食知新ブログ
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BLOG京の会長&社長めし
2020.08.11
株式会社美濃与の社長が通う店「くいしんぼー山中(やまなか)」
■長瀬 文彦(ながせ ふみひこ)さん 1973年生まれ法政大学文学部卒1995年中沢乳業株式会社入社2000年株式会社美濃与入社2008年同社代表取締役社長に就任京菓子原材料専門店、本年で創業118年を迎え、昨年原材料のきな粉を自家製造する専用工場を建設。 最後の晩餐は、奥様が作るミラノ風カツレツ。全国の肉好き垂涎、近江牛ステーキの名店で、和牛本来の感動的なおいしさに出合う長瀬さんがお薦めとして挙げたのは、地元・西京区にある2軒。そのうち今回紹介する老舗ステーキ店「くいしんぼー山中」は、肉好きの間ではかなり知られた存在で、長瀬さんも約20年来のファンだという。「私が東京から京都に戻ってきた時に、うちの会社の社長だった父に連れて行ってもらったのが最初です。ランチで食べたハンバーグが衝撃を受けるくらいおいしくて(笑)。高級店なので頻繁には行けませんが、この地域でお肉といえばここという感じで、お昼を中心に父や家族と月に一度は行かせてもらっていますね。うちの遠方のお客さんに予約を頼まれることも多いです」(長瀬さん)千代原口交差点を少し南下した物集街道沿い。中心部から離れた立地ながら、京都はもちろん全国からお客が訪れる。オーナーの山中康司さんは、大学卒業後、ステーキ店などでの修業を経て昭和51年にこの店を開いた。店内は1階にカウンターとテーブル席、2階にもテーブル席があり、昔ながらのステーキ店らしい造り。気取った感じはなく、温かい雰囲気のなか食事が楽しめる。「美濃与さんはお父さんの代からのおつきあいで、40年ほどになります。長瀬社長はお菓子関係の会社の方と一緒に来てくださることもあります」と、山中さん。「お肉がとにかくおいしい。信頼できる肉屋さんからより良い質のお肉を仕入れられているので、お肉そのもののおいしさを堪能できます」(長瀬さん)「自分が食べたいもの、大事な人に食べさせたいものをお客さんに出したい。それにはちゃんとした食材を使わなあかんのです」そう話す山中さんが40年以上使い続けているのが、東近江の「マルキ福永喜三郎商店」が直営牧場で育てる未経産の近江牛だ。山中さんによれば、市場に出ている和牛の大半は、霜降りを作るためにビタミンコントロールを行い肥育されているそうだが、ここでは但馬牛を昔ながらの自然の飼育法で大切に育て、提供しているという。山中さんはその中でも38カ月肥育した肉を吟味して仕入れる。小豆色で自然なサシが入っているのが、本物の肉の絶対条件だという。「今の主流の育て方は牛にすごくダメージを与えるため、肉の脂も良くないし胃もたれするんです。でも、なるべく負担の少ない方法で健康に育てられたここの近江牛は脂の質が全然違います」と、山中さん。言葉の端々に、近江牛に対する熱い思いが伝わってくる。そんな山中さんとの会話も魅力だと語る長瀬さん。店では必ずカウンター席を選ぶそうだ。「マスターのお話が面白くて、お肉のことを語りだすと止まらないぐらい話してくださいます(笑)。お肉以外のことも詳しいし、お話を聞くだけでも楽しい。私たちも和菓子材料という食を扱う業界なので、そういうお話をカウンター越しに聞いて勉強させてもらっています」(長瀬さん)共に"食材がすべて"という考えを持つ者同士、いろいろ話が弾むようだ。丹精込めて作られる数々のメニューの中で、昼はハンバーグステーキ、夜はステーキのコースが人気だ。長瀬さんが昼に必ず頼むというハンバーグ(ランチ2800円)は、ここでしか味わえない逸品。ドーナツ状になっており、オーブンに2分ほど入れた後、中心に卵を落として再びオーブンで焼き上げる。生でも食べられるほど新鮮な近江牛に、淡路島産玉ねぎ、パン粉、塩コショウのみというシンプルさで、肉本来の味を引き立たせている。「お肉そのものもおいしいですが、半熟の目玉焼きとデミグラスソースをからめて食べるのがまたおいしくて。最後にスプーンで全部すくってご飯にかけて食べるスタイルも気に入っています。ランチに付くコーンスープとポテトもお薦めです」と、長瀬さん。その言葉通り、肉とソースととろとろの玉子の味のハーモニーがたまらなく美味。長瀬さんの夜のお薦めは、コースのメインで出てくるステーキ。「目の前でお肉を切ってくださるのを見ながら食べる雰囲気も好きです。いろんなソースで食べるというより、シンプルな味付けでお肉の味をストレートに出されていておいしい。よくお肉をたくさん食べると胃がもたれたりしますが、ここはそんなことが全然ない」(長瀬さん)写真は単品の最上特選近江牛ロースステーキ230グラム。コースでは特選近江牛140グラムが提供される。味付けは、塩コショウに香り付けの醤油を少々。絶妙に火入れしたステーキは、塩加減も上々で、柔らかく噛みしめるほどに優しい旨味と甘味が口の中に広がる。脂も驚くほどさらりとして、後口がとても軽い。「やっぱりお客さんに来てよかったと思って帰っていただくことは絶対です。だからおいしいと言っていただかないとあかんし、そのためにきちっとした食材を使ってきちっと仕事することが一番大事やと思うんです」と、もてなしについて語る山中さん。その信念のもと、時流に乗じることなく喜ばれる料理を追求しているからこそ、ファンは絶対的な安心感をもって遠方からでも通い続ける。「この二十数年、僕ら親子で通わせてもらっていますが、お店の雰囲気も今も一切変わらず、とてもアットホーム。カウンター越しに山中さんがいらっしゃる、その雰囲気もすごく好きなんです」(長瀬さん)予算は、ステーキコースで1万円~3万円ほど。昼はランチが2000円くらいから楽しめる。撮影 エディ・オオムラ 文 山本真由美■くいしんぼー山中京都市西京区御陵溝浦町26-26075- 392-3745営業時間 11時30分~14時(LO13時30分)、17時~21時(LO20時30分)定休日 火、第3月(祝日の場合は営業)
