京のほっこり菜時記
飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづります。
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.05.02
「新茶」
新茶と言って誰もが思い浮かべるのが「夏も近づく八十八夜・・・」という歌。私もよく知らなかったのだが、この歌は京都の宇治田原町で歌われた「茶摘み歌」をもとにつくられたのだそうだ。 新茶の季節は地域やその年の気候などによっても違うが、基本は立春(2月4日頃)から数えて88日目頃と言われている。それでいうと、4月の末から5月の初旬くらいだろうか。 新茶は、その年最初に摘む茶葉のことで、冬の間にじっくりと養分を蓄えていることもあり、最も質が高いとされる。少しでも時季がずれると品質が落ちるから、茶農家の人たちはこの頃になると生育を見守り、「今だ!」という日に素早く一番茶を摘むのだ。 一番茶と呼ばれる新茶には、アテニンなどアミノ酸が多く含まれ、旨味が濃い。ほかにもポリフェノールやカテキン、ビタミンCなど美容と健康を保つ成分が含まれている。「飲まなきゃ損!」と私は思う。先日、なにげなくテレビを観ていたら、「なぜ宇治茶は上質さを保ってこられたか」という番組を放映していて、思わず身を乗り出した。宇治茶の美味しさは随分わかっているつもりでいたが、知らないこともたくさんあったから。 宇治が扇状地であること、水はけのいい土地で茶栽培に適していること、昔から時の朝廷や徳川家に愛され、覆下栽培など独特の栽培方法が庇護されてきたことなどなど...。 何より、「日本随一」という評価を守ってきた茶農家の努力と気概が、宇治茶の品質を継いできたのだと番組は締めくくっていた。 なんでもそうだが、美味しいものをつくるには、多大な経験と努力が要る。それを、さらりと続けておられることが尊い。宇治の抹茶を使ったスイーツの人気は、ますます高まっている。抹茶アイスや抹茶パフェだけでなく、次々と新手の和洋菓子が登場して、観光客を並ばせる。 東京の友人などから「お茶の甘味はどこで食べたらいい?」と聞かれることも多いから、そんなとき私は「中村藤吉本店」を薦める。「重要文化的景観」に登録された宇治の「本店」や「平等院店」は風情もあって気持ちいい。宇治まで行く時間のない人には、新幹線乗り場からも近い「京都駅店」を紹介する。 「中村藤吉本店」は、抹茶や緑茶を使った甘味メニューをいち早く販売した先駆者で、厳選したお茶を惜しみなくたっぷり使うから、どのメニューもお茶の香りや旨味で満ちている。 写真の「生茶ゼリイ」、は、瑞々しい緑茶の味わいを満喫できる大好きなメニュー。甘味や苦味、豊かな香りに加え、プルンとした口当たり、ひんやりツルンとしたのど越し。専門店ならではの知恵と経験で、年ごと、季節ごとに変わる緑茶の繊細な変化を見定め、レシピに反映しているという力作だ。初代の中村藤吉が茶商を開業したのは1854年のことだという。当代は6代目にあたる。 以前、7代目を継ぐ専務の中村省悟さんに、歴史ある家で生まれた苦労は?と聞いたことがあった。省悟さんは、それほどの苦労はないと言った。「なぜなら、僕の役目は、父から渡された家業というバトンを落とさないよう確実に受け取り、それを次の代に滞りなく手渡すという一つのことだから。ただ、そのためには現状に甘んじていてはいけないし、新しいことにも挑戦する」と。「宇治茶は本来美味しいものだから、その味と品質を大切にするだけ」とも話していた。家業に携わり始めてからは、新メニューの開発はもちろん、「京都駅店」、「平等院店」、「大阪店」、「香港店」、「銀座店」と店を広げてきた。だが本人は、自分はいたって慎重で、無理な拡大はしたくないと言う。堅実なんだか大胆なんだか...。 省悟さんの店や商品を真面目にまっすぐ見る姿勢が継がれていけば、中村藤吉のバトンはこの後も手渡され続けるだろう。 茶農家で大切に育てられた「宇治茶」は、彼らの手で確実に世界に広がっている。 ■中村藤吉本店 京都駅店京都市下京区烏丸通塩小路下ル東塩小路町ジェイアール京都伊勢丹 レストラン街[JR西口改札前イートパラダイス]3F075-352-1111(ジェイアール京都伊勢丹店 大代表)銘茶売場 11:00~21:15、カフェ11:00~22:00 (L.O.21:00)
