京の会長&社長めし
京都にある会社の会長&社長は、どんな店でどんな料理を食べているのでしょうか? 彼らが通う一見さんお断りの超高級店から大衆店までご紹介していきます。
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BLOG京の会長&社長めし
2019.02.08
山中商事の代表取締役が通う店 釜めし屋「月村」
■山中隆輝(やまなか たかてる)さん 山中商事代表取締役1964年、父と叔父により山中商事を設立。総合不動産会社として京都を中心に分譲地の開発・販売、収益不動産等の運営管理、不動産売買、不動産投資マネジメントなど多岐に渡る事業を展開。1979年に入社、1998年に現職に就く。仕事仲間に美食家が多く、その影響で食事に対して興味を持つように。近ごろは毎朝シャワーの前にストレッチを20分、晩御飯は21時までに済ませ、23時には就寝という規則正しい生活を心がけ、美食を健康的に楽しんでいる 昭和の映画人が愛した釜めし屋。昭和の風情を楽しみながら一献の幸福 四条河原町の細い路地に灯りをともすのは「月村」。一品料理と釜飯を目当てに多くの人がのれんをくぐってゆく。山中さんもそのひとりだ。 「日曜日は妻とデパートに行くこともあるのですが、そういう日の晩ご飯は月村さんです。夕方4時くらいにデパートに着いて、買い物が済むのが6時半頃。そこで月村さんに電話をして、混み具合をうかがいます。こちらは予約を受けていらっしゃいません。5時オープンですから、最初のお客さんがお帰りになる7時や7時半が狙い目です」 「もう7~8年前でしょうか。テレビで月村さんを知った先輩ご夫婦に、"山賊焼(さんぞくやき)"が美味しそうだったから一緒に食べに行こう、と誘われ妻と4人でうかがったのが最初です。一歩足を踏み入れたとたん、昔なつかしい昭和の風情が漂う店内にノックアウトされました」 昭和20(1945)年、戦後間もないころにこの地に料理屋を開いたのは、おかみさんである佐藤亜樹子さんのおばあさんだ。当時は「ひらいと」という店名だったとか。その後、常連だった俳優・月形龍之介との縁で「月村」に改名した。というのも、この店は当時の映画界と大変深いつながりがあったのだ。日本映画の父と呼ばれる牧野省三の次男、映画プロデューサーのマキノ光雄が贔屓にしたことから、連日連夜、撮影所での撮影を終えた役者やスタッフが集い、飲めや歌えや大いに盛り上がっていたという。昭和の大スター、萬屋錦之介、大川橋蔵、片岡千恵蔵らもしょっちゅう訪れていた。山中さんの好物のなかにも、そうしたスターたちの思い出が残っているものがある。 山中さんの先輩が興味を持った「山賊焼」2800円は、実は裏メニュー。骨付きの鶏もも肉をつきっきりでじっくり15分かけて素揚げにする手間のかかる料理のため、注文が飛び交う忙しい時は提供できないとか。こちらは萬屋錦之助の好物だった。 「鶏肉が大好きで、さまざまな鶏料理を食べ歩いている友人がいるのですが、彼は"月村の鶏の素揚げが一番旨い!"と大絶賛しています。皮はパリパリと香ばしく揚がり、身はふわりとやわらか。歯を入れると肉汁がジュワッとあふれ出します。塩とからしが添えられていますが、何もつけなくても鶏肉の旨みがしっかりと立っています。この友人とは"おまえ1本、俺1本"にして、けっしてシェアはしません。ひとり占めしたいので(笑)」 山中さんのレギュラーメニューの代表格は、大川橋蔵が愛した「昔ながらのしゅうまい」900円(税込)。大川は自身の新築祝いのパーティでこのしゅうまいの出前を頼み、参加者に振る舞ったという。大川以外にも当時からその味は大評判で、東映京都撮影所で開かれた映画館の館主をもてなすパーティに屋台で参加した月村は、2000人分のしゅうまいをつくったという逸話も残る。 「こちらのしゅうまいは、トロフワのやわらかいタイプです。口に入れるとすっと溶けるようで幸せな気持ちになれます」 千枚漬けの時期のみ楽しめる、冬の定番「聖護院大根煮」900円。さっぱりした甘みのある出汁が大きな聖護院大根にじっくり染み込んでいる。冬以外は長大根を使用。夏は冷やし大根として昆布を添えて出される。 「たこやわらか煮」1680円は、6~7時間炊いたタコをひと晩寝かせる。品切れになるとがっかりされてしまう、常連客に人気のひと品だ。 「お料理は全体的に甘みがあって、酒のあてにピッタリなものばかり。疲れているときには、料理の甘みはなんとも魅力的ですよね。今は身体のために焼酎の水割りやハイボールを飲むようにしているのですが、月村さんで友人が日本酒を頼んだら、少し分けてもらいます(笑)」 〆には、昭和25(1950)年ごろからおばあさんがつくりだした、看板にも掲げられている「釜めし」ミックス3300円を。注文が入ってから釜めし用コンロで炊きはじめ、炊き上がったら一度しゃもじでご飯を混ぜてふわりと空気を入れてから、再び蓋をしてテーブルに運ばれる。 「鶏と海老の入ったミックスを頼むことが多いです。冬はここに牡蠣が追加されます。やわらかめに炊きあがったご飯は、秘伝の出汁をたっぷりと吸っています。おこげも香ばしくていいんですよね」 釜めしというと鉄製の釜を使っている店が多いが、こちらの釜はなんと清水焼。そのためか保温性が高く、いつまでもご飯はあたたかい。今はひと釜をシェアする人も増えたが、以前はひとりひと釜を食べることが多かったそう。添えられた竹製の小さなしゃもじをスプーン代わりにしてご飯を口に運ぶのもなんとも味わい深い。 歴史を感じさせる、使い込まれた釜めしの蓋。比較的新しい左上のものと比べるとだいぶん薄くなり変形しているが、今でも現役で活躍している。あえてこの古い蓋で出してほしいとリクエストする常連客もいるとか。 「椅子やテーブルも昔ながらで、少し小さいんです。おっさん4人でうかがうとギューギューになりますが、字のごとく膝を突き合わせてお酒を酌み交わすのも楽しいんですよね。出張で京都へ来たと思しき一人客がカウンターに座って小料理をつまんでいる姿も、なんとも風情があります」 料理をつくるのはおかみさんのご主人・光三郎さん。若いころは、舞台に上がる芸舞妓に化粧を施す「顔師」だったそう。昭和44(1969)年、結婚を機に料理人に転身。以来50年、夫婦二人三脚で月村を切り盛りしてきた。 「日本映画全盛期の時代は、牧野さんに請われて店の奥と2階に座敷を設けていました。