食知新ブログ
-
BLOG京のとろみ
2019.11.26
「京一」のあんちゅう
「あんちゅう ひとつ〜」と厨房にオーダーがとおる。ここは中華そばが名物の食堂「京一」のテーブル。40年以上通う店内は昭和そのままで老若男女で賑わっている。中華そばは「ちゅうか」「たまちゅう」「カレーちゅう」「あんちゅう」の4種類ある。一番人気は濃厚なカレーを使った「カレーちゅう」。しかし、私がオススメしたいのはとろっとろの餡でとじた「あんちゅう」である。和風中華スープを濃いめの餡でとじ、たっぷりとおろし生姜が乗っている。具は細切れの焼豚と玉子、麺はもちろん中華麺。濃厚な餡で食べ終わるまで熱々、大量のおろし生姜で体はポカポカ。これからの季節、底冷えのする京都には欠かせない一品だ。真夏に大汗をかきながら食べるのも最高にいい。これまた名物のパフェやソフトクリームで〆たら完璧である。
ハリー中西
料理カメラマン
-
BLOG外国人料理人奮闘記
2019.11.21
中国人料理人 黄忠治さんの「コツコツ」と積み上げた先に
今回ご紹介する外国人料理人は、香港出身の黄忠治(ウォン・チーチュン)さん。「食べる辣油」ブームの火付け役であり、京都を訪れる役者たちが足しげく通う名店「菜館wong」の主は、なぜ京都・帷子ノ辻(かたびらのつじ)に根を下ろしたのか。"ご縁"に導かれた半生をお聞きしました。香港から日本へ。そして人生を決定づけた"出逢い"初めて来日したのは26歳の時です。16歳で料理の世界に入り、香港でコックをしていましたが、同僚に「日本で腕を振るってみないか」と誘われて、岡山で働き始めました。しばらくして岡山から京都の店に移り、一度香港に戻って2年間修業をし、再び友人に誘われて東京へ。東京では4年半働きました。その後、京都で仕事を見つけて再び舞い戻り、それからずっと京都です。なぜ京都かって? 実は岡山時代に出会った今の家内が京都で働いていたからです。付き合い始めた当初、彼女は職場の学生アルバイトで......職場恋愛ですね(照)。ところが卒業後、彼女は京都で就職することになり、僕も一緒に付いていくことにしました。それが京都との最初のご縁です。しかし今度は僕が香港や東京で仕事をするようになり、なかなか行き来もままならない遠距離恋愛状態に。お互い忙しかったので会えるのはせいぜい月に1~2回。そこで、家内と結婚するため京都に職を求め、太秦に新居を構えました。本場の味を地元で気軽にそれから11年、京都のいろんなお店で働きました。日本人のコックさんは、総じてまじめで勉強熱心。妥協をせず、技術を高めていく姿勢にとても刺激を受けました。でも人の下ではなかなか自分の作りたいものに挑戦できない。そんなジレンマを抱えて仕事をするうちに「日本のチーフたちから学んだ姿勢と、香港で培った本場の技術。このふたつを合わせたらイケるんちゃう?」と思い始めたんです。自分の思うような料理に挑戦したい、という気持ちのほかに、地元に貢献したい、恩を返したいという思いもありました。わざわざ祇園や河原町まで出かけなくても、地元で本格的な香港の料理が楽しめる。そんな店を作りたいな、と。そうして今から13年前に、帷子ノ辻駅のすぐ近くに「菜館wong」を開きました。店をオープンしてすぐに、(松竹京都)撮影所のスタッフたちが贔屓にしてくれるようになりました。当時から今まで、ずーっと通ってくれています。撮影所の廊下にはうちのメニューが貼ってあるとか(笑)。スタッフからの口コミで役者さんたちも来てくれますし、本当にいろんなご縁があって、今の自分があると思います。香港時代の思い出が詰まった料理たちこれは僕が赤ちゃんの頃から食べている香港粥。棒鱈とピーナッツが入ってます。香港粥はお母さんが作る家庭料理であり、下町の屋台料理でもある。このお粥には香港で生活していたころの思い出がいっぱい詰まっていて、いつもお母さんのことを思い出しながら作っています。よく間違われるんですが、ダシは一切使っていません。棒鱈とピーナッツから出るうまみだけ。それだけで、こんなに深い味わいになるんです。日本ではこの棒鱈が手に入らないので、年に2~3回、香港に里帰りするときに仕入れています。お粥だけのために。この「棒鱈とピーナッツ」っていう組み合わせは、お米に一番合うんですよ。生米を真水から火にかけて、じっくり4~5時間。昔の中国の料理人が発見した偉大な組み合わせです。香港でコックの見習いをしていた頃、このエビのガーリック蒸しがすごく流行ったことがあったんです。味付けは塩とガーリックだけ。すごくシンプルな料理なのに、びっくりするほどおいしい。春雨が蒸したエビのうまみを吸って、これ格別。初めて食べたときは衝撃的でした。この料理も、香港時代の思い出を蘇らせてくれる一品です。「食べる辣油(ラー油)」の火付け役に辣油の販売は2007年頃から。うちは醤(ジャン)も辣油もすべて手づくりなんですが、常連の撮影所スタッフたちが辣油を気に入っちゃって「ぜひ売ってほしい」と。その後、仲間由紀恵さんや西村和彦さんがテレビで紹介してくれて、ちょっとしたブームになりました。いろんなお店やメーカーが一斉に「食べる辣油」を商品化して、お祭りみたいで楽しかったなぁ。餃子はもちろん、鍋のスープやお粥、ごはん......何にでも合いますよ。