料理人がオフに通う店
「旨い店は料理人に聞け!」食材を見る目や鋭い舌をもつ料理人が選ぶ店なら、決して外れがないことでしょう。 京都を代表する料理人がオフの日に通う店、心から薦めたいと思う店とは?
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2019.06.13
「食堂おがわ」―「洋食おがた」緒方博行さんが通う店
「洋食おがた」緒方博行さん《プロフィール》熊本県出身。熊本のニュースカイホテル、長崎ハウステンボス内のホテルヨーロッパなどを経て、肉料理で名高い京都の「ビストロ セプト」の料理長をオープンから6年間務める。2015年に独立、「洋食おがた」を開き、ハンバーグやエビフライなどの本格的な洋食に、和のテイストを加えたメニューなどを、カウンターの"洋食割烹"スタイルで提供する。尾崎牛や平井牛、焼津の「サスエ前田魚店」から取り寄せる魚、鹿児島県の「ふくとめ小牧場」の幸福豚など、全国各地の厳選した素材で「大人の洋食」をつくり上げる。仕事終わりに、ひとりでふらり。大人のにぎやかさに酔いしれる「たまらなく出汁を身体が欲しているとき、仕事帰りにふらりと訪ねるのが『食堂おがわ』さんです。予約の取れない店ですが、21時ごろだと、ひとりなら席が空いていることがあるんです」木屋町四条の細い路地に、夜になると灯りをともす「食堂おがわ」。のれんをくぐると、思い思いに料理と酒を楽しむ大人たちが、夜ごとカウンターを囲む。 「洋食おがたもカウンターメインですので、割烹スタイルの勉強にもなるんですよね。おがわさんは、いつうかがってもお客さんでにぎわっていますが、決してうるさくはありません。ほどよいガヤガヤ感が居心地いいんです。お料理をつまみながら日本酒をいただいて、顔見知りのお客様がいらっしゃったらお話ししながら、2時間くらいすごしているんですが、だんだん自分が料理人であることを忘れてしまいます(笑)」 「店主の小川真太郎さんは、ひとりでもちょうどいい量で料理を出してくださいます」という緒方さんの言葉に、小川さんは「量はかなり意識しています。おひとりごとに分量を変えたり、シェアしてお出ししたり」と応える。「うちのメニューの7割は定番です。そこに季節の魚が入ってきます。しょうがかきあげ(税別700円)、やはた巻(税別1600円)など人気が高いですね。ぐじの料理は例外としても、ほかはどれほど高くても、基本的に2000円までに納めるようにしています。アラカルトで食べて飲んで少々無茶しても、想像できる予算内で召し上がっていただきたくて」(小川さん)数あるメニューのなかで、緒方さんのお気に入りのひとつが、うどてっぱい(税別700円)。うど、わけぎ、赤貝(日によってタコやバイ貝など)を、白味噌と卵の黄身に酢をまぜあわせた酢味噌とからしで和える。「目の前でつくられていくライブ感がいいんですよ。うどはしゃきしゃきとしていて、具材が酢味噌とよい塩梅でなじんでいます」(緒方さん)ぐじのおつくり(税別2500円)は、口の中に甘みのあるねっとりとした食感が広がる。緒方さんは「おがわさんのおつくりの魚は、とても鮮度がいいんです」と絶賛する。 「毎日市場で魚を見て触っています。市場で出会う料理人の方々との情報交換も有意義ですね。でも何よりお客様の反応がいちばん参考になります」(小川さん)「緒方さんがえらく褒めてくださった」と小川さんが言うのが、うど天ぷら(税別1000円)。1本丸ごと揚げたうどを手渡しされ、丸かじりする。サクッとした食感と、みずみずしさのなかにほのかな苦みがあり、なんとも春らしい。 ふんわりと巻きあがった、だしまき(税別500円)には、和食の手法が取り入れられているという。「かつお節を利かせすぎず、昆布を利かせています。そうすると、すっと透き通った、切れのある味わいになるんです」(小川さん)福岡県出身の小川さんは、20代前半に京都へやってきて、仕出し屋に勤めはじめる。しかし、なかなか調理に関わることができず、岡持ちを運ぶ日々を重ねていたそうだ。そこで6年目に一念発起して、先斗町の割烹「余志屋」へ。3年後には祇園「さ々木」でも修業を重ね、2009年に独立を果たした。 「店名に"食堂"と付けているように、食堂や居酒屋みたいに気軽に入れるようにしたい。でも料理はくだけすぎず、ちゃんとした味の和食を食べられる店でありたい。つまり自分が行きたい店をつくったんです(笑)」(小川さん)緒方さんと小川さんは、ワインバーの客同士として出会い、お互いの店を訪ねるようになったという。 「2009年にオープンして1年経たぬ間に、もらい火による火災でお店が焼けてしまったんです。意気消沈している私を緒方さんはなぐさめて、相談にのってくださいました。料理人としても知識の豊富な、とてもありがたい先輩です。肉の火入れなど、和食以外のことや、わからないことがあったらいつも頼っています。日本酒についてもよくご存じなので、緒方さんに教えていただくこともしょっちゅうです」(小川さん)緒方さんにとっても、小川さんは大切な存在だ。 「2010年に今の場所に移転されてから、瞬く間に大人気になって、なかなか入ることができなかったんです。今もそういう状況は続いていますが、落ち着いた時間帯を狙ってちょくちょく顔をだせるようになりました。小川さんとは、7~8人の料理人仲間と一緒に、年に1回、"大人の修学旅行"と称して名古屋や静岡まで食事に行っています。そうしてお店以外でも共に見地を深められる関係でいられるのが、とてもうれしいですね」(緒方さん) 撮影 津久井珠美 文 竹中式子■食堂おがわ京都市下京区西木屋町四条下る船頭町204 1F 17:30~23:30(L.O.22:30)定休日 水曜、月最後の火曜
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2019.05.17
「ヒダマリーノ」―「リストリア ラディーチェ」根本義彦さんが通う店