中井シノブ
ライター
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.04.01
「京たけのこ」
京都には「であいもん」という言葉がある。同じ時季にでまわる食材、それも相性の良いものを合わせて料理にすること。相性がいいから、単独で食べるより味わいが際立つ。たとえば秋なら「茄子とにしん」、冬なら「ぶりと大根」などがそうで、春は「わかたけ」やわらかくて風味のある「京たけのこ」と渦潮でもまれて引き締まった「鳴門のわかめ」が出合う。3月から4月が旬のこの出合いは、私の中では最強だ!「京たけのこ」は、れっきとした京野菜である。品種は、日本で最もポピュラーな「孟宗竹」で、西京区や長岡京市、向日市などが産地。もう10年以上前だが、あるホテルのシェフに声をかけていただき西京区塚原のたけのこ農家さんにうかがったことがあった。「白子」と呼ばれる極上のたけのこを収穫させてもらったのだ。「白子」は、その名の通り色が白くきめ細やかでやわらかい。えぐみが少ないから生のままでも食べられる。独特の風味があるうえ、炊いたり焼いたりするとホクホクしてほんとうに美味しい!ただし、収穫するのはかなり難しいことを、私はその時身をもって知った。なぜなら「白子」は土の下にあって、その姿を見ることができないから。農家の方は、わずかな土のひび割れを見つけて、たけのこ用の鍬を土の中に入れ、グッ、グッと根を切るようにして掘り出す。見ていると簡単そうなのだが、実際にはそうはいかなくて...。たけのこを見つけるのに一苦労、上手く掘り出せなくてえらく汗をかいた。帰ってすぐに食べるなら、あく抜き(糠を加えて下茹)をする必要もないと教えていただいたので、帰るなり洗ってうすく切り、そのまま口にほうりこんだ。ふっとふくらむ豊かな香り、サクサクとした噛み心地も爽快。あの美味しさは、今も忘れられない。「若竹煮」のほか、「天ぷら」や「木の芽和え」など美味しい料理は数々ある。まるごとカンテキの上で焼いて、刷毛で醤油をさっとぬって食べるのもいい。とにかく、この時季の「京たけのこ」はまさにご馳走だから、寺町三条の「とり市(春はたけのこ、秋は松茸を専門に扱う青果店)」でたくさん買って東京の友人に送り、「京都のたけのこは美味しいでしょう~」と自慢している。和食以外のイタリアンやフレンチ店でも、春にはたけのこメニューが登場する。パスタやソテー、チーズ焼きなど...「おっ!こんなところにもたけのこがいる!」と驚かされることもしばしばだ。ふらりと飲みにでかけた寺町四条のビストロ「ekaki」でも、そんな料理に出合った。「たけのこと鰆、春きゃべつの蒸し焼き」一見、たけのこ感はないが、味わうとたけのこが存在していることをしっかり感じさせてくれる。さわらや春キャベツと重ねて焼いても、シャクッとした歯ごたえは損なわれず白ワインのソースをかけてなお、ふんわりと良い香りがたちあがる。しっとりした鰆、やわらかな春キャベツともよくあって、ふくよかな味わい。真似したいけど、こんな手の込んだ料理は、私にはきっと無理。「ekaki」との出合いは、この店がオープンした2015年。美味しいもの好きの蕎麦店の店主が、「もうekaki行きました?」と紹介してくれた。その足ですぐさま訪ねると、店の雰囲気はカジュアルなのに料理もワインも本格派。