食知新ブログ
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BLOG料理人がオフに通う店
2020.12.25
「ELTESORO」(エルテソロ)-「Cantina ROSSI」の中川浩さん・美弥子さん夫婦が通う店
「Cantina ROSSI」のオーナーシェフの中川浩さんと妻の美弥子さん。 オーナーシェフの中川浩さんは、建築士として新しい町づくりなど、いくつもの都市開発のプロジェクトを手掛けてきた人。仕事で訪れたイタリアにすっかり魅了され、39歳のときに思い切って建築士をやめて、妻の美弥子さんと共にイタリアンレストランをオープンさせた。当時、たまたま親しくしていた「レストラン・フクムラ」の福村賢一オーナーシェフや、金沢の「イル・ガッビアーノ」の金山貴永オーナーシェフのアドバイスを得て、当時、まだ日本では先駆けともいえる生パスタを食べられる店として、口コミで多くのファンを獲得していった。パスタと並んでこちらもファンが多いドルチェは、美弥子さんが担当。夫婦の息のあったもてなしで、和やかな食のひとときを楽しめる。 祇園、縄手通に面したモダンなビル一階の奥深くに佇むオーセンティックなバー。ふと見ると艶やかなカウンターの上にいくつも美味しそうな焼き菓子が並んでいる。実はこれ、オーナーバーテンダーの大塚祐也さんの手作りだというから驚いてしまう。「カクテルもお菓子も大好きなんですが、この二つはよく似ているんですよ」どちらも素材の組み合わせや配合でさまざまな味のバリエーションが作れることや、クリームをどこまで泡立てるか、どこで止めるかといった呼吸は、カクテルのシェイクやステアに通じるというのだ。 もともとは静岡県で車の整備士をしていたが、ある時、バーで手伝いをした時にカウンター越しの接客の面白さを発見したという。縁がつながり、京都のバー「K6」に入り、8年間修業をしたのち、2006年に念願の自分の店をオープンした。昔からお菓子作りは好きで、その時にすでにお菓子教室にも通い続けており、自分が好きなお菓子とカクテルを楽しめるバーにしたいと、店のコンセプトを定めたという。鮮やかな手つきでカクテルを作る大塚さん。その手から、未知なる甘やかで美味しいカクテルが生み出される。 「とにかくカクテルがまるでドルチェみたいなんです!カクテルだけでももちろん美味しいのですが、カクテルにマッチングするドルチェを添えて出してくれるのも楽しいですね。いつも大体カクテルの種類はお任せですが、本当に美味しくて、その日の気分にぴったりくる味を作ってくれるんです」と話す中川さんは、妻の美弥子さんと二人でよくここに飲みにくるという。「僕も中川さんの料理が大好きで、妻と一緒によく伺うんですよ。お気に入りはアマトリチャーナ。あと奥さんのドルチェが、センスがとても良くて美味しくて、いつもすごく勉強になります」と大塚さん。 現在は、妻の寿弥さんも共に店に立って、夫をサポートしている。夫婦でお客さんとの会話を楽しみながら、息のあったもてなしがとても心地よい。 さっそく、その"ドルチェのような"カクテルをお願いしたてみた。最初に出てきたのは、エスプレッソ・マティーニとシナモンのパウンドケーキ。エスプレッソ・マティーニは、ウオッカをベースに、エチオピア・モカの豆を粗挽きにしてラムで漬け込んだ自家製コーヒーリキュールを合わせた、甘・苦のバランスが絶妙のカクテル。どこまでも濃く、深く、コーヒーの香りがずっと余韻となって染み込んでくる。その濃厚な味わいと添えられたシナモンケーキのよく合うこと...!パウンド生地はバターの代わりにオリーブオイルで軽やかに仕上げており、くるみと、なんと粗くおろした生のズッキーニが入っていて、しっとりした感と歯触りを生み出し、一口頬張るとたっぷりのラムレーズンとシナモンの香気ふわりと立つ。エスプレッソ・マティーニ ドルチェ付き 1300円。大人向けの濃厚な組み合わせ。ドルチェ単体は全て300円。 