「リストリア ラディーチェ」根本義彦さんプロフィール高校の調理科で学ぶかたわら、15歳から滋賀県彦根の割烹で日本料理の修業をはじめる。卒業後は「浜作」に4年弱勤め、北新地の割烹へ。25歳の時に系列店の料理長の打診があったが、「もっと料理を学びたい」と一念発起してイタリアンの世界へ。29歳でイタリアへ渡り2年、現地の味を学んだのち帰国。木屋町のイタリアン「Vineria t.v.b(ヴィネリア ティー・ヴイ・ビー)」でシェフを務めたのち、2013年に独立し、「カジュアルな雰囲気で、本格派のイタリアンを提供する店」をテーマとした造語「リストリア(リストランテ+トラットリア)」スタイルのラディーチェをオープンした。 フレンチの軽やかさを伝える、心強い同世代青々と茂った緑の奥に、ポッとあたたかな木の扉が浮かびあがる。京都の繁華街にありながら、森のレストランといった風情の「ヒダマリーノ」。"陽だまり"だと日本料理っぽいが、"~ノ"をつけることで洋のイメージを出したというヒダマリーノの天井にはぶどうのツルが這い、壁のタイルには幸福の四つ葉のクローバーがあしらわれている。店内もマイナスイオンが溢れる森のようだ。そしてその森のなかで、陽だまりのような笑顔のシェフが出迎えてくれた。「オーナーシェフの桝村浩史さんに出会うまでは、フレンチはフランス人に対する一方的なイメージで恐縮ですが、肩ひじ張ったちょっと気難しいものだと思っていました。でも桝村さんのつくるフレンチは、そのあたたかな性格がお皿にも現れていて、重すぎず、軽すぎず、ちょうどいい塩梅で、"こんなフレンチがあるんだ"と教えられました」パーティションで個室にもなるテーブル席を抜けると――。カウンター席が現れ、華麗な皿を生みだしていく桝村さんの様子が楽しめる。「桝村さんの仕事はとても丁寧です。そしてイタリアンにはない美しさがあります」という根本さんの言葉を聞いた桝村さんは、「お客様が料理をご覧になって"きれい!"と言ってくださると、"作っているのはこんな顔なんですけどね"というのが定番の持ちネタです(笑)」と笑う。根本さんのその言葉がよくわかる「うすいえんどう豆のムース」。ムースの上には蛤、ホタテ、北寄貝、アサリといった季節の貝のマリネが。そして貝の出汁の泡とジュレがふんわりとかかる。大人の深みと、少女の軽やかさを兼ね備えたかのような一皿。とうもろこしやブロッコリー、じゃがいもなど旬の素材を使ったムースは、毎月の定番で好評の前菜だ。日本料理からイタリアンへ転身した経歴を持つ根本さんは、「やっぱり、魚料理は気になるんですよね」と言う。「イタリアンではバターを使わないのですが、フレンチではバターが大切です。桝村さんも魚料理のソースにバターを使用されますが、やっぱりこれもほどよい軽さがあるんで驚きます。火入れも私好みです。そしてつけあわせにも、とても気が配られています」(根本さん)「金目鯛のソテー」は40度の低温で火を入れて、テーブルに出す直前にバターとオリーブオイルで表面をソテー。そうすることでバターの風味が香る、春にふさわしい魚料理だ。「つけあわせは、一つの食材に対してさまざまなアプローチをしてつくり上げています。今回は"キャベツ"です。① 新キャベツのペースト。自家製ベーコンに魚の出汁をブレゼして② 葉キャベツのフリット。青々とした葉キャベツは、フリットにすると青のりに似た風味に。あおさ海苔のソースと味わいがマッチし、パリパリとした食感も楽しめる③ 芽キャベツのロースト。春を代表するキャベツは、ローストすると甘みが増す3種類のキャベツを用いました」「トマトを直接パンに塗るのが面白いんですよ! 初めて見たときは、その食べ方にビックリしました」根本さんが目を丸くした「ヒダマリのバゲット」はコースの中ほどに挟まれる。「実はこれ、スペインの家庭料理"パンコントマテ"なんです。パリのレストランで出合い、さわやかにパンを食べることができると、取り入れました」バゲットに青森産のニンニクを、次に高知のピュアトマトを直接こすり塗る。分量はそれぞれお好みで。最後に青いトマトのような風味のシチリア産オリーブオイルと、糸島の「またいちの塩」をかけていただく。半信半疑なままこすりつけたが、思った以上にパンにニンニクとトマトの味がしっかりとつき、軽やかな味わいにいくつでも食べたくなる。「本来、パンコントマテは、すでにニンニクとトマトが塗られた状態でテーブルに運ばれます。でもお客様ご自身で塗ると楽しくありませんか? 美味しいパンを遊び心のある食べ方で召し上がっていただきたくて、このスタイルでお出ししています」(桝村さん)ワインや京銘茶とのペアリングにも定評のある桝村さんは、京都で修業を積み、大阪のワインダイニングを経て、生まれ故郷の京都へ戻った。そして、2014年にヒダマリーノをオープン。イタリアンのシェフとともに働いた大阪時代の10年の経験が、今の軽やかなフレンチへつながっているという。「従来のフレンチには"重い"というイメージがあるかもしれません。それがフレンチのよいところでもあるのですが。でも私は、食べ疲れないことに気をつけています。インパクトが"ある""ない"の紙一重のところで、"ある"になるようにもっていく、その匙加減が難しいところですね」(桝村さん)根本さんと桝村さんは同じ1977年生まれ。実は京都には、77年生まれの料理人がとても多いそうだ。鉄板焼き「祇園 一道」関孝明さん、ワインと和食「ツネオ」岸名裕彦さん、イタリアンレストラン「フィオリスカ」渡部孝一さん――40人近い同年代が、年に2回ほど集まって飲み会を開いていた時期があった。「桝村さんが大阪のお店に勤めていらっしゃった頃に、その77年会で出会って意気投合しました。桝村さんはイタリアンの手法についていろいろ質問されます。それがまた、私にとっても"フレンチだったらどうするんだろう?"と興味を引くいい内容で、刺激になるんです。ヒダマリーノもラディーチェも水曜定休なので、休日には一緒にいろいろなお店を巡っていますが、もっぱら料理の話ばかりしています(笑)」(根本さん)そうして語り合ったことが、料理に反映されることも多いと桝村さんは言う。「ほかのジャンルからも、できるだけ吸収していきたいですね。京都という場所で、味も見た目も楽しく、印象に残る料理をつくっていきたいんです」(桝村さん)励ましあい、高めあうことのできる桝村さんは、根本さんにとって大切な同世代なのだ。撮影 鈴木誠一 文 竹中式子■ヒダマリーノ京都市下京区高倉通四条下る高材木町218 075-365-508512:00-15:00(L.O13:00)、18:00-23:00(L.O20:30) 定休日 水曜http://hidamarino.com/index.php
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2019.05.10
「京天神 野口」―「リストリア ラディーチェ」根本義彦さんが通う店
「リストリア ラディーチェ」根本義彦さんプロフィール高校の調理科で学ぶかたわら、15歳から滋賀県彦根の割烹で日本料理の修業をはじめる。卒業後は「浜作」に4年弱勤め、北新地の割烹へ。25歳の時に系列店の料理長の打診があったが、「もっと料理を学びたい」と一念発起してイタリアンの世界へ。29歳でイタリアへ渡り2年、現地の味を学んだのち帰国。木屋町のイタリアン「Vineria t.v.b(ヴィネリア ティー・ヴイ・ビー)」でシェフを務めたのち、2013年に独立し、「カジュアルな雰囲気で、本格派のイタリアンを提供する店」をテーマとした造語「リストリア(リストランテ+トラットリア)」スタイルのラディーチェをオープンした。 頼れる兄貴分の、真似できない魚料理。その妙技に目が釘付け 昼下がりには下校した小学生たちがにぎやかに公園ではしゃぐ姿を目にするが、夜になるとしんっと静まり返る住宅街。その一角にほんのり灯りをともす古民家を訪ねるのは、もはや至難だ。なぜならその古民家の主「京天神 野口」は、京都でも予約困難な和食店だからだ。 