仕込みから完成まで一週間くらいかかるんですが、やはり作りたてが一番おいしいので、あまり大量に作らず、常時少しずつ仕込んでいます。卓上の辣油は食べ放題なので、みなさん「おいしい、おいしい」と、たくさん召し上がりますね(笑)。流れに身を任せてたどりついた「今」なにかに導かれるようにたまたま日本に来て、家内と出会って、長い遠距離恋愛の末に京都で店を持って......本当に全部「たまたま」。もしあの時、日本に来なかったら全然違う人生だったでしょうね。今は朝7時過ぎには店に来て、帰るのは23時くらい。立ちっぱなしで腰も痛いけど、みんなが「おいしい」って言ってくれるのがうれしくて苦にならない。仕事も結婚も大満足。あとは健康に気をつけて、この場所でできるだけ長くお店を続けていきたいですね。健康のために最近、サイクリングを始めました。休みの日には友人と梅田あたりまで走りにいくこともあります。帰りはさすがに電車ですけど(笑)。コツコツと積み上げることの大切さ好きな言葉は「コツコツ」。特に自分の店を持ってからはなおさら意識するようになりました。仕事も遊びも人付き合いもコツコツ。商売を続けていくためにも、いろんなものを「コツコツ」積み上げていきたいですね。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■菜館wong京都市右京区太秦堀ヶ内町32‐2075-872-521611:30~14:00 18:00~20:30(L.O.)休 月曜、第3日曜
-
BLOG京の会長&社長めし
2019.11.19
宮崎木材工業株式会社の社長が通う店「呑喜屋 むね」
■宮﨑真里子(みやざき まりこ)さん 株式会社宮崎(夷川通の家具の小売)、宮崎木材工業株式会社(木材の内装会社)代表取締役。京都生まれの京都育ち。紆余曲折があって創業163年の家業を継ぐことになった。伝統的な京指物の技術を守りながら時を経て美しさを増す木材の空間を伏見の自社工場から日本各地だけでなく海外へもお届けしている。お茶室、能舞台の移設や家具の修理にも力を入れている。 趣味は美術館めぐり、そして仕事柄、美しい空間を見ること。新しい最先端の空間だけでなく年月を経てさらに美しさを増す上質な建物をなるべく多く見て仕事にいかしていきたい。 元気なのが取り柄で秘訣は一杯食べて飲むこと。色々な人に会うのが好きで、楽しく飲むのが鉄則。自宅ではお酒を飲まない。最後の晩餐は、麺が柔らかくて、おだしの利いた京都のきつねうどん。家庭的な雰囲気とバラエティ豊かなメニューに、毎日通いたくなる路地奥の一軒おいしくて、手頃で、ほっとする。そんな店が身近にあるのは、なんとも心強いものだ。今回紹介する一品料理店「呑喜屋 むね」があるのは、宮﨑さんの会社からすぐ近く。うっかりすると、見逃してしまいそうな堺町通沿いの路地奥にある。「路地の奥に小さな看板が出ている程度なので、知らない人にはわかりにくいかもしれません」(宮﨑さん)元は民家だったという平屋の建物を改装。長いカウンターとテーブルのある落ち着いた佇まいの店内は、生簀の水槽を備え、いつも多くの客で賑わう。この店を母や従兄弟とともに切り盛りする店主の長池宗紀さんは、二条の「恒屋伝助」で修業後、29歳で独立。「いいもんを安く」をコンセプトにここを始めた。旬の良質な素材、とりわけ魚介の料理には自信を持つという。「10年程前に会社と自宅の近くに開店されて、近所の人に勧められて行ったのが最初です。当時はお値打ちのランチをされていたこともあり、お昼もよく行っていました。お料理のおいしさ、コストパフォーマンスの良さ、路地奥の落ち着いた店内、大将とそのご家族の人柄にひかれています」と、宮﨑さん。月に一回くらいのペースで訪れているという。宮﨑さんの言葉に、「ありがたいですね。宮﨑さんは、オープン1年目から来てくださってもう9年くらいになりますが、いろんな方を連れてきてくださいます。僕は毎年、下御霊神社の神輿を担がせてもらっているのですが、宮﨑さんが神輿の接待をされていて、そういう関係でもお世話になっています」と、長池さん。毎日市場で仕入れる鮮魚など、新鮮な旬の味覚で仕立てる日替わりの献立は、造りや煮付け、名物の天ぷらといったメインの和食に、ステーキ、クリームコロッケ、中華風炒めなど、洋、中、創作料理も含め幅広く揃うのが魅力だ。「仕事関係の方と行ったり、友人と行ったり、家族と行ったりと、ファミリーレストランのような感覚で利用しています。特に京都以外の方をお連れすると、京都らしいと喜ばれますし、おだしの利いた薄味にも感激されますね。メニューは旬のお魚やお野菜が多く揃い、行くたびに内容が違う。何でもあるので、80代の母や零歳児の孫と行っても好きなものが見つかります。富山出身で魚にうるさい娘婿もここのお造りはおいしいと言ってくれますし、お野菜もすごくおいしいです」(宮﨑さん)夏の鱧の落とし、秋の秋刀魚の塩焼き、冬のコッペガニ、ぼたん鍋など、四季折々の味覚が楽しみだという宮﨑さん。たくさんあるお気に入りの中で、「おかわりしたいぐらいおいしい」とおすすめに挙げるのが、先付の「土瓶蒸し」。血合いを抜いた鮪の削り節と利尻昆布でとった上品なだしに、名残の鱧と松茸の旨味、風味、香りがとけあい、実に美味。