京のほっこり菜時記
飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづります。
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BLOG京のほっこり菜時記
2020.01.13
「白味噌」
京都に暮らしていると、お雑煮はもちろん、冬のお椀に白味噌が使われることが多いから、こっくりとして甘味がある白味噌汁になじみがある。ところが、関東の方は、白味噌椀を普段それほど口にすることがなく、最初はあの濃厚でまったりとした味わいに目を丸くされる。「美味しい!」と言う人もいらっしゃるが、濃厚過ぎて「苦手」という人もときにおられる。かくいう私も、京都の老舗料亭で味わった「白味噌雑煮」の美味しさに心奪われ、白味噌汁の見方が変わったひとり。だしではなく水に白味噌をといただけというそのお椀は、とろりとした口当たり。けれども、甘すぎることなく喉をすうっと通っていく。焼いた丸餅に辛子を少し。それらが一体となって、ほかにはない味わいになっている。このお椀に出合って以来、白味噌椀は私の好物のひとつになった。ところで、みなさんのお家のお雑煮はどんなものだろう? 関西は白味噌が多いが、関東では、おすましだろうか。ご存知のように、京都は基本「白味噌雑煮」。それぞれの家によって具材や作り方は違うけれど、一般的なのは、丸餅に頭芋、祝い大根と白い具材ばかりに、昆布出汁に白味噌をといた汁をはる。仕上げに花鰹や糸鰹をぱらりとかけ、鰹の風味も楽しみながら味わう。白味噌は、平安時代に京都で生まれたといわれている。貴重な米麹をたっぷり使ってつくり、宮中の有職料理に用いられていた。その後、室町時代になると精進料理にも使われるようになり、それが懐石料理や京料理へと広がっていく。貴族の嗜好に合わせてつくられたこともあって、塩分が少なく甘め。熟成期間が短いため賞味期間も短い。だから大量には造らず、毎日販売する分だけをつくり仕込む作業を繰り返すという。手間暇のかかる調味料なのだ。京都の料理、特に冬の汁物などに白味噌は欠かせない。お雑煮、蓬麩の白味噌椀、ふろふき大根、粕汁、白味噌鍋、白和え、魚の白味噌漬けなど。料理屋だけでなく、家庭でもさまざまな料理に使われる。白味噌グラタンやクラムチャウダーなど熱々をふうふうして食べると、その甘味や濃厚さに癒される。我が家では、冬の野菜鍋は白味噌仕立てだった。これに豆乳を加えると、まるでシチューのようで。白味噌鍋の日は、なんだか嬉しかった。最近、「こんなところにも白味噌が!」と驚いたのが、たまごサンド。四条烏丸からすぐのサンドイッチ店「ロッカ&フレンズ パピエ キョウト」を訪ねたときのことだ。店長の入江さんは、「京都でたまごサンドというとオムレツサンドのイメージがあったので、あえてたまごサラダに。それも白味噌や柴漬けなどを合わせて京都らしさをだした」と言う。8cmほどもあるたまごサンドは、食べごたえ十分。素直な味わいのたまごサラダにシャキシャキ野菜。白味噌や柴漬けがアクセントになって、面白い。案外ビールにも合うかもと思いながら、大口を開けて頬張った。2018年6月に町家を改装して開店したこの店。たまごサンドのほか、季節のフルーツサンドやスムージーもあって女子に人気。だが、おひとり男子の客も以外と多い。食の嗜好に男女差なんていうものは、そもそもないのかもしれない。持ち帰りもできるので、たまごサンドとフルーツサンドを詰め合わせてもらえば、上等の手土産になる。こんなお土産をもらったら、かなり嬉しいだろうなあ。■ROCCA & FRIENDS PAPIER KYOTO京都市下京区新釜座町735‐2075-744-668810:00~18:00休 月曜(祝祭日の場合は翌日休み)
中井シノブ
ライター
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2019.12.09
「ふぐ」