次に出てきたのは薄緑がかった美しいカクテル、サンジェルマンとクリームチーズのテリーヌのペアリング。シャルトリューズをベースに、グレープフルーツとレモン果汁の柑橘系を効かせて、泡立てた卵白を合わせて仕上げる。口に含んだとき、薬草と柑橘の香りが満ちて、高原の風が吹き抜けるような爽快感が広がっていく。そのあとにクリームチーズのテリーヌを食べるとクリームチーズの甘酸っぱさと生地の粒つぶ感がさらにフレッシュさを添えて、美味しさの連鎖が止まらない。カクテルとドルチェの爽やかさの相乗効果はクセになる!サンジェルマン ドルチェ付き1300円。クリームチーズにサワークリームを合わせて、ラストにコーンスターチを加えて仕上げるテリーヌは、滑らかでクリーミーな生地の中の粒つぶ感がたまらない。 ラストに登場したカクテルには、さらに驚かされた。その名も、イチゴのhフローズン。ぱっと見ただけでは完全にパフェ、なのに、口に入れるとちゃんとお酒が入っているのはわかる。 ゴディバのチョコレートリキュール、ブランデー、クランベリージュース、バニラアイスをブレンドし、大きめのカクテルグラスに入れて、フレッシュなイチゴを添える。「お酒の入ったドルチェとしても、カクテルとしても楽しんでいただけます」カクテルドレスを纏った貴婦人のような雰囲気のイチゴのフローズン、1300円。 お酒が弱い人には、お菓子だけでもオーダーできるのも嬉しい。ココアシフォンケーキはシフォンケーキの中でも人気の一品。オリーブオイルを使ってしっとりしながらも軽やかな味わいで、和三盆を加えて泡だてた生クリームはどこまでもなめらかで、ケーキにとてもよく合う。ホールでリクエストされることもあるというシフォンケーキ。ただ軽いだけでなくしっとり感が素晴らしい。300円。「ケーキをホールで欲しいというお客様もおられますよ(笑)」その気持ち、とてもよくわかる...!筆者もバースデイケーキをお願いしたいと思わず、考えてしまったほど。 材料を吟味し、丁寧に作ったドルチェと、同じように大切に作ったカクテル。二つの極上の味は、まさしく、幸せな出会いに他ならない。 もちろん、マンハッタンやギムレットなどのクラシックカクテルも、マスターはとても大切にしている。オーセンティックなバーとして楽しむもよし、ちょっと甘いものが食べたいなあと思う時に、ドルチェとカクテルのペアリングを楽しむもよし。「祇園のバーだからと言って、緊張などされずに、肩の力を抜いて、楽しくお酒を飲んでいただきたいです」(寿弥さん)。 カウンターの向こうで笑顔の二人が暖かく出迎えてくれるバー。そこには、甘いお菓子とお菓子のような素敵なカクテルが待っている。うっとりするような幸せな組み合わせを、大切な人とゆっくり満喫してほしい。仲の良い素敵な夫婦の会話に、こちらもすっかり打ち解けてしまう。寿弥さんは長年、呉服関係の仕事をしていた和風美人。キリリとしたバーテンドレスの服装もとてもよく似合う。■ELTESORO京都市東山区弁財天町19 大和ビル1F075-541-177016:00~翌3:00水・木曜休席料 500円、価格は税別、サービス料なし撮影/竹中稔彦 取材・文/ 郡 麻江
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BLOG割烹知新〜奇想の一皿〜
2020.12.14
祇園 おかだ「鯨の尾の身のカルパッチョ」
奇想の一皿「鯨の尾の身のカルパッチョ」一流店ばかりが軒を連ねる祇園町南側。コースのみのお店も少なくない中、開店当初から一貫して数多くの一品料理を用意する『祇園 おかだ』。店主の岡田さんは「分かりやすいメニューばかりのお店です」と破顔しますが、品書きを見ればその途方もない労力は明らか。料理ひとつひとつから真摯な仕事ぶりが伝わってくる、京都でも指折りの名割烹です。発想秘話実は今回のお話をいただいたあと、仲良くしている隣(リストランテ t.v.b)のシェフに相談してみたんです。僕が普段使っている食材を持って行って「これで何か作ってみてよ」って。