根本さんは店主の野口大介さんを兄貴分として慕っている。 「野口さんは1歳年上ということもありますが、後輩思いでとても気にかけてくださるんです。10年ほど前に勤めていた『Vineria t.v.b.』に野口さんがいらっしゃって以来のお付き合いになります。2011年に、先に野口さんが独立され、私が独立するときに相談にのっていただいたことは、今でも感謝しています」 そんな根本さんの言葉に、野口さんは照れに照れながら「兄貴分なんてとんでもない。私は独立して店を持ってから、料理がブレてしまったことがあります。それまでと違って経営と料理の両輪になるわけですから、迷いもいっぱいで不安だらけでした。私も先輩料理人にいいろいろアドバイスをいただいてここまできました。だから根本さんにも、少し先に経験した者として、体験したことや感じたことをお話しさせていただいただけです」と語る。 「季節を映しだす野口さんのお料理は、いつもはずれがなく、"こんな風にするの!?"と驚かされます。この前は5月にうかがったんですけど、今年も行けたらいいなぁ......」(根本さん)写真は、「桜鯛と竹の子と針うどのお椀」。春らしさがお椀のなかに詰まっている。 10年以上の日本料理の経験を持つ根本さんは、魚料理には自信があるが、野口さんにはかなわないという。 「カウンター越しにじっと手元を見たり、直接聞いてみるんですけど、大きく人と違うことはされていないんですよね。でも下処理が普通ではない。それはとてもささやかな部分ですが、それだけで圧倒的に魚が変わるんです」(根本さん) 野口さんにその手法についてたずねてみたが、「うーん、そんなに特別なことはしてないんですよ、本当に」と困り顔。 「意識していることといえば、素直に料理をすることでしょうか。もっと年を重ねて経験を積んだら、素材をいじりすぎない境地に達したいんです。でもまだ今は無理なので、"料理"をしたいんですよね。今日の魚料理は、『のどぐろと平戸の紫雲丹の酢の物』で、酢はジュレ仕立てにしています。のどぐろは焼き物やお椀が多いですが、酢の物にすることは少ないので挑戦してみました。雲丹と酢の物の関係も同じくです。何を食べたか感じていただきたいので、食材はたっぷりと使うようにしています(野口さん) 今、お店では7人ものお弟子さんが、野口さんの元できびきびと修業を積んでいる。 「こちらへは、いつもラディーチェのスタッフを連れていきます。お店の雰囲気、仕事の仕方、そこに宿る志を、ジャンルは違いますが学んでほしいからです。何年も通っていると、出会ったころは新人だったお弟子さんが、会うたびにしっかりと成長されていく姿を拝見するのも、個人的にうれしいんですよね」(根本さん) カウンターの奥には4人までの個室があり、細川護熙氏の書が掛けられている。 「器も素敵なんですよね」と根本さんは感嘆する。 「骨董だけだと重くなるので、現代作家のものや、今日の魚料理を盛りつけたアンティークのガラスなども取り入れています。そうして、コースのなかで器でも緩急をつけているんです。何事もバランスが大切で、器も含めて、店という箱と料理と自分たちがマッチしているかどうか、ですね」(野口さん) カウンター内の和ダンスには、いつもガラス細工を飾るそう。この日はラリックの花瓶が。そういった器の目利きは、最初の修業先であった和久傳で培われた。実はお二人は、10年前の出会いよりもさらに前から、少なからぬ縁があったそうだ。 「実は浜作を辞めるときに、和久傳からもお話があったんです。もし和久傳に行っていたら、野口さんの下で働いてたのかも......と思うと、より親近感がわきます(笑)」(根本さん) 「私が『Vineria t.v.b』を訪れたころは、シェフは根本さんひとり、ホールもひとりと、たったふたりでまわしていて、"すごいな!"と、とても驚きました。それでいて手際もいいし、味も決まっている。性格は情熱的で、でも話しやすい。そのうえ、和食の経験もお持ちで、さらに和久傳のエピソードでしょ? いっそう根本さんに興味を持ったんです」(野口さん) 根本さんは季節ごとに何回かうかがうのが理想的だというが......。 「なかなか予約が取れませんからね......。ラディーチェが休みの水曜を狙います! 初めて食べたときの"美味しい"という感動をずっと与え続けてくれる野口さんの料理は、私にとってかけがえのないものです」(根本さん) 撮影 津久井珠美 文 竹中式子■京天神 野口京都市上京区天神道上ノ下立売上ル北町573-11 075-276-163017:30~21:00定休日 月曜
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2019.04.16
「韓式料理 ピョリヤ」―「一之船入」料理人 魏 禧之さんが通う店
「一之船入」魏 禧之さん《プロフィール》神奈川県横浜市に生まれ、11歳の頃から実家である横浜中華街の湖南料理店「明掦」で働きはじめる。18歳より全国の有名中華料理店で修業を積み、その後中国へわたり特級調理師の資格を取得。帰国後は横浜「萬珍楼」での修業を経て、1996年に京都に「創作中華 一之船入」を開く。風情ある元お茶屋の空間で、身体に優しい中華が味わえると、全国から多くの人々が訪れる。さらに、「魏飯夷堂 三条店」「魏飯夷堂 北新地」をオープン。2017年にはアジア中国料理トップ10シェフ殿堂入りを果たす。 魏 禧之さんのおすすめコメント完全紹介制の韓国料理店ですが、京都知新のサイトをご覧の方には特別にご入店いただけるという、私のとっておきをご紹介します。 前回に続いて女性料理人がきりもりされています。メニューは、月替わりのお鍋のコース1種類のみ。仕事終わりに週1~2回は妻と立ち寄り、わがままを聞いてもらっています。オーナーシェフとはとても長いお付き合いなのですが、その関係はぜひ紹介文をお読みください(笑)。 韓式料理 ピョリヤ 2018年9月にオープンしたばかりのピョリヤは、魏さんのお店「一之船入」からも歩いて5分ほどの河原町御池近くのビル3階にある。 カウンターの中で、きびきびと料理を用意されているのが、オーナーシェフの星野明香さんだ。 「星野さんは京都で長らく、料理教室『サロンドサラン』で韓国料理を教えていらっしゃいます。お母さまから韓国の家庭料理を、そしてソウルの宮中飲食研究院で宮廷料理と伝統料理を学ばれました」 星野さんの生家は京都のキムチ販売の老舗・ほし山で、今は取締役を務めている。キムチの仕事、サロンドサロンでの料理講師、ピョリヤのシェフと3足の草鞋を履いてそれぞれの仕事に邁進。その3つの仕事を貫いているのは「食べるというのは、文字通り人を良くするということ。食事は"健やかな身体"を作るもの」という考えだ。 なので、調味料は工場で大量生産されたものではなく、職人が蔵で丁寧に作ったものを。精製された白砂糖は使用しない。素材がもともと持っている味を引き出すことを心がけている。 