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BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜
2020.08.06
和ごころ泉「岩牡蠣のコンフィ」
奇想の一皿「岩牡蠣のコンフィ」今もその名が語り継がれる伝説の京料理店『桜田』に23歳で入店。通算10年以上に及ぶ同店での修業の後、2006年に独立。のちに、閉店した『桜田』跡に移転し、名だたる食通が認める名店として一目置かれる存在に。料理に対する真摯な思いを込めた「出汁」、自ら生産者を訪ね吟味した食材の数々、料理を引き立てる器やしつらいなど、日本料理の奥深さを改めて教えてくれる一軒。発想秘話最初は「乾物や金華ハムで出汁をとって中華風? それともバターや生クリームでフレンチっぽく?」などと考えを巡らせたのですが、そもそもバターは得意じゃないし、普段使う油といえば胡麻油と米油くらい。でも待てよ、オリーブオイルなら和食とも馴染みやすいかも...と思ったのが始まりです。そこからしばらく発想が膨らまなかったのですが、うちで毎年4月から祇園祭の時期までお出ししている三重県・あだこの岩牡蠣を使えば「絶対おいしいものになる」と思い至って、それらを合わせることにしました。自然に近い環境で育つあだこの岩牡蠣は、高い品質を保持するために生産量が限られており、地元でも滅多に食べられない貴重な牡蠣です。京都で扱っているのはおそらくうちくらいじゃないでしょうか。フレンチの料理人さんに「牡蠣に火を通してお出ししたいんやけど」と相談したところ、「牡蠣は加熱せんほうがうまい」と返されまして(笑)、さてどうやって牡蠣のクリーミーさを引き出したもんかと悩んだ結果、低温調理を試してみることにしたんです。しかし、僕が理想とするクリーミーさや食感を出すのがなかなか大変で、最適な温度や加熱時間にたどりつくまで何度も試作を繰り返しました。苦労の甲斐あって、かなり満足のいく仕上がりになったと思います。底がお椀型になったあだこ湾で豊富なプランクトンを食べて育つあだこの牡蠣は、濃厚な味わいが特徴です。店では生でお出ししていますが、今回はオイル漬けにしたあと、コンベクションオーブンを使って半生っぽく仕上げます。まずは牡蠣を殻から外し、縦方向に包丁を入れます。なぜ縦に切るかというと、細長い身の上部と下部では味わいが異なるからです。縦にカットすることで、部位による味の偏りをなくし、牡蠣のおいしさを余すことなく楽しんでもらいます。余談ですが、うちではたけのこも同じ理由で、味の偏りが出ない形にカットしています。先端と下のほうでは味が全然違いますからね。縦方向に三分割した牡蠣をオリーブオイル、ブラックペッパーとともに密封し、真空状態のまま約10~12時間オイル漬けにします。牡蠣自身の塩味だけで充分なので、ほかに調味料は加えません。味が入ったら60℃に設定したコンベクションオーブンで12分加熱し、コンフィが完成です。70℃で30分、60℃で30分、60℃で20分......とあれこれ試した結果、この設定に落ち着きました。身はほとんど縮まず、かといって生でもなく、濃厚なあだこ岩牡蠣の個性と風味をうまく引き出せたのではないでしょうか。付け合わせは湯むきしたトマト、生の玉ねぎ、大葉、鰹節を二層に重ね、オリーブオイルと少量の醤油でマリネしたものです。トマトって玉ねぎや醤油とすごく相性がいいんですよ。うちの料理に欠かせない鹿児島・枕崎の鰹節は、いつも削りたてを使います。普段から特別なことはしていませんが、出汁にはこだわりがありますね。僕が欲しい状態の鰹節を厳しく選別してもらい、尚且つ理想の枯れ具合まで調整してもらうので、注文してから入荷までにかなり時間がかかります。また、あらかじめかいておくと使うまでに酸化してしまうため、出汁をひく際にベストのタイミングで鰹節を加えられるよう、時間を逆算して用意しています。お出汁っていわば僕にとっての万能調味料なんだと思います。そこさえしっかり押さえておけば、あとはもう大変なことってほとんどありません。そもそも僕は「いかに余計なものをそぎ落とすか」に関心があって、普段から引き算で料理を考えています。たとえばうちには調味料を一切使わず、かつおと昆布のお出汁だけで炊く大根料理があります。煮詰まったらその都度お出汁を足しながら、三日間ぐらい炊き続ける。もう見た目は真っ黒ですよ。ところが味はすごく上品で、口の中に大根そのもののおいしさと出汁のうまみがフワーッと広がり、飲み込んだ途端スーッと消えていく......人間の身体は、本来そういう料理を求めてるんじゃないでしょうか。盛り付けたのは、天目専門の作家・木村盛和さんのお皿です。お造りや焼き物、デザートを盛ることもありますね。クラッカーと、熟成の進んだまろやかなバルサミコ酢をオリーブオイルで割ったものを添えています。香りがとてもフルーティーで、まあるい酸味が牡蠣によく合うんじゃないかな。献立を考える際、最新の料理誌にもひと通り目を通しますが、どちらかというと古い文献を参考にすることが多いですね。