京のほっこり菜時記
飲食店取材1万軒を超える京都在住のライターが、時々の「うまいもの」を歳時記的につづります。
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.09.24
「えだまめ」
「えだまめ」は完熟する前の大豆だということは、みなさんもご存知だろう。4000年前にはすでに中国で生産されていたと言われている。日本でも縄文時代の遺跡にその存在が認められているというから、たいした歴史のある食材である。400種類も品種があるうえ、ブランドものも多い。よく知られているのは山形の「だだちゃ豆」や新潟の「茶豆」。いずれも香ばしい風味で、口にすると止まらなくなる。そして、京都でえだまめといえば「紫ずきん」。物語の主人公のような可愛い名前をもつこのえだまめは、京都・丹波の生まれ。れっきとした京野菜だ。丹波黒大豆が完全に熟す前に収穫する。食べごろに色づいた薄皮が、頭巾のように豆にかぶさっていることからこの名がつけられた。丹波地方は朝と夜で寒暖差が激しく、その気候があるからこそ、甘みのある豆ができる。収穫時期は9月半ばから10月末頃までと、わすか1カ月半ほど。このえだまめが店頭に並ぶのを待ちわびるファンもいる(もちろん私も!)。普通の枝豆より大粒で食べ応えがあり、むちむちとして甘みもたっぷり。口に入れると独特の香ばしい風味とコクがある。一度食べるとクセになるのだ。塩ゆでしてほくほくとした食感を愉しむのもいいし、豆ご飯にしたり、かき揚げにしたりと独特の味をさまざまな料理で楽しめる。私は、ちょっと堅めの塩ゆでが好み。ゆでたてをざるにとって甘めの天然塩をかけ、ざるを振って全体に塩をなじませる。熱々のままで食べることが多いが、冷めてももちろん美味しい。スーパーで「紫ずきん」の名を見かけると、思わず手に取ってしまうくちなのだ。とはいえ「紫ずきん」は一時期のものだから、年中食べられるわけではない。もちろん、初秋だけの味だからこそ、心待ちにするというのもあるのだが。 ビール好きの呑み助は「とりあえずビール」をやめられない。どんな時期でも、どんな店でも私はまず「瓶ビール」を注文してしまう。家で飲むときも同じで、料理の下拵えをする頃には、すでにビールの栓を開けている。そして、とにかくすぐに何かをつまみたい。そんなときに重宝するのが冷凍のえだまめだ。かつては、茹ですぎた感があって「やっぱり冷凍はだめなのか」と思うこともあったが、最近はスーパーやコンビニで売っているものも、十分すぎるほど上質。ひょっとしたら自分で生を買って茹でるほうが、失敗が多いかもしれない。 ちょっと自慢になってしまうが、うちの冷凍庫には黒豆のえだまめが入っている。「黒豆茶庵 北尾」が開発した冷凍「黒豆枝豆」だ。冷凍庫から出して自然解凍して食べるか、オーブンで軽く温めるかすればいいから、面倒は一切ない。黒豆独特の風味がしっかりしていて、ゆで加減も抜群。私がゆでるよりよほど美味しい。会長の北尾さんは、この「黒豆枝豆」を完成させるには、長い月日をかけたと話しておられた。まずは、丹波の黒豆の種を台湾にもっていき、約6年かけて、丹波産と変わらないものを育てたそうだ。その後も、ゆで加減や冷凍技術にもこだわり、2018年、完成にこぎつけた。ビールはもちろんだが、ハイボールや焼酎にも合う。初秋といわず、いつでも美味しい「黒豆枝豆」が食べられるのは、ほんとうにありがたい。 さまざまなものが進化する今、確実に食品も進化している。けれど「美味しさ」にかける情熱や手間暇は惜しむと味は半減する。そこだけは変えてはいけないものなのかもしれない。そういえば、先日、丸太町通の「くまのワインハウス」で食べた「フェンネルえだまめ」がなんとも美味しかった。ゆでたえだまめをオリーブオイルとフェンネルでさっとソテーしているのだろうか。フェンネルの爽やかな香りがえだまめの皮にまとわりついていて、口に入れるとすっと香りがぬける。ワインとの相性を大切にしていることが感じられる。ほかにも人参サラダや和牛料理を注文して、たらふく食べた。店主の長谷川琢馬さんとは、彼が以前サービスを務めていた北大路のビストロでお会いしたことがあった。当時からものごし柔らかな方だと思っていたが、それは今も変わらない。