月替わりの「鍋コース」7000円(税別)には、鍋を含めてなんと約9品も! 写真の「前菜盛り」はこれで1人前、テーブルに表れたとき思わず「おおっ!」と歓声を上げてしまう。こちらも内容は月替わりだが、だいたい11種類くらい盛られるそう。 「お酒に合う前菜をご用意しています。韓国の伝統的な料理もあれば、アレンジを加えたものも。『芥子和え』(写真中央右)は宮廷料理の一つですが、そこに豚足を加えました。クリームチーズとチャンジャを合わせて、玄米のおこげをクラッカー代わりに召し上がっていただくスタイルは当店オリジナルです(手前右と中央)。分量が多く見えますが、ほとんど野菜なのでおなかが重くはなりません。この前菜盛りだけで2時間ほどお酒を楽しまれるお客様もいらっしゃいます(笑)」(星野さん) 食事の合間には、食欲を促す水キムチがグラスで供される。実はこの水キムチが、魏さんと星野さんの間での議論の元になったとか。 「本来、水キムチは米のとぎ汁と塩だけで発酵させるものです。それだけで十分滋味深いのです。でも日本人にとっては味が薄いからと、日本では昆布を入れて旨みを足すことが主流になっています」(星野さん) 「その昆布を、星野さんも入れるべきか否か? ということで2時間くらい討論しました(笑)」(魏さん) さて決着は......? 「昆布を入れない」でついたそうだ。かぶやリンゴ、ラディッシュ、金時人参など旬の京野菜も漬け込んだ水キムチには、素材の旨みが溶けだしている。※水キムチの提供は月による 今回ご用意いただいた鍋は「ソゴギチョンゴル」。宮廷料理のひとつで、日本人にもなじみのあるすき焼き風だ。玉ねぎ、大根、しいたけ、ネギ、セリ、ワケギ、人参、赤パプリカとたくさんの野菜から水分が出てくるので、出汁の量は控えめ。出汁も昆布と薄口しょうゆのみで、野菜の旨み、甘みを引きたてている。 鍋を火にかけ、野菜がしんなりするまでよくまぜると、熟成肉で有名な中勢以の牛肉に野菜の味が見事にからみあう。お好みで生卵につけて。 ※ご予約の際に「京都知新を見た」とお伝えいただければ、何月でもソゴギチョンゴルを用意していただけます。3日前までに要予約 「私は最近はハイボールばかり飲んでいるのですが、ピョリヤには韓国のお酒も豊富で、妻はマッコリがお気に入りです」(魏さん) 左から、韓国の焼酎の「チョウムチョロム」と「ファヨ」。マッコリの「ポクスンドガ」と「華本生マッコリ」。「ポクスンドガ」はマッコリのシャンパーニュとも言われている生マッコリで、とても珍しい銘柄だ。 穀物をベースとした韓国の伝統酒「プンチョン」。ワインのような味わい。 お酒を選んでいるのは夫の聖司さん。前述の発泡マッコリ「ポクスンドガ」は聖司さんが初めて京都で取り扱った。ワインにも造詣が深く、リーズナブルなものからオーパスワンまで幅広くそろえる。料理に合わせて楽しんでほしいからと、グラスワインの種類も多い。 「おふたりとは、実は30代からの飲み友達なんです。当時は仕事について話すこともなく、何者でもないただの友人として、ディスコで一緒に踊っていました(笑)。 その頃、新町にイタリアンレストラン『アメディオ』をオープンされます。当時はまだ星野さんはお店のお料理にはノータッチでしたが、3年ほど前にイタリアンのシェフが退職され、星野さんが韓国料理を提供するようになりました。その場所が立ち退きになり、移転先のこの場所でピョリヤが誕生したんです」(魏さん) 月替わりの鍋は今までに「タッカンマリ」「ユッケジャンスープのしゃぶしゃぶ」「プデチゲ」などが登場した。 「お店は夜9~10時以降はバータイムになって、鍋のコースは終了です。でも私の店の閉店後にうかがうと、どうしてもバータイムになってしまうんですよね。そこで星野さんにお願いして、特別に鍋だけを出していただいてます。自分の店から海鮮を持っていって、調理してもらうこともあります(笑)」(魏さん) 星野さんは上級食育アドバイザーの資格を持っている。 「コースを通して、栄養をバランスよく摂っていただけるよう構成しています。韓国の宮廷料理は野菜中心の優しい味わいです。みなさんがイメージしている"辛い""味が濃い"というものとは真逆なんです。そんな宮廷料理や伝料理をベースに、一辺倒ではなく飽きないようにいろいろな味付けを工夫しています。そして私は京都で生まれ育ったので、京都の素材も使いたいんです」(星野さん) 「僕の星野さんのイメージは、とても勉強熱心な素晴らしい"料理の先生"です。日本で韓国料理を作ることについて、お互いの意見を語り合うのもとても刺激的です」(魏さん) 長年の友と今、"料理"という舞台で、若い時とはまた違う楽しい時間を共有している――そんな素敵な関係の、魏さんと星野さん夫婦なのだ。 撮影 エディオオムラ 文 竹中式子■韓式料理 ピョリヤ京都市中京区御池通河原町下る 下丸屋町401 福三ビル3F075-221-060518:00~24:00 席が空き次第バータイム(だいたい21:00以降)※バータイムはコース料理は提供されません定休日 月曜。不定休で連休あり※要予約、紹介制(「京都知新を見た」と予約の際にお伝えすれば入店可)
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2019.04.10
「カンティーナ アルコ」―「一之船入」料理人 魏 禧之さんが通う店
「一之船入」魏 禧之さん《プロフィール》神奈川県横浜市に生まれ、11歳の頃から実家である横浜中華街の湖南料理店「明掦」で働きはじめる。18歳より全国の有名中華料理店で修業を積み、その後中国へわたり特級調理師の資格を取得。帰国後は横浜「萬珍楼」での修業を経て、1996年に京都に「創作中華 一之船入」を開く。風情ある元お茶屋の空間で、身体に優しい中華が味わえると、全国から多くの人々が訪れる。さらに、「魏飯夷堂 三条店」「魏飯夷堂 北新地」をオープン。2017年にはアジア中国料理トップ10シェフ殿堂入りを果たす。 料理人おすすめコメント私の店が終わるのが22時。その後はたいてい妻と一緒に食事に行きます。ですので、遅くまで開いていることは、とても重要です。 「オフに通う店」についていろいろ考えたのですが、今回と次回は「女性料理人」が頑張っていらっしゃるお店をテーマに選んでみました。料理を作るにあたっては、優劣ではなく性差は少なからずあります。優しさや繊細さについて、男性料理人とはまた違った表現が店作りでも、皿の上でもなされています。 まず1軒目は、2014年にオープンした、マンマの味をふるまう清水美絵シェフの「カンティーナ アルコ」です。 カンティーナ アルコ魏さんのみならず、料理人たちが夜な夜な集うイタリアンレストランがある。それが「カンティーナ アルコ」だ。 「夜11時頃になると、自分の店の営業を終えた料理人たちが集まってきます。イタリアン、日本料理、フレンチなど彼らのジャンルはさまざまですが、私は先輩なのでワインをみんなにごちそうしなきゃなりません(笑)。