京都を代表する和食の料理人に、和食の範疇を飛び出した奇想天外な一皿を作っていただく【割烹知新】。今回は、「割烹 まつおか」松岡英雄さんの「平目の肝のバターソテー」をご紹介します。
奇想の一皿「平目の肝のバターソテー」
兵庫県豊岡市出身の松岡英雄さん。大学卒業後、幼い頃から興味のあった料理の道を志し、調理師学校へ入学。大阪や神戸で修業後、木屋町の名店「割烹やました」にて腕を磨き、2012年に自身の店をオープン。以来、柔和な笑顔と確かな腕前で、着実にファンを増やし続けています。
発想秘話
今回は一皿に二つの料理を盛り合わせます。一品目は、魚のすり身でいくらマヨネーズを挟んだもの。二品目は平目の肝のバターソテーです。
普段、店でマヨネーズは使いませんが、昨年夏に参加した「REBORN ART FESTIVAL2019 」をきっかけに、いくらでマヨネーズを作ってみました。このイベントは東日本大震災復興支援の一環として始まった「アート、音楽、食」の総合芸術祭で、今回僕は石巻のビーチに設けられた特設レストランのゲストシェフとして参加しました。その時、地元のシェフが後輩を指導しながらマヨネーズを作る様子を見て、「卵の代わりに魚卵でマヨネーズを作ったらおもしろいんじゃないか?」と思ったんです。
それをヒントに作ってみたのが、このいくらマヨネーズ。マヨネーズをより美味しく味わうために、"何かやわらかいもの=練り物"で巻いてみました。
とてもあっさりした一品なので、これだけでは少し物足りない。そこで、濃厚な味わいの肝のバターソテーと組み合わせました。一皿の中で「あっさり」と「こってり」、「冷たいもの」と「温かいもの」、両極端の要素を楽しんでいただきます。では作っていきましょう。
裏ごししたいくらの醤油漬けにサラダ油を少しずつ加え、いくらマヨネーズを作ります。マヨネーズからいくらの水分が出てくるのを防ぐために、オブラートで包むのがポイント。これを白身魚のすり身で挟んでいきます。
これが魚のすり身です。いわゆる蒲鉾や竹輪になる前のもの。もっとコクを出したい場合は、イカなどを加えてもいいと思います。
あるものを使って臨機応変にということで、今回は裏返したお皿を使い、すり身を平たく成形していきます。
そこに先ほどのオブラートで包んだマヨネーズを載せ、上にもう一枚、成形したすり身を被せます。
するとこんな感じになります。このままではかなりやわらかいため少し固めたいのですが、熱を加えるとマヨネーズがとろけてしまう。そこで「酢」の出番です。「酢で固める」という日本料理の技法を使い、やわらかなすり身を固めていきます。
この状態で1時間くらい漬けておくと、すり身がしっかり固まります。日本料理にはこういう化学的な技法が結構あるんですよ。この「酢で固める」という調理法は、おせち料理でも使います。サーモンを芯にしてすり身で巻いたものとか。酢には防腐作用もありますし、とても合理的ですよね。
こちらが平目の肝です。冬場はこのように、脂がのって白っぽい色になるんです。おだしで炊いて突き出しにすることもありますが、今日は炊いた肝をカットしてバターで焼き、バルサミコのソースを合わせます。
水を取り替えながら丸一日かけて血抜きをし、そのあとだしで炊いていきます。かなりしっかり味が入っているので、このまま食べても十分おいしいですよ。
片栗粉をはたき、バターで両面をこんがり焼いたら、次はソースを作っていきます。バルサミコ酢に江戸柿のペーストを加えて煮詰め、最後にバターを落としてコクを出す。ちょうど、洋食のソースにジャムを忍ばせるイメージかな。ちょっと贅沢に、飴色になった完熟の江戸柿を使います。
では盛り付けましょう。お皿には、慈姑(くわい)で作ったビスケットとチコリを添えます。どちらも少し苦みがあるので、脂肪分の多い肝とよく合います。ほのかな苦みが脂っぽさを和らげて、さっぱり食べられると思います。
フォアグラのようにも見える平目の肝は、お酒が進む濃厚な味わいです。活けの天然ものなので、生臭さもないでしょう? とはいえ魚の肝には独特のクセがあるので、ヒネ香のある丹後あたりのお酒に合うんじゃないかな。マヨネーズを挟んだ練り物は、サラダ的な付け合わせとして召し上がってみてください。
昨年9月上旬に店を一週間休んで前述のイベントに参加した際、地元の生産者や漁業関係の皆さんと話をする機会がありました。そこで「津波で全部流されたけど、みんなの『牡蠣が欲しい、〇〇が欲しい』って声があるから頑張れる」という言葉を聞いて、もっと食材を大切に扱わないといけないな、と改めて思いました。もちろん今までも頭では分かっているつもりでしたが、実際に現場の皆さんと交流する中で、ようやく肌感覚というか、身体で理解できた気がします。
今日の料理は、決して店で出すことのない完全な創作料理です。お客様の希望によっては、多少冒険したものも作りますが、割烹料理の枠を大きく外れることはありません。これからも生産者の思いを胸に、素材の味を大切にした割烹料理を作っていきたいと思います。
撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子


■割烹 まつおか
京都市東山区松原通大和大路西入ル弓矢町25
075-531-0233
17:00~22:30(L.O.)
水曜休