いや、さらに柔らかに、そして親身になっておられる。この料理にはどんなワインが合うかなど、丁寧に説明してくれるから、ついワインも進む。素材重視の料理はもちろんワインのラインナップもナチュラル重視で気持ちいい。するすると食べて、ゴクゴク飲んでも、すっきり感が続くのだ。えだまめも、こんなお店で調理してもらえれば、きっと本望。「とりあえずのおつまみ」なんて言わせない、堂々の料理として登場する。■北尾商事株式会社 通信販売部京都市下京区西七条南中野町470120-877-6009時〜17時30分休 土曜・日曜・祝http://www.kitaoshoji.co.jp/■くまのワインハウス京都市左京区東丸太町41-7 丸太町東大小路西入ル075-285-100118時~24時休 水曜
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.08.25
「薬味」
薬味と言って思い浮かべるものはたくさんある。葱、生姜、大葉、茗荷、大根おろし、パクチー、山葵、かいわれ大根などなど・・・ほんとうにたくさんあるけれど、それぞれを料理や季節によって使い分けることが多い。冷奴なら生姜にネギ、素麺なら大葉と茗荷など組み合わせを変えて、違った味わいと食感を楽しむ。造りにちょんと山葵をのせるだけで辛味が合わさって、より魚の新鮮さを感じられたり、淡泊な味わいの素麺などは、逆に薬味がさまざまな風味を生んでくれたり。どんな薬味を選ぶかで料理の味わいは大きく変わる。だからというか、やはりというか、薬味は料理に欠かせないもの。なくてはならないものなのだ。そして、薬味のもうひとつの大きな役割は、その薬効である。いや、なかには味というより薬効成分があるからこそ、薬味を料理とともに味わう人もいるかもしれない。たとえば、葱には、殺菌作用や血流促進、発汗作用、疲労回復、風邪予防などに効果があるといわれている。また独特の香りが肉や魚の臭みをとってくれる。つまり、葱はシャキシャキとした食感もあって料理を一味違うものにしてくれるうえ、体にもいい。なにかにつけて料理とともに味わいたい香味野菜なのだ。最近よく薬味として使うのは、パクチーやクレソン。パクチーを鯛の昆布締めとトマトに合わせると、なんだかエスニックな風味になる。クレソンを刻んでお鍋の薬味にすると、独特の苦味や香りがあって、出汁を和から洋へと変えてくれる。ちなみに、私が一番好きな薬味は茗荷である。茗荷は「花みょうが」とも呼ばれ、赤紫色のふっくらとしたものは開花前の蕾にあたるそうだ。シャキシャキとした歯ざわりが特徴で、夏ならば冷奴、素麺、サラダ、酢の物、煮物など、いろいろな料理にしてその爽やかな香味を味わう。最近はまっている糠漬けにもしたが、なかなか乙な味わいだった。冷え性やむくみの改善、消化促進、食欲減退のほか、体を適度に冷やす効果もあるから、熱中症や夏バテ予防にもいいという。ほぼ日本全域で栽培され、「花みょうが」が出回るのは6月~10月頃。葉の部分を柔らかく栽培した「みょうがたけ」は京都が産地で、こちらも薬味としても用いられる。先日、友人と「家ご飯を愉しもう」ということになり、「じき宮ざわ」の「明石鱧の薬膳鍋」を取り寄せてみた。鍋セットの蓋を開けて驚いたのは、芸術品のように食材が美しく盛り込まれていることだった。そして、なんと薬味や野菜も多いこと。茗荷、葱、生姜、オクラ、蓮根、椎茸...。オクラや蓮根は薬味というより具材といったほうがいいのかもしれないが、それぞれ違った食感や風味で鱧や鶏団子を引き立ててくれた。だしには、炒った古代米や陳皮、クコの実、棗、丁子、山椒など十三種の薬膳が入っていて、温めると体にじんわり効きそうな香りが立ち上がってくる。だが、その香りは薬膳といっても薬臭さはなく、優しい和の風味、旨味がしっかりと残っている。まずは、細く薄く切られた蓮根や牛蒡、葱を入れ、それらが柔らかくなったら、ふっくらした鱧をしゃぶしゃぶして味わう。出汁も具材もあまりに美味しくて、あっという間に〆のうどんに辿り着いた。出汁とともに味わううどんもまた、お腹をじんわり温め満たしてくれる。ところで、「じき宮ざわ」は、錦市場傍にある日本料理の割烹だ。