夏の終わりから11月頃まで味わえる。写真は、香ばしく揚げ直した厚揚げを、ミョウガや大根おろし、生姜を添えてポン酢で味わう「厚揚げのたたき」。大豆の甘味や旨味豊かな厚揚げのおいしさがシンプルに楽しめる。メニューには湯豆腐や冷奴など、親戚である南出豆腐店の豆腐を使った料理も登場し、おすすめだという。「大将の従兄弟さんの実家が下鴨のお豆腐屋さんで、そこのお豆腐やお揚げがまたおいしいんです」(宮﨑さん)写真は、香ばしく揚げ直した厚揚げを、ミョウガや大根おろし、生姜を添えてポン酢で味わう「厚揚げのたたき」。大豆の甘味や旨味豊かな厚揚げのおいしさがシンプルに楽しめる。予算は、造りと焼き物、天ぷら、一品などを食べて、酒代別で5千円程。6千円からのコースもある。「うちは常連さんが多く、好みや食べるスピードなども大体わかってくるので、あらかじめその人が好きそうな料理をメニューに入れたりしますね。逆にお客さんから、これ作っといてとリクエストされることもあります」と、長池さん。宮﨑さんもメニューにないものを頼んだり、料理をテイクアウトしたりすることもあるそうだ。常連が大半というこの店らしい気遣いも人気の秘訣だろう。店の奥にはカエデのある小さな庭が。カウンターからの眺めもほっとできるポイント。「お酒も焼酎から日本酒、ワインまで結構置いてあるので、私もワインなどと料理を楽しんでいます」(宮﨑さん)日本酒は辛口をメインにお客に人気の高いものを揃えている。ちなみに、長池さんおすすめの日本酒は発泡タイプの「澤屋まつもと」。お造りや焼き魚に合うそうだ。「ご家族の方、皆さん感じがよくて、本当にアットホームで。変に気を遣わずにいられるのもいいですね。お母さんはオープン時から手伝っておられて、接客は初めてだと思うんですけど、一生懸命されてる感じがまたいいんです」と、宮﨑さん。長池さんと母の能里子さんたちが醸し出す和やかな雰囲気も、この店には欠かせない魅力となっている。店での仕事について「楽しいですよ」と、能里子さん。「うちは皆、仕事中も仕事が終わってからもあまり変わらず、結構ゆるい感じです(笑)。それを気に入って来てくださってるのかもしれません」と長池さんは笑う。多彩なおいしい料理に、ほっこり落ち着ける温かい雰囲気。忙しい宮﨑さんのオアシス的な一軒となっているのも頷ける。撮影 エディ・オオムラ 文 山本真由美■呑喜屋 むね京都市中京区堺町通夷川上ル絹屋町127-5075-241-3210営業時間 17時30分~22時定休日 日、祝日の月曜
-
BLOG料理人がオフに通う店
2019.11.15
「貴与次郎」―「点邑」小林紀之さんが通う店
「点邑」小林紀之さん《プロフィール》東京都出身。服部学園で料理を学んだのち、京都で和食の世界へ入り、老舗旅館「俵屋」へ。「俵屋」プロデュースの天ぷら専門店「点邑」のオープンより同店料理長を務め、腕を振るっている。熟練の技による繊細な季節の一品や天ぷらは、全国に多くのファンを獲得している。締めの土鍋ご飯もお楽しみ。名水と旬の素材で仕立てる京料理をくつろいだ雰囲気で二条城から程近い、商家などが立ち並ぶ静かな一角。ここに小林さんおすすめの京料理店「貴与次郎」がある。町家を改装した店舗で、上賀茂の農家から届く京野菜など、季節の食材の味を丁寧に引き出したコース料理を提供し、多くのリピーターを持つ。玄関から畳敷きの渡り廊下、庭のある渡り廊下と続く客室へのアプローチが、京都らしさを感じさせる。店主の堀井哲也さんは、俵屋と並ぶ老舗旅館「柊家」で料理長を務め、2011年に独立。小林さんが長年公私ともに信頼を置く料理人だ。「堀井くんとは、彼が北海道から京都へ来たときからのおつきあい。僕が俵屋にいた頃、仕事終わりに近所の料理屋の若い子らと一緒に銭湯に行くのが習慣だったんです。同じ年月を過ごす中で、家族ぐるみのつきあいをするほどになって。お店には家族や両親を連れて行くこともあるし、俵屋の料理長の集まりにも使わせてもらっています」(小林さん)対する堀井さんも、「当時、小林さんはあの辺の若い子の面倒をよく見ていて。僕も京都に来て2カ月程した頃に初めて小林さんにお会いしたんですが、それからずっと仲良くさせてもらっています」と振り返る。小林さんには料理の面でも人としても、多くのことを学ばせてもらったという堀井さん。店を始める際もいろいろな助言や協力を得たという。店内は、檜の一枚板のカウンターと掘りごたつ席、テーブル、個室を備える。堀井さんは、お客が食べる姿を見ながら料理が作れる店にしたかったと話す。「旅館ではお客様が食べる姿を見ることがないですし、出しにくい料理もありました。そうした点からも作り立ての状態で料理を出せる店づくりをしたいなと。お客様の様子を見て、苦手なものだとわかれば別のものに差し替えたりもします」。コースの内容も、お客の要望にできるだけ対応しているそうだ。「(カウンターにしたのは)僕がお客様とお話しするのが大好きなこともあります。小林さんはお客様にもすごく上手に対応されますし、優しさも丁寧さも伝わってくる。そういうところも勉強させてもらっています」と、堀井さん。堀井さんの献立作りは、旬のおいしい食材を使い、食べる人に負担のない味付けをするのが基本だという。