お客様は映画関係者のみ。板場さんも仲居さんもいる大所帯でした。ですが、しだいにテレビが一般的になり、映画人の方々も東京へ移ってゆくように。そこで主人に代替わりしたときに座敷をやめ、一般のお客様にもお越しいただけるようにしたんです」(亜樹子さん) 光三郎さんはおばあさんの味を継承しつつ、メニューに並ぶ多くの定番料理も生みだしていった。 「"まだお店がありましたか"と30年ぶりにお越しになれた方もいらっしゃいます。"変わらない味でうれしいな、懐かしいな"と喜んでくださって。でも実は、少しずつ今の方の口に合うように手を加えているんです」(光三郎さん) 懐かしさを保ちつつ、気づかれぬほどの繊細な采配で味を調整していくその腕前は、すべての料理に振るわれている。「なんでも自分でやりたいから」と、光三郎さんは厨房にひとりで立ち続けているのだ 「カウンター3席に、2人掛けテーブル1卓、4人掛け3卓の小さい店です。主人ひとりで料理をつくっていますので、予約をお受けする余裕がなくて申し訳ないです」(亜樹子さん) そういうわけで手間のかかる山賊焼が裏メニューなのもいたしかたない。 「でもなんとかよいタイミングを狙って、その名の由来のように1本丸ごと山賊のようにかじってみてほしいですね。私と鶏肉好きの友人が熱狂する意味がわかっていただけると思います(笑)」 月村には山中さんが、昭和ノスタルジーにひたれる空気に満ちているのだ。※価格は取材当時のもの撮影 津久井珠美一 文 竹中式子■月村京都市下京区西木屋町四条下ル船頭町198075-351-530617:00~21:00(L.O.20:30)定休日 月曜。火曜不定休
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2019.02.07
山中商事の代表取締役が通う店「すし処 満(まん)」
■山中隆輝(やまなか たかてる)さん 山中商事代表取締役1964年、父と叔父により山中商事を設立。総合不動産会社として京都を中心に分譲地の開発・販売、収益不動産等の運営管理、不動産売買、不動産投資マネジメントなど多岐に渡る事業を展開。1979年に入社、1998年に現職に就く。仕事仲間に美食家が多く、その影響で食事に対して興味を持つように。近ごろは毎朝シャワーの前にストレッチを20分、晩御飯は21時までに済ませ、23時には就寝という規則正しい生活を心がけ、美食を健康的に楽しんでいる 「お寿司を食べたい!」と思いたったら、駆け込む先は「すし処 満」 「ご主人の梅原章さんが、私の同業者のお友達だった関係で訪れたのがきっかけです。通いだして7~8年になるでしょうか。当初は御所南夷川にお店がありました。昭和の風情がある、カウンターのみの居心地のいい店内で、お寿司もよい味で。でも何より心をつかまれたのは、梅原さんが私と同じ阪神タイガースファンだということです(笑)」 梅原さんは寿司ひと筋約40年。京都の老舗寿司店で修業を積んで2003年に独立したのち、2016年に現在の店舗を構える麩屋町へ移転した。 「私はたいてい、昼食を終えたあとの午後3時ごろに"今日の夕ご飯は、どこで何を食べようかな"と考え、自分で予約の電話をかけます。日々仕事の状況に変化が起こるビジネスマンにとって、その日その時のひらめきに対応してくれるお店はとても重要なんです。移転されてからの満さんは席数が増え、当日でも予約が取りやすいという点も非常に重宝しています」 カウンター7席に4~6名のテーブル席、そして8~14名対応の個室と、バリエーションが豊かだ。 「本来、寿司屋は当日に予約されていらっしゃる方が多いものでした。うちはそうした、昔ながらのスタイルの店なんですよ(笑)」と梅原さんはカラカラと笑う。 「我が家は毎年、姉一家と私の家族の10人ほどで新年会を開きます。2019年は1月3日にこちらの個室に集まりました。寿司屋で大人数で集まれるというのはうれしいですね」 山中さんは満には2カ月に1回の頻度で、寿司が食べたくなると家族や気心の知れた友人と訪れる。コースもあるが、店のお薦めはアラカルト。長く通っているので、山中さん流の食べ進め方も決まっている。 「最初はお造りの盛り合わせ、次に焼き物、揚げ物ときて、最後に寿司を5~6貫。料理はなるべく少なめにして、寿司に備えています(笑)。梅原さんは見た感じ無骨な方なのに、握られる寿司はとても繊細なんです――なんていったら怒られるかな!?」 山中さんの愛する、その美しい握りを見てみると......。 イカは3枚におろして糸づくりに。ゴマと塩をふりかけて。 中トロはケープタウンの南マグロを使用。ケープタウン!?と驚くが「お寿司にしたらナンバーワンなんですよ。大間産を買うこともありますが、私のモットーは"その日その時に一番いい素材を選ぶ。ブランド力より美味しいものを"です」と梅原さんはきっぱりと言う。業者任せずにせず、毎日市場へ足を運び、魚と向き合っている梅原さんの目利きには説得力がある。 赤貝は大分産か山口産のものが、コリコリとしながら歯切れのいい食感と甘みが豊かだそう。今日は大分産。 「うなぎはぜひお薦めしたいひと品です。見た目の意外性に驚きますが、こうしていただくうなぎは厚くて旨みが深いんです」 山中さん絶賛のうなぎは、熱された器に入り湯気を上げて現れた。コンロで十分に熱した器の底に焼いたうなぎを皮目を下にして置く。そのうえに酢飯をのせて甘だれをかけ、長芋、ワサビと重ねてゆく。 「あったかい寿司もいいかと思って(笑)。独立してからつくった定番です。ひつまぶしのようにまぜて食べてください」(梅原さん) これら創意工夫に富んだ寿司の前に「控えめにする」と山中さんが言う一品料理も、素材の持つ本質的な味を見事に引き出したものばかりだ。 「冬になったら白子鍋は絶対です!くずでとろみのついた、ふぐの煮凝りを溶かしたスープ。そのなかに焼いたふぐの白子とネギが入っています。プリッとした白子は、口に入れるとなんともまろやか。あっさりしているので、軽く食べられます。小鍋で2~3人前ですが、ひとり占めしてしまうことも。結局、控えめにはできませんね(笑)」 「冬になると、コレクター並みに白子を用意しています(笑)」と言う梅原さんの手には、艶やかに輝き、手の平からあふれんばかりの大きな白子が。これら以外にも冷蔵庫にはたっぷりの白子が出番を待っている。「白子鍋」は小鍋8000~1万円(時価)。 