてお伝えします。

コンコンチキチン・コンチキチン♪♪
祭囃子が、そこここで聞かれる季節になった。
四条通りを歩いても、デパートに入っても、このお囃子が鳴り響いていると、いやがおうにも祇園祭を思わせられる。

そう! 7月の京都は祇園祭一色だ。7月1日の吉符入をかわきりに、10日のお迎え提灯と神輿洗、山鉾建て、山鉾巡行などさまざまな神事が執り行われ、7月末まで1カ月間続く。

ところで、祇園祭のもうひとつの呼び名が「鱧祭」だというのをご存知だろうか? 

実際に「鱧祭の季節ですねえ」などと、口に出して言うことはそれほどない。けれど、梅雨どきの雨水を吸って肥えた鱧は、ほんとうに美味しくて。割烹など日本料理店だけでなく、どこに行ってもメニューに鱧料理が並ぶ。つまり、京都中に鱧があふれ、鱧祭といえる状況になるわけだ。

有名な話だが、今のように流通が発達していなかった時代、海から遠い京都に活きて届くのは鱧だけだった。新鮮かつ栄養価の高い鱧は京都の人にとって貴重な魚だったのだ。

だから、小骨が多くて「煮ても焼いても食べられない」と他の地域では食べなかった鱧を、京都の料理人は「骨切り」の技を苦心して生み出し、美味しい料理にした。

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今では京都以外でも普通に鱧は食されるようになったが、京都の鱧料理は多彩である。細かく骨を切った鱧を湯引きする「鱧落とし」のほか、皮目をさっと炙った「焼き霜造り」、だしにくぐらせて食べる「鱧しゃぶ」、くずを叩いて椀だねにする「ぼたん鱧」など、挙げるときりがないほど。

以前、中央市場の方に聞いたのだが、日本で水揚げされる鱧の70%は京都で消費されるらしい。なんと大量の鱧を食べるのだろう!

なかでも瀬戸内や淡路島産の鱧は上質だとされ好まれる。一時期、韓国産が脂がのって美味しいと言われたが、京都の料理人は「瀬戸内など国産のもののほうが淡泊で上品な旨味がある」といって、韓国産をそれほど使わなかった。

ちなみに、私も鱧は大好きだ! 淡泊なのに脂もあって、料理ごとに食感や味わいが違う。焼き霜は香ばしく、ぼたん鱧はふんわりして出汁の旨味を含む。つけ焼きにした鱧寿司のご馳走感も捨てられないし、サクッとした鱧フライはビールに合う。

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「じゃあ、鱧を食べるならどこがいい?」と聞かれて、私がまず挙げるのは「割烹やました」だろうか。数少ない正統派割烹の一軒で、今でこそ品書きも置くようになったが、かつては、それもなかったという。客が「今日は何がある?」と聞くと「脂ののった鱧が入ってますよ」と勧めてくれるといった具合。そんなやりとりは品書きのある今も変わらないのだが。

この店を訪ねてハッと背筋が伸びるのは、店に凛とした活気が満ちていること。

大将の山下茂さんを中心に、板前さんたちが無駄なくキビキビと動いている。包丁を持つ手を動かしつつも、客の質問に答えたり、酒の注文を聞いたり。かと思うと、カウンター上のカンテキ(小さな七輪)で鱧をほどよく焼いて客の皿にひょいと置く。香ばしいその香りに、お腹がせわしく動きだすのだ。

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この店の鱧料理はどれもこれも絶品だが、2,3人で行ったときにお願いするのが写真の「柳川」。鱧の骨でとっただしで身を炊いて、玉子でとじて三つ葉を散らす。山椒をふってそのまま食べてもいいし、ご飯にのっけてもいい。思い出すだけで喉が鳴る。

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まずは造りなど魚料理を食べてほしいが、鴨ロースや旬の野菜天ぷら、小鍋など季節の料理もめっぽう美味しい。

長年おつきあいしているにもかかわらず、今もこの店に行くときはちょっと緊張。どんなふうに大将とやりとりしようか、何を注文しようかと悩むのだ。けれど、もちろんそれも大きな楽しみのひとつで......(笑)

人気店だが、何カ月も先まで予約が取れないということもなく、思い立ったときに訪ねられるのもいい。

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■ 割烹やました

京都府京都市中京区木屋町通二条下ル上樵木町491-3 
075-256-4506
営11:30~13:30(L.O.) 17:00~22:00(L.O.)
月曜休

中井シノブ

京都の情報誌編集長を経てライターに。飲食店取材1万軒。外飯、外酒がライフワーク。著書に『京都女子酒場』(青幻舎)、『京の一生もん』(紫紅社)などがある。