「北海道にいるときから、料理人に一番大事なのはお客様の健康管理だと教えられてきました。うちでは砂糖や料理酒はほぼ使わず、食材の味に味噌、塩、醤油、酢をプラスするだけです。お客様からはたくさん食べたのに翌朝、体が楽だとよく言われます」また、京料理において重要な水には、千利休ゆかりの名水「柳の水」を使用。柳の水を使い、血合いを抜いた鮪の削り節と日高昆布でとった一番だしは、まろやかで上品な旨味、香りが際立つ。「この水を使うと、すごく香りが立つんです」と、堀井さん。こちらの名物といえるのが、「鮑の白みそ仕立て」。「コースに必ず鮑と白みそを使った椀物があり、最後に土鍋で炊いたご飯が出る。この2つは、店を代表する味だと思います」(小林さん)堀井さんは、「旅館では白みそを使うのは正月ぐらいで、もったいないと思っていたんです。それで僕が貝好きなこともあり、白みそと相性のいい鮑を合わせました」と説明する。だしを含んだ白みそに、柔らかく煮た鮑と豆腐、水菜、柚子に、松茸などの季節野菜を添える。白みそのやわらかな旨味とコクに鮑の食感が引き立つ。ひき肉でごま豆腐を包んで蒸し焼きし、ごま酢をかけた「京都牛ごま豆腐包み」も、おすすめの品。肉の旨味と温かいごま豆腐のとろける食感が楽しめ、子供連れにも好評だ。夜の7千円、9千円のコースで味わえる。柳の水で炊く自慢の土鍋ご飯は、「ご飯が甘くてすごくおいしい」と、小林さんも絶賛。米は「八代目儀兵衛」から届く新米から、毎年柳の水に最適なものを選んで使用する。「お米本来の甘味と旨味、艶があるのが理想の炊きあがり。水に合ったお米でないと、それが出てこないんですね。うちのご飯は本当に甘くて、おかずなしで食べてもらえます。お客様から、お腹いっぱいだけど、このご飯は食べられると言っていただくのが、一番うれしい瞬間です」と、堀井さん。炊き立ての艶やかなご飯はバランスのとれたおいしさで、鯛おかかのふりかけなどのご飯のお供と楽しむことができる。 「京料理のお店って、敷居が高くて緊張するというお客様が多いんですね。柊家に『来者帰如(わが家に帰ってきたようにくつろいでいただく)』という教えがあるのですが、うちも同じように、友達の家に遊びに行く感覚でゆっくり食事ができる雰囲気作りができればと、皆で頑張っています」と、堀井さん。「彼の料理はもちろんだけど、やっぱり人柄が魅力。人のできないところに気付いてやってくれるので、気持ちがいい」と小林さんが言うように、堀井さんの話からは、お客に対する純粋な思いや細やかな気遣いが窺える。そんな実直な人柄が伝わるような"気持ちがいい"料理やサービスが、多くの人々に「また来たい」と思わせるのだろう。撮影 エディオオムラ 文 山本真由美■貴与次郎京都市中京区油小路通三条上ル宗林町95-2075-213-131311:30~14:30(入店)、17:30~22:00(入店20:30)※要予約休 月(祝日の場合は火)https://kiyojirou.com/
-
BLOG美人&イケメンスイーツ
2019.11.14
『茶菓円山』の「福蜜豆」
推薦人:かづら清老舗 若女将 霜降真代さん客室乗務員として勤務し、結婚を機に夫の家業である「かづら清老舗」に入り、現在はコスメや簪など和装品の商品開発や接客などを担当。一児の母でもあり、主婦、母、若女将として多忙な日々を過ごしている。そんな毎日の中で、毎日のおやつタイムが何よりの癒しのひと時になっている。 円山公園の奥に佇む一軒の日本家屋。室内に入ると、数奇屋造りの端正な空間には、床の間に軸が掛けられ、季節の花が活けられ、茶の湯の趣向が隅々まで息づいています。「茶菓円山」は、茶室のような空間で、出来立ての季節のお菓子とお茶をゆっくりと楽しめる場所。霜降さんも忙しい日々の中、時折、訪れて、心身をリラックスさせているそうです。「最初は、義母(かづら清老舗女将 ふ紀子さん)に連れてきてもらったんです。母も忙しい毎日の中で、時々、ここにきてお茶とお菓子を楽しんで、リラックスしているようですね。私自身も、この凛とした空間で過ごす優雅なひとときに、ふわりと心ほぐれて、リフレッシュできるんです。たまに友人と一緒に来させていただいていますが、皆さん、この京都らしい雅やかな雰囲気を本当に喜んでくださいます」漆のカウンター、網代天井、聚楽の壁など茶室のような空間には、清々しい空気が流れている。 おもてなしをしてくれるのは江見智彦さん。お菓子を作り、丁寧にお茶を淹れて、お客さん一人ひとりの心地よさを大切にしてくれます。「それぞれのお客様との距離感を大切にしながら、その方が一番心地よいと感じる楽しみ方をしていただければといつも考えています」 一人で静かにお茶を楽しみたい人、会話を楽しみたい人、それぞれの楽しみ方にできるだけ寄りそうもてなしを心がけているそうです。 お菓子は定番と季節のお菓子を合わせて10種類ほどが揃います。お茶はお菓子に合い、互いによく引き立て合うものを厳選。抹茶、煎茶、玄米茶、ほうじ茶の他、コーヒー、紅茶、ワイン等もありますが、日本茶の場合は棚にずらりと並ぶ作家ものの急須からお客が好みの急須を選びます。急須を選ぶことができるのは珍しいので、それをきっかけに器や作家さんの話に会話が弾むことも多いそうです。15〜6種類の急須がずらり。全国各地の作家の作品がセレクトされている。