茶懐石を基本としながらも創意に満ちた和食をいただける。かねてより「焼き胡麻豆腐」などおもたせ料理を販売していたが、ほかにも何か家庭で楽しめる料理をと考え、鱧やコチ、鮑などの薬膳鍋を考案したという。夏バテなど体が弱くなる時期だからこそ、食べたい料理だ。お酒の肴になる「晩酌セット」もあって、これがまたいい。自家製からすみ、水なす昆布締、鰆燻製、和牛きんぴら、タコの酢の物の5品がセットになっている。こんなつまみがあったら、いつまででも呑める。料理屋で食事をする時間はもちろん楽しく心弾むが、ときには家族や友人と家で食卓を囲むのもいい。■じき宮ざわ京都市中京区堺町四条上ル東側八百屋町553-1075-213-132612:00~13:45、18:00~20:00(いずれも最終入店)取り寄せはメールで info@jiki-miyazawa.com
中井シノブ
ライター
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.07.22
「鮎」
鮎ほど多くの呼び名をもつ魚が、ほかにあるだろうか。独特の爽やかな香気をもつから「香魚」、一年で一生を終えるから「年魚」、泳いでいる祭に口が銀色に光るから「銀口魚」などなどほかにも。群馬、岐阜、奈良では鮎を県魚に指定していることをみても、鮎がいかに日本人に愛され食されてきたかがわかる。京都でも鴨川などで獲れるほか、滋賀県産の鮎が生きたまま届けられ、6月以降夏の間、多くの料理屋で鮎料理を出す。錦市場の川魚店やスーパーなどで購入できることもあって、家庭でも塩焼きや天ぷらにして食卓に並べる。我が家の鮎料理は、もっぱら稚鮎の塩焼き。洗って振り塩し、網の上でさっと焼く。料理屋では蓼酢が添えられるが、うちでは何もつけず熱々をそのままパクリといく。鮎は草食で臭みがなく、スイカやキュウリのような爽やかな青々しい香りがすると一般的には言われている。ただ、私がスーパーで買うものは養殖だからだろうか、それほど青々しい香りを感じたことがない。美味しいのは、やはり料理屋で食べる天然もの。まるで泳いでいるかのように串打ちし、皮はパリッと、身はふっくらと炭火で焼いてくれる。以前、料理屋のご主人がおっしゃっていたが、本来魚は造りが最上の料理とされるが、鮎だけは別で、塩焼きが上等なのだという。確かに、独特の香りや内臓の苦味を一番堪能できる。私も数えきれないくらい?鮎を食べてきた。稚鮎などは一度に10尾ほど食べることもある(笑)。どこでいただいても、もちろん美味しいのだが...。嵐山の鵜飼い漁の鮎は特別だった。日が暮れた頃に屋形船に乗り込んで、川風に吹かれ待っていると、ドオン、ドオンと太鼓の音とともに、鵜飼いの船が近づいてくる。パチパチと音をたてて爆ぜるかがり火に、古式ゆかしい風折烏帽子装束の鵜匠の姿が照らしだされる。鵜匠が手に握る紐の先には鵜がつながれていて、鵜匠の指図で川にもぐり鮎を獲ってくる。無心に鮎を獲る鵜の姿を見ていると、ほんとうに一所懸命で、思わず「偉いなあ~」という言葉が口をつく。漁の様子は思い描いていた以上にドラマチックで、なんだか江戸時代にタイムスリップした気になった。その日、鵜飼い鑑賞の後に食べた鮎は、いつも以上に美味しく感じられた。ひょっとしたら鵜が獲ったものではなかったかもしれないが...。先日、「新しい料理屋が開業した」とお誘いいただき訪ねた。日本料理と日本酒「惠史(さとし)」だ。店主は、和久傳で長年腕を磨いた保科知史さん。2020年6月に独立して小川通御池に自店を開業した。奥様とおふたりで店を切り盛りされている。おまかせコース1本という割烹が多いなか、この店ではまず3品のおまかせが出て、その後は好みの料理をアラカルトで注文できる和のプリフィクススタイル。すっぽんの煮凝りや造りなどおまかせ3品をいただき、その後、稚鮎南蛮漬や鰻白焼き、いちじく白和えなどあれこれ一品料理をいただいた。どのお料理も丁寧につくられていて、ほっとする味。誠実なご主人の人柄と奥様の家庭的なもてなしも気持ちいい。コースで7品、8品などたくさんは食べれないが、ちゃんとした和食で飲みたいという日にちょうどいい。カウンター7席とテーブル4席というこじんまり加減もほどよく、すっかり腰を据えて飲んでしまった。稚鮎の南蛮漬けは、やはり丁寧な調理がうかがえる料理だった。しっかり体をうねらせお皿の上で泳いでいるような姿が美しい。サクッと揚がってほどよい酢加減。そえられた素麺南瓜のシャキシャキ感が箸を進ませる。「また京都にいい店ができた」と、さっそく東京の友人に自慢した。■日本料理と日本酒 惠史(さとし)京都市中京区宮木町小川通姉小路下ル471-2075-708-632117時~23時不定休