釣キンキの塩焼きも、山中さんの好物。 「北海道網走で第21万泰丸、第36照福丸、第56万泰丸、第58勝喜丸の4隻の船から水揚げされたものだけを"釣キンキ"と呼びます。本州でもメンメやアカジなどと呼ばれる高級魚ですが、なかでも釣キンキは別格といえるほど貴重なもの。皮目はパリッ、身はぷりぷりに焼き上げてお出ししています」(梅原さん) 梅原さんの技は、おせち料理にも冴えわたる。おせち料理2段に瓶入りの黒豆、なます、このわた付きは平均5~6万円。写真の2019年版は、瓶物も入れて36種類もの料理が詰められている。 「我が家のおせちはここ3~4年は満さんです。大みそかのお昼に引き取りにうかがうのが恒例になっています。毎年内容も少しずつ変化しているので飽きないんですよ。お料理同士が隙間なくぎっちり詰まっているので、傾けても崩れません(笑)」 「ひとつのお店のなじみになって何度も足を運ぶことが好きなのですが、通い続けるうえで、ご主人との関係を大切にしています。不器用で愚直な料理人の方は、人間味があってとても私好みです。梅原さんもそういうタイプなんですよね。そして奥様の眞智子さんとのチームワークも素敵です。元看護士だったそうで、気配りにあふれたサービスをしてくださいます」 カウンター席向かって右側の梅原さんの前が山中さんの定位置だ。 「山中さんとは阪神タイガースについてぼやくだけでなく、社会についての難しい話もしてるんですよ(笑)」(梅原さん) 重圧を背負い日々忙しくすごす山中さんを癒やす「すし処 満」。その関係は、満月のように円満な形をしているのだった。 撮影 鈴木誠一 文 竹中式子■ すし処 満京都市中京区白壁町436麩屋町通三条下ル075-223-3351夜17:30~23:00 ※昼12:00~14:00は予約のみ受付。土日のみ朝定食8:00~9:30あり定休日 月曜日、第3火曜日
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2019.01.11
ロマンライフの社長が通う店 「Restaurant MOTOÏ(モトイ)」
■河内 誠(かわうち まこと)さん 株式会社ロマンライフ代表取締役社長 1958年京都府生まれ。父・河内誠一氏が1951年に開店した「純喫茶ロマン」を始まりに多角経営が進む。24歳のときロマンライフに入社。事業の方向転換を模索するなか、自身の発案で北山に洋菓子店「京都北山 マールブランシュ」をオープン。洋菓子の製造・販売、レストラン事業と展開していく。お濃茶ラングドシャ「茶の菓」は、京土産の定番として愛されている。京都屈指のグランメゾン。その秘密メニューは「焼きそば」「和食だけでなくフレンチやイタリアンでも京都にはカウンター仕様のお店が多く、私も愛用しています。そんななか、MOTOÏさんはグランメゾンとして異彩を放っている、稀有な存在です。 私は接待の時には、シーンに合わせて自分で店を選びます。お店の情報はリスト化して携帯電話に登録しているのですが、フレンチですと京都では4~5軒が定番。MOTOÏさんは夫婦同士の食事会にとてもふさわしいですね。おしゃれをして訪れた女性を、リッチな気分へ盛り上げてくれるので、男性として誇らしいです」 豪邸の風格ある門に掲げられた、MOTOÏののれん。石畳を抜け引き戸を開けると前庭を臨むウェイティングスペースが。凛とした空気を感じながら店内へ進むと、歴史を感じる梁がはりめぐらされ、2階まで抜けた高い天井のメインダイニングが現れる。 「築100年以上の呉服屋の邸宅を改装されたこちらは、とても広々としています。京都には町家を改装したお店が多いですが、このサイズ感はなかなかありません。隣のテーブルとの距離があるのでゆったりとでき、プライバシーが保たれるのがよいですね。一方で、ほかのお客様が楽しんでいらっしゃる空気は伝わってきます。それも心地が良いです」 「メインダイニング一番奥の窓際が、特に好きな席です。灯篭と見事な石のお庭が目の前に広がるからです。町家はもともと畳の部屋で構成されています。そこで改装されるときに、畳の上に座った視点の高さを保てるように床を低くされたとか。テーブル席からの庭のながめはとてもきれいです」 「基本はメインダイニングを利用していますが、大人数や大切な話がある時は、蔵を改装した個室を利用します。少々にぎやかになっても、母屋から離れているので誰にもご迷惑をおかけすることなく安心です(笑)」 そんな蔵では「裏メニュー」が、密やかに提供されている。オーナーシェフの前田元さんは、2012年に「Restaurant MOTOÏ」をオープン。フランスで研鑽を積んだのち、ホテルオークラ京都「ピトレスク」、大阪「HAJIME」を経ての独立だったのだが、実はフレンチの世界に入るまでに、10年間の中国料理の経験を持っているのだ。それを知った常連客から「中華も作ってよ」というリクエストの声が挙がったことから、個室である蔵限定で、フレンチのコースの合間に中国料理も挟むようになったのだ。 「予約する時に必ずリクエストしておくのが、焼きそばです。オイスターソースをベースに、焼いた細めの蒸し麺とその時々の食材が合わせられます(※写真は「海老の卵とネギの焼きそば 菊菜のあんかけ」)。コースのお肉の後に〆として出していただくと、ごま油の香ばしさが食欲を刺激して、するっと最後まで食べてしまいます。フレンチからのちょうどいい箸休めなんですよね。ほかには、フレンチ仕立ての根セロリのソースをかけたフカヒレや、北京ダックなどもあります。これらは蔵限定ですが、麻婆豆腐は、私やほかの経営者仲間の推薦で、メインダイニングでもいただける定番になりました。ムース状の豆腐に、カルダモンやコリアンダーの入った自家製ラー油を使用したフレンチ風味で、どこにもない味わいです」 ※当サイトをご覧になった方は、メインダイニングでも、プラス料金で焼きそばを召し上がることができます 「見た目が美しく、なおかつ美味しい。そういう料理は意外と少ないと思います。でも前田さんは両方とも兼ね備えていらっしゃいます」 「蝦夷鹿のロティ たっぷりのお野菜と共に」は、MOTOÏの定番といえる肉料理。冬はジビエ、春は仔羊など季節によって肉の種類は変わる。出色はつけあわせの野菜。冬は60種類も盛り込まれる日もあるが、とりたてて野菜の数はうたっていない。 