気さくでおちゃめなシェフとワイン担当の可愛い山ちゃん(女子)のコンビを一瞬で好きになった。以来、4年近く通っているが、いつ行っても目新しいメニューがあって味わったことのない食材の組み合わせを教えてくれる。ポテトサラダに鱈とミモレット、鱧とイチジク、紋甲イカと桃、焼きナスとあじなど・・・今はすっかり人気店だが、ふたりのスタンスは変わらない。「わかたけ」もいいが、今年は春感満載の「であいもん」「たけのこ&鰆と春キャベツ」を食べに行きたい!■ ekaki京都市下京区貞安前之町611-3075-708-367515:00~24:00不定休
中井シノブ
ライター
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.03.15
「山菜」
「春は苦味、夏は瑞々しさ、秋は香り、冬は甘味」以前、ある料理人さんに「四季の食材の魅力は?」とおうかがいしたときかえってきたのが、この言葉だった。食材には四季それぞれの個性や特徴があって、それを味わうことが大切なのだと。 苦味のある春の野菜を食べることで、いろんなものを貯め込んだ「冬の体」から軽やかな「春の体」へと移行できる。実際に、ポリフェノールなど苦味のもとが、細胞を活性化して新陳代謝をうながしてくれるそうだ。 だが、体にいいから「山菜」を食べるのかというと、私はそうでもない。春の苦味が好きだから。子供のころはちょっと苦手だったうどやたらの芽、ふきのとうを、いつしか美味しいと思うようになった。そして、苦味のある山菜を口にすると、「春が来たなあ~」と心がしんみり潤うのだ。 うど、ふき、ふきのとう、こごみ、木の芽、タラの芽、つくし、ワラビ、たけのこ、あしたば、あけび、いわぶき、かたくり、うるい、クレソン、せり、ぜんまい、みつば、あざみ、コシアブラ、行者ニンニク・・・小さい頃は、鴨川付近でもつくしが生えていて、母に褒めてもらいたい一心で、たくさん摘んで帰ったりした。今も、深泥池付近にはみつばやせり、岩倉幡枝町にはぜんまいやわらびなどが生えているそうだ。春に食べたい山菜料理はたくさんある。「山菜の天ぷら」「わらびの炊いたん」「せりのおひたし」・・・。そんな料理が品書きに並ぶと必ず注文してその風味を楽しむ。セリのおひたしは、シャクシャクとして歯ごたえがいい。友人の店で出す、「海苔とせりのおひたし」は、何度も食べているのに夢中になる。お揚げと一緒にちょっと甘めに炊いたわらび、タラの芽やうどの天ぷらは、サクッと噛むと、いやというほど香りと苦味が満ちる。 昨年11月に綾小路御幸町近くの路地にオープンした「お酒と食事 うり」は、季節の小料理で飲めるお気に入りの店だ。店主のもんちゃんこと上門邦彦さんとの出会いは、彼が以前料理長を務めていた煮込みの店。シンプルでいて旨味や火入れの勘所を抑えた料理が美味しくて、何度も通った。 あるとき、もんちゃんに「どこで料理を身につけたの?」と聞くと「半年や1年で辞めた店もあるから、どこどこで修業したと言うほどじゃない」と言う。それでもと、無理やり聞き出した店は、京都の名料亭や有名料理屋だった。見た目は優しげな感じだが、潔い人だなあと思った。 そんなもんちゃんが揚げてくれる天ぷらは薄すぎず厚すぎないほどよい衣。カラリと揚がっているから、するする食べられる。この日は「うどがあったから」と、天ぷらにしてくれた。噛むとふくらむ独特の青々しい香り、春の苦味が口のなかにゆっくりと広がっていく。サク、ふわ、サク、ふわ・・・なんだか優しい気持ちになる。 ほかにも、絶品のぬか漬けやポテサラ、おでんなど定番料理、その日のおすすめ料理もあって、じっくり飲める。〆には小皿のカレーライスかおでんだしの中華そばをぜひとも注文してほしい。■ お酒と食事 うり京都市下京区足袋屋町317-15075-344-789917:00~23:00定休日:月曜
中井シノブ
ライター