中井シノブ
ライター
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.06.25
「白ずいき」
ずいきは、芋がらともよばれ、八ツ頭や唐の芋、赤芽芋など里芋の葉柄を栽培したもの。表面の皮色によって赤・白・青(緑)の三種類に分けられる。赤ずいきは主に八頭の葉がらで、柔らかなピンク色。青ずいき(緑)は蓮芋の葉がらで、切り口に穴が開いて蓮根に似ていることからハス芋と呼ばれる。そして、白ずいき(白ダツ)。京都の料理屋で一番よく見かけるのが、この白ずいきだ。白ずいきは海老芋や里芋などの葉がらで、日が当たらないよう軟白栽培する。えぐみが無くて淡泊な味付けに適しているから、和え物、酢の物、煮物などにしてシャキシャキとした食感と淡麗な味を楽しむのだ。京都の家庭では、ずいきの炊いたんや酢の物がよく食べられるが、母も、夏になるとずいきと油揚げの煮物をよく作ってくれた。おそらく赤ずいきか青ずいきだったのだと思う。奈良の日本料理店「白(つくも)」さんでいただいた、「白ずいきの一品」奈良の伝統野菜「軟白ずいき」などは、丈の低いうちから新聞紙等で包んで光を遮り栽培する手間のかかるもの。その分、ほかのずいきに比べて高級だから、なかなか一般のスーパーなどには出回らないのだ。淡泊でカロリーも低そうな白ずいきは、栄養価的にはどうなのだろう?調べてみると、思った通りというか、カロリーは100gで12kcalとわずか。そのほとんどは水分なのだが、次に多いのが不溶性食物繊維。そう、腸を調えてくれる食物繊維が豊富なのだ。免疫力をアップするには、腸を調えることが一番ともいわれているから、夏バテなどで体が弱りそうな時にこそ食べたい食材なのである!ちなみに、京都の北野天満宮で催される「ずいき祭」をみなさんは、ご存知だろうか?1年の五穀豊穣を感謝する祭で神前に新穀、野菜、果実などを供えたのが始まりだという。このお祭りは毎年10月に執り行われるが、白ずいきが出回るのは6月~9月の夏の間なのだ。さて、そんな栄養効果もある白ずいきを、どんな料理で食べたいかと問われると、私は迷わず「胡麻和え」と答えるだろう。もちろん、白ずいき自体をちゃんと食べるようになったのは、大人になってから。というか、家のおかずではなく日本料理として美味しいと思うようになったのは、自分で料理屋に行けるようになってから。そんななかで、大好物になったのが、この「胡麻和え」なのだ。とりわけ、「食堂おがわ」の「白ずいきの胡麻和え」は、いつ食べても、何度食べても感動のある一品。はんなりとしながらもシャクッとした白ずいきに濃厚なクリームのような胡麻ペーストがとろりとかかっている。胡麻ペーストのほのかな甘みや香ばしい風味がからまる贅沢な味。家庭では決して食べられない極上料理だ。「食堂おがわ」は、言わずと知れた京都の人気店。予約がとりづらいと言われる店でもある。私も、運よく予約がとれたなら、「あれも食べよう、これも食べよう」と思い浮かべ、その日が来るのを心待ちにしてしまう。だから、必ず注文する料理も多い。とりの唐揚げ、だし巻、夏なら毛蟹、鱧のつくり、鯖寿司...。壁にかかった黒板メニューも見るが、行く前から頭の中に食べたいものをたくさんメモっているから、迷うこともほとんどない。あとは、何人でいくか、誰といくかなのだが...。この店なら全く知らない人と行っても絶対に愉しめるだろうと思ってしまう。料理が目の前でできあがっていくライブ感はもちろんのこと、心弾む料理の味やコストパフォーマンスの高さなど、ここだけでしか味わえない幸福感が満ちる稀少な一軒なのである。■食堂おがわ京都市下京区西木屋町四条下る船頭町204 1F17:30~23:30(L.O.22:30)定休日 水曜、月最後の火曜