「スタッフと一緒に大原の朝市へ行き、いちばん美味しい野菜を手にしたら、こんなに集まってしまっただけなんです。意識して種類を増やしているわけではありませんので、京都を映し出す皿として、自然に召し上がっていただれば嬉しいですね」(前田さん) 「前田さんは盛り付けにも味付けにも手を抜いていないことが、食べていてよくわかります。ムースやソースにもいつも驚きがあり、仕込みの手間を感じますね」 冬に提供される「こっぺ蟹のスープ」も、手の込んだ一品だ。じゃがいものムースの上に、蟹の腹と内子を合わせ、そこへ外子をのせて、一番上に脚を並べる。スープづくりの第一歩は、蟹の殻を昆布出汁とともにミキサーへ。次にハーブを加えて蒸す。蟹のたんぱく質が固まりクリアなスープになったらさらに漉し、煮詰め......気が遠くなるような工程を経て完成したスープを器へ注ぐ。蟹の実をほぐしながら口へ運ぶと、蟹を丸ごと食べているような濃厚な味わいが全身を包みこみ、うっとりと目を閉じ酔いしれてしまう。 「オープン当初から通っていますが、ここ4~5年の1月2日のディナーは、毎年こちらでが定番になりました。男性陣は昼にゴルフを楽しみ、夜に奥さんたちとMOTOÏさんで合流。2018年は5組の夫婦でお正月の特別メニューを堪能しました。西洋仕立ての白味噌のお雑煮、コンソメの大福茶、黒豆のピューレなど、お正月の空気感を演出してくれる遊び心のある料理が並びます。一般的な正月料理は野菜が少ないからと、意識して野菜を増やしてくださっているのもにくいですね」 昼コース7250円(税サ別)、夜コース13,500円。蔵限定昼コース15,500円、夜コース26,000円。コース内容は毎月変わる。 MOTOÏのテーマは「主客一体」。同じ空間に接待、ファミリー、芸舞妓と客層が混在していてもそれぞれに対応し、店と客ともにバランスの取れた楽しみを共有する空気づくりを目指している。 「接待でもお相手によってその内容は違いますよね。その部分までもくみ取ってくださっている気がします。グランメゾンですと、多少なりとも緊張感があるものです。ですがこちらではずっとリラックスして過ごせます。サービスも出しゃばりすぎず、良い意味でフレンドリー。帰り際には前田さんが笑顔で見送ってくれます」 前田さんもラブコールを送る。 「河内社長はお帰りになられるときに、いつも『ありがとう』と言ってくださいます。その『ありがとう』が本当に深く、優しさを感じるんです。河内社長の大らかで気遣いのあるお人柄に、お客様ですが惚れ惚れとしてしまいます。経営者として目標の方でもあります」 お店と相違相愛の関係を育むのも、経営者の手腕なのかもしれない。 撮影 津久井珠美 文 竹中式子■ Restaurant MOTOÏ京都市中京区富小路二条下ル俵屋町186075-231-0709昼12:00~13:00 夜18:00~20:00定休日 水曜、木曜https://kyoto-motoi.com/
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2019.01.07
ロマンライフの社長が通う店「ぎをん 竹茂(ちくも)」
■河内 誠(かわうち まこと)さん 株式会社ロマンライフ代表取締役社長 1958年京都府生まれ。父・河内誠一氏が1951年に開店した「純喫茶ロマン」を始まりに多角経営が進む。24歳のときロマンライフに入社。事業の方向転換を模索するなか、自身の発案で北山に洋菓子店「京都北山 マールブランシュ」をオープン。洋菓子の製造・販売、レストラン事業と展開していく。お濃茶ラングドシャ「茶の菓」は、京土産の定番として愛されている。注文票をつけるのも楽しい、美食家たち絶賛の「串鉄板焼き」「経営者仲間や百貨店のバイヤーの方は毎日の接待で、美食を知り尽くしています。そんな口が肥えた方をお連れすると、みなさん口をそろえて絶賛される――それが『ぎをん 竹茂』さんです」 観光客でにぎわう花見小路を東へ入ると、とたんに人混みが途切れる。その一角にのれんを掲げる竹茂は「串鉄板焼き・季節逸品料理」をうたっている。「串鉄板焼き」とは聞きなれない言葉だが、果たして......?「81歳になる初代の盛田育宏さんは、大阪ミナミで流行していた"くわ焼き"からヒントを得て、1975年に今の丸井の裏手でお店を始められました。くわ焼きとは、もともとは農作業の合間にくわの上で肉や野菜を焼いたことが始まりですが、盛田さんがご覧になったのは、鉄板で焼いた食材をくわでギュッと上から押すスタイル。それをアレンジされて、1.5㎏ある特注のステンレス製の重しで串にさした食材をプレスします。そうすることで、食材のうまみが全体にゆきわたります」大阪では練り物が主だったそうだが、竹茂では鶏ねぎ、ホソ、ホタテ、しゅうまい(!)、椎茸、ズッキーニ、ラザニア(!)――肉、野菜、魚介、そしてオリジナルの串を毎日40種類前後用意している。「盛田さんのご実家は染物屋で、呉服屋に奉公されていたとか。小さいころから美味しいものを召し上がってきたので、食材の目利きが素晴らしいんです。美食を知り尽くしている人こそ、このお店の価値がわかるというのは、そういう点にもあるんです」 盛田さんは「お客様に提供している肉、野菜、魚介などすべて、どこで、だれが作っているのか把握しています。八百屋や肉屋まかせにはしません。ちょっとでも味が落ちれば、すぐに文句を言っちゃう(笑)」と胸を張る。豊富な串の種類に目移りするが、河内さん必食のひとつが「牛肉(ランプ)」。 「使用するのはA5ランクの京都牛を中心とした黒毛和牛。自家製の熟成タレはニンニクと味噌が香ばしく、肉はするっ、ふわっと口の中でとろけます」「芸舞妓さんも大好きな、お店一番人気の『カナッペ』は、私も外せません。食パンの上に、エビと玉ねぎを中心とした8種類の素材をブレンドしたソースを塗り、オリーブオイルで表裏を焼き付けます。カリッとした食感が心地よく、ほんのり甘いソースが絶妙です」 「私の世代ですと『赤ウィンナー』も懐かしいですね。形がタコではなくカニです(笑)。このウィンナーも、ただものではありません。盛田さんが"これでなければ"と、石川県の天狗ハムからわざわざ取り寄せているポークウィンナーなんです。 『海老マヨ』の串とは珍しいですよね。オーストラリア産の天然の車海老を使用し、自家製のマヨネーズで仕上げています。