お店にあるワインはすべてイタリア産。夜2時くらいまで呑んで、語って、朝の市場で"呑み過ぎちゃったね"と再会することもあります」 カンティーナ アルコの営業時間はユニークで、昼は14時から17時、夜は18時から24時30分ラストオーダーというスタイルだ。特にランチタイムが14時という遅いスタート時間なのは、オーナーシェフの清水美絵さんが修業したイタリアに由来する。 「調理師学校を卒業した後、6年間、京都・一乗寺のアンティコで働いて、イタリアのナポリの近くに位置するソレントへ行きました。ソレントは海辺のリゾート地で、レストランはだいたい午後1時半くらいからお客様が増えはじめます。そして2~3時間かけてゆっくりランチをとられるんです。私の店でもソレントのように日常を忘れてのんびりとすごしていただきたくて、14時オープンにしました。ランチセットでも、ディナーと同じ素材で同じメニューをご用意しています」(清水さん) 夜も24時30分ラストオーダーなのだから、仕事を終えたシェフたちにとって使い勝手がとてもよいのだ。そしてその味にも魅力が詰まっているという。 「清水さんの料理はマンマの味、つまりイタリアのお袋の味なんです。イタリアで育ったわけじゃありませんが、なんだかとても懐かしい気持ちになります」(魏さん) 魏さんが注文する定番メニューのひとつが「仔牛のカツレツ シチリア風」2300円(税別)だ。牛肉を薄くたたき伸ばした牛カツに、イタリアンパセリ・ミント・オレガノなどの香草をまぜたパン粉をまぶして、オリーブ油で揚げ焼きにするのがシチリア風だ。軽やかな口当たりで、レモンを絞るとさらに爽やかさを増す。見た目は大きいけれど、すいすいと食べられてしまう。 「"小さな肉をよくまぁこんなに大きくできるな"、なんて清水さんをいつもからかっています(笑)」(魏さん) 「そんな魏さんに対して"150グラムはある肉なんですよ!"と返すのがお約束です(笑)」(清水さん) 「お店のシグネチャーといえば、『レモンのスパゲッティ アルコ風』1300円(税別)でしょう。国産のレモンのみを使用し、レモンピールのソースにはバターも入りコクのある酸味。そして混ぜ込んだレモンの皮のほのかな苦みがアクセントになっています。1.9ミリの太めでモチッとした乾麺によくからんでいます」(魏さん) 清水さんの修業地・ソレントはイタリアにおけるレモンの一大産地で、料理にもレモンをよく使う。レモンのスパゲッティもソレント名物のひとつなのだ。 「ムール貝の白ワイン蒸し"インペパータ"」1300円(税別)。これも海辺の街であるソレント名物だ。インペパータとはこしょう風味という意味で、白ワインベースのソースにピリッとこしょうが効いている。大ぶりのムール貝は肉厚で、ふんわり柔らか。料理の種類が増えたこともあり、しばらくメニューから外していたが、魏さんからよくリクエストされるため復活を果たしたそう。 「清水さんの料理はひとつひとつがとても丁寧に作られています。その丁寧さは、同世代のシェフのなかでも抜きん出ていると思います。時には、私も料理人として味つけに関して注意することもありますが、その話にきちんと耳を傾けてくれるのがうれしいですね。アシスタントも女性で、彼女もまた清水さん譲りで丁寧に料理と向き合っています」(魏さん) アシスタントの梅原真美さん(写真右)は、食べ歩きのなかで出合った清水さんの「毎日食べたくなる、優しい味」に惚れ込み、1年前にカンティーナ アルコの門をたたいた。 「私はマンマの味であることを大切にしています。マンマの料理って、一見適当に作っているようでも、野菜などの素材の旨みを見事に活かしているんです。そしてホッとする味わいです。きれいになりすぎず、洗練されすぎない料理を目指しています。イタリアへ行ったことのある方に"イタリアを思い出す"と言っていただきたいですね」(清水さん) 今では2週間に1度、多いときは1週間に1度と足繁く通う魏さんだが、実はまだ半年ほどの付き合いだとか。京都のイタリアンの重鎮、リストランテ タントタントの河上昌実さんとともに訪れたのが最初だった。 「実は10年ほど前に、京都イタリア料理研究会のチャリティーイベントに参加されていた魏さんを、お手伝いさせていただきました。当時から魏さんは料理人として雲の上の存在でしたし、お仕事モードだったのでとても威厳と貫禄がありました。なので、半年ほど前に河上さんといらっしゃった魏さんを見て、とっても緊張したんです。ふだんの私は、そんなに動じない性格なんですけど......」(清水さん) 「あんなに緊張しているシェフを初めて見ました(笑)」と梅原さんも証言する。でも仕事終わりのリラックスモードの魏さんはとてもチャーミングで、若手の料理人とも気軽に交流し、カンティーナ アルコでの時間を楽しんでいるそうだ。カウンター越しに清水さんとの会話も弾む。魏さんにとってカンティーナ アルコは、若きマンマのいる実家のような店なのだ。 撮影 鈴木誠一 文 竹中式子■カンティーナ アルコ京都市中京区蛸薬師通麩屋町西入ル油屋町145 洋燈館 1F075-708-636014:00~17:00(16:30L.O.)、18:00~24:30(L.O.)定休日 水曜https://www.cantinaarco.com/
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2019.03.28
「リストリア ラディーチェ」―「Bini(ビーニ)」中本敬介さんが通う店
「Bini」中本敬介さん プロフィール 広島県出身。 広島、東京のイタリアン、フレンチレストランを経て26歳でイタリアへ渡る。4年半のイタリア修業後、スイスのサンクトガレン「Segreto」の開業に伴いシェフに就任。和食材を用いた「日本人らしいイタリアン」で注目を浴びる。8年の就任期間を経て帰国。京都大原の山田農園の卵に出合い、2010年に哲学の道近くに店を構える。2017年に丸太町の町家へ移転。スイス時代を共に過ごした妻の理恵子さんと二人三脚で自分の味を追求し続けている。 おすすめコメントイタリア修業という共通の経歴に興味を持っていただき、根本義彦シェフが私のお店に来てくださいました。まだ哲学の道近くの前の店でした。その日最後のお客様だったのでゆっくりお話しさせていただいたところ、イタリアで共通の知人がいることがわかり意気投合してからのお付き合いになります。 修業の地域は違いましたが、根本さんのお料理をいただくと、イタリアの風を感じて懐かしくなります。と同時に、和食の経験もあるので、驚きの技法がイタリアンに取り入れられていて料理人として刺激的でもあります。 リストリア ラディーチェ「ラディーチェでは肩ひじ張らずにすごせる空気が流れています。それでいて料理のレベルは非常に高い。このバランスが見事です」と言う中本さん。それを受けて妻の理恵子さんも「天井がとっても高くて開放感にあふれています。