中井シノブ
ライター
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.05.31
「さざえ」
幼い頃、夏の旅行は、ほぼほぼ天橋立か伊勢志摩だった。両親が海好きだったのだろうか? 単に新鮮な海の幸を食べたかったからだろうか? そういえば、母と鮨屋に行くと、「ミル貝」「赤貝」「はまぐり」と、母は貝ばかり注文していた。貝の英才教育を受けたようなものだ。 伊勢志摩では、浜焼きの「さざえ」や「大あさり」の香ばしい醤油の香りに惹かれて海遊びの合間に食べ、天橋立では旅館で魚貝類の船盛りを食べた。昭和の贅沢を絵に描いたような旅行だった。 当時は、「さざえとは、なんと不思議な食べ物だろう」と思っていた。とげとげと角?が生えたような姿。刺身で食べるとコリコリとして噛みづらい。おまけに身の最後についているワタ(肝)はなんとも不思議な形で苦い...。初めて食べたときは、ほんの少しギョッとした。だが普段の晩御飯でも、おかずに「なまこ」や「飯蛸」がでる家だったから、「さざえ」の味にもすぐに慣れたというか、好きになった。 「さざえ」は、5月から8月にかけてが旬の貝。ゴールデンウィークや夏休みに食べた思い出が多い。産卵前の肥えた時期が美味しいと言われ、8月になると身が痩せてしまう。つまり、できれば初夏の間に食べておきたい貝なのだ。 ちなみに、ワタが緑色ならメス、白っぽいのがオスで、緑色のメスのワタにより苦味があるそうだ。バーベキューなどで壺焼きにするのと料理屋で食べるのとで味が違うのは、料理屋ではいったん茹でたり、雑味のある部分をとり除いたりと下処理をするから。家庭でも、しっかり下処理すれば、より上品な味になる。 さっと洗って網に乗せ、ぐつぐつと泡立ってきたところに酒と醤油をさっとかけて食べると磯の香りが口いっぱいに。ガーリックバターを落としてエスカルゴ風にしたり、オリーブオイルとバジルでイタリアン風味にしたりとアレンジするのもいい。 ビタミンB1やB2、肝機能に良いとされるタウリンも豊富だから、酒の肴にぴったり!?な料理だろう。ところで...「さざえは壺焼きだ!」と思っていた私の常識を、一口で変えてしまった料理がある。それは、御池間之町にある酒亭「笹蔵」の「さざえの唐揚げ」である。 店主の西村陽三さんが、「夏にサックリ食べられる揚物を」と考えたとき、「ふぐの唐揚げ」の衣で「さざえ」を揚げることを思いついた。店でだしてみるとこれが好評で、以来、夏の名物になったそうだ。衣はサクッとして身はやわらかく、塩胡椒だけという衣の味加減も抜群。一度食べたらやみつきになる。間之町から細い路地をたどった突き当りに、「笹蔵」の渋い暖簾が揺れている。ご主人の西村陽三さんはもと寿司職人で、自分の店を開いてからでも30年になるというベテランだ。手ぬぐいをねじった鉢巻がトレードマークで、自分で目利きした新鮮な魚や旨いものしか仕入れないという、ある意味頑固な人。だが、ものごし柔らかでいつも笑顔。優しい「いらっしゃい」に迎えられると、ほっとする。 先日もFacebookに自分でつくった鮪料理をアップしたら、西村さんが「マグロは山葵もいいけれど、カラシ醤油で和え、もみ海苔をパラパラとかけて食べると、鮪の甘味が際立って美味しいですよ」とDMで教えてくださった。「料理が大好き、人が大好き」、心底、尊敬する料理人のおひとりだ。 さて、「さざえの唐揚げ」の話にもどるが、唐揚げを食べ終えると、ワタを醤油バターで壺焼きにしてくれる。さらに、お願いすれば少量のご飯を一緒にだしてくれる。肝の風味の醤油バターをご飯にかけて食べる美味しさといったら。最近の私は、「さざえ」はこの店で食べると決めている。 「さざえ」の身が肥えている間に一度といわず二度、三度。夕暮れ時に暖簾をくぐりたい。 ■酒亭 笹蔵京都市中京区御池通間ノ町上ル高田町509075-252-321018時~23時(早仕舞の日もあるので要確認)休 日曜
中井シノブ
ライター
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.04.07
「ほたるいか」