濃厚な卵の味が海老の旨みと絡みあい、中華というよりフレンチのようにも感じます。『海老チリ』がある時もあるんですよ」 「薬味は唐辛子、山椒、七味が用意されていますが、極上の素材に、その味を最大限に引き出す自家製タレやソースなどで味付けされているので必要ないほどです。私もたまに山椒をつけるくらいです。もし薬味を使われる場合は、お皿に少し出して串につけてください。匙で上から振るとかかりすぎて、せっかくの串の味が損なわれてしまいます」「季節の逸品料理もいつも充実しています。盛田さんの選んだ素材ですから、魚料理も肉料理もどちらも頼みます。夏にはカツオのたたき、冬はてっさ......」 「肉料理なら『ミスジの炙り』。こちらも串と同じA5ランクの黒毛和牛で、肩の付け根である希少部位のミスジを炙り、自家製のニンニク醤油とポン酢を合わせたタレでいただきます」「私はいつも、注文を取る担当なんです。『牛肉食べたい人は?』『カナッペは?』『アスパラは?』と声をかけ、手の上がった人数分を注文票に書き入れていきます。どんどん正の字が増えていくのが嬉しくて、楽しくて(笑)」 河内さんが竹茂に通いだしたのは、25年近く前にさかのぼる。 「裏千家家元の千宗室さんに連れてきていただきました。こちらへは1996年に移転されたので、その前の祇園の別の場所にあった頃からのお付き合いです。盛田さん(写真中央)の素材への造詣の深さ、多様な串の魅力はもちろん、お客様の感じがとてもよいところにも魅力を感じます。飲んで乱れるようなことはなく、会話と料理を純粋に楽しんでいる方ばかりです。そしてリーズナブル。まさに京都の隠れ家です」 おまかせコースは串12種・小鉢5000円(税サ別)、串10種・小鉢・お造りか肉料理・ご飯もの7000~9000円。河内さんはいつもアラカルトで注文するが、「初来訪の方でしたら、まずはコースで自分の好きな串を見つけてください」と、2代目の盛田雅博さん(写真左)はお薦めする。 「どのコースでも、まず最初に牛肉、そしてキャベツ巻きをお出しします。『ひと串目から牛肉は重い』と思われるかもしれませんが、そのお気持ちを変える自信のある串です。キャベツもシンプルだからこそ、竹茂がどういう店なのかをわかっていただけると思います。そのあとはご注文されたお酒の種類や進み具合を拝見しながら、お客様に合わせた串をお出ししていきます」(雅博さん)初代の盛田育宏さんは厨房からは退き、毎日6時間かかる仕込みや調理は息子の雅博さんと20年来お二人を支える高橋享平さん(人物写真右)が切り盛りする。しかし、黒豆とちりめん山椒は、今でも盛田さん自らが作っている。 「丹波篠山の黒豆と、高知のちりめんを使っています。黒豆は寸胴で2日間じっくり炊くので、圧力鍋で炊いたものと違い柔らかすぎず、豆のほどよい食感が残っています。『黒豆を食べた』という充実感が圧倒的にあるでしょう。ちりめん山椒はご飯にのせると、何杯でも食べられるとみなさんおっしゃいます。この2品は、河内さんは必ずお土産にされます」(盛田さん)店内へは靴を脱いで上がるスタイル。部屋に入ればまず目に飛び込んでくるのは、カウンターのケースにずらりと並ぶネタの数々。「どれを食べようか」と心が躍る。 「友人と二人ならカウンター、家族や人数が多ければ小上がり、接待なら個室と使い分けできるのがありがたいです」「竹茂さんはヘビーローテーションで訪れる大切なお店です。年に8回ほどは行っています。家族や友人、接待でも気心の知れた方を『ちょっとご飯に行こか』とカジュアルに誘って、みんなが喜んでくれる。調理から離れたとはいえ、盛田さんはいつもカウンターの奥に座っていらっしゃるので、お話しできるのも嬉しいですね。こんな素敵なお店はなかなかありません」 撮影 菊地佳那 文 竹中式子■ ぎをん 竹茂京都市東山区祇園町南側八坂町570075-561-563017:30~22:00(最終入店21:00、L.O.21:30)定休日 日曜http://www.gion-chikumo.jp/
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2018.12.07
キョーラクの社長が通う店 蕎麦「おがわ」
■ 長瀬孝充(ながせ たかみつ)さん キョーラク株式会社代表取締役取締役社長1957年京都府生まれ。三菱銀行を経て'85年に、プラスチック製品の製造・加工・販売企業である「キョーラク」に入社。代表取締役専務などを経て'98年から現職。さまざまな業種の方にお会いして、美味しいものを共有することを愛している。美食を味わうためのカロリーコントロールとして、自宅のウォーキングマシーンで1万5000歩歩くのが日課。ご主人の蕎麦愛に打たれ、お茶くみも率先してやってしまう「私にとって愛すべきお蕎麦といえば、『おがわ』さんです」 8年連続でミシュランの一つ星に輝いた「おがわ」。ご主人の小川幸伸さんと奥様の二人で切り盛りする北山通りに面する蕎麦屋には、連日行列が絶えない。平成14年のオープン当初から通う長瀬さんは、こちらを「癒やしの場」と言う。 「実家の近くに新しいお蕎麦屋ができたな、と何気なく入ったのですが、その風味豊かな蕎麦ののどごしにびっくり。それからは休日になると家族でうかがうようになりました。当時はまだ行列もありませんでした。カウンター越しにご夫婦と立ち話をしていると、とても心が和みます。仕事で慌ただしくすごしている日常から、ここにいるときだけは距離を置くことができるんです」足繁く通う長瀬さんのお店での様子に、小川夫妻は驚きつつ感謝していたそう。というのも...... 「古民家を改装したテーブル12席の小さな店ですから、行列はなくてもよく満席になりました。私と妻と二人で手がまわらないと、長瀬さんはほかのお客様にお茶を出してくださったり、食器を下げてくださったりして。本当に助かりました。実は1年以上、長瀬さんの肩書きを存じ上げませんでした。どなたにも分け隔てなく明るくニコニコと気配りされている様子に、只者ではない感じはしていたのですが(笑)」(小川さん) 「ご主人とよく話し、お互いの人間性を理解しあえる関係を築く」という料理店との付き合い方のモットーを遺憾なく発揮した長瀬さんは、何より小川夫妻の朗らかな人柄に惹かれているという。お顔写真の撮影をお願いしたが、かたくなに固辞されたシャイなところもまた魅力的だ。