数十年前のものを引っ張り出してきて、それを自分なりにアレンジしてみたり......とはいえ、僕は料理を難しく考えることはしません。この世界に入って間もない頃、かの『吉兆』のご主人が修業先にみえて「料理は日進月歩していくが、無理に付いて行こうとしなくていい。意識を常に料理に向けていれば、自然と自分も進化していくものだ」と仰ったんです。実際、無理に料理を考えようとするとしんどくなる。アイデアなんて外を歩けばなんぼでも落ちているもの。「〇〇しなくてはいけない」と難しく考えるのではなく、何気ない会話や日々の生活の中で感じたものを、自然と料理に生かしていきたいですね。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■和ごころ泉京都市下京区烏丸仏光寺東入ル一筋目南入ル匂天神町634‐3075-351-391712:00~13:00入店、18:00~19:30入店月曜定休
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BLOGうつわ知新
2020.07.31
旧暦七夕と盂蘭盆会
梶高明梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。北大路魯山人作糸巻向付数ある魯山人の作品の中でも、とりわけ目を引くこの糸巻向付を8月のうつわとして紹介させていただきたいと思います。五色の糸巻きで七夕を連想させることから、一般的には6月後半から7月7日頃に使われるうつわです。何故そのうつわを8月のものとして紹介したのか、その理由をお話しさせていただきましょう。ひとつ目のお話は、中国の神話が関係します。牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)の恋の話はよくご存じのことでしょう。天空を支配する天帝には機織りに秀でた娘がおりました。ある時、川の東岸に住む娘と、西岸に住む働き者の牛飼いが恋に落ち、やがて夫婦になります。しかし、夫婦になって以降、ふたりとも自らの職分を忘れ、織物も織らず、牛の世話もしなくなったので、天帝の怒りを買ってしまいます。天帝はふたりを天の川を隔てて別々に住まわせ、自由に行き来できないようにし、七夕の夜にだけカササギが天の川に橋をかけ、逢瀬が叶うようにしたのです。これが夏の夜空に輝く、わし座のアルタイルとこと座のベガにまつわるお話です。ふたつ目のお話も、やはり中国から伝わった乞巧奠(きっこうでん)と呼ばれる儀式に関係があります。7月7日に女性たちは棚を設えて酒や供物を供え、五色の糸で飾りつけ、手芸や裁縫の上達を願ったと言われています。また角盥(つのたらい)に水をはって星を映し、願いを記した梶の葉を浮かべて願をかけたようです。このように牽牛・織女の神話と、技術上達を願う乞巧奠の儀式が合わさって、「七夕(しちせき)」の節句を、機(はた)を織る意味の「棚機(たなばた)」という言葉に読み替えて「七夕(たなばた)」と呼ぶようになったのです。ところが、明治6年以降、日本では太陽暦を新しく採用しました。その結果、旧暦に合致していた季節行事に、カレンダー上のずれが生じるようになります。年に一度だけ許された牽牛星と織女星の七夕の逢瀬は、梅雨明け後の晴れ渡った夏の夜空で叶えられるはずが、新暦のもとでは梅雨の真っ只中に変わってしまい、天空のデートは10年に一度実現するかどうかという難しいものになってしまいました。そんなことで、この5色の糸巻向付は梅雨が明けた後の八月初旬に使うことが似合ううつわだと思うわけです。少し話は脱線しますが、手芸や織物は主に農閑期の仕事として昔は行われていましたから、その理由からすれば、この糸巻向付は収穫後から冬の間のうつわだろうと言う人がいてもおかしくありません。結局、うつわの選定は客をもてなす亭主の考えを反映させて、「亭主の勝手にしなさい」と言うことなのでしょう。こうしてうつわについて深く学んでみると、食事のときに話が盛り上がり、うつわもご馳走のひとつになっていくわけです。古染付蓮華文平鉢俳句や歌を詠む際、季節を盛り込むために用いる言葉を季語と言います。そして晩夏を表す季語に「蓮」があります。「古染付蓮華文平鉢」はそういった意味で、7月から8月にかけて使いたいうつわです。「蓮」は極楽浄土に咲く花として慈しまれたことから仏教的なイメージがつきまといますが、うつわの模様はどれもおおむね吉祥紋、つまりおめでたい図柄が用いられています。この「蓮」も、極楽浄土の花というだけにとどまることなく、インドの神話においては梵天(ブラマン/ブラフマー)が蓮の花の中から生まれ出て世界を創造したことから、万物は蓮の花から生ずるがごとくに考えられていました。また多くの仏像は蓮台の上に設置されていますし、蓮の花から半身をのぞかせ、仏が蓮の花から生まれる瞬間の姿を表現した仏像まで存在します。そのように蓮の花は吉祥紋どころかエネルギーの源のようにさえ考えられていたのです。また中国では、宋代の学者の周茂叔(しゅう もしゅく)のエピソードと共に蓮の花が愛されていました。蓮が泥の中より生えているにも関わらず、泥に汚れることなく清浄で可憐な花を咲かせているのを見て、国の政治が腐敗し、社会に不安が渦巻いても、泥の中から蓮が立派な花を咲かせるごとく、どんな境遇でも乱れた世に希望をもたらす人物は必ず現れると唱えたのです。橋の欄干や船端に寄りかかって、蓮を眺める周茂叔の姿は日本の画家たちによっても描かれ、陶芸家によっては盛んにうつわに絵付されてきました。