お客が好みの急須を選ぶことができる。 霜降さんのお気に入りの福蜜豆は、見た目も愛らしく、美しい一品です。紫花豆、白花豆、紅絞り豆、青えんどう豆の4種の豆を、それぞれ、異なる炊き方でふっくらと炊き上げ、白玉を加えて、白蜜、黒蜜と共にいただきます。「最初は、何もかけずに、お豆さんの甘みを楽しんでください。その後、白蜜をかけると豆の味わいが引き立ち、黒蜜をかけると味の変化をお楽しみ頂けます」と江見さん。 真代さんは、今日は福蜜豆と玄米茶をセレクト。急須は常滑の大原光一さんのものを選びました。お湯呑みは京都の猪飼祐一さんのもの。手馴染みの良い暖かな風合いがよく似合います。「本当にお豆の味がまろやかで甘みがあって、素材のおいしさを堪能できます。いつも半分以上はそのまま何もかけずに食べてしまいますね」と真代さん。 福蜜豆は小サイズもあるので、お腹の具合に合わせて選べるのも嬉しい限り。茶菓色々という、季節のお菓子と甘味二品のセットも人気があります。見た目も美しい福蜜豆(1200円)はそれぞれに炊いた4種の豆がたっぷりと入っている。上品な炊き方で豆の甘み、旨味をしっかりと味わえる。 定番の福蜜豆以外にも、季節限定のお菓子も楽しみだという真代さん。「夏場は冷やし汁粉がお気に入り。秋から冬にかけては栗やお芋が美味しくなる季節なので、そちらも楽しみです」 秋の始まりにぴったりのお菓子をもう一品ということで頂いたのは、秋から冬にかけていただける「奉書巻」というお菓子です。 餅粉の生地をきつね色に焼いて、中に栗と栗餡をいれて、くるりと奉書のように巻いたもの。モチっとした生地と栗の自然な甘みが一つに重なり、奥深い味わいです。 お菓子をじっくり味わっていると、「お茶をもう一煎いかがですか?」と江見さんが声をかけてくれました。こちらのお店では、頃合いを見計らって、二煎目、三煎目をすすめてくれるのです。「こういうおもてなしは他ではなかなかないので、とても嬉しいですよね。お菓子を食べ終わった後も、二煎、三煎とゆっくり味わうのが、とても幸せです」モチっとした餅粉の生地で栗と栗餡を巻いた奉書巻1000円。彩りに添えられた松葉からは品の良い趣も感じさせてくれる。「空間、しつらい、器、お菓子、そして江見さんの立ち居振る舞いも素敵で、トータルで楽しませていただいています。価値ある時間といったらいいのでしょうか。ここで過ごす時間は、日頃頑張っている自分をちょっと褒めてあげる、ご褒美の時間にもなっています。ちょっと疲れていても、美味しいお菓子とお茶をいただいて元気が出てきて、また頑張ろうという気分を盛り上げてもらえるんです。他にも「だし巻き御膳」や「煮麺」など、ちょっとした食事メニューも揃っているので、今度、お昼ご飯を楽しみに来たいですね」と霜降さん。 八坂神社、円山公園、知恩院など界隈の散策の後に立ち寄って、お昼どきやお茶の時間をちょっと贅沢に過ごしてみてはいかがでしょう。端正な佇まいの数奇屋建築。円山公園内のとっておきの隠れ家にしたくなる。撮影/津久井珠美 取材・文/郡 麻江■茶菓円山京都市東山区円山町620−1−2(円山公園内)075−551-370711:00~19:00(LO18:30)定休日/火曜※価格は全て税別。
-
BLOG京の会長&社長めし
2019.11.12
宮崎木材工業株式会社の社長が通う店「有恒」
■宮﨑真里子(みやざき まりこ)さん 株式会社宮崎(夷川通の家具の小売)、宮崎木材工業株式会社(木材の内装会社)代表取締役。京都生まれの京都育ち。紆余曲折があって創業163年の家業を継ぐことになった。伝統的な京指物の技術を守りながら時を経て美しさを増す木材の空間を伏見の自社工場から日本各地だけでなく海外へもお届けしている。お茶室、能舞台の移設や家具の修理にも力を入れている。 趣味は美術館めぐり、そして仕事柄、美しい空間を見ること。新しい最先端の空間だけでなく年月を経てさらに美しさを増す上質な建物をなるべく多く見て仕事にいかしていきたい。 元気なのが取り柄で秘訣は一杯食べて飲むこと。色々な人に会うのが好きで、楽しく飲むのが鉄則。自宅ではお酒を飲まない。最後の晩餐は、麺が柔らかくて、おだしの利いた京都のきつねうどん。人気の八寸からライブ感ある炭火焼、シメのご飯まで、多彩な味を町家の風情と週の半分は外食という宮﨑さん。ホテルでの会合後にフレンチのフルコースが出ることも多いため、普段は主に和食の店を選ぶそうだ。今回宮﨑さんが薦める「有恒」も、そんなお気に入りの和食店の一つだ。寺町通から二条通を少し西へ入った場所に、ひっそりと立つ一軒家。ここは祇園にある日本料理店「迦陵」の姉妹店として、2015年8月にオープンした。「昔からの知人が『迦陵』という和食のお店をしているんですが、弟さんも料理人で新しくお店を出されたということで、知人に連れられて仲間と一緒に行かせてもらったんです。家からも近いし、すごく気に入りました。京都の町家一軒をきれいにお店にされていて本当に京都らしいですし、東京の方にも喜ばれると思います」(宮﨑さん)店内は町家の細長い造りを生かした空間で、焼き炉のある厨房を囲むカウンターが目を引く。1階奥や2階には小さな個室もあるが、宮﨑さんは、カウンターで食事を楽しむという。