「いつも長い時間メニューを眺めて熟考するのですが結局毎回、同じお蕎麦を注文してしまいます(笑)」と長瀬さんが言うそのひとつが「おろし辛味大根」(税込1240円)。 「まずは何もつけずにそのままで蕎麦の風味を楽しみます。次にカツオ、どんこ、昆布でとった出汁つゆに、長野産の辛味大根を溶いてズズッと蕎麦をたぐると、さわやかな辛味がすっと鼻を抜けていくんです」蕎麦の風味を落とさないよう新鮮な味わいのうちに一気におろし辛味大根を平らげた長瀬さんは、すかさず運ばれてきた「鴨せいろ」(1750円)に箸をのばす。 「じっくり焼かれた合鴨に、少し濃いめで甘みのある出汁がからんでジューシーです。この二枚が私の定番。おがわさんのお蕎麦は、群馬産の無農薬の蕎麦の実を挽いたそば粉が10、つなぎ粉が2の割合の"外二(そとに)蕎麦"。とても細く切られていて、スルスルと口に入ってゆきます」 小川さんが今の外二蕎麦にたどり着いたのも、ここ数年のこと。長瀬さんが通い始めてからも試行錯誤を重ねていったという。 「長瀬さんが最初に召し上がった蕎麦から、少しずつ変化していると思います。蕎麦の実を仕入れたら、あとは自分の腕次第。すべて自分の責任になることが楽しいことでもあり、時には苦しいことでもありますね」(小川さん)「小川さんはとにかくお蕎麦を愛していらっしゃるんです。今は行列が絶えずなかなか気軽にうかがえなくなりましたので、特別に冷凍のお蕎麦を送っていただいています。我が家の年越し蕎麦は例年これで作ります。お蕎麦に興味を持たれていた『たん熊北店』さんにお贈りしたこともあります。冷凍蕎麦は半年保つのですが、小川さんは2週間で食べてくださいとおっしゃいます。長く放っておかれると、お蕎麦がかわいそうだからと」 その言葉を聞いた小川さんは照れくさそうに「半年保つとはいっても、冷凍庫のなかに長く忘れ去られると風味は落ちますしね。冷凍蕎麦を美味しく食べるのは難しいんですよ。完全解凍が必要ですし、夏は氷で、冬は冷水でと、しめる水の温度調整も必要ですし」と頭をかく。この冷凍蕎麦は、今は常連客のみへの販売だそうだ。小川さんが蕎麦に目覚めたのは、なんとも運命的な出会いからだった。 「ある催事で蕎麦打ち教室をやっていたんです。たまたま通りかかってその様子を眺めていたら、ちょうど1名欠員が出たので参加しないかと声をかけられて。先生に手取り足取り教えていただきながら、なんとか打ち上がった蕎麦を家で茹でて食べてみたら、なんとびっくり、とっても美味しかったんです。自画自賛ですが(笑)。 生まれて初めて美味しい手打ち蕎麦を口にして目からうろこ、うどん文化に生きてきた京都人である私の概念が覆りました。 それから道具をそろえ、蕎麦打ちにはまっていったんです。当時はサラリーマンだったのですが、その蕎麦との出会いから1年ほどたって起業を志して脱サラ。そして富山の蕎麦屋で1年修業した後、ご縁があって北山のこの場所に店を構えることができました」(小川さん) 小川さんが「たまたま」「催事で」「欠員が出て」蕎麦と出会ったことで、地元はもちろん国内のみならず、今では多くの外国人までもがわざわざ訪ねてくる名店が生まれたのだから、小川さんと蕎麦の深い縁を感じずにはいられない。そして長瀬さんが「たまたま」「実家の近くで」「見かけて」16年もの長く深い付き合いを続けるお店と出会ったことも、また得がたい特別な縁があったからなのだろう。「2016年、我が社は99周年を迎えたのですが、そのパーティ会場のホテルまで小川さんにお蕎麦をふるまいに来ていただきました。できるだけお店の味に近づけられるようにと、設備や器などの準備のために本番までに3回も下見に行ってくださったそうです。社員も社員のご家族もみなさん、こんな美味しいお蕎麦は食べたことがないと大絶賛でした。 小川さんは商売抜きで、お蕎麦に愛情を込めて作っていらっしゃいます。口下手でシャイでいらっしゃいますが、お店に行くとお蕎麦への深い愛を感じることができます。奥様も包み込むようなおおらかさでご主人を支えていらっしゃる。その空気が私にはたまらなく心地いいのです」※価格は取材当時のもの撮影 津久井珠美 文 竹中式子■ おがわ京都市北区紫竹下芝本町25075-495-828111:30~15:00※売り切れ次第終了定休日 木曜(祝日の場合営業、翌日休み)
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BLOG京の会長&社長めし
2018.12.03
キョーラクの社長が通う店 京料理「たん熊北店」
■ 長瀬孝充(ながせ たかみつ)さん キョーラク株式会社代表取締役取締役社長1957年京都府生まれ。三菱銀行を経て'85年に、プラスチック製品の製造・加工・販売企業である「キョーラク」に入社。代表取締役専務などを経て'98年から現職。さまざまな業種の方にお会いして、美味しいものを共有することを愛している。美食を味わうためのカロリーコントロールとして、自宅のウォーキングマシーンで1万5000歩歩くのが日課。最後の晩餐は、60年通う「たん熊北店」で「最初にうかがったのは4歳のころでしょうか。私の両親は外食する店を決めており、たん熊北店さんはそのなかのひとつ。学生の身分では自分で気軽に行けるお店ではありませんから、両親によく連れてきてもらいました」 長瀬さんが60年近く通い続ける「たん熊北店」は昭和3年、"京料理の神様"といわれた栗栖熊三郎氏により創業。谷崎潤一郎、古井勇ら文化人たちにも愛された京料理の老舗で、2018年に90周年を迎えた。長瀬さんにとっては家族との歴史が詰まった大切な場所である。「今でも毎年元日に、母と妻、子供たちとうかがうのが恒例です。脚の悪い母のために、1階奥にある椅子席の個室を用意していただきます」 接待の時も座敷を利用するが、カウンター割烹のはしりともいわれるこちらでは、やはりカウンター席が一番だそう。 「気心の知れた友人となら、カウンターの一番奥が定位置です。目の前に料理長の栗栖正博さんが立たれて、腕を振るってくださいますからね。コースもありますが、私はいつも単品で注文。それぞれ好きな素材を好きな調理法で、お腹の分量に合わせて出していただけるので、みなさんに喜んでいただけます。 お客様と品書きを見ながらお料理を選ぶのも楽しみのひとつです。そのときは、それぞれの料理がかぶらないようにするのがコツ(笑)。お刺身なら一人は鯛、一人はウニ、一人は赤貝......