この「古染付蓮華文平鉢」が作られた17世紀初めの明朝末期は、未だ陶磁器を素焼きする技術はなかったため、このような蓮弁の繰り返し模様でさえも、下書をせず、いきなり呉須を筆に含ませて、一気に描いていたと言われます。細やかな筆運びを行いながら、全体のバランスにも配慮できる力が絵付け師に求められたのです。裏面の高台の内側には「大明成化年製」と記されています。高台内に描かれた文字や図形から製作された場所や作者が特定できるのかと尋ねられますが、製作年代や様式を探るための手掛かりになることもありますが、大半の場合は特に意味を持たせず習慣的に描かれたものだったようです。この鉢に描かれた「大明成化年製」は明国の成化年間(1465~1487)に作ったという意味です。しかしこの言葉は、後世の日本の多くの伊万里のうつわにも描かれるほどで、この古染付の製作年代とも異なることから、とりたててこれに意味を求めることは無理なようです。天啓赤絵鮑形鉢次に、やはり明朝の同時期に作られた「天啓赤絵鮑形鉢」をご紹介します。天啓赤絵は明朝末期の天啓年間(1621年 ~1627年)に製造された色絵磁器を意味するのですが、その区別が困難なことから、染付を伴わないか染付に重きを置かない絵付けの色絵を「天啓赤絵」と呼ぶ傾向にあるようです。貝の形はそれを女性器に見立てることから、雛祭りのころに用いることもありますが、魚や海老が描かれ海の匂いも感じられることから8月のうつわとして紹介させていただきます。鮑は神様へのお供えものである新撰(しんせん)として用いられてきた縁起ものです。ところで、「古染付蓮華文平鉢」と「天啓赤絵鮑形鉢」を皿や向付ではなく、鉢と呼ぶのはどうしてだろうか、と疑問に思ったことが以前ありました。単純に、サイズの大小での呼び分けでも正解なのですが、それだけでは充分な区別にはならないようです。鉢はそのサイズ、さらに希少性や品格によって、皿や向付より上位に位置付けられているようです。ですから、場合によっては数物として生まれたにも関わらず、多くが失われてしまった結果、鉢として扱われるようになっているものもあるように思います。浮田一蕙筆「盂蘭盆会(うらぼんえ)」浮田一蕙筆「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と「盆踊り」の二本を8月の掛軸としてご紹介いたします。「盂蘭盆会(うらぼんえ)」は、地獄の責め苦から救う意味、或いは逆さ吊り刑を意味する「ウラバンナ」が語源だといわれています。お釈迦様の16人の弟子のひとりが、亡くなった自分の母が飢餓道に堕ち、一切のものを口に入れることが出来ずに苦しんでいることを知ります。その原因は、母が自分を養うために他人への施しを拒んだことによると解り、彼は悩み苦しみます。そしてお釈迦様に自分の心情を訴え、お盆の日に母に代わって人々に施しを行うことを勧められます。その結果、施しは母にも届き、母は地獄を抜け出すことも叶ったのです。従って、この絵も吊り灯篭の下、人々がお供えを運ぶ姿が描かれています。浮田一蕙筆「盆踊り」もう一方もお盆の情景が描かれています。盆踊りをする人々の中に顔を隠して踊る女性がいます。お盆には亡くなった先祖が現世に戻ってくると信じられていますので、顔を隠し、供養する人の着物を着て、その人に扮して踊っているのです。どちらの絵も、多くを描かずにさらりとした表現で、情緒やその風情を伝えています。今月もいくつかのものを紹介しましたが、それらを鑑賞することは勿論ですが、それらを理解するための私たちの教養が必要だということにもお気づきいただけたでしょうか。日々何気なく通り過ぎているものに、深いストーリーが隠されています。ぜひ、立ち止まって調べる楽しみを発見してください。
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BLOG京のとろみ
2020.07.31
「中華処 楊」の中華風カツ丼
中華料理はとろみの宝庫だ!八宝菜、酢豚、麻婆豆腐、エビチリ、フカヒレ、天津飯・・・・・・数えあげたらキリがない。 そんな中華料理の中におそらく賄い料理から始まったであろうカレーライスやカツ丼をメニューに載せてる店がけっこうある。今回は四条堀川の交差点を少し東に入ったところにある「中華処 楊」さん。ランチ時は周辺のサラリーマンやOL、近所の常連さん達で賑わっている。昼夜通し営業なのもありがたい。こちらの大将は一見すると喧嘩の強そうなイカツイ感じだが話をすると人柄の良さや優しさが伝わってくる。いろんなボランティア活動もされてるみたいだ。 そして、こちらの名物的料理が中華風カツ丼!ごはんの上に薄めのカツが乗り、たっぷりの中華餡がかかっている。サクサクしたカツと少し甘めのあっさり餡が実によく合う。他の料理も全体的にあっさりで土台となる中華スープがしっかり作られてるのがわかる。 カレー餡に変更も可能だと聞いたので次回は中華風カツカレー丼にしてみよう。
ハリー中西
料理カメラマン
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BLOG京の会長&社長めし
2020.07.30
株式会社野村佃煮の社長が通う店「heich(エイチ)」