ほたるいかといえば富山...と多くの人が思う。実際に漁獲量は、富山県や兵庫県が多い。だが、日本海側の広い範囲でほたるいかは生息し、京都府丹後近辺でも春季には底曳網で獲れるそうだ。「ほたる」という名が付いたのは、小さな体の至るところに500~1000個もの発光器があって、それがほたるのように青白く光るから。以前、富山を訪ねた際に日本で唯一の「ほたるいかミュージアム」を見学した(笑)ちょうどほたるいかの漁獲シーズン(3月末~5月)で、ほたるいかの発光ショーを見ることができたのだが、思った以上にきれいで幻想的。それでも、やっぱり「美味しそう!」と思って観てしまったのだが。私たちが食べているほたるいかは、すべて産卵前のメス。産卵するために、深海から浅いところへ移動してきたところを獲るのだという。目や肌に良いレチノール(ビタミンA)や生活習慣病の予防につながるビタミンE、肝臓の働きを助けるタウリンなどが含まれ栄養豊富。5月末までの旬の時季にはスーパーなどにも並ぶので、たっぷり食べたいところである。傷みが早いこともあり、基本的には水揚げしてすぐ浜で釜茹でして出荷される。浜茹でされたものをそのまま酢味噌や生姜醤油で食べるほか、天ぷらやフライ、パスタの具材にとさまざまな料理で味わえる。烏丸御池からもすぐの和食イタリアン「To.」で出合ったのが写真の「ほたるいかの餃子」だ。中のほたるいかを見せられなくてごめんなさい。一口でパクっと食べてしまった...。 サクッとした皮とプリッとしたホタルイカの食感ギャップや野菜とからまるほたるいかのほの甘さ。添えられたふきのとう味噌をつけると、苦味も加わって、なんとも大人な味わい。ビールにもハイボールにも合う!「To.」は、日本の風土で育まれた食材を用いるイタリアン「fudo」の2号店として2020年1月にオープンした。和食イタリアンと書いたが、どちらかというと和食寄り。和食にイタリアンのテイストを何かしら盛り込んだ料理がメインの、和の「イノベーティブ」店だ。「fudo」のオーナーシェフ入江哲生さんが、2号店として「居酒屋のように気軽な店をつくりたい」と考えていたときに、京都のカフェで腕を奮っていた吉田伸介さんと知り合い、意気投合してこの店の話がまとまった。 ところが「今の店の引継ぎをちゃんとしたいから、1年待ってほしい」と吉田さんは言ったそうだ。1年は相当長いから、普通なら「ほかの料理人を探そう」となるところ、入江さんは、その誠実さに心打たれ、吉田さんを待つことにした。それから1年、ふたりが思う内装やメニューを実現させ「作りたかった店」が誕生した。この話を聞いたとき、「なんと良い話だろう」と思った。 マンションの1階を店にしたのは、「まずは半径500Mに暮らす人を美味しいもので幸せにしたい」から。「ご近所さんがふらりと立ち寄って自分のダイニングのように使ってくださったらうれしい」と吉田さんは言う。 写真はスペシャリテ(お通し)、フィンガーフードの「八to 橋」。八ッ橋で鴨のテリーヌを挟んだもの。上にのっかっているのは、ウコンチップス。これを食べれば深酒も安心?ということ?ほかにも、イタリアのマルサラ酒で煮込んだ「豚の角煮」や器のなかでカプレーゼを再構築した「ストラッチャテッラのカプレーゼ」など、オリジナル料理ばかり。カプレーゼには、穂紫蘇がちらされ、なんとも風雅。ほかでは食べたことがない味に驚かされる。 「和食もいいけど、イタリアンもね」という日に訪ねたい新店だ。■To.京都市中京区御池高田町500 ポポラーレ御池1階075-708-372017時~24時(23時LO)休 木曜日+不定休
中井シノブ
ライター
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.03.07
「湯葉」