下関や北九州では「ふく」、大阪では「てっぽう」と呼ばれる「ふぐ」。西日本では冬のご馳走のひとつで、和食店だけでなく鮨店や居酒屋、イタリアンなど洋食店でも登場する。 今回、調べていて知ったのだが、ふぐの7割は京阪神で消費されているそうだ。どうやら、豊臣秀吉が朝鮮出兵した際に、ふぐの中毒で亡くなる兵が続出したため、ふぐ禁止令がだされた。その後、徳川の時代になっても、武家では中毒死してはならないと、ふぐを食べなかったそうだ。そんな経緯もあって、東京や関東ではそれほどふぐを食べなかったのだろう。 消費量日本一は大阪だというが、京都でも「ふぐ」は、必ずといっていいほど料理屋の品書きに並ぶ食材だ。刺身はもちろんのこと、焼きや唐揚げなどどんな料理にしても美味しいから、ふぐの料理を品書きに見つけると、私は迷いなく注文する。 天然ふぐの旬は11月~2月頃といわれるが、春以降に産卵するその直前が一番脂がのっておいしいとも言われている。 ちなみに、私たちが普段口にするふぐは、とらふぐやまふぐ。みなさんもご存知のように、内臓や血、筋肉の一部には猛毒があるから、丁寧に下処理をして調理される。 かつては、食通と呼ばれる人が「舌がしびれる感覚がいい」と、肝を味わった。たとえば、美食家として知られていた歌舞伎俳優の八代目坂東三津五郎は、割烹料理店でフグの肝臓を4人前食べた後に急逝した。そんな恐ろしいことは、とうていできない。以前、東京の友人と割烹に行って「ふぐぶつ」を注文したら、彼女は「東京ではふぐぶつにお目にかかったことがない」と言った。いや、最初は「ふぐぶつって何?」と聞かれたのだ。 関東でも「ふぐ」は食べるが、たいていが専門店。ふぐ尽くしのコースを食べても、薄造り、焼きふぐ、唐揚げ、鍋、ぞうすいという流れがほとんど。てっぴ(皮)やとうとうみ(身と皮が一緒になっている部分)、もちろん「ふぐぶつ」もでないという。食文化の違いをあらためて感じさせられる。だから、東京の友人が冬の間に京都に来られたら、私はこの「ふぐぶつ」をおすすめする。 「ふぐぶつ」は、その名の通り、ふぐを薄造りではなくぶつ切りにした刺身。硬めといわれるふぐのギュッとした食感をよりダイレクトに感じられる造りだ。冬の声を聞くと、この「ふぐぶつ」が食べたくなるから、ふぐ料理を気軽な雰囲気でいただける「東寿し」を訪ねることにしている。寿司店ではあるが、蟹もあるしふぐもある。まるで居酒屋のように、いろんな料理を味わえ、締めに寿司を食べられるとあって、けっこうな人気店だ。ここの「ふぐぶつ」は、ぶつ切りしたふぐの身にてっぴやとうとうみを加え、たっぷりのネギが添えられる。ポン酢と七味をかけ、よく混ぜていただく。淡泊だけれど、しっかりと歯ごたえのある身とプルンとしたてっぴの食感もあって、実にうまい。もちろん、ふぐぶつだけでなく、ふぐ刺し(てっさ)や焼きふぐ、唐揚げ、ふぐ鍋などもあるから、ふぐ三昧も思いのまま。冬の間なら松葉ガニやこっぺ(雌)もあって、分量も加減してくれる。店主の山本勲さんは、この道50年というベテラン料理人。他店で修業を積んだ後、父が営む東寿しにもどり、寿司をメインにさまざまな割烹料理をだして店をもりたてた。そして、3年前には、勲さんの息子・潤さんも他店で腕をみがいて戻り、今は父息子ふたりでカウンターに立つ。潤さんが戻ったことで、和牛の炙りやカニグラタンなど洋メニューも2,3加わり、より家庭的かつバラエティーに富んだ店になった。父の姿を見ながら、控えめに粛々と自分の仕事をする潤さんを見ていると、お腹だけでなく心までほっこりあたたまる。言葉を発せずともわかりあえる、ふたりの料理人の振る舞いは見事というしかない。そして、寿司屋だから、締めはにぎり。丁寧な仕事を施したネタはいずれも新鮮。たっぷり料理を食べた後でも、あれこれ食べたくなる。■東寿し京都市東山区正面通本町西入075-561-547112時~22時木曜休
中井シノブ
ライター
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.11.07
「山椒」