■野村 啓介(のむら けいすけ)さん 1969年9月生まれ。大学卒業後、ケンコーマヨネーズ株式会社に入社、その後株式会社野村佃煮へ入社。同社専務取締役、2014年に同社代表取締役社長に就任。最後の晩餐は、自分で漬けた梅干し入りの海苔巻きおにぎりと、ゆで玉子。どこか懐かしく、新しい。京漬物を巧みに生かした多彩な和洋の味に出会える京都を代表する名産品として、昔から高い人気を誇る京漬物。今回野村さんが推薦するのは、この京漬物を使ったメニューが楽しめると注目のバル「heich」だ。昨年12月9日、四条烏丸近くにオープンした。「京漬物『西利』の平井社長の弟さんが始めたお店。オーナーの平井君とはJC(青年会議所)時代からの知り合いで、オープン間もなくの頃にJCの仲間5人で訪れたのが最初です。メニューには漬物を使った料理があって、どれもおいしい。僕は新年会などの宴会の二次会で使うことが多いのですが、しっかり食事をする場合にもおすすめです」(野村さん)烏丸通沿いのビルの地下1階。カウンター5席、テーブル12席の小ぢんまりとした店内は落ち着きのある雰囲気で、くつろいで料理や酒を味わうことができる。その居心地の良さとオーナーの平井栄二さんがいる気安さもあり、野村さんにとって早くも行きつけの一軒になっているようだ。「野村社長には、よく数人のお仲間の方とご利用いただいています。探求心が旺盛で、知らないことはないくらい物知りのうえ、話し上手なこともあって、いつも皆さんの笑いが絶えないお席になっています。ご挨拶に伺った際も、逆に私のほうが楽しませていただいたり、教えていただいたりすることもあります」(平井さん)「西利」で飲食部門などを担当してきた平井さん。これまでの経験を踏まえ、「そのまま食べるだけではない、漬物のいろいろな楽しみ方を提案したい」と、自身の店を開いた。ここでは「日本人には目新しいがどことなく懐かしく、外国人にはなじみがある外見ながら、いつもと違う新しさがある」料理を目指しているという。メニューはアラカルト主体だが、予算に合わせておまかせコースを用意することも可能。京都の老舗イタリアン「フクムラ」出身のシェフが、京のもち豚と京漬物の炒め物、お漬物きんぴらといった自慢の漬物料理に加え、イタリア風串焼き、生ハム、刺身、パスタなど、和の要素も織り交ぜながら多彩なメニューを仕立てている。漬物料理といっても、漬物が前面に出るものばかりではなく、ポン酢やソースに入れたり、漬け汁をきんぴらに使ったりと、調味料として利用しているものも少なくない。「お漬物を使うことによって、味にコクや深みが出て、口当たりがやわらかくなるなど、料理が一層引き立つんです。洋食も日本人が食べてほっとするような味になっていると思います」と、平井さん。発酵食品である漬物は、旨味が豊富で素材の味を引き出してくれるのだという。人気メニューの「京赤地鶏としその実漬のトマト煮込み」800円(写真の漬物は奈良漬)は、ジューシーな鶏肉に絡むソースが深くまろやかな味わいの一品で、しその花の香りが和を感じさせる。 キタアカリを使った野村さんおすすめの「ベーコンポテトサラダお漬物タルタル」650円。タルタルソースにはキュウリのしば漬「むらさきの」を刻んだものが入っている。ソースは酸味控えめで、ほくほくとしたジャガイモの素朴な甘味や風味が楽しめる。漬物の食感がアクセントに。また、奈良漬けとその酒粕を使ったユニークな「奈良漬けバター」700円もおすすめだ。「レーズンの代わりに奈良漬けが入っているんですが、なかなかいけますよ」(野村さん)レーズンバター好きの平井さんの要望で生まれたこの一品は、奈良漬けのほどよい甘味と発酵バターの濃厚な味わいが好相性。ワインやウイスキーはもちろん、日本酒や焼酎などにもよく合い、持ち帰りを希望するファンの声も多いという。野村さんは、漬物料理以外では、イタリア風おでんの「ボリートミスト」や「地鶏のレバーパテ」などもお気に入りだという。「ワインもいろいろ楽しめます」と、野村さん。イタリアのほか、フランス、ポルトガルのものが中心で、3000円台の手頃なものから高級ワインまで、幅広く揃う。また専門店以外の個人店では珍しい「エノマティック」のワインサーバーを備えており、高級なワインをグラスで楽しめるのも魅力だ。グラスワインは600円~。プレミアムワインのグラスはその時々で内容や価格が変わり、1000円~。販売はしていないが、料理に使用している「西利」の京漬物がショーケースに並ぶ。「ここに来ると、JCの知り合いに会うこともよくあります」(野村さん)一番奥のテーブルは、野村さんが親しい仲間たちと心置きなく過ごすお決まりの席だ。一軒目にも二軒目にも使えて、予算は飲んで食べて4000~5000円というリーズナブルさもうれしい。「今は京都のお客様が中心ですが、常連客、観光客、どちらの方にも楽しんでいただける"大人の居酒屋"でありたいと思っています。今後は観光の方にももっと気軽に入っていただけるようにして、京都のいい思い出作りに少しでもご協力できれば」と、平井さん。オープンしてまだ半年余り。どんな新しい味やサービスに出合えるのか、これからも楽しみにしたい。撮影 エディ・オオムラ 文 山本真由美■漬物と料理と酒と... heich京都市中京区手洗水町650 四条烏丸スタービルB1F075-231-8181 営業時間 17時~24時(LO23時30分) ※しばらくの間、営業時間を短縮させていただいております。お手数ですがお電話にてお問い合わせください。定休日 日https://heich.owst.jp/
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BLOG料理人がオフに通う店
2020.07.28
「PIZZERIA DA NAGHINO ピッツェリア ダ・ナギーノ」-「Osteria CONACINETTA」坪内拓さんが通う店