精進料理は、鎌倉時代に道元禅師や栄西禅師によって宋(現在の中国)から京にもたらされたと伝えられる。おそらく湯葉も、そのタイミングで持ち帰られたのだろう。 中国で豆腐や湯葉が誕生したのは、およそ2千年も前で、湯葉は豆腐をつくる際の副産物だったともいわれている。豆腐をつくるために温かい豆乳を桶に入れて置いていたところ、表面に膜がはって湯葉ができていたそうだ。はじめて食べた人は本当に勇気がある。私だったら、そんな膜はおもわず引っ剥がして捨ててしまうだろう。 江戸時代になると、精進料理だけでなく一般的な料理にも湯葉は用いられるようになった。なめらかな口当たりと香ばしい大豆の風味、栄養価も高いとあって、今も人気の食材だ。 豆乳の濃度が濃いうちにつまんで汲み上げる「汲み上げ湯葉」のほか、表面に張った膜を引き上げ、乾燥させずにそのまま食べる「生湯葉」、引き上げた後に乾燥させる「乾燥湯葉(干湯葉)」など、多彩な湯葉が専門店の店頭に並ぶ。 「汲み上げ湯葉」は濃い大豆の風味と甘味もあってミルキー、「生湯葉」は淡泊でなめらか。いずれも、醤油と山葵でそのまま味わうほか、和え物にしたり、あんかけにしたりとさまざまな料理で美味しく味わえる。京都に観光で来られる方は、「汲み上げ湯葉」や「生湯葉」をお土産に買って帰られることが多いが、私のおすすめは常備できる「乾燥湯葉」だ。お味噌汁や鍋物、煮物に入れると生湯葉とはまた違った、しっかりとした食感や深い大豆の味を楽しめる。 さらに言うなら、実は生よりも乾燥のほうが、栄養価が高い。たんぱく質やカルシウムは生の倍ほどもある。脂質や糖質も乾燥のほうが高いから、その分味にコクがある。お湯で戻してサラダやオムレツ、うどんの具材などにする。 最近私は、フリーズドライのお味噌汁と一緒に乾燥の小巻湯葉を入れ、お湯を注ぐだけというズボラ味噌汁にはまっている。柔らかくなり過ぎず、味噌の味を含んでとっても美味。邪道と思いつつもやめられない。ところで、みなさんは甘湯葉をご存知だろうか?何度も湯葉を引き上げて、豆乳が少なくなって濃くなったときにできるのが甘湯葉だ。あまり知られていないが、名前の通りほんとうに甘くて滋味深い。そのまま食べてもいいし、サッと素揚げにしてチップスにしてもいい。私はビールやハイボールのツマミとして食べることが多い。 先日うかがったホテルの朝ごはんにこの甘湯葉が登場して驚いた。色とりどりの野菜サラダに甘湯葉が添えられていたのだ。パリッと割って野菜と一緒に食べてもいいし、そのまま齧って食感や風味を楽しんでもいい。なんとも京都らしい朝ごはんだと思った。「東山 四季花木」は、2019年11月にオープンしたばかり。全8室のスモールラグジュアリーホテルである。地下鉄「東山駅」のほぼ真上。岡崎や東山への観光に最適なロケーションで、観光にもってこい。1室ごとに間取りや家具・調度が違い、好みの部屋を選べるのもいい。 洗練された雰囲気ながらもホッと落ち着けるのは、自然木や石材をできるかぎり使い、唐紙や障子、格子といった和の要素も取り入れるからだろうか。 ホテルオーナーの川上さん夫妻は、ご主人が一級建築士、奥様がインテリアコーディネータ―という建築のプロ。数々のホテルを手掛け、世界各地へ旅するなかで「いつか自分たちの目線で、好みに合うホテルをつくりたい」と思ったそうだ。構想10年以上、2年の歳月をかけて、想いを込めたホテルを開業した。朝ごはんは、京都産を中心にした新鮮野菜のサラダ、湯波半の甘湯葉美山のプレーンヨーグルト、花かごパン製のパンを数種、大原・山田農園の半熟卵季節のジュース、walden woods kyotoのコーヒーなど、秀逸な食材を集めたプリミティブなもの。野菜中心だから完食しても体は軽い。 なかなか自分ではここまでの朝ごはんはつくれないから、時間をかけ優雅にじっくり味わった。 ただし、朝ごはんは宿泊者のみいただけるメニュー。京都に暮らしているとそうそう宿泊もできないが、旅の方にはぜひともこの充実の朝食を味わっていただきたい。■東山 四季花木京都市東山区三条通白川橋西入今小路町85-1075-744-6654https://www.shikikaboku.jp
中井シノブ
ライター
-
BLOG京のほっこり菜時記
2020.02.08
「水菜」