お昼は暖かな陽が差し込み、夜はしっとりと店内の明かりがともる。どちらもとても居心地がよくて。それにしても、この天井高はうらやましいです(笑)」と微笑む。 「リストリア」とは聞きなれない言葉だが、これは「リストランテ」と「トラットリア」を融合させた造語だ。「カジュアルな雰囲気で、本格派のイタリアンを提供する店を」というオーナーシェフの根本義彦さんの想いが込められている。 ボロボロだった民家を改装して2階分の天井高を取り、インテリアも店内もウッド調にまとめあげたラディーチェは、2013年に丸太町にオープンした。 「オープン時に植えられたオリーブの木が、うかがうたびに大きく育っています」(理恵子さん) 「根本さんは、もともと和食の料理人でした。15歳から会席料理を学び、高校卒業後は京都の『浜作』、北新地の割烹と10年以上に及ぶ経験をお持ちです。だからイタリアンのなかに和食の技法が取り入れられていて、とても勉強になります」(中本さん) 中本さんがより感銘を受けたのが魚料理だそう。 「ヨーロッパは肉食文化です。私もそこでの12年の修業を経て肉料理には自信があるのですが、魚料理には縁がなくて。日本に戻ってきてから魚料理ときちんと向き合いはじめました。和食には魚は欠かせません。根本さんの和食料理人の経験が活かされた魚料理は、いつかそのレベルに届きたいという私の目標です」(中本さん) 「甘鯛のアクアパッツァ」は、皮はパリッ、中はジューシーに焼き上げられている。中本さんはその火入れに魅了されたという。技法について根本さんに聞いてみると――。 「甘鯛は鱗(うろこ)を立てて皮だけを焼いています。これは和食の技法ですね。具だくさんのイメージがあるアクアパッツァなので、私の皿は一見すると意外に思われるかもしれません。でも、スープはアサリ、トマト、ブラックオリーブなど基本のアクアパッツァの素材をミキサーにかけた後こして、余すことなく楽しんでいただけるようにしているんです。技法は和食も取り入れますが、味はイタリアンであることを守っています」(根本さん) 「根本さんは魚ばかりでなく、肉料理も素晴らしいんですよ。肉料理については深く学んできたからこそ、そのすごさがわかると自負しています(笑)。生産者の元へ足を運び、密にお付き合いされている姿勢も尊敬しています」(中本さん) 魚に馴染みがなかった中本さんに対して、根本さんは肉に弱かったという。 「イタリアでの修業時代は海沿いの町にいたので魚料理が中心でした。ですので日本に戻ってから肉について勉強しなおしたんです。肉には個体差があるので、生産者と関係を紡いでいかないと、いい肉を手にすることはできません。肉が悪いのではなく、生産者との仲が良くないからいい肉に出合えないのだと私は思います」(根本さん) 「丹波牛のイチボの炭焼き 桜の香りをつけて」は、イチボが桜の木でほんのり燻製されている。肉はやわらかく、さっくりと噛み切れると同時にふわっと桜の香りが鼻へ抜けていく。 「トルテッリーニ イン ブロード」はイタリア・ボローニャで食べられている、豚肉を詰めたスープパスタ。本場ではもっと小さいそうだ。クリスマスの定番料理で、ラディーチェでも毎年12月に提供されている。 「根本さんのデザートは目の前で仕上がっていくのでとてもライブ感があり、わくわくします。『イチゴとシャンパーニュ』は、シャンパーニュのソルベにイチゴの酸味がさわやかに重なり、ふわりとした生クリームとチーズのムースが包み込みます。そして最後には、これまた自家製の小菓子がお茶と一緒に出されて、大満足のフィナーレを迎えることができるんです」(中本さん) 北新地での割烹で料理長の打診がきたとき、根本さんは弱冠25歳。「今の自分で大丈夫だろうか? もっと勉強がしたい」と、喜びよりも不安が募ったという。同じころ、休日にフレンチを学んでいたシェフから「きみは性格的に繊細なフレンチよりも、大らからなイタリアンタイプ」と言われたことが心に残った。そして「ラ・ベットラ・ダ・オチアイ」の落合務シェフの著作を読んだことがとどめとなって「イタリアンをやろう!」と舵を大きく切った。それから2年間の準備期間を経て、ついに2006年にイタリアへ渡り、アドリア海近くのエミリア・ロマーニャの「リストランテ マニョーリア」で修業を積むことに。海外で料理修業をする日本人の多くは半年ほどで違う店へ移るが、根本さんは2年近くマニョーリアに腰を下ろし続けた。 「私は人と出会い、つながっていくことが大好きですし、大切に思っています。店との関係も同じです。2年近くマニョーリアにいたからこそ、料理だけでなくデザート部門まで経験することができました。そこでデザートを叩き込まれ、つくることも好きになったんです」(根本さん) ランチ5000円(税込)、ディナー1万2960円(税込)。「これでいいや」ではなく「もっと美味しくなるのでは!?」と常に考え根本さんは料理を組み立てていく。 「主人は独特の間でしゃべるのですが、根本さんはそこに絶妙な合いの手を入れてくださるんです(笑)。とても貴重な方です」(理恵子さん) そんな根本さんを、中本さんはとても大切に想っている。 「根本さんは通信制高校の部活動で製菓を教えていらっしゃいます。生産者にも会いに行かれるし、ご自身の料理の勉強もされている。いったいいつ寝てるの? と思うほど精力的に活動されています。そんな根本さんは朗らかでお話も楽しく、お客様みなさんから愛されています。私も店が近いので、わざわざラディーチェの前を通って"根本さんいるかな?"なんて覗いてみたり。ストーカーのようです(笑)。私は先に料理人の方と親しくなり、その人柄に惹かれてお店に通うようになります。料理はもちろんですが、"根本さんに会いたい"という気持ちも、ラディーチェへ足を運ぶ大きな理由なんです」(中本さん)※価格は取材当時のもの 撮影 エディオオムラ 文 竹中式子■リストリア ラディーチェ京都市中京区鏡屋町50075-256-5550夜18:00〜23:00 (L.O.21:30) 金・土・日・祝日昼11:30〜15:00(L.O.13:00)定休日 水曜、不定休
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BLOG料理人がオフに通う店
2019.03.22
「実伶(みれい)」―「Bini(ビーニ)」料理人 中本敬介さんが通う店
