京都を代表する和食の料理人に、和食の範疇を飛び出した奇想天外な一皿を作っていただく【割烹知新】。今回は、「祇園 にしむら」西村元秀さんの「青椒海鮮」をご紹介します。
奇想の一皿「青椒海鮮」
大学を卒業後、料理の道へと進んだ西村さん。「東京吉兆」で腕を磨き、1994年に20代で「祇園にしむら」を開店。円熟の域に達した料理はもちろん、店主との丁々発止のやり取りを楽しみに、多くの常連が夜ごと暖簾をくぐります。千枚漬けをまとわせた鯖寿司「八坂の雪」は、京都の定番おもたせとしても人気。
発想秘話
僕は普段から料理を考えるのにあまり時間を割かないんです。店の献立もいつも一瞬で決まる。だから今回も構想10分。頭の中で完璧にイメージ出来ているので、試作もなし。今からぶっつけ本番で作ります。発想の原点ですか? (これまでの連載で)いい料理屋さんがぎょうさん出てはるので、僕は「超高級」をテーマにしようかと(笑)。インパクトのある高級食材で中華風の炒め物を作ります。能書きはこれぐらいにして、作りながら解説していきましょう。
今日のメイン素材は鮑と伊勢海老、それに万願寺唐辛子です。中華風といっても味付けに使うのは普段店で使っている調味料だけ。中華には大量の油や化学調味料が欠かせませんが、今回は「和食の食材だけで調理する」のがポイントになります。
鮑の肝はのちほどソースに使うので、別に取り分けておきます。貝殻から外した身は、こんなふうに塩で揉んで下処理します。このまま少し置いておくと水がたくさんしみ出てくるので、鮑のことを「水貝」なんて呼ぶ人もいますね。
伊勢海老は身と味噌の両方を使うので、それぞれ別に処理していきます。味噌の詰まった頭の部分は塩をあてて、先ほどの鮑の肝と一緒に蒸し器で蒸します。
身のほうは炒め物の具材にするので、お造りにするときのような掃除はせず、食感が残るぐらいの大きさにカットしておきます。
鮑は薄造りに。こうして置いている間にも、どんどん水が出てきます。この時期の貝はめちゃくちゃおいしいんですよ。今回はこれを贅沢に炒め物にするという......こんなのおいしいに決まってますよ(笑)。
ピーマン代わりの万願寺唐辛子は、種を取って細切りに。万願寺をこんな風に切るのってちょっと見たことないでしょう? これで具材の下ごしらえは終了です。次は炒め用のソースを作ります。
すり鉢でまずは木の芽をすります。次に生の山椒の実を加えてすり、先ほど蒸した鮑の肝と伊勢海老の味噌、少量の海老の身を加えてさらにすります。どうですこのええ香り、たまらんでしょう? よくすり潰したら白味噌とごく少量の赤味噌、二番だしを足して伸ばしてやります。これで味がまろやかになり、和テイストにまとまっていくんですよ。中華で言うところの「なんとか醤(ジャン)」的な、スペシャルソースの完成です。
フライパンに油をひかずに伊勢海老をまず炒め、次にしみ出した水分ごと鮑を加え、火が入ったら先ほどの醤を投入。少量の二番だしで伸ばしながら、全体に醤を絡めていきます。最後に万願寺を加えてサッと火を通し、薄口醤油、砂糖少量、お酢で味を調えたら完成です。万願寺にはあまり火を入れず、軽く食感が残るぐらいがいいんじゃないかな。
唐辛子などの辛み調味料は入りませんが、山椒のピリピリとしたいわゆる「シビ辛」な味付けになっています。見た目は中華っぽいですが、油を使っていないのであっさりした味わいです。日本料理の食材だけで、ここまで中華っぽく仕上げられる、という提案ですね。ちなみにこの醤は、肉や焼き野菜に付けてもおいしいですよ。肝の苦みや味噌のコクが混然一体となっていて、日本酒との相性もばっちりです。
ぶっつけ本番で作りましたが、思った通りの仕上がりになったんじゃないかな。鮑はもう少し厚めにカットしても良かったかもしれません。この料理はおいしいものを一通り食べ尽くした人、値打ちの分かる人に受ける気がします。
去年はちょっと肉を使いすぎたと思っていて、今は逆に原点回帰の傾向にあるんです。素材同士の組み合わせで、よりおいしいものが作れるんじゃないかなって......。僕ら料理人は、食べた人が幸せな気持ちになるようなおいしい料理を作ってナンボ。わざわざ店に足を運んでくれるお客さんの想いに応えていきたいですね。
撮影:鈴木誠一 取材・文:鈴木敦子
■祇園にしむら
京都市東山区祇園町南側570-169
075-525-2727
17:00~20:00入店(完全予約制)
日曜休