水菜は由緒ただしい京の伝統野菜のひとつ。明治から大正にかけて栽培地が拡大し、今では、大阪、滋賀、和歌山など関西だけでなく関東でも栽培されている。本来は冬の時季に収穫される冬野菜のひとつなのだが、ハウス栽培されるようになり九条ねぎとともに通年食べられる野菜になった。水菜が冬の京野菜だということを、忘れてしまうほどだ。ただし、より美味しいものを食べたいならやっぱり冬の露地物。冷え込む京都盆地で育つ水菜は旨味が凝縮しているうえ瑞々しい。水菜は、古くは千筋菜や京菜と呼ばれ、山城など京都南西部で育てられたそうだ。低湿な土地で肥料をことさら用いず、畦に水を貯めて育てたことから水菜と呼ばれるようになった。水菜という記載が見られるのは1645年に刊行された「毛吹草」で、実際にはもっと以前からつくられていたのだろう。京野菜には水菜に似た壬生菜もある。葉に切れ込みがあるのが水菜、切れ込みがなくヘラのような形をしているのが壬生菜。こちらは水菜の変種で、そのほとんどは現在も京都南部で栽培されている。やわらかいのにシャキシャキとした食感のある水菜は、サラダにして生で食べても、ハリハリ鍋や煮物にしても美味しく味わえる。冷蔵庫に水菜があれば、ザクザク切ってオリーブオイルと塩で和えたサラダを簡単につくれて便利。冬の間は常備したい野菜のひとつだ。写真のサラダは、木屋町三条のイタリアン「京都ネーゼ」製。実はこれも水菜の一種でカラシ水菜というそうだ。京都亀岡で栽培されたものだという。このカラシ水菜以外にも茎が赤い赤水菜もあり、カラフルで美しいことから料理屋でもよく用いられる。カラシ水菜のサラダは、瑞々しくて独特の風味。ピリッとした辛味とかすかな苦味があり、オリーブオイルとバルサミコというシンプルな味付けで個性が引き出されている。トッピングでお願いしたモッツアレラや生ハムとも相性がよく、思わずおかわりしたくなった。ここ「京都ネーゼ」は、店主が見極めて仕入れる食材の味を大切に引き出すイタリアン。店主の森博史さんはイタリアや東京の名店「アルポルト」などで腕を磨き、その後、調理師学校の講師を経て京都の「サンタ マリアノヴェッラ・ティサネリーア」の料理長を務めた。私が森さんと出合ったのも、この頃。「サンタ マリアノヴェッラ・ティサネリーア」がオープンしてすぐにうかがったのだ。もちろん、森さんと面識はなかった。調理をしながらも、森さんはカウンターに座る客に料理の説明をしたり、好みを聞いたりと丁寧な対応をしていらした。きめ細かなサービスをされる方だなあと思った。食後にハーブティーを選ぶと、いくつか茶葉を前に並べて詳しく説明してくださった。料理はどれも本当に美味しかったが、それ以上に森博史という料理人が放つ「料理が好き、人が好き」というオーラに惹かれた。それから15年ほどになるだろうか。「京都ネーゼ」を開かれてからも森さんはちっとも変わらない。店にうかがうと、丁寧に料理や食材について説明してくださったり、お腹具合を聞いて量を加減してくださったり。とにかく客想いで、心地いい。16席のカウンター全ての客の様子を見て声をかける姿は、ほんとうに自然体で。ここにいることを心から楽しんでいることがよくわかる。透けるほどに薄くスライスして口どけるような生ハムや、京都山田農園の濃厚な玉子を使ったカルボナーラなど名物も多い。この店でしか食べられないものがあるから、何度も訪ねたくなる。先日、お店を訪ねた後、森さんから「お互い健康で、おじいちゃん、おばあちゃんになってもよろしくお願いします」とメッセージが届いた。望むところです。いつまでも、美味しいパスタや水菜のサラダ食べさせてください!■京都ネーゼ京都市中京区三条木屋町上る三軒目 三条木屋町ビル3階075-212-212918:00~23:00(L.O.)休 日曜及び不定休
中井シノブ
ライター
- ALL
- - 料亭割烹探偵団
- - 食知新
- - 京都美酒知新
- - 京のとろみ
- - うつわ知新
- - 「木乃婦」髙橋拓児の「精進料理知新」
- - 「割烹知新」~次代を切り拓く奇想の一皿~
- - 村田吉弘の和食知新
- - 料亭コンシェルジュ
- - 堀江貴文が惚れた店
- - 小山薫堂が惚れた店
- - 外国人料理人奮闘記
- - フォーリンデブはっしーの京都グルメ知新!
- - 京都知新弁当&コースが食べられる店
- - 京の会長&社長めし
- - 美人スイーツ イケメンでざーと
- - 料理人がオフに通う店
- - 京のほっこり菜時記
- - 京都グルメタクシー ドライバー日記
- - きょうもへべれけ でぶっちょライターの酒のふと道
- - 本Pのクリエイティブ食事術