他府県では、七味や胡椒をかけて食べるものでも、京都では山椒がかかっていることが多々ある。たとえばうどんやそば、焼き鳥、みそ汁、親子丼、鰻などなど。鍋の薬味も七味もあるが山椒が添えられていることも多い。先日、祇園の料理屋に行ったら、たらこに山椒がかかっていて「これ合うなあ~」と思った。京都人は山椒が好きなのだ!京都人の山椒好きは粉山椒にとどまらない。4~5月にでまわる花山椒、6月に枝付きのまま販売される青い実山椒。そして、秋ごろに新物がでるのが「粉山椒」。薫り高く辛味も強く。パラリとかけるだけで、どんな料理や食材も乙な風味をまとう。かつては、京都で味わう山椒は、ほぼ(たぶん)京都鞍馬や丹波などで採れたものだった。だが、最近は気候の変動や農家の減少などさまざまな要因があって、生産量は減っている。とはいえ、ぴりっとした辛味があって粒がそろった京都産の山椒は料理屋などで好んで使われる。私も、今年は6月頃に「大原の朝市」にでかけて枝付きの実山椒を買って帰った。枝から外してさっと塩ゆでし、鮮やかな色になったらざるにとって冷水にさらす。後は、小分けにして冷凍しておき、解凍して山椒醤油や山椒ソースにして使う。そういえば、以前、毎月25日に平野神社で開かれる朝市で、茶色の粉山椒を買ったことがあった。これは山椒の実が赤茶色くなって完熟してから摘み取り、天日に干して擂粉って粉山椒にしたもの。辛味は青いものの数倍!? ものすごく辛くて香りも高いから、ほんの少しかけるだけでいい。なんだか使うのが惜しくて、袋ごと冷凍しておき、少しずつ大切に使ったものだ。持っていて便利なのが「黒七味」で知られる「原了郭」の小分けパック。以前、東京の友人とうどんを食べる際にこの粉山椒をだしたら、「京都おたくか!」とツッコまれたので「そうですが、何か!」と言って、彼女のうどんにもパラリとかけてあげた。 私の無体な行動に、最初はギョッとしていたが、一口すすって「わあ!美味しい」とニコニコ顔になった。京都のだしには山椒が合うのだ!もうひとつおすすめしたい山椒は、「うえとサロン&バー」の山椒のジントニック。こちらも、毎年初夏に大原から仕入れた実山椒をジンに漬け込み、ほどよく味と香りが移った頃合いにジントニックにしてだす。花山椒や木の芽、青い山椒、熟した山椒など時期を変えて漬け込むという。あるときお店にうかがったら、店主の上田太一郎さんが、せっせと山椒の実を枝から外していることがあった。「今年はまだか」と待ってくださるお客様がいるから、こんな手間もかけられると楽しそうだった。漬け込んで1カ月後くらいからが飲み頃になるとか。「山椒を譲ってくださる大原のおばあちゃんが、自分が摘める間は取りに来てといってくださる。ほんとうにありがたい」と上田さんは言っていた。育てる人、摘む人、漬ける人。いろいろな人の想いや苦労があって生まれる味。じっくり味わいたいものだ。■うえと サロン&バー京都市東山区今小路町91-1075-751-5117水曜~土曜14:00〜23:00(L.O.)、日曜、月曜は14:00〜22:00(L.O.) 休 火曜■原了郭 本店京都市東山区祇園町北側267075-561-273210:00〜18:001月1日・2日を除く 年中無休
中井シノブ
ライター
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2019.10.04
「松茸」
幼い頃は、「松茸」の美味しさがまったくわからなかった。父や母が「すき焼きにしようか、松茸ご飯にしようか」と大騒ぎしている横で、「私は椎茸で十分」なんて思っていた。いつ頃からだろう。「秋といえば松茸でしょう」と心待ちするようになったのは。値段を知ってからだろうか。年を経るごとに私の中でも「松茸」はご馳走ランキングの上位に入るようになった。今では「松茸」と口に出して言うだけで、あの芳しい薫りがわきあがる。鱧松鍋、土瓶蒸し、焼き松茸、松茸ご飯に松茸フライ、松茸パスタと料理も際限なくあって悩ましい。いろんな料理をたっぷり食べたい時は、季節の特産品を商う寺町三条の「とり市」に足を向ける。店の前を何度も行ったり来たりして、籠盛になった「松茸」を横目で眺め、「あのくらいの値段なら買えるかも」、「よし! 今日は奮発しよう!」