「宮﨑さんたちは、うちの社長である兄と大学時代くらいからのお友達だと思います。今でも皆さん仲良くされていて、店に来てくださっています。炭火の焼き場をメインにした劇場型の店にしたかったので、焼き場が見えるカウンターにしています。宮﨑さんたちのように、4、5人でもカウンターを選ばれる方は多いですね」と、店主の堀部拓己さん。「『迦陵』はコースですが、ここでは一品が楽しめます。私もワインを飲みながら、好きなものを好きなだけ頼んでいます」(宮﨑さん)「大人の居酒屋」を目指しているというここでは、鮮魚や肉を使った炭火焼を中心に、鱧や松茸などを使った季節の料理、八寸、造り、油物、煮物、酒肴、ご飯もの、デザートと、豊富なアラカルトを揃え、注文に迷うという人には、店が数品を選んだおまかせ料理も用意している。「今、コースは品数が多くてしんどいし、自分の好きな一品をちょっとずつ食べたいというご年配の方が結構いらっしゃって。うちはそういう年配のご夫婦や観光の方、あと接待や会社関係の方がよく来られますね」と、堀部さん。女性のお一人様も多いそうだ。多くのお客が注文するのが、2種類の炉を使った自慢の炭火焼料理。のどぐろ、笹かれい、きんきなど、市場や城崎・津居山の魚屋から仕入れる季節の魚介は、自家製の一夜干しでも楽しめる。写真は香住産のノドグロを厨房で干している様子。半日かけて旨味だけを残すように水分を抜いていく。ある程度水分が抜ければ、その場で焼いてもらうことも可能だ。宮﨑さんのおすすめは、一品料理の店では珍しい八寸。女性を中心にお客の大半が頼む人気の品だ。「大きな器にいろいろなものが盛られていて、飾り付けもとてもきれい」(宮﨑さん)。内容は月替わりで8~9品。この日は栗渋皮煮、銀杏、鱒スモークなどで、鱒をスモークしている状態で供するなど、趣向を凝らしているのも特徴だ。「炭火焼と同様、見て楽しんでいただきたいので、色使いや季節のものなど見た目を意識して作っています」と、料理長の上白木裕也さん。11月は柿なます、子持ち鮎の甘露煮、鯖寿司などが登場予定。「鴨ロースなど肉料理もおいしい。どの料理もおいしそうに盛り付けられていて、京都らしさを感じてもらえると思います」(宮﨑さん)人気の「鴨ロース山椒煮」。表面をさっと焼き、低温でしっとりと仕上げる。柔らかな鴨肉は臭みがなくまろやかな味わいで、山椒の風味もほどよく利いている。ご飯にもお酒にもよく合う一品だ。ここではご飯もの麺類も充実。特にあんかけの「たぬきごはん」は人気が高いそうだ。唎酒師とANSA認定ソムリエの資格を持つ堀部さんから、料理に合う日本酒やワインを提案してもらえる。ひやおろしなどの日本酒や日本産ワインなど、堀部さんセレクトのお酒が揃う。日本酒は半合から注文できる。「私はお店やホテルの内装の仕事もするのですが、ここは空間全体で京都を感じてもらえるのがいいなと。また厨房の様子がよく見えるようにカウンターを造っておられるのもいいですね。お店と近い感じがしますし、安心できます」という宮﨑さんの言葉に、「そうですね。頼んだ料理が作られている様子を見ながら、出来上がりを待つ時間も楽しんでいただけたら」と堀部さん。調理の様子を前に、お客同士やスタッフとお客との会話も弾んでいるという。最後に、堀部さんにもてなしに対する思いを伺った。「うちの会社の理念は、来ていただいた方の時間をより良いものにするということ。お客様には料理だけでなく、スタッフ、空間、すべてに満足していただき、より良い時間を提供していきたい。いろいろな方がいらっしゃる中で、それぞれの楽しみ方をしていただけたらうれしいですね」予算は飲んで食べて1万1000円~1万3000円ほど。気取らず、それでいてカジュアルになりすぎない和の雰囲気の中、旬の"おいしいもん"を酒や会話と共に楽しむ。まさに「大人の居酒屋」の醍醐味だろう。撮影 エディ・オオムラ 文 山本真由美■有恒京都市中京区二条寺町西入丁子屋町694-3075-212-7587営業時間 17時~22時(入店)定休日 月、月1回火http://aritsune.jp/
-
BLOG京のほっこり菜時記
2019.11.07
「山椒」
他府県では、七味や胡椒をかけて食べるものでも、京都では山椒がかかっていることが多々ある。たとえばうどんやそば、焼き鳥、みそ汁、親子丼、鰻などなど。鍋の薬味も七味もあるが山椒が添えられていることも多い。先日、祇園の料理屋に行ったら、たらこに山椒がかかっていて「これ合うなあ~」と思った。京都人は山椒が好きなのだ!京都人の山椒好きは粉山椒にとどまらない。4~5月にでまわる花山椒、6月に枝付きのまま販売される青い実山椒。そして、秋ごろに新物がでるのが「粉山椒」。薫り高く辛味も強く。パラリとかけるだけで、どんな料理や食材も乙な風味をまとう。かつては、京都で味わう山椒は、ほぼ(たぶん)京都鞍馬や丹波などで採れたものだった。だが、最近は気候の変動や農家の減少などさまざまな要因があって、生産量は減っている。とはいえ、ぴりっとした辛味があって粒がそろった京都産の山椒は料理屋などで好んで使われる。私も、今年は6月頃に「大原の朝市」にでかけて枝付きの実山椒を買って帰った。枝から外してさっと塩ゆでし、鮮やかな色になったらざるにとって冷水にさらす。後は、小分けにして冷凍しておき、解凍して山椒醤油や山椒ソースにして使う。