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.02.08
「くもこ」
冬に東京の友人を割烹へ連れて行き、「くもこ食べる?」と聞くと、ほとんどの友人が「くもこって何?」と聞き返す。「えっ!東京では食べへんの?」と私はあきれ顔になる。東京では、こんな美味しいものを食べないのだろうか!と当初は驚いていた。が、実際に料理が登場すると、「タラの白子のことか」と、逆に「なあんだ」という顔をされる。そりゃ「食べないわけはないなあ」と反省。 そう、東京ではタラの白子もフグの白子も白子と呼ぶ。今は、それを知っているから、最初から「くもこ食べる? あっ、タラの白子のこと」と説明を忘れない。 くもこは、冬に水揚げされる寒鱈(マダラ)の白子(精巣)で、一番おいしのは、1月から2月にかけてだといわれている。3月以降もないわけではないが、味が水っぽくなってくるそうだ。生をさっと湯にくぐらせポン酢で食べる「くもこポン酢」は、トロリとしたクリーミー感を、とことん味わえる一品。もみじおろしやあさつきを添えると、その風味が刺激になって、さらに日本酒(冬は熱燗かなあ)が進む。 味自体はクセがないから、焼いたり、天ぷらにしたり、鍋に入れたりと食べ方もいろいろ。昨年末、ビストロで「くもこのソテー」を見つけて注文した。ガーリックバターが効いた熱々をバゲットに乗せ口に運ぶと、サクッと香ばしいパンとトロリとしたくもこの食感や味が抜群に合って、その美味しさに「はあ~」とため息をもらしたほどだ。最近のヒットは、「麩屋町うね乃」のくもこのおでん。鍋にも入れるから「だしと合う」ことはわかっていたが、味わってみると、ここのおでんは「合う」どころではない。ちょっとあぶったくもこの香ばしい風味が、カツオと昆布のだしに溶けだして、優しいんだけれど深い。パラリと散らした海苔がまたアクセントになる。だしもゴクゴク飲み干して、「おかわり」と言いたくなった。「麩屋町うね乃」は、名前の通り麩屋町通にあるおでん店だ。ビル中にあって、事務所かと思うそっけない扉にネームプレートがかかっているだけだから、最初に訪ねたときは「ここであってるの?」と入るのを戸惑った。勇気をだして扉をあけると、ふんわりとだしの香りが漂う。土壁や木のカウンターが美しい店だった。 店中央の調理台に鍋が据えられ、定番の大根やたまご、きんちゃくなどが清い味わいのだしの中で、湯気をあげながらゆるゆると炊かれている。だが、メニューを見ると、季節のおでんには「カチョカバロ」や「ポテトサラダ」など変わり種もある。その理由は、料理長の山元さんが、元イタリアンのシェフという経歴の持ち主だから。具材によっては、だしにオリーブオイルやレモンピールを添えるなど新しい味を生み出している。 彼がイタリア料理店で腕を奮っていた頃から知っているから、「おでん店の料理長になる」と聞いたときは「挑戦だなあ」と思った。はたして、料理好きなうえに才能もある人で、試行錯誤をくりかえしながら和のだしを自分のものにした。 開業前に何度も何度も巻いて練習したという、ふっくら優しい味わいの「だし巻き」もおすすめの一品。注文してから巻いて、だしをかけてだしてくれる。 だしが際立って美味しいからか、ここのおでんは何を食べても素材の味がイキイキしている。「おだしの国」に生まれたことを、心からよかったと思わせてくれる。 寒い日は、おでんに熱燗!ちなみに、「くもこ」は季節メニューだから、予約の際に確認を忘れずに。■ 麩屋町うね乃京都市中京区麸屋町通押小路上ル尾張町225 第二ふや町ビル103075-213-8080営業時間 : 17:30~23:00(LO 22:00)定休日 : 毎週火曜日
中井シノブ
ライター
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BLOG京のほっこり菜時記