と決心して立ち止まるのだ。以前、この「とり市」の販売員の方に、松茸と料理の相性についてお聞きしたことがあった。「松茸」は生長にともなって若い時期のものから「ころ」、「椀」、「開き」と形態に合わせ呼ぶそうだ。頭の小さい「ころ」はシャクッとして歯ごたえがよく土瓶蒸しや鍋に、そして中開の「椀」は焼き松茸に、松茸ご飯には「開き」が適しているという。最近では、中国産やメキシコ産は7月頃から出回るというが、国産は9月以降がピーク。京都の丹波産も10月頃だろうか。私の実家では、お好み焼きの種に「開き」を刻んで混ぜ込んだ「松茸お好み」が定番だった。ふっくらしたお好み焼きに「松茸」の香りが封じ込められ、口に入れるとそれが広がる。高級なのかB級なのかわからない料理だが、妙に美味しかった。大人になった今は、割烹などで松茸料理を注文することもある。丸ごと焼いて、香りが立ち上がった頃合いに、手で割いて皿にとってもらうときの嬉しさと言ったら...。そのままでも美味だが、ちょっと塩をつけたり、酢橘をキュッと絞ったり。「もう今年はこれで十分です!」的な幸せに満たされるのだ。鱧松鍋や焼き松茸のように1本、2本といただくと高価だが、お椀や土瓶蒸しなどはそうでもない。京都の料理屋では、意外にもリーズナブルな価格で、松茸料理を堪能できるからありがたい。たとえば、京都駅近くで美味しいものというときに足を向ける料理屋「燕」もそんな一軒だ。店主の田中嘉人さんは、京都の名料亭やNYの精進料理店に勤めた経験を持つ料理人。和食に則りながらも、洋食材を使ったり、エスニックな味わいを加えたりと独自の料理をつくりあげる。「せっかく美味しいものが世界中にあるんだから、その風味を和食にとりいれて表現したい」と田中さんは言う。2013年の開業以来、そんな工夫に惹かれる客はどんどん増え、「京都に着たら必ず立ち寄る」常連を全国にもつ店になった。鶏や魚の唐揚げには、レモンではなくフィンガーライムを添える、白味噌椀に苺を合わせると新たな好相性を見つけ出す田中さんの味覚力は底知れない。だが一方で、誰もが食べたい鮎の塩焼きや鱧松のお椀など王道の日本料理もあるのが、この店の魅力。遠方から来た客に「京都の美味しいもの」をちゃんと用意してくれるのだ。 最近は早めの予約が必要になったが、空いていれば東京出張の前に立ち寄って小粋なつまみでビールを一杯。遅めに京都駅に着いた日に美味しいものを求めて立ち寄ることもある。出張帰りで疲れていても、気さくでおちゃめな田中さんと世間話をすると、なんだか心身がほぐれていく。そういう意味では、「松茸」×「田中」の組み合わせは最強の和み飯かもしれない。今年はどこで何回「松茸」を食べられるだろうか。楽しみな季節がやってきた。■ 燕 en京都市南区東九条西山王町15-2075-691-815517時30分~23時休 日曜・祝日の場合は月曜日
中井シノブ
ライター
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2019.09.04
「丹波くり」
女性の好きな食べもの! 江戸時代は「芋、蛸、南瓜」、令和の今は「芋、栗、南瓜」といわれているそうだ。だが私...、芋も栗も南瓜も嫌いではないが、旬を待ち焦がれてとびつくほど好物ではない。お月見の頃(今年の十五夜は9月13日らしい)には「小芋の衣被」を料理屋さんで美味しくいただくし、夏の暑さがゆるんだ頃に、「南瓜のスープ」がコースの最初にでたら、なんだかほっとして嬉しくなる。けれど、圧倒的にこの食材の並びなら、「蛸」が好きだ。小学校の頃、友だちのお弁当には「タコちゃんウインナー」が入っていたが、私のお弁当箱には「飯だこの炊いたん」が入っていて、みんなに「なにそれ!気持ち悪い~」と言われたものだ。あえて言うなら、「栗」はテンションがあがる食材だ。時代なんだと思うが、実家にいた頃「栗」はとても特別なものだった。「林万昌堂」の甘栗は来客からいただくお土産だったし、栗の甘露煮はお正月に食べるものだった。だから、母がまれに「栗入りのおこわ」や「栗ご飯」を炊いてくれると、心が躍った。