「Osteria CONACINETTA」オーナーシェフ坪内拓さん京都のイタリア料理「ボッカ・デルヴィーノ」で修業したのち、イタリアのプーリア州に渡り、マルティーナ・フランカという町の一軒のオステリアで腕を磨いた坪内さん。修業先は小さな家族経営の店で、店主の個性がよく打ち出されており、日本と同じく、旬を大切にしており、素朴でいて奥行きがある食文化に魅了されたという。自身の店では、プーリアの郷土色を大切にパスタやパン、タラッリなどの粉物をはじめ、生ハムやサラミ類もできる限り、手作りを守る。そこに京都の農家から直接買い入れる野菜などを用いて、自分自身の味として打ち出し、多くの人を魅了している。三條実永さんが自身のピッツェリアをオープンしたのは2018年8月。東京で生まれ育った三條さんは、もともとグラフィックデザイナーを目指していた。研修のため、イタリアのデザイン会社で働くことになり、イタリアに渡ったのだが、不思議な縁でナポリのピッツェリアで働くことになったという。「向こうのデザイン事務所での仕事が自分のやりたかったこととあまりに違うこともあって、どうしようか悩んでいるときに、たまたま日本人の知り合いがナポリのピッツェリアで働いていて、自分が帰国するので空きが出るから、働いてみないか?と声をかけてくれたんです。ナポリで食べたピッツァの美味しさに衝撃を受けたこともあって、そのまま流れに乗ったという感じでしょうか(笑)」(三條さん)ナポリのピッツェリアでは、ピッツァイォーロという生地づくりから全体を統括する職人と、フォルナイヨという焼きを専門とする職人とに、作業の役割分担がはっきりしているそうだ。三條さんは、まず焼き方として修業を積み、最終的にはピッツァイォーロのサブの役目を勤めるまでになった。「ナポリでピッツアづくりに携わるようになって、その面白さに完全に魅了されました。各店で生地の味わいもちがうし、具材の組み合わせにも個性があって、お客さんもそれぞれの店の味にファンがいるんです。ナポリの住民全体がピッツアを愛し、誇りを持っていて、さすがピッツアの伝統がある街だと思いました」(三條さん)帰国後は、東京の「ピッツェリアGG」など、ナポリ風ピッツァの名店でさらに経験を積む。その後、シンガポールで4店舗のピッツェリアを展開する仕事を任され、人材育成なども手がけた。ピッツァの道一筋に数々の経験を積んで、ようやく自分の店を持つことになった。なぜ京都に開店したのか?その名前からも想像しやすいのだが、実は三條さんは公家の出身。小さいころから京都によく来ていたそうだが、父祖の地であるここ京都で自分の店を始めたいという気持ちが強くなっていったという。三条京阪から歩いてすぐの場所にある、この看板とオリーブの鉢植えが目印。「京都では、なかなか行きつけのピッツェリアがなかったのですが、こちらの店が開店してからは"あ、ここだ!"という感じで、その日から行きつけになりました(笑)」(坪内さん)「自分の店を始めるにあたっては、出来る限りナポリの味を踏襲することを心がけました。とくにピッツァ生地については、ナポリでは水分が少なめでしっかりとして歯応えがある生地が好まれるんですが、日本人はもちっとした食感を好むので、水分量を調整して、9割ナポリ、1割日本人好みの食感を意識した生地にしています」(三條さん)小麦粉、オリーブオイル、モッツァレラチーズ、トマト缶など8割以上の素材はすべてイタリアから取り寄せている。もちろんピッツァ窯もナポリの専門メーカーから船便で取り寄せた。店名の「ダ ナギーノ」とは、ナギーノの店という意味。ナギーノとは、三条さんがナポリで呼ばれていた愛称で、そのNとナポリのNをあわせて、窯の中央には誇らしげに「N」の頭文字がついている。生地をサッと伸ばして、具材をのせ、あっという間にピッツァがかたちづくられる。ピッツァは三條さんが前の日から用意しておいた生地を伸ばし、具材をのせ、窯入れする。熊本から取り寄せた楢の薪を使い、窯内の温度を550度近くまで上げる。薪を立て、炎を巧みに起こして、窯全体に熱が滞留するようにして、ピッツアを入れる。一度、取り出し、向きを変えて再度入れて、全体に焼きを入れていく。焼き時間はほぼ一分半、あっという間に焼き上がる。しっかりとした生地は、ほんのりモチモチ感をあわせ持ち、小麦の甘味をしっかりと感じさせる。ご自慢のピッツァ窯でピッツァを焼き上げる。ナポリ、東京、シンガポールで長年、磨いてきた腕をふるう瞬間。「イタリア料理やピッツアは、家族や友人とワイワイしながら食べるのが僕の理想です。現地の空気を感じさせるメニュー構成や、家族や子供連れでも気兼ねすることのない雰囲気も魅力です」(坪内さん)。チェックのクロスが、カジュアルでアットホーム、明るい雰囲気を醸し出す店内。人気のマルゲリータ1100円(価格は全て税別)。モッツアレラチーズはナポリのカゼルタから取り寄せている。ナポリ特有の青菜、フリアリエッリは菜の花に似た風味。フリアリエッリとローズマリーの香りを利かせたサルシッチャ(自家製ソーセージ)、モッツアレラをのせたサルシッチャ エ フリアリエッリ1550円。つまみにぴったりの料理も揃う。フリッタティーナ(グラタン入りコロッケ)2個入り480円(上)、写真下は、カラマーリ・フリッティ(スルメイカのフリット/下)850円。スターターとして何品かのフリット料理とイタリアンビールを頼んで、ピッツアの焼き上がりを待つという人も多い。イタリアのビールもおすすめ。アントニアーナ マーレキアーロ(左)、ナストロアズーロ(右)、共に750円。