2019.01.07
「聖護院かぶ」
冬の京野菜「聖護院かぶ」の収穫最盛期は11月~12月。冷え込めば冷え込むほどその実は甘味を増す。真っ白できめ細かな肌は美しく、やわらかで上品な味わい。「かぶら蒸し」や「ふろふき」など冬の京料理に欠かせない食材だ。家庭では、鯛のあらやブリとの煮物のほか、グラタンやポトフなど洋食にも使われる。が、私は凝った料理はできないから(笑)、サクサクと一口大に切って、オリーブオイルと塩だけで瑞々しい甘味を堪能する。 冬の漬物の代表格「千枚漬」もまた、京都人にとってはご馳走のひとつだ。酸味のあるものや甘めのものなど、店によって味は違うが、京都人にはそれぞれ贔屓の「千枚漬」があるそうだ。代々、ひとつの店のものを求める家もあれば、あれこれ試して好みの味にたどりついた人もいて、よほどでないと浮気をしないのが京都流。私もそれにならって自分の味を探し求めた。 私が、この味とたどり着いたのは、「村上重本店」のもの。だし店を営む友人から「私は村上重さんのが好きやけど、シノブちゃんの口に合うかなあ」といただいたのが最初。封を切ってだそうとすると、昆布のねばりで糸をひくほど。そのねっとり感にまずは驚かされた。食べてみると、緻密でキュッとしまった実のかんじや、ほどよい水分、昆布とかぶの旨味が合わさって、ほんとうに美味しい。以来、私も浮気はしないと心に誓い、「村上重さん贔屓」になった。店頭に並ぶ最初の頃から買い求め、冬の間に何度も楽しむ。できれば、1枚を一口でぱくりと食べたいところだが、もったいなくて二つに切ったり、三つに切ったりして食べている。 なぜ、これほど村上重の「千枚漬」は美味しいのか。どうしても知りたくなった。お店を訪ねると、漬物職人歴46年という岡本好弘さんが、その秘訣を話してくださった。お肌つやつやで、背筋もピンと伸びてお元気そのもの。78歳になった今も毎日工場で漬けていらっしゃる。 岡本さんは、毎朝4時に起きて市場へ向かい、自分の目で見て「聖護院かぶ」を仕入れるという。15~20cmの大きなものだけ、それも実質がしまってほどよい水分のあるものだけを購入するそうだ。「気に入ったものがないときは買いません。全国でつくられた聖護院かぶを食べたけど、今使こうてるのは亀岡産です。値段は気にしません。それよりでき具合が肝心なんです」 丁寧に洗って分厚く皮をむき上下を切り落としたら、使えるのは3分の1くらい。1.5㎜ほどにスライスして塩だけで下漬けして水分や雑味を抜いた後、北海道の昆布を加えて本漬けにする。村上重の「千枚漬」は、聖護院かぶ、塩、昆布で漬けられる極々シンプルなものなのだ。 「だから大切なのは素材なんです。名前はいえませんが塩も特別なもの、昆布は北海道産の稀少な根昆布のほか、切昆布、平昆布をたくさん入れます。うちの千枚漬は、材料の味そのものなんですね」 とはいえ、材料だけが良ければ美味しくなるというものでもない。岡本さんが先輩の仕事を見て覚え、体に叩き込んだ漬け具合が何より味を左右する。「1日下漬して水分を抜き、1週間かけて昆布の旨味をギュッと入れながら発酵させる。発酵とのバランスも大切。だから1週間は毎日様子を見ながら、ちょうどいい発酵加減の一歩手前になったら冷蔵庫に入れる。あとはじっくり発酵させていく。気温が高ければ早く発酵が進むから、冷蔵庫に早く入れる。その加減は46年、日々漬物と接してきたからわかるんでしょうね」と岡本さん。 若い人にもその勘どころは日々伝授するが、待っていてくださるお客様を裏切らないためにも、まだまだすべてを若い人には託せない。「もっと美味しい千枚漬」を目指したいと話す。 四つに折ったりくるっと巻いて盛り付けたときの美しさも「千枚漬」の魅力。京都ではお正月料理のひとつとして味わう家も多い。 酒のつまみにもいいが、私は熱々ご飯にのせてちょっと醤油をたらし、ご飯を巻き込んでパクッといく。なめらかで甘くて旨味たっぷり。いくらでもご飯が食べられる。■ 村上重本店京都市下京区西木屋町四条下る船頭町190075-351-1737営 9:00~19:00(土・日・祝日は~19:30)年中無休(元旦から3日を除く)