すると、ものすごくいろんな料理を作ってくれたんですが、それを見た時に「イタリア料理と和食では考え方がまったく違うな」とつくづく思い知ったんです。逆に僕らがブイヨンやらを作っても、やっぱり「和」の味になってしまう。パスタを作ったとしても、味わいは「和」になるんです。それを無理矢理「洋」に近づけようとしても、モノマネというか「なんちゃって」にしかならない。そう思い至ったときに「できないことはやらんとこ」と、逆に肩の力が抜けました。品書きを見てもらえば分かるように、うちでは食材をダイレクトに味わってもらうことが多いです。創作っぽい料理とか、アレンジしてどうこうっていうのはほとんどないですね。なので今回のお題に関しても、素直にうちのカラーを出せばいいんじゃないかと思って、普段出しているお造りから発想を膨らませました。僕は今でも毎朝市場に行くんですが、ちょうど尾の身のええのがあったので、今回はミンク鯨の尾の身をカルパッチョ風に仕立てようと思います。鯨はよく使う食材ですし、ベーコンも普段から自家製を仕込んでいます。尾の身の造りといえば生姜醤油で食べるのが一般的ですが、今日は田楽味噌や銀杏のソースで変化をつけたいと思います。銀杏は香りもいいですし、味もやわらかくなっていいかなと。色もきれいですしね。生の銀杏を裏ごしして、吸物地に加えます。これを加熱すると、自然なとろみがでてきます。毎年7~8月頃には「鱧と銀杏のすり流し」を作りますが、その「銀杏のすり流し」を応用したものですね。味付けは塩と醤油を少々。この型ですか? これはお遊びでお寿司のケーキを作るときなんかに使っています。今日は見た目が重要なので(笑)、型を使って立体的に盛り付けていきましょう。ショートパスタのように見えるのは揚げた湯葉スティックです。盛り付けに高さを出したくて添えてみました。あしらいは他に百合根、水菜、あさつき...あとは生姜とすり下ろした大徳寺納豆を全体にまんべんなく散らして完成です。尾の身に田楽味噌ベースのたれをかけましたが、当初は味噌でなく、生姜醤油のジュレを使う予定だったんです。ところが昨日の夜中に「味噌でやったらどうかな?」と思いついて、急遽味付けを変えてみました。脂の乗った尾の身と田楽味噌の相性はどうでしょうか? いけますか? 大徳寺納豆もいいアクセントになるでしょう? 今回は本当に、改めていろいろと考えさせられました。やはり「餅は餅屋」というか、単なるモノマネでは到底本職に及ばないものを、どうやって「自分の料理」に仕立てるか。そういうことを深く考えるいいきっかけになったと思います。コースもご用意していますが、うちはアラカルトが100種類くらいあるので、カウンターで好きなようにあれこれ注文して......という使い方をされる方が多いですね。こんな狭いとこですけど、調理は7人でやっています。あまりごたごたいじらずに、素材のおいしさを素直に味わってもらうのがうちのやり方。時季ならではのおいしいもんを揃えているので、造りでも焼き物でも、揚げ物でも椀ものでも、その時食べたいものを自由にリクエストしてください。撮影 鈴木誠一 取材・文 鈴木敦子■祇園 おかだ京都市東山区祇園町南側570‐6075-551-320017:00~23:30(L.O.)日曜・祝日休
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BLOGうつわ知新
2020.12.12
古染付3
古染付も、1、2回目同様「洋食おがた」の緒方博行シェフに器と料理のコラボレーションに挑戦していただきました。梶高明梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。 全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。古染付と洋食今回は、料理人だけでなく茶人にも人気のある「古染付」のなか、型物の菓子鉢と、「祥瑞」の大皿に洋食をもるという挑戦です。それぞれのうつわが持つ風合いやデザインに「洋食おがた」緒方シェフがどんな料理を盛りつけるのか。