単に茹でたり剥いたりするのが面倒で、母があまり作ってくれなかっただけかもしれない。とにかく、我が家では、「栗ご飯」はめったに食べられないご馳走だったのだ。ただし、「丹波くり」なんていう上等なものは家ではけっして食べられなかったが・・・「丹波くり」は和栗の王様といわれ、昔から和菓子などに重用されてきた。出荷の時期は、9月上旬~10月下旬。松茸と並ぶ京都の秋の味である。 丹波地方では、古くから栗づくりが盛んで、平安時代の法令「延喜式」には、宮廷への献上品として「丹波くり」が贈られたことが記されている。当時から高級食材だったのだろう。 「丹波くり」がほかの栗と違うのは、まずはその大きさ。1個40gの大きなものもあって和栗のなかでも最大級。実はしまって甘味が強く、香りも良い。とはいえ、高級食材。家庭で買って料理するのは、稀なことかもしれない。 もし手に入ったなら、茹でたり、焼いたりという簡素な料理で、自然な甘みとほくほく立ち上がる香りを実感してほしい。ただ、恥ずかしながら私は「丹波くり」を自分で調理した記憶がない。いただくのは、たいてい料理屋さん。くりの甘露煮、焼き栗、鶏肉と栗の炒め物、栗のリゾット、栗おこわなどなど。どんな料理になっても「丹波くり」の美味しさは際立っている。年々、生産数も減っているらしいから、ますます貴重な味になりそうだ。「大の栗好き」というほどでもない私が、「これは秋には必ず食べたほうがいい」と感動したのが、「マールブランシュ 京都北山本店」の「モンブラン・オートクチュール」だ。秋になると必ず、その味を思い出す。 もともと「マールブランシュ」といえば「モンブラン」といわれるほどの代表銘菓なのだが、オートクチュールは、その名のとおり、ラム酒を選んでカスタマイズできるうえ、シェフが席に来て目の前で作ってくれるという豪華な一品。 何種類かあるラム酒から好みの味を選ぶと、それをクラッシュした栗に注いで混ぜてくれるのだ。お皿に盛ってひんやりムースグラッセを乗せ、その上からモンブランクリームをたっぷり。 なめらかで芳醇なクリームとラム酒が香る栗を一緒にほおばると、栗の風味に満たされる。どこかの食リポーターではないが、「栗の密集地帯や~」と言いそうになる。ボリューミーなのに、あっという間に完食。こんな洋菓子体験は初めてだった。 京都へ観光やビジネスで訪れる方には、2019年8月1日にリニューアルオープンした「八条口店」がおすすめだ。ここには「モンブラン・オートクチュール」はないが、八条口店限定の「モンブラン・ミルフィユ」を味わえる。さくっとしたパイ生地にラムが香るモンブランクリームが合わさって、なんともいえないふくよかな風味。目の前でクリームをしぼってくれ、ライブ感も味わえる。「お濃茶ナイトロブリュー」も、この店限定メニュー。ビールのように専用のサーバーで注がれるお濃茶に、窒素ガスを加えた新感覚のドリンクである。「家ではゆで栗も面倒!」という私のようなズボラ?な方におすすめしたい「栗」を堪能できる新店だ。■ マールブランシュ八条口店京都市下京区東塩小路釜殿町31-1 京都駅近鉄名店街 みやこみち内075-661-38089:00〜21:00(カフェメニューL.O.20:30)無休(施設に準じる)
中井シノブ
ライター
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2019.08.16
「万願寺とうがらし」
あまり言われていないが、「とうがらし」が京野菜に占める割合はあんがい多い。京都以外でもでまわるようになった「万願寺とうがらし」は今やだれもが知る夏の野菜。ほかにも、「伏見とうがらし」「山科とうがらし」「鷹峯とうがらし」がある。それぞれに個性があって、どれも美味しいのだが、「山科とうがらし」や「鷹峯とうがらし」は栽培量がそれほど多くないこともあって、京都では購入できても他府県ではなかなか手に入らない。実際のところ、稀少だからこそ、京都で食べる楽しみもある。 「万願寺とうがらし」は、舞鶴市の万願寺という地区の在来種で「伏見とうがらし」と「カリフォルニア・ワンダー」の交配種だと言われている。