中井シノブ
ライター
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BLOG京のほっこり菜時記
2018.12.05
「こっぺ」
待ち焦がれたカニの季節がやってきた。11月6日のカニの解禁日が近づくと、「今年もカニの季節ですねえ」と電話をくださる店があって、いそいそとでかけていく。お目当ては松葉ガニの雌「こっぺ」。一般的には「セコ蟹」と呼ばれるが、鳥取では「親ガニ」、石川など越前では「香箱ガニ」、そして京都では「こっぺ」と呼ぶ。雄のふくふくして甘い身も確かに美味しいが、私は赤い子のつまった雌のこっぺが好き。料理屋さんにいくと、内子が詰まった甲羅のなかに、足の身やプチプチした食感の外子もきれいに盛ってだしてくれる。細い足から身をだしたり、甲羅についた外子を外すのは、ほんとうに根の要る作業。客が食べやすいようにと、丁寧な仕事をされる料理人さんには頭が下がる。もし、自分でこっぺを買って身をとりだしながら食べたとしたら、「幸福感」までは感じないだろうと思うのだ。冒頭の店以外にも、こっぺを食べに行く店は何軒かあるが、なかでも「早く行かなきゃ」と心が急いて足を向けるのが、烏丸錦の『四季料理 かわむら』だ。日暮れ時に、錦通りから細い路地を入ると、ふんわり優しい灯りが見える。『かわむら』の開店は36年前で、当時はこの路地には、他に飲食店はなかったそうだ。私が通い始めたのは、20年くらい前だろうか。その頃には、この路地にもバーや和食店など数軒できていて、職場から近くよく通っていた。ただし、『かわむら』へは、なんだか気後れして入れなかった。前を通るときにちらりと見えるカウンターには、スーツ姿の紳士が並んでおられ、「私なんかお呼びじゃないな」と思っていたのだ。ところが、隣のバーに通ううち、客を見送る女将さんとしばしば顔を合わせるようになった。何回目かに顔を合わせたときに女将さんが、バーを指さして「この店のお兄さん面白いやろ(店主は日本舞踊のお師匠さんで、ドラッグクイーンでもある)」と声をかけてくださった。「いや、めっちゃ面白いんですよ」と答え、顔を見合わせ笑いあった。そんなことがあって『かわむら』の暖簾をくぐってみると、誠実で確かな味の料理に、私はすぐに夢中になった。おからや鰊なすなどおばんざい、お造りも天ぷらも。何を食べてもしみじみ美味しくて心が安らぐ。女将さんの人柄そのものという感じだった。そう、そしてもちろん「こっぺ」も。この店のカニは基本、間人(京丹後市の港)から届く。ただし、水揚げが少ないと入荷しないので、電話は必ず必要だ。間人は船が5隻ほどしかない小さな港で、近場で漁をするから、カニが新鮮で美味しいといわれている。確かにそうだろう。でも、こうして美しく料理してくれる店があるからこそ、その価値はなお上がるのだと思う。身はしっとりとして甘く、内子も味噌も濃厚。美しい葉を添えるきめ細やかな演出にも、女将さんの客への想いが感じられる。今年はあと何回食べられるだろう。この先、何年ここに通えるだろう。「この店が続く限り、通えればいいなあ」と女将さんと話しながら思うのだ。■ 四季料理かわむら京都市中京区錦通り烏丸西入075-255-0192営業時間/17:00~23:00定休日/日曜日
中井シノブ
ライター
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BLOG京のほっこり菜時記
2018.11.01
「ぐじと秋鯖」