それをみんなで分けながらいただくと、お互いの距離もグッと近くなるのです」 なんともほのぼのとした長瀬さんたちの様子が目に浮かんでくるようだ。どの料理も魅力的だが、なかでもとりわけ好物だというのが「すっぽんの一人鍋」(税サ別4000円)と「鴨ロース」(2500円)。「たん熊の代名詞でもある、すっぽんの一人鍋は、他店では見られないほどたっぷりの日本酒ですっぽんを煮込んでいます。アルコール分はちゃんと飛んでいるのですが、未成年の時はちょっとドキドキしながらいただいていました。成人してからは、カンカンに熱くした日本酒を別に注文し、自分で鍋に回しかけます。こうすると日本酒の香りがふわっと立ちのぼり、スープもよりコクが増します。これは酒好きの食べ方らしいですね(笑)」 「鴨ロースを初めて食べたのが、こちらでした。ですので私にとっての、すべての鴨ロースの原点になっています。そのままでも鴨の煮汁による味がしっかりと肉に染みていて、マスタードをつけるだけで十分なのですが、私はウスターソースでいただきます。ソース派の父がこの食べ方をお願いしたのが始まりで、長瀬家に受け継がれているんです(笑)。そしてマヨラーの私のために、付け合わせのサラダにはマヨネーズを添えていただいています」 今ではさまざまな日本料理店でよく見かける鱧と松茸の鍋も、40年ほど前に長瀬さんからリクエストして作ってもらったことがあるそう。 「松茸のお鍋といいますと、当時はすき焼きが定番でした。ある日、松茸がたっぷり入った鱧しゃぶ鍋があるらしいと耳にし、どうしても食べたくなって。 どちらのお店が発祥かははっきりしていないそうですが、たん熊北店では、もともとはお見舞いの品として先代が考案されたようです。すっぽん鍋ですと好き嫌いがありますが、鱧だとポン酢でさっぱりといただけますから、どなたにも美味しく召し上がっていただけると。骨切りした鱧は時間が経っても美味しくいただけるそうです。お見舞いでいただいた方の口コミで、徐々に広まっていったようですね。 宴会の時に湯葉やたっぷりの青菜と一緒に大鍋でいただくのも楽しいですし、お吸い物の代わりに小鍋仕立てでいただくのもよいものです」たん熊北店の味をこよなく愛する長瀬さんは、折り詰めや仕出し弁当もよく利用する。※写真は仕出し用の松花堂弁当(税別5500円) 「都をどりの芸妓さんへの差し入れとして、折り詰めはとても人気があります。芸妓さんからわざわざ『たん熊北店さんのお弁当で』とご指名があるほどです。東京出張の際に、折り詰めを新幹線のなかでつまむの楽しいひと時。自宅に友人を招いたときにいただく仕出し弁当も最高ですね」 長瀬さんのお店と長く付き合っていくうえでのモットーは「ご主人とよく話し、お互いの人間性を理解しあえる関係を築く」こと。 「時には明太子や栗きんとん、冷麺など、受け取られてもご負担にならないものをお店にお送りします。携帯電話の番号を交換したり、LINEで繋がることは基本です。そして家族の写真入りの年賀状にメッセージを添えて、毎年必ずお送りします。年賀状をお送りしていると、10年たってもお店の方に覚えていていただけます」料理長の栗栖正博さんは、長瀬さんと同じ歳。栗栖さんは立命館大学、長瀬さんは同志社大学で青春時代を過ごしたこともあり、同世代としての親しみを感じているそうだ。それは栗栖さんも同じで、出会った頃から長瀬さんは印象深かったという。 「料理の修業を始めてからのお付き合いになりますが、偶然にも共通の友人がいたことがわかり、最初からお話が弾みました。そんな様子を見ていた2代目主人だった私の父親から、それ以降も長瀬さんのお相手を任されるように。当時は新米ですから、私にとって長瀬さんは、唯一お話しさせていただけるVIPだったんです。お仕事の話は無粋ですから、主に最近食べたお料理や、よかったお店について情報交換をしています」(栗栖さん) 「昨年、共に60歳を迎えましたので、栗栖さんご夫婦と一緒に還暦のお祝いをしました。栗栖さんは料理人としても素晴らしいですが、今や全国17店舗と大きく広がった、たん熊北店グループを引っ張る経営者としても立派です。伝統を重んじながら料理はぶれず、業績も拡大されている姿は、ビジネスマンとして見習わなければなりません」 長瀬さんと栗栖さんの息子さんが小学校の同級生と、これもまた縁の深いお二人。両親、自分、子供たちへと3世代にわたって続いていく長瀬家と「たん熊北店」の付き合いは、やはり長瀬さんにとっても格別なものだ。「たん熊北店さんの魅力は、変わらないことです。夏には鮎や鱧、秋は松茸、冬は蟹と、季節によって素材は変われども、品書きはほとんど変わりません。新しいお店がどんどんできて、目新しい料理も増えましたが、何年たっても美味しいものは美味しいんです。変わらない味が私にとって一番です。ですから『最後の晩餐はどこで?』と聞かれたら迷わず、『たん熊北店で』と答えます」 撮影 高見尊裕 文 竹中式子■ たん熊北店京都市中京区西木屋町四条上紙屋町355075-221-6990昼12:00〜15:00(13:30L.O.) 夜17:30〜22:00(19:30L.O.)定休日 不定休。2018年12月は11日、17日、25日~31日。 2019年1月は8日、9日、16日、22日、30日。ホームページで要確認 https://www.tankumakita.jp/
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BLOG京の会長&社長めし
2018.11.05
トーセの会長が通う店 創作おばんざい「KITCHEN よし田」