そういえば、以前、毎月25日に平野神社で開かれる朝市で、茶色の粉山椒を買ったことがあった。これは山椒の実が赤茶色くなって完熟してから摘み取り、天日に干して擂粉って粉山椒にしたもの。辛味は青いものの数倍!? ものすごく辛くて香りも高いから、ほんの少しかけるだけでいい。なんだか使うのが惜しくて、袋ごと冷凍しておき、少しずつ大切に使ったものだ。持っていて便利なのが「黒七味」で知られる「原了郭」の小分けパック。以前、東京の友人とうどんを食べる際にこの粉山椒をだしたら、「京都おたくか!」とツッコまれたので「そうですが、何か!」と言って、彼女のうどんにもパラリとかけてあげた。 私の無体な行動に、最初はギョッとしていたが、一口すすって「わあ!美味しい」とニコニコ顔になった。京都のだしには山椒が合うのだ!もうひとつおすすめしたい山椒は、「うえとサロン&バー」の山椒のジントニック。こちらも、毎年初夏に大原から仕入れた実山椒をジンに漬け込み、ほどよく味と香りが移った頃合いにジントニックにしてだす。花山椒や木の芽、青い山椒、熟した山椒など時期を変えて漬け込むという。あるときお店にうかがったら、店主の上田太一郎さんが、せっせと山椒の実を枝から外していることがあった。「今年はまだか」と待ってくださるお客様がいるから、こんな手間もかけられると楽しそうだった。漬け込んで1カ月後くらいからが飲み頃になるとか。「山椒を譲ってくださる大原のおばあちゃんが、自分が摘める間は取りに来てといってくださる。ほんとうにありがたい」と上田さんは言っていた。育てる人、摘む人、漬ける人。いろいろな人の想いや苦労があって生まれる味。じっくり味わいたいものだ。■うえと サロン&バー京都市東山区今小路町91-1075-751-5117水曜~土曜14:00〜23:00(L.O.)、日曜、月曜は14:00〜22:00(L.O.) 休 火曜■原了郭 本店京都市東山区祇園町北側267075-561-273210:00〜18:001月1日・2日を除く 年中無休
中井シノブ
ライター
-
BLOGうつわ知新
2019.10.31
"冷えたもの"が持つひそやかな"力"
梶高明梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。"冷えたもの"が持つひそやかな"力"先月「冷えたもの」というテーマでお話ししましたが、破損した器だけでなく、半端になったうつわたちも、この「冷えたもの」の仲間に入れることができるでしょう。私たちはうつわを求めるときに、5客、あるいは10客揃ったものを買い求めてきました。ところが、揃っていたはずのうつわも、残念なことに、やがてその数を減らして、揃わなくなります。すると私たちは、それを半端物として食器棚の奥に片付け、あるいはお客様へは出さないうつわとして扱うようにさえなってしまいます。でも、うつわ自体がその魅力を失ったわけではありません。ですから昔の数寄者たちは、こういった半端物にあえて出番与えることを考え出したのでしょう。これが、秋の10月、「名残り」の月なのです。傷ついたもの、半端物のリバイバル月です。さらに数寄者たちはそれだけに留まらず、この「半端物」を積極的に作り出し、色や形の異なるバラバラのうつわで5客、10客を揃えて楽しむ「寄せ向(よせむこう)」を考え出し、陶工たちに作らせたのです。こうして、意図的に「冷える」を作り出してまで楽しみだした彼らの遊びは、「呼続(よびつぎ)」と言う新しい発想をも生み出します。破損して失われたうつわのパーツを、従来は漆を用いて修復修理していたところを、別の焼き物の破片で補う「呼続」という方法を考え出します。「呼続」には似通った質の焼き物を用いることもあれば、あえて異なる質や色の焼き物を当てはめて、うつわの再構築を遊んでしまうようなことさえあります。挙句の果てに数寄者たちは、「呼続」をせんがために、意図的にうつわを割っていることさえあります。まるでジーンズを、破き、つぎはぎし、ストーンウォッシュし、漂白して、なんでもありの加工を施して着こなしてしまう現代人のようです。いま私の手元に、北大路魯山人が作った織部十字皿が数枚あります。それらは、焼成時に窯の中で焼け縮むことが上手くできなかったためか、あるいは作られた時の形を維持できないほど反ってしまったために完全に裂けてふたつになっています。 ふたつになっていなくても、大きなひび割れが入っていたりします。これらは「窯切れ」と呼ばれ、「げもの」として廃棄されることも多く見られます。それでも魯山人はこの「げもの」状態でも、魅力を失っていないと感じたのか、復活させるために再度釉薬を掛けて焼き直した痕跡を残しています。ある日、同業の先輩に、このことを裏付けるような魯山人がうつわを復活させたエピソードをお聞きしました。ある時、京都東山山麓にある裏千家桐蔭席という茶室を魯山人が借りて、展覧会を開いていたそうです。そこへ先輩のさらに大先輩が訪ねて行ったところ、販売されていた作品の脇に窯の中で裂けたと思われる「げもの」が無造作に置かれているのを目にしたそうです。「これはどうしたのか?」と尋ねたところ「不出来な作品であるから売り物にならない。」と魯山人が返答したそうです。