温かな色合いの店内の壁には、三條さんの修業時代の思い出の写真が並ぶ。「今日は外食の日という時に、どこにする?と妻に相談すると必ずノミネートされる一軒です(笑)。料理はもちろんですが、程よい広さと温かなサービス、店の雰囲気もとても良くて...。三條さんとのご縁は、以前、ここにおられたスタッフの方がうちの店にきてくれたことがきっかけだったのですが、話をしていて、お二人の信頼関係を垣間見ることができて、そのうちに三條さんも来てくださるようになりました。イタリアの話や僕の知らないピッツアの世界の話、自営業同士の話など、話が盛り上がりました。とても温和で、こちらがリラックスできる三條さんの温かな人柄が、この店の心地よさに繋がっていると思います」(坪内さん)Nの頭文字が誇らしげピッツァ窯の前で微笑む三條さん。温和な人柄が伝わってくる。「ナポリにおけるピッツェリアは、老若男女、いろいろな人が気軽に来て、食事を楽しむ場所。京都でもそういう場所をつくっていきたいと思っていますし、実際、いろいろな方が気軽に訪ねてきてくれています。ナポリから来られた方から日本でこんな懐かしい味に会えるとは!と喜んでもらうこともあります。今、日本人スタッフ二名に、イタリア人のピザ職人が加わって、このメンバーで、楽しくて美味しい食のひとときを作り上げていきたいと思っています」(三條さん)撮影/竹中稔彦 取材・文/ 郡 麻江■PIZZERIA DA NAGHINO ピッツェリア ダ・ナギーノ京都市東山区七軒町20-2 サングリーン1F075-744-656811:30~15:00、17:30~21:30(LO)(22:00 CL)不定休
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BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜
2020.07.23
祇園 又吉「鱧と和風サバイヨンソース」
奇想の一皿「鱧と和風サバイヨンソース」「ホルモンの赤だし」プロのダイバーに憧れ、将来は海の近くでペンション経営でも...と考えていた沖縄時代の若き又吉青年。ところが17歳の時、ふとテレビで目にした『祇園 丸山』のドキュメンタリーに衝撃を受け、同店への入店を決意。残念ながら希望は叶わなかったものの、名門『炭屋旅館』で頭角を現し、2008年独立。名店がしのぎを削る祇園町の中心で、確かな存在感を放つミシュラン星付きの実力店。発想秘話まずは「夏の食材で何か一品」と考え、鱧か鰻を使ってみようと思いました。夏の食材をいかにも夏っぽい冷たい料理に仕上げるのはつまらないので、今回はあえて温かいソースと合わせてみます。そしてもう一品、京都の酷暑に負けない精のつく料理をと思い、ホルモンの赤だしを添えることに。ホルモンが好きなお客様のために、白味噌仕立ての汁物をお出しすることはありますが、赤だしで作るのは今回が初めて。「夏には重たすぎるのでは?」と感じるかもしれませんが、これが意外とそうでもないんですよ。では早速作っていきましょう。メインの食材に選んだのは明石の鱧。鱧と一緒に盛り込むのはトマト、きゅうり、国産の岩茸(いわたけ)です。岩茸というのは岩にくっついて生える天然の茸。最近は採れる人がどんどん減っていると聞きます。掃除がすごく手間なのですが、わさびとの相性が良く、うちでは炊いたものをお造りのあしらいに使っています。左上のお皿は鱧の骨。一度塩漬けしてから油で揚げて骨せんべいにします。鱧を骨切りし、鱧落としにします。鱧を「落とす」のは、鱧の骨からとったお出汁。この出汁はこれから作るサバイヨンソースを伸ばすのにも使います。いきなり身をすべて落とすのではなく、まずは皮目の部分だけにしっかりと火を入れます。皮目がやわらかくなったら全体を沈め、軽く火が通ったら引き上げます。固い皮目は長めに火を通し、やわらかい身の部分は余熱で火を入れるイメージですね。鱧落としと同時進行でソースの用意も進めていきます。サバイヨンは卵黄を使ったイタリア発祥のソースで、野菜や果物にそのままかけたり、ほかのソースを作る際のベースに使ったりするものです。今回は卵黄に先ほどの鱧の骨からとった出汁を加え、軽めの和風サバイヨンソースに仕上げます。固まらないよう休まず手を動かしながら、80℃のお湯で5分くらい湯せんします。今日は熱伝導がゆっくりな陶器の壺を使っていますが、金属のボウルだともっと短い時間で出来上がります。温かいソースなので、味付けはさっぱりと軽い感じに。鱧落とし、トマト、きゅうり、岩茸を皿に盛り付け、温かいソースをかけて完成です。トマトは油を塗り、塩を振って焼いたもの。きゅうりは塩で揉んであります。とろっとした岩茸や、部位によって脂のノリ具合が違う骨せんべいの食感も楽しいと思います。では引き続き、滋養のつくホルモンの赤だしに取りかかります。今日使うのは飛騨で料理人をしている後輩が送ってくれた飛騨牛のホルモンです。きれいに掃除したあと、だしで炊いて一晩寝かせます。一日置くとこのように脂(ラード)が分離します。ホルモンだけでなく、副産物として出た「ラード」を調味料として使うのがポイントになります。出汁に赤味噌を溶かし、ホルモンとラードを加えます。ラードを適量加えることで、スープにコクや深みが出ます。ここで大切なのは、あまり火を入れすぎないこと。ホルモンが温まる程度で十分です。あまり炊きすぎると出汁が「焼け」て味が変わってしまうので、炊き過ぎとラードの量に気をつけて......沸々してきたら完成です。