■齋藤茂(さいとう しげる)さんトーセ株式会社 代表取締役会長京都を代表する経営者であり美食家のひとり。世界中の有名レストランをめぐり、自らの舌でその味を見極める。タブレットやケータイにはジャンルごとに分けた飲食店の連絡先と写真が数百軒も登録されている。齋藤さん談 ゲームソフト開発という仕事柄、何かを企画して実行することが日常です。お客様やお付き合いのある企業の方と食事をする際は、「その方は、普段はどんな料理店に行かれているのか。好きな料理は?」を事前リサーチしたり、推理したりして、きっと喜んでもらえるだろうと思える店を吟味して選んでいます。あらかじめ、お店にその方のお好みを伝えてメニューをリクエストすることもあります。たとえば、その方が「麺が好き」ということがわかっていれば、イタリア料理店なら、「パスタ少しづつ3種類出してください」と事前に頼んでおくわけです。 京都の店は、そんなもてなす側の気持ちを察し、きめ細かに対応してくれる店が多く、とても助かります。「おもてなし」文化が町に根付いているのでしょう。さらに言うならば、カジュアルな店であっても超高級店であっても、快く客のリクエストに応えてくれるところが、京都の店の懐の深さであり強みでもあります。 今回ご紹介する「KITCHENよし田」さんは、おばんざい店と呼ぶのが正しいのか。気軽にうかがえるのにお料理は美味しく、女将さんのお話も楽しい店です。会社から近いこともあり、社員たちと仕事終わりに時々でかけます。 「KITCHEN よし田」地下鉄四条駅から徒歩6分ほどの高辻通沿いに、齋藤さんおすすめの創作おばんざいの店「KITCHEN よし田」がある。店主・太田紅后(くみ)さんは、「ヨシダソース」の創業者・吉田潤喜氏の実のお姉さん。趣味の料理を活かし、13年前にソースの販促を兼ねてこの店を始めた。カウンターにずらりと並ぶ大皿のおばんざいは、定番の「べっぴんサラダ」をはじめ常時21種あり、そのほとんどにヨシダソースが使われている。新鮮な野菜をふんだんに使い、手間暇かけて作られる愛情たっぷりの料理は、どれもがおいしく、ボリュームも満点だ。そして、明るくざっくばらんな太田さんの人柄も、この店の大きな魅力。常連には齋藤さんのように企業経営者も多いそうだが、「皆さん、ここに怒られに来はるみたいです(笑)」と太田さん。栄養満点の料理と太田さんとのトークから元気をもらいに通うリピーターで、店内はいつも満杯に。早めの予約がおすすめだ。商店や民家が連なる通り沿いに立つ店舗。一人でも通える気軽な雰囲気もあってか、ここには地元はもとより他府県からわざわざ訪れるお客も多い。リピーター率はなんと100パーセントとか。ヨシダソースとお酢で作る「トリとナスビの甘酢あんかけ」(左)はご飯が進む一品。ビーツ、九条ネギなど12種の素材を使った「ベッピンサラダ」(右)は、シンプルな味わいで女性に人気。共に850~900円程度。首に巻いた赤いスカーフがトレードマークの太田さん。59歳のときにこの店を始めたと言い、「今はこの仕事が天職やと思てます」。これまでに作った料理はなんと1500種類を超える。カウンターと小上がりの小ぢんまりとした店内。カウンターに置かれた色とりどりのおばんざいは、和洋中韓と、ジャンルは幅広い。お酒も飲みながら食べても一人5000円まで。一人客には5品1850円のセットも。撮影 高見尊裕 文 山本真由美
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2018.11.01
トーセの会長が通う店 ステーキ「祇園ゆたか」
■齋藤茂(さいとう しげる)さんトーセ株式会社 代表取締役会長京都を代表する経営者であり美食家のひとり。世界中の有名レストランをめぐり、自らの舌でその味を見極める。タブレットやケータイにはジャンルごとに分けた飲食店の連絡先と写真が数百軒も登録されている。齋藤さん談 ゲームソフト開発という仕事柄、何かを企画して実行することが日常です。お客様やお付き合いのある企業の方と食事をする際は、「その方は、普段はどんな料理店に行かれているのか。好きな料理は?」を事前リサーチしたり、推理したりして、きっと喜んでもらえるだろうと思える店を吟味して選んでいます。あらかじめ、お店にその方のお好みを伝えてメニューをリクエストすることもあります。たとえば、その方が「麺が好き」ということがわかっていれば、イタリア料理店なら、「パスタ少しづつ3種類出してください」と事前に頼んでおくわけです。 京都の店は、そんなもてなす側の気持ちを察し、きめ細かに対応してくれる店が多く、とても助かります。「おもてなし」文化が町に根付いているのでしょう。さらに言うならば、カジュアルな店であっても超高級店であっても、快く客のリクエストに応えてくれるところが、京都の店の懐の深さであり強みでもあります。 肉好きのお客様をお連れするなら今回ご紹介する「祇園ゆたか」と決めています。ここのステーキは他にはない焼き加減で、ふっくらやわらかく、肉の旨味がギュッと凝縮したかんじ。若い方から年配の方、ご婦人まで、どんな方をお連れしても喜んでいただけます。この店から数々の有名店が巣立っていることも素晴らしさのあらわれです。「祇園ゆたか」創業56年の老舗ステーキハウス「祇園ゆたか」。祇園町北側から南側へ移転しておよそ8年。2代目店主高田衛さんに継がれた肉焼きの技は、味に厳しい花街の食通たちを惹きつけてきた。「24歳の時に祇園の店に立ちました。当初常連さまには、父と焼きあがりが違うとご指摘いただいたこともあります」と話す高田シェフ。父に学び日々ステーキを焼き、自分なりに納得のいくステーキが焼けるようになるには長い月日を要したと言う。名物ともいえるヒレステーキは、鉄板の上にスライスしたニンニクを敷き、その上に肉を置いて蒸し焼きにする。ニンニクが焦げて肉に香りが移った頃に、また新たなニンニクを敷く。焼き具合を見て数度くりかえし、じっくりと肉に火を入れる。焼きあがったヒレステーキは、おどろくほどふわふわ。しっかりと中まで火が入っているのにジューシーで味わい深い。その美味しさはいつまでも心に残り、「また次も」と思う珠玉の味なのだ。黒毛和牛のヒレの部分を丁寧にトリミングして切り出していく。和牛1頭でとれるヒレはおよそ9~10kg、その中心にあるシャトーブリアンは1.2kgほどだという。ニンニクスライスをたっぷりと鉄板に敷き、その上に分厚いヒレ肉をのせて蒸し焼きに。焼き加減を丁寧に見ながら、ニンニクを変え、じっくりじっくり焼くことおよそ30分。焼きあがったヒレステーキは、ふわふわでやわらか。噛むというより口に含んで旨味を味わうかんじ。とびきりの肉ならではの旨味と香りが広がっていく。2代目店主の高田衛さん。父の背中を見て肉焼きを学んだという。「いつ行っても、誰を連れていっても安心」と言っていただける店を目指すと話す。■ 祇園ゆたか京都市東山区祇園町南側075-531-0476営業時間17:30~22:00(最終入店)不定休
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