大正末期頃からつくられた品種で比較的新しい。肉厚で艶やか。独特の風味があって柔らかく、甘味があるのが特徴だ。 一方、「伏見とうがらし」の歴史は古い。江戸時代の書物にはもうその名が記されているらしい。緑鮮やかで艶やか、皮もやわらかで辛味は少ない。 「山科とうがらし」は、コロンとして小ぶり。左京区田中のあたりで栽培した「田中とうがらし」がルーツだといわれている。このとうがらしも辛味はなくやわらかいのが特徴。 そして「鷹峯とうがらし」。その名のとおり、北区鷹峯で栽培されている。栽培が難しいことからわずかな土地でしかつくられておらず、農家の方の振り売りなどで手に入るくらい。もし、京都の料理屋で出合ったらラッキー。その日はいいことがあるかも!?こうして説明していると、京都のとうがらしはどれも辛くない。インドや韓国、メキシコのとうがらしはどれも辛い!というか食べると痛いのに。京都産はなぜか甘い。だが、ごく稀に、ひとつだけ辛いものがあったりして。出合ったらラッキーなのか、アンラッキーなのか。「万願寺とおじゃこの炊いたん」や「焼きとうがらし」などは、和食店でだされることが多いメニューだが、「万願寺とうがらし」は、イタリアンなど洋食店でも見ることが多くなった。赤と緑の美しい色合いは、まさにイタリアンカラーで、料理が映える。とはいえ、私は炊いたり焼いたりして食べてしまう。手軽なのに風味をダイレクトに楽しめるというのもその理由で、レンジでチンとあたため、鰹節をパラパラかけるだけ。それでも十分美味しいからありがたい。西木屋町に「レボリューションブックス」という立ち飲み店がある。この店が面白いのは、立ち飲み店ではあるが、書店でもあるということ。店内には、食関係の本が並ぶブックコーナーがあるのだ。カウンターで立って飲んでいると、その後ろをすり抜けるようにして奥の書棚に行き、熱心に本を探す人がいたりする。店主の西谷将嗣さんは、元ミュージシャン。「自分が行きたい店をつくった」そうだ。壁に貼られた約100種もあるアテから2,3品選び、それを肴に麦酒やサワーを昼から楽しむ。思い立ったように途中で本を見に行く。本と酒が好きな私にとっては、まさにパラダイス的な酒場なのだ。料理はどれもレベルが高く、なかでも人気ラーメン店「夢を語れ」の叉焼を持った「豚皿」や熱々でジューシーな「唐揚げ」は、ぜひ食べてほしい一品。とうがらしのメニューももちろんある。焼きとうがらしを注文すると、目の前でさっと炙って鰹節をかけてだしてくれる。豆腐の上に辛い唐辛子の醤油漬けをのせた一品も好きな料理だ。ほかにもみょうがの酒盗和えや鯖缶キムチなど、ひと手間工夫を加えた肴があって、ひとりでもじっくり飲める。一品300円前後~という価格帯だから、若い女性から年配の男性まで客層も広く、居心地がいい。ちょっと飲んではしごすることもあれば、飲み友達との待ち合わせに立ち寄ることも。いろんなふうに使えて気軽。なのに、名店に行ったのと同じくらい満足感がある。こんな店がもっと増えてほしいが、そうなってもきっとこの店だけに通ってしまう。■ レボリューションブックス京都市下京区西木屋町通り四条下がる船頭町235番地集まりC号075-341-7331営13:00~23:00休月曜、火曜不定休立ち飲み 予約不可
中井シノブ
ライター
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2019.07.02
「鱧(ハモ)」
コンコンチキチン・コンチキチン♪♪祭囃子が、そこここで聞かれる季節になった。四条通りを歩いても、デパートに入っても、このお囃子が鳴り響いていると、いやがおうにも祇園祭を思わせられる。 そう! 7月の京都は祇園祭一色だ。7月1日の吉符入をかわきりに、10日のお迎え提灯と神輿洗、山鉾建て、山鉾巡行などさまざまな神事が執り行われ、7月末まで1カ月間続く。 ところで、祇園祭のもうひとつの呼び名が「鱧祭」だというのをご存知だろうか? 実際に「鱧祭の季節ですねえ」などと、口に出して言うことはそれほどない。