大阪生まれの京都暮らし、厳密には「京女」とはいえないが、イケズなかんじやはんなり感は身につけた(あくまでも自己申告)。20年以上京都の飲食店を取材しているから、「京都の食には詳しい」のがウリ(笑)。そんな私が想う京の菜時紀を、ここでは語っていこうと思う。京都の秋のご馳走というと「松茸」を挙げる人が多いだろう。丹波で採れた松茸を濡れ布巾でさっとぬぐって手で割き、七輪の上で焼く。軽く焦げ目がついた頃合いに口に運ぶと、なんとも芳しい。シャクっとした歯ごたえも心地よくて、思わず目をギュッと閉じてしまう。ただし京都産の松茸は「山のダイヤ」と称されるほど高額で、そうそう味わえるものではない。江戸っ子なら、嫁を質に入れても食べるのだろうが(いまどきないか、笑)、京女(ここでは私限定)は、それほど豪儀ではなく。自分の懐具合を考えると、私レベルのご馳走はぐじ(アマダイ)や秋鯖が精一杯。決して、ぐじや鯖が安物だと言っているわけでない。コストパフォーマンスの高いものに、つい走ってしまうということだ。ぐじ塩焼きぐじなら「塩焼き」、鯖なら「きずし」が私好み。ちなみに、ぐじとはアカアマダイのこと。主に福井県若狭で水揚げしたものが京都に届く。なんといっても「塩焼き」がメジャーだが、造りで食べられる店では、私は細造りにしてもらうことも多い。その身はねっとりとして甘く、飲みこみたくないと思うほど美味。山葵をちょんとのせて味わったり、醤油を軽くつけたり。変化を楽しみながら、一皿の細造りを味わう楽しみ...。ぬる燗をちびちびやると、これ以上の幸せはないと思えるのだ。「塩焼き」はなんといっても焼き加減が肝心で、鱗のついた皮はこんがり過ぎるほどパリッと、身はふんわりしているのが最高だが、なかなかこれが難しい。私史上、「ぐじの塩焼き」ナンバー1は、『蛸八』(中京区蛸薬師通新京極西入ル)の先代・掛谷陞さんが焼いたものである。『蛸八』に初めて足を向けたのは、おそらく20年以上前。新京極と寺町の間、ひっそりと白い暖簾がかかる店は渋すぎて、当時の私には入りにくい店だった。品書きに並ぶのは魚の名前だけ。「ぐじ」と書かれていても、どんなふうに食べればいいのかもわからない。寡黙で頑固そうな店主の掛谷さんが、「ぐじなら塩焼きですよ」と助け船をだしてくれた。串を挿して焼き場に置き、ほかの料理をつくりながらも焼き場から目を離さない。繊細に焼き加減を目と鼻と手で見る。焼きあがったぐじは、驚くほど美しかった。皮はサクッと音がするほどこんがり焼け、その下から現れる身はふかふか。しっとりとして旨味がジュワッと広がっていく。「これほど美味しい焼き魚を食べたことがない」と思ったものだ。何度か通ううち「大将」と呼べるようになり、ぽつぽつと言葉を交わした。役者にしてもいいような男前、板前の鏡のような人だった。残念ながら数年前に逝かれたが、その料理は息子の浩貴さんに受け継がれている。きずし秋になるとグッと脂がのる鯖は、焼いても煮ても美味しい魚。だが、あえて私は「きずし」を注文する。「きずし」は関東でいうところの「しめ鯖」。この料理も酢〆加減が味を左右する料理。人によって好みは違うが、私はレアめの「きずし」が好き。正面本町にある『東寿し』(東山区正面通本町西入ル)の「きずし」は、いつ食べても最高の〆具合。売り切れていることもある人気メニューだ。生姜をとけこませた酢をつけて食べると、口の中にじわっと脂が広がっていく。新鮮な青魚独特の清々しい香りと旨味。鯖寿司とはまた違う、ダイレクトな鯖の美味しさを味わえる。聖護院かぶらや秋茄子、栗など、ほかにも美味しいものはたくさんあってすべては食べきれない。だから、これだけはと「ぐじ」と「秋鯖」に狙いを定め、お目当ての店に足を運ぶ。そんな食の歳時記を自分の中にもっていると、京都の食がより楽しくなる。第2回は「コッペ」です。
中井シノブ
ライター
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