「Bini」中本敬介さんプロフィール 広島県出身。 広島、東京のイタリアン、フレンチレストランを経て26歳でイタリアへ渡る。4年半のイタリア修業後、スイスのサンクトガレン「Segreto」の開業に伴いシェフに就任。和食材を用いた「日本人らしいイタリアン」で注目を浴びる。8年の就任期間を経て帰国。京都大原の山田農園の卵に出合い、2010年に哲学の道近くに店を構える。2017年に丸太町の町家へ移転。スイス時代を共に過ごした妻の理恵子さん(写真右)と二人三脚で自分の味を追求し続けている。 おすすめコメント丸太町に移転してすぐに、坊主頭の若者たちを連れたご一行がBiniにいらっしゃいました。そのスタイルから「これは料理人の集まりだな」とすぐにピンときました(笑)。実伶さんとBini共通のお客様が薦めてくださったそうです。その後、ご主人の中尾雄三さんは奥様とも来てくださるようになりました。 2017年にミシュラン一つ星をとられて以来お忙しそうで、また私の休みともなかなか合わず、2019年の年明けにやっとお店にうかがうことができました。 外食はいつも妻とですが、二人きりだとお互い仕事モードになってお店を見てしまいます。時には「こんな素敵な店があれば、うちの店には来ないよな」なんて悲観的になることも(笑)。なので、できるだけ妻とともにもう何人かとテーブルを囲むことにしています。そうすると仕事を忘れ、素直に食事を楽しめるんです。実伶さんにもその共通の常連さんとご一緒しました。 メニューを見たとたん、どれもこれも美味しそうで、メニュー選びにこんなに優柔不断になったことはありません。カウンターでは普段妻と二人だけで店に立っている私とは違うライブ感があり、とても興奮を呼ぶ食事会になりました。そしてその余韻はいつまでも残っています。 実伶「こんなに優柔不断になったことはない」と中本夫妻が嬉しい悲鳴を上げた、魅惑的なある日のメニュー。興奮冷めやらぬうちに、まずはその中身を見ていこう。 「最初の先付けの定番『白和え』で、お腹と心をわしづかみにされてしまいました!」と妻の理恵子さんは情熱的に語る。 「黒豆と車エビとのし梅を和えています。のし梅のさわやかな酸味と弾力ある食感が独特で、印象深い味わいです」(中本さん) この後からスタートする本番メニューの邪魔をしないものを、というご主人・中尾雄三さんの配慮のひと品だ。「すっぽんの持つイメージと違って優しく上品な口あたりの『丸鍋』。水とお酒で3時間煮込んだスープは、ショウガ入りで風味豊かです。葛でとろみをつけていつまでも温かく、すっぽんの旨みが染みわたっています。ネギもトロリと煮込まれています」(中本さん) このすっぽんスープを用いた「丸唐麺」も〆に人気だ。すっぽんの味に負けない強めの玉子麺のコシが効いていて、のど越しもよくスルスルと食べられるとか。 「〆のご飯は毛ガニにするか迷ったのですが、多数決で『穴子とごぼう』ご飯に決定しました」(理恵子さん) 土鍋の蓋を開けると対馬産の穴子の甘い香りが立ちのぼり、出汁を吸いこんだツヤツヤの米が光っている。 「穴子はイタリアンでも使う食材です。大きいほうがふっくらとしているんですよね。中尾さんは鱧のように骨切りをされているので穴子がやわらかくてご飯によくなじみます。ごぼうもとても細く薄いので、穴子とご飯が三位一体となって口の中に広がります」(中本さん) 「料理人の視点ではなく、純粋に食事を楽しむ」と言いながら、実は中本さん、しっかり見ていたことがある。「土鍋を火にかけるとき、最初は蓋をせず沸騰してから蓋をしていらっしゃったんですよね」。この言葉を聞いた中尾さんは「そんなところまでご覧になられていたんですね」と驚いていた。 この3品以外にも、「造里盛り合わせ」「唐すみ大根」「天然ぶりかま」「焼き蛤」「赤貝のぬた」など計8品を堪能したそう。 「でもまだ食べたいものがいっぱいあるんです。無限に食べられるお腹だったらいいのに」と理恵子さんは悔しそうに言った。 アラカルトだと2~3人で8~9品の注文が平均的で、予算は1万2000円~1万3000円。1万円(税別)、1万5000円(税別)のコースもあり、八寸などアラカルトにない料理が入っている。 個室もあるが、醍醐味はカウンター。料理のクオリティとともに中本夫妻の心を打ったのは、スタッフ間の連携だった。 「カウンター内のスタッフ同士の信頼感が強く、言葉を交わさずとも意図が伝わっています。満席ですし、オーダーが立て続けに入ると普通は慌ただしくなりますよね。確かにスタッフ間のテンポは速くなるんですが、お客様に対するテンポは速くなることなくゆったりと保たれています。だからあせらされることなくゆっくり食事を続けることができるんです」(中本さん) 弟子には「自分の考えでお客様に接するように」「言われなくても気づけるように」ということを中尾さんは日頃から伝えているという。 「間違ってもいいから、それを日々の経験に活かしてほしいですね。私が若い時は厨房は完全な縦社会でした。でも今はそれでは通用しない部分も増えました。昔は休憩もなくずっと板場に立ち続け、へとへとになって身体を壊して辞めざるを得ない人もいたものです。それを反面教師として、今はちゃんと休憩をはさんでみんながリラックスしながら仕込みができるように心がけています」(中尾さん) 「それから中尾さんの驚くべき点がもうひとつ。どんなに忙しくなっても、中尾さんの耳は客席に向いていて、こちらの些細な要望も聞き漏らすことはありませんでした」(中本さん) 長崎県出身の中尾さんは、福井県や石川県の旅館で和食の修業を積んだ。「ちゃんと和食の勉強をしたい」と思いたち、22歳のころ京都の炭屋旅館で働き始める。しかし旅館では客と顔を合わせることはほとんどない。「旅館の料理と割烹は、洋食とイタリアンのような違いを感じました。旅館料理は盛り付けに趣向を凝らします。いっぽう割烹はお客様の前で焼く、切る、和える、とダイレクトな料理です」。次第に割烹への想いがつのってゆき、ついに割烹の名店「祇園おかだ」へ。7年近く務めたのち、2016年に独立した。 「おかだではカウンター内ではなく調理場にいたので、独立したばかりのころはお客様との会話に慣れておらず不安でいっぱいでした。お客様の2~3時間の滞在のなかで適度な量は? 料理をお出しするテンポは? 味のお好みは? といったことを常に意識しています。そしてご常連の方は、その情報をずっと覚えておく。"見ていないようで、見ている"がモットーです」(中尾さん) 長崎出身の中尾さんは、店内の壁にレンガを用いたり、長崎で集めた骨董を飾っている。魚も長崎産をできるだけ選ぶようにしている。そして絵画好きでもあり、多くの絵画が壁にかけられている。店名の「実伶」はフランスの画家・ミレーから名付けたそうだ。 「実伶さんのアラカルトのリズム感がとてもよくて大いに食欲をかきたてられました。Biniは今はコースのみですが、アラカルトもいいな、日にちを決めてやってみようかな、と新たな刺激を受けた夜でした」(中本さん) 撮影 高見尊裕 文 竹中式子■実伶京都市中京区竹屋町143-2075-251-200717:00~22:00定休日 水曜
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BLOG料理人がオフに通う店
2019.02.08
「Bini(ビーニ)」―「リストランテ ナカモト」仲本章宏さんが通う店