けれど、梅雨どきの雨水を吸って肥えた鱧は、ほんとうに美味しくて。割烹など日本料理店だけでなく、どこに行ってもメニューに鱧料理が並ぶ。つまり、京都中に鱧があふれ、鱧祭といえる状況になるわけだ。 有名な話だが、今のように流通が発達していなかった時代、海から遠い京都に活きて届くのは鱧だけだった。新鮮かつ栄養価の高い鱧は京都の人にとって貴重な魚だったのだ。だから、小骨が多くて「煮ても焼いても食べられない」と他の地域では食べなかった鱧を、京都の料理人は「骨切り」の技を苦心して生み出し、美味しい料理にした。今では京都以外でも普通に鱧は食されるようになったが、京都の鱧料理は多彩である。細かく骨を切った鱧を湯引きする「鱧落とし」のほか、皮目をさっと炙った「焼き霜造り」、だしにくぐらせて食べる「鱧しゃぶ」、くずを叩いて椀だねにする「ぼたん鱧」など、挙げるときりがないほど。 以前、中央市場の方に聞いたのだが、日本で水揚げされる鱧の70%は京都で消費されるらしい。なんと大量の鱧を食べるのだろう! なかでも瀬戸内や淡路島産の鱧は上質だとされ好まれる。一時期、韓国産が脂がのって美味しいと言われたが、京都の料理人は「瀬戸内など国産のもののほうが淡泊で上品な旨味がある」といって、韓国産をそれほど使わなかった。 ちなみに、私も鱧は大好きだ! 淡泊なのに脂もあって、料理ごとに食感や味わいが違う。焼き霜は香ばしく、ぼたん鱧はふんわりして出汁の旨味を含む。つけ焼きにした鱧寿司のご馳走感も捨てられないし、サクッとした鱧フライはビールに合う。「じゃあ、鱧を食べるならどこがいい?」と聞かれて、私がまず挙げるのは「割烹やました」だろうか。数少ない正統派割烹の一軒で、今でこそ品書きも置くようになったが、かつては、それもなかったという。客が「今日は何がある?」と聞くと「脂ののった鱧が入ってますよ」と勧めてくれるといった具合。そんなやりとりは品書きのある今も変わらないのだが。この店を訪ねてハッと背筋が伸びるのは、店に凛とした活気が満ちていること。大将の山下茂さんを中心に、板前さんたちが無駄なくキビキビと動いている。包丁を持つ手を動かしつつも、客の質問に答えたり、酒の注文を聞いたり。かと思うと、カウンター上のカンテキ(小さな七輪)で鱧をほどよく焼いて客の皿にひょいと置く。香ばしいその香りに、お腹がせわしく動きだすのだ。この店の鱧料理はどれもこれも絶品だが、2,3人で行ったときにお願いするのが写真の「柳川」。鱧の骨でとっただしで身を炊いて、玉子でとじて三つ葉を散らす。山椒をふってそのまま食べてもいいし、ご飯にのっけてもいい。思い出すだけで喉が鳴る。 まずは造りなど魚料理を食べてほしいが、鴨ロースや旬の野菜天ぷら、小鍋など季節の料理もめっぽう美味しい。長年おつきあいしているにもかかわらず、今もこの店に行くときはちょっと緊張。どんなふうに大将とやりとりしようか、何を注文しようかと悩むのだ。けれど、もちろんそれも大きな楽しみのひとつで......(笑)人気店だが、何カ月も先まで予約が取れないということもなく、思い立ったときに訪ねられるのもいい。■ 割烹やました京都府京都市中京区木屋町通二条下ル上樵木町491-3 075-256-4506営11:30~13:30(L.O.) 17:00~22:00(L.O.) 月曜休
中井シノブ
ライター
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2019.06.05
「賀茂なす」
「賀茂なす」は、京野菜のなかでも最も人気のある夏野菜ではないだろうか。京都だけでなく、他府県のデパートやスーパーなどでも購入できるようになった。 コロンと丸い可愛くてやさしげな形も人気の理由だと私は思っている。つやつやとして深みのある紫も、日本人の心に響く気品ある色だ。 実質はぎゅっとつまってなめらか。ほかの茄子とは違った甘味や旨味がある。持ってみると見た目以上に重いから、ひとりなら1度に1個は食べられないほど。そういう意味ではコストパフォーマンスの高い食材なのだ。 肉質はなめらかなのに、煮炊きしても実が崩れることがなく、独特の風味もあるから、十分メイン料理になる。 