そこで、大先輩は金継や焼き直して発表することをためらう必要はないと話したそうです。それ以来、魯山人自らが金継ぎなどを施し、作品を発表するようになったそうです。また、その時のご縁で、次の展覧会は京都美術倶楽部で開かれたとのことでした。 これもまた、「冷えたもの」にまつわるエピソードですよね。「げもの」として生まれた焼物のエピソードを、もうひとつお話しいたしましょう。 古い窯跡の周辺には、おびただしい数の陶片が埋まっていることは、ご存知だと思います。もちろんそれらは文化財として、現在は保護されています。それでも、それらを掘り起こし、商売につなげようという人はまだいるのではないでしょうか。昔、伊万里や唐津の窯跡周辺では、雨が降って、土が柔らかくなった日を狙って、鉄の棒を地面に突き立てて陶片を探したと聞いています。細い鉄の棒は地面に深くに突き刺さり、陶片に当たるとカチッと音を立てて、埋っている場所を教えてくれたそうです。そして掘り起こした陶片を持ち帰り、まるでジグソーパズルをするが如く組み合わせて、元の姿に復元する。ピースがそろわず復元できないものは、他のピースに置き換えて、呼び継ぎをする。そうして復元出来なくとも復活した焼物は、地中で長く留まっていた味わいも加味されて、完品や伝来品とは違った深くて素朴な、まさに「冷えたもの」として力を持つことがあるのです。ごちそうがあふれるこの時代ですが、質素な料理とともににお酒を楽しみたい人などには、この「げもの」が「冷えたもの」としてたまらないお友達になるのでしょう。桃山時代から江戸初期の頃、権力者たちは茶道具収集に夢中になっていました。京都街中の三条通り界隈には、当時「唐物屋」と呼ばれた陶器屋が何件も軒を連ねていたそうです 。唐津や美濃で焼きあがった茶器や食器が大量にここに運ばれ、目利きたちの手によって、店頭に並べるかどうか選別されていたそうです。 ふるいにかけられて、落ちこぼれたものは、近辺にまとめて廃棄されたらしく、その跡地からはおびただしい数の焼き物が発掘されています。それらは現在、京都の西陣地区にある考古資料館に保管展示されています。まさに冷えたものの宝の山です。是非、一度お運びください。今月の器〜冷えたもの〜侘びたという感覚を呼び覚ますような、呼び継いだもの、金継ぎを施したものとして2種の皿を選びました。それぞれ雰囲気は異なるのですが、両方とも、素朴で枯れた料理をちょこっと盛られるのを待っているようです。 壊れたり、捨てられたり、欠点を抱えた状態での再出発。でもその欠点が作られた時代より後世の人の手と感性で見事に復活。そんな苦難を乗り越えた"力"がどこかに潜んでいるようです。 素材を生かした素直な料理を要求してくるような、おおらかでありながらも強い主張が感じられるうつわです。 「冷えたもの」うつわには、素朴な料理をご馳走に変えてしまう力が秘められているのです。唐津線紋五寸皿 (1600年代初頭)シンプルな線だけの装飾が潔さを感じさせる唐津焼五寸皿。このうつわには、焼却時の窯内で重ねて焼いたときの、目跡(めあと)と呼ばれる痕跡が残されています。互いにくっついてしまわぬように、うつわ間に土玉挟んだ痕跡が中央部に残っています。おおきく歪んでしまったためか「げもの」として廃棄されたのでしょう。 それをわざわざ発掘し、呼び継ぎや金継ぎを施したものです。自然な割れや歪みを逆手にとって見どころに変えてしまった感じですね。初期伊万里染付総花紋五寸皿 こちらも窯の中で大きな歪みが生じて捨てられて、土の中に眠っていた初期伊万里の五寸皿です。この皿は、割れたものを樹脂で継いでいます。金継ぎは傷跡に金を載せるため、修復跡を目立たせることで新たな景色を生み出します。こちらはその真逆で、磁器色に近い樹脂を使っています。私もあえて金継ぎはせずに、樹脂で修復し、その後、紅茶に漬けおきして古色らしい感じに仕上げることがあります。金ではなく、紅茶染めでもなく、アクリル絵の具でペイントすることもありですよね。 初期伊万里は高台が小さく、高台周辺は肉厚で、陶工が掴んだ指跡も残されていることもしばしばです。呉須の精製が悪いため、沈んだ染付の色。素焼きの技術がまだ無かったために、シンプルに描き流した模様。本来は美しいはずのない、雑味を持った稚拙さが、このうつわの魅力です。■ 梶古美術京都市東山区新門前通東大路西入梅本町260075-561-4114営10時~18時年中無休(年末年始を除く)
- ALL
- - 料亭割烹探偵団
- - 食知新
- - 京都美酒知新
- - 京のとろみ
- - うつわ知新
- - 「木乃婦」髙橋拓児の「精進料理知新」
- - 「割烹知新」~次代を切り拓く奇想の一皿~
- - 村田吉弘の和食知新
- - 料亭コンシェルジュ
- - 堀江貴文が惚れた店
- - 小山薫堂が惚れた店
- - 外国人料理人奮闘記
- - フォーリンデブはっしーの京都グルメ知新!
- - 京都知新弁当&コースが食べられる店
- - 京の会長&社長めし
- - 美人スイーツ イケメンでざーと
- - 料理人がオフに通う店
- - 京のほっこり菜時記
- - 京都グルメタクシー ドライバー日記
- - きょうもへべれけ でぶっちょライターの酒のふと道
- - 本Pのクリエイティブ食事術