仕上げに生の針ごぼうを乗せ、唐辛子を振って出来上がりです。どて煮なんかもそうですけど、ホルモンと赤味噌って相性が抜群なんですよね。後から加えたラードもいい感じでしょう? 決してしつこくなく、コースの終盤でもおなかにスッと収まるんじゃないかと思います。僕は「やりたがり」のタチなので、やりたいと思ったことは一通りやってきたと思っています。その結果、今は基本に立ちかえって一からやり直している感があります。例えばいい昆布を使ったり、かつおをちゃんと削ったり、「仕込んでおく」ことをやめて、丁寧な作業を心掛けたり。大変ではありますが、要は「手間をかける」ことが一番じゃないのかなって改めて感じています。お客さんのリクエストで目先の変わった料理を作ることもありますが、中身は正統派というか、純和風な料理に回帰していっています。お客様が料理を召し上がる様子を見ていると「食べたものがどんどん消化されているな」というのが分かるんですよ。僕は食材の力だと思っているのですが、ちゃんとした野菜や調味料を使っていると、食べながらどんどん消化が進むんですね。お年を召した方でも、しっかり最後まで食べ切ってくださる。今日の赤だしにしてもそうですが、ただおいしいだけじゃなく、食べた人を元気にするような「身体にいい」料理を提案していきたいと思います。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■祇園 又吉京都市東山区祇園町南側570‐123075-551-011712:00~13:00 18:00~20:00不定休
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BLOG京のほっこり菜時記
2020.07.22
「鮎」
鮎ほど多くの呼び名をもつ魚が、ほかにあるだろうか。独特の爽やかな香気をもつから「香魚」、一年で一生を終えるから「年魚」、泳いでいる祭に口が銀色に光るから「銀口魚」などなどほかにも。群馬、岐阜、奈良では鮎を県魚に指定していることをみても、鮎がいかに日本人に愛され食されてきたかがわかる。京都でも鴨川などで獲れるほか、滋賀県産の鮎が生きたまま届けられ、6月以降夏の間、多くの料理屋で鮎料理を出す。錦市場の川魚店やスーパーなどで購入できることもあって、家庭でも塩焼きや天ぷらにして食卓に並べる。我が家の鮎料理は、もっぱら稚鮎の塩焼き。洗って振り塩し、網の上でさっと焼く。料理屋では蓼酢が添えられるが、うちでは何もつけず熱々をそのままパクリといく。鮎は草食で臭みがなく、スイカやキュウリのような爽やかな青々しい香りがすると一般的には言われている。ただ、私がスーパーで買うものは養殖だからだろうか、それほど青々しい香りを感じたことがない。美味しいのは、やはり料理屋で食べる天然もの。まるで泳いでいるかのように串打ちし、皮はパリッと、身はふっくらと炭火で焼いてくれる。以前、料理屋のご主人がおっしゃっていたが、本来魚は造りが最上の料理とされるが、鮎だけは別で、塩焼きが上等なのだという。確かに、独特の香りや内臓の苦味を一番堪能できる。私も数えきれないくらい?鮎を食べてきた。稚鮎などは一度に10尾ほど食べることもある(笑)。どこでいただいても、もちろん美味しいのだが...。嵐山の鵜飼い漁の鮎は特別だった。日が暮れた頃に屋形船に乗り込んで、川風に吹かれ待っていると、ドオン、ドオンと太鼓の音とともに、鵜飼いの船が近づいてくる。パチパチと音をたてて爆ぜるかがり火に、古式ゆかしい風折烏帽子装束の鵜匠の姿が照らしだされる。鵜匠が手に握る紐の先には鵜がつながれていて、鵜匠の指図で川にもぐり鮎を獲ってくる。無心に鮎を獲る鵜の姿を見ていると、ほんとうに一所懸命で、思わず「偉いなあ~」という言葉が口をつく。漁の様子は思い描いていた以上にドラマチックで、なんだか江戸時代にタイムスリップした気になった。その日、鵜飼い鑑賞の後に食べた鮎は、いつも以上に美味しく感じられた。ひょっとしたら鵜が獲ったものではなかったかもしれないが...。先日、「新しい料理屋が開業した」とお誘いいただき訪ねた。日本料理と日本酒「惠史(さとし)」だ。店主は、和久傳で長年腕を磨いた保科知史さん。2020年6月に独立して小川通御池に自店を開業した。奥様とおふたりで店を切り盛りされている。おまかせコース1本という割烹が多いなか、この店ではまず3品のおまかせが出て、その後は好みの料理をアラカルトで注文できる和のプリフィクススタイル。すっぽんの煮凝りや造りなどおまかせ3品をいただき、その後、稚鮎南蛮漬や鰻白焼き、いちじく白和えなどあれこれ一品料理をいただいた。どのお料理も丁寧につくられていて、ほっとする味。誠実なご主人の人柄と奥様の家庭的なもてなしも気持ちいい。コースで7品、8品などたくさんは食べれないが、ちゃんとした和食で飲みたいという日にちょうどいい。カウンター7席とテーブル4席というこじんまり加減もほどよく、すっかり腰を据えて飲んでしまった。稚鮎の南蛮漬けは、やはり丁寧な調理がうかがえる料理だった。しっかり体をうねらせお皿の上で泳いでいるような姿が美しい。サクッと揚がってほどよい酢加減。そえられた素麺南瓜のシャキシャキ感が箸を進ませる。「また京都にいい店ができた」と、さっそく東京の友人に自慢した。■日本料理と日本酒 惠史(さとし)京都市中京区宮木町小川通姉小路下ル471-2075-708-632117時~23時不定休
中井シノブ
ライター
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