「リストランテ ナカモト」仲本章宏さんプロフィールシエナ「バゴガ」、フィレンツェのミシュラン3つ星店「エノテカ ピンキオーリ」と6年間のイタリア修業を経てニューヨークへ。2011年に実家のある木津川に「リストランテ ナカモト」をオープン。決してよい立地とはいえない場所にありながら、多くの美食家が、遠路はるばる足を運ぶ。30~40代の料理人との交流も深く、年間6回ほど主催する勉強会には京都・大阪・奈良・神戸から20~30名が集まり、関西の食文化の幅を広げている。 おすすめコメント「Bini」のオープンは2010年末で「リストランテ ナカモト」とオープン時期が近く、雑誌の新店紹介コーナーで一緒に掲載される機会が多かったんです。店の規模も似ており、中本敬介シェフは同じ時期にイタリアで修業されていて、料理の感性もどうやら近そうだ。そして「ナカモト」苗字つながりということもあり(笑)、とても気になる存在でした。その後、料理人の勉強会で初めてお目にかかって、思った通り意気投合しました。 中本シェフの料理にはいつもイタリアの風を感じます。分子ガストロノミーの手法を取り入れても、口のなかへ最後に落ちていくハーブの香りなどは、まさに懐かしのイタリア。私もイタリアにいたからこそよくわかります。 2017年に移転された京町家を改装された今のお店は、「洗練された素朴さ」という一見相反する表現ですが、その言葉がしっくりくる佇まいです。誕生日や結婚記念日など、人生の節目に妻とふたりでゆっくりすごしたいときに訪れています。 Bini 京町家の小さな門の前に立っただけで、ふわりと温かな気配を感じる。このレストランのなかには、きっと特別優しい時間が流れている――そんな気持ちが沸きあがるのはなぜなのだろう? その理由は、扉を開けた瞬間にわかった。 「寒いなか、わざわざありがとうございます」と出迎えてくれた中本敬介シェフと理恵子マダム。おふたりの笑顔は、京都のしんしんと底冷えする冬をポッと暖めてくれる陽だまりのようだ。 「中本さんはご自身の知識や技術を包み隠さず話してくださいます。料理人仲間とともに高めあっていこうという意識が高く、でもとっても優しく、柔らかく接してくださるんです。マダムは朗らかでチャキチャキとサービスされます。お料理の説明をされていて、ふと内容を忘れられたことがあったんです。そのときも慌てず素直に『シェフに聞いてきますね』とおっしゃって、なんてチャーミングなんだろうと。ただメニューを丸暗記するのではなく、自分の言葉として話そうとされているんだな、ということが伝わってきました。おふたりが紡ぎだすアットホームさがお店を包みこんでいて、食事が本当に楽しくなるんです」 マダムが心がけているのが「お客様の会話の邪魔をしない」というサービス。 「一緒にテーブルを囲む方は、お友達でも恋人でもご夫婦でも、お互いの関係を深めたいと思っていらっしゃると思います。ですので、お話が弾んでいるようでしたら、あえて料理の説明をしないこともあります。仲本さんは奥様と本当に仲が良く、ずっと楽しそうに会話をされています。"なんて楽しく食事をされる方なんだろう"と、こちらもうれしくなってしまいました。それから、私はそそっかしいので、"お皿を丁寧に扱う"ことも意識しています(笑)」(理恵子さん) 料理はランチ、ディナーともに1万2920円(税サ込)のおまかせコースのみ。 「最初に出される自家製のグリッシーニは、太さが絶妙。お菓子のようなサクッとした歯触わりで、スーッとのどを通っていく。ポキポキ手で折りながら食べるとイタリアを思い出して、どんどんおかわりしてしまうんですよね。料理をいただく前にお腹がいっぱいになってしまいます(笑)」 このグリッシーニのレシピは、ピエモンテでの修業時代、バカンスシーズンに入り働いていた店は休みになったが、バカンスへ行くあてもなかった中本さんが、近くの人気ブーランジェリーに出向いて習ったもの。 「小麦粉は、仲本さんにご紹介いただいた千葉産のものを使っているんですよ。器は私がデザインしてつくってもらいました」(中本さん) 「中本さんの生パスタは、食感、香りの重ね方が私の打つものとは違っていて、印象深いです。私は外食ではパスタを食べたいとはほとんど思いません。でも関西では2軒だけ、"ここのパスタが食べたい"という店があります。その1軒がBiniさんです」 「アンズタケと岩手の短角牛のラグーソース」はさっくり歯切れのいい平打ちのパッパルデッレと合わせる。杏子のようにふわりと甘いアンズタケの香りが鼻腔をくすぐる。 仲本さんがよりいっそう熱をこめて語るのが「鴨のロースト」だ。 「火入れが素晴らしい! 巷では低温調理が流行っていますが、最初から最後までたとえば55℃で火を入れ続けても繊維までは調理できていません。ですので見た目はきれいでも、噛み切れない。ある程度火を入れてから55℃へもっていくのがプロの技なんです。その最初の火入れは肉を見て考えるのですが、どのラインで始めるかもシェフそれぞれ。中本さんと私はその感覚がとても合っていると思います。こんなふうに感じたことは、生まれて初めてです。つきあわせとソースのバランスもとても美しく、そのなかで肉の存在感が際立ち"肉の焼き方がすごかった"と語れるのはなかなかないことです」 中本さんは肉に対する技術と考え方を、ヨーロッパで学んだという。 「12年滞在して、ヨーロッパは肉食文化であることを実感しました。特にスイスは魚介を食べることはほぼなく、肉が主流の国なので徹底的に勉強することができました」(中本さん) 中本さんは26歳の時にイタリアへ渡り4年半の修業を経てスイスへ。ザンクトガレンの「Segreto」開業に伴い料理長に就任。日本人シェフが珍しい時代に、和食材などを用いた「日本人らしいイタリアン」で評判をよぶ。そして8年後に帰国。地元である広島での開業を考えていたとき、京都大原の山田農園の卵に出合った。 「この卵なら、自分のつくりたい料理が表現できると感動しました。京都のことはよくわかっていませんでしたが、"卵ありき"で移住を決めました(笑)。でも朝市にも新鮮で魅力的な食材が溢れていたんですよね。そしてここで料理人の方と情報交換できるのも楽しみのひとつです。京都の料理人はジャンルを問わず勉強熱心で、同じ向上心を持った方がとても多いのです。これはほかの土地では得られなかっただろう財産です」(中本さん) 2010年に哲学の道近くに店を構え、7年後の2017年9月に丸太町のこの町家へ移転した。地元の方たちも、朗らかなおふたりをあたたかく迎え入れ、いつも気にかけてくださるそうだ。 「中本さん主催の勉強会でも、よくお店にうかがいます。自分の道を持ち、志が高い方の料理は、やっぱり心に響くものですよね」 撮影 瀧本加奈子 文 竹中式子■ Bini京都市中京区東洞院通丸太町下る445-1075-203-6668昼12:00~15:00 夜18:00~23:00定休日 月曜日、火曜昼。日曜夜は不定休http://www.restaurant-bini.com/
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