私はザクザクと大きめの乱切りにして油であげ、大根おろしを添えてめんつゆをかけ、いわゆる「揚げだし」風にして食べることが多い。油を吸い過ぎることがないから、実がぐったりせずほんとうに美味しい!かみしめると油とまざりあった出汁がジュワーッと染み出して、その美味しさに思わずほほがゆるんでしまう。まさに、京都の「初夏のご馳走」だ。「賀茂なす」は、江戸時代に洛東河原(いまでいう出町柳から三条くらいまでの鴨川畔)でつくられていた丸くて大きい茄子が発祥だという。その茄子が、明治になって上賀茂でつくられるようになり、「賀茂なす」と呼ばれるようになった。今は、京都だけでなく他府県でも似たような茄子がつくられているが、京野菜と呼べるのは、上賀茂周辺の地域でつくられるものだけ。露地ものが出回るのは、6月から9月で、京都ならば青果店のほか、スーパーなどでも手ごろな価格で販売している。丸くて大きな「賀茂なす」が並んでいると、「ああ、いよいよ夏だなあ」と私は毎年思うのだ。「賀茂なす」の料理といえば、まずは田楽。ほかには、私もよくつくる揚げ出汁なす。麻婆なすや輪切りのオイル焼き、そぼろあんかけなども美味! 衣をカラッと揚げて天ぷらにすれば、甘い実のふっくら感も味わえる。和食店だけでなく、居酒屋やおばんざい店、イタリアンなど洋食店でも、この時季になると「賀茂なす」を使った料理がメニューに登場し、何度も食べているにもかかわらず注文してしまう。 京都のおばんざい店「太郎屋」は、雑誌の京都特集などでもしばしば見かける名店だ。何が素晴らしいといって、26年前の開店から、価格がほとんど変わっていないこと。料理はどんどん進化して、おばんざいのほかお造りや天ぷら、洋テイストのメニューも増えているのに、定番の「茄子にしん」、「おから」、「なっぱ煮」なども健在で、「こんな値段でいいの?」と思うほど安価なのだ。 店主の女将さんは、特にどこかで料理修業をした方ではなく、もともとは専業主婦だったそうだ。出版社に勤めていたご主人の太郎さんが、毎夜のように客人を家に連れて帰り、女将さんが料理をふるまっていた。その料理があまりに美味しくて、客人は「外で飲むより太郎さんの家がいい」と言う。 そうこうしているうちに、店をだしたらということになって、26年前に、当時はまだ何もなかった四条烏丸近くの路地に「太郎屋」を開店したのだ。ちなみに、店名の「太郎屋」はご主人の名前からとっているのだが、実は太郎は本名ではないらしい。なぜ太郎さんなのか?は、お店に行ってお尋ねを・・・私は、開店当時近くに住んでいたから、仕事とは関係なく、よくご飯に通っていた。ポテサラやコロッケ、やきうどんなど、なにげない家庭的な料理がそれはそれは美味しくて。今日はほかの店に行こうと思っていても、足がむいてしまう。女将さんにはずいぶん私の美容?と健康を支えていただいたと思っている。仕事でつらいことがあっても、この店のカウンターに座って家のご飯のような料理を食べると、なんだかほっとして心がリセットされた。賀茂なすの田楽は、初夏の定番料理で、半分に切って皮目に切り込みを入れて揚げ、油をきったら、たっぷりと白味噌ベースの田楽味噌をかける。しし唐の素揚げと白ごまが添えられ、見た目も美しい。6月になると、ほかにも鱧や小鮎、万願寺とうがらしなど京都の夏の味が並ぶ。 まずは定番のポテサラをたのんで冷えたビールを一杯。なんともいえないコクのある味に癒される。器のほとんどは女将さんが開店当時から陶芸教室に通って焼かれたものなのだが、今では器も売れるのではないかと思うほどの腕前になっていらっしゃる・・・(笑)こんな文を書いていたら、女将さんの手料理がものすごく食べたくなってきた。今夜はあの路地に足を向けることにしよう。 ■ 太郎屋京都市中京区新町通四条上ル東入る観音堂町473075-213-3987営17:00~23:00 (L.O. 22:00)休日曜、祝日、不定休日あり
中井シノブ
ライター
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