料理とのマリアージュでさらに魅力的になるうつわの美しさをお楽しみください。 このうつわの木箱には「古染付菊菓子鉢」と墨で記されています。轆轤(ろくろ)で円形に引いたものを、更に型にはめて成形しています。直径17 cm ですから、6寸にも満たない大きさですが、鉢なのです。同時に数物ではなく一品物です。先に紹介した数物の型物向付より希少性が高く、轆轤成形の薄手の皿類よりも、型にはめる手間が掛かっていることから、上級作の鉢と扱われて来たようです。 表面は染付で菊の花弁が描かれていますが裏面に模様は無く、白磁の状態で、型で立体的に成形したな菊の花弁が大胆に表現されています。足ではなく大変分厚い円形の高台がつけられていて、そこにはやはり砂の付着も見られます。 (古染付2より)「菓子鉢とされるこのうつわは、少し高さがあります。それに合わせて料理も厚みというか高さのあるものをと考えました。美しいうつわの色に添うよう、少し赤身のあるアジフライを合わせてみました。葱と茗荷で彩と味のふくらみを添えました。 このアジは、織部焼回の鰆と同じく、静岡サスエ前田さんから届けていただいている上質で新鮮なものです。生のままでも召し上がっていただけるので、ごくごく薄い衣をつけて、さっとレアに仕上げました。 サクッとした衣の食感と新鮮なアジの旨味が同時に口に広がります。葱と茗荷の香味がアクセントになってアジの美味しさを引き立てます。うちの鮮魚料理のなかでも、何度でも食べたいと言っていただけるファンの多い料理だと自負しています」 緒方シェフ 次は「祥瑞大鉢」です。 私の店には海外からのお客様も沢山お見えになり、中国の方もおいでになります。彼らの多くは、かつて日本に渡った中国の美術品を探しに来るのですが、「古染付」や「祥瑞」という焼物にまったく興味を示しません。彼らはこれらを日本の「伊万里」だと考えているからです。その理由は歴史の中に隠されています。 1511年、東福寺の高僧侶の「了庵桂悟(りょうあんけいご1425~1514)」は遣明使として海をわたり、その際の随行員に伊勢の商人、伊藤五郎太夫(伊藤五郎大夫)というものがいました。「伊藤五郎太夫(いとうごろうだゆう)」は明国に渡り、焼物の魅力にとりつかれ、景徳鎮へ赴き磁器製造法について学んだそうです。そして2年後、日本に帰国して有田に入り作り上げたものが「祥瑞」である、と中国人は考えているらしいのです。それを裏付ける証拠が、「祥瑞」のいくつかのうつわの高台内に記されている「五良大甫呉祥瑞造(ごろうだゆうごしょんずいぞう)」の銘だと言われています。 この銘が一体何を意味しているのかは、諸説あって未だに解明はされていませんが、「伊万里」は日本初の磁器であり、1616年から生産が始まったとされています。仮に、そこから100年もさかのぼった時代に「伊藤五郎太夫」が「祥瑞」という磁器の生産に伊万里の地で成功していたとすれば、その技術をその後の日本人はきれいさっぱり忘れてしまったことになります。中国人が思う日本人は、ずいぶんお気楽な民族のようですね。古染付2より「直径50cmほどもある大皿で、複雑で美しい幾何学文様を一目見たときから惹かれました。この大皿なら赤い牛肉を盛りたいと閃いたんです。 赤い肉の断面とクレソンの緑、辛子の黄色をアクセントにしました。ヒレカツをただ一列に並べるだけでなく、ひとつだけ外して青の上に盛る。そのポイントで料理とは違う、アート的な表現もしたかった。 洋食おがたでは、ハンバーグやカレーは尾崎さんの牛肉ですが、ヒレカツは、京都丹波牧場の平井牛を使わせていただいています。平井牛はきめが細かく、口に入れた途端に溶け出します。天然の水や良質の草や穀物を食べ、ストレスフリーな状態で育てられているそうです。 こちらも衣はごく薄く。噛むと同時に肉のうまみを感じられるよう、レアに仕上げています。何もつけなくても十分美味しい肉ですが、辛子を少しつけると風味が添えられ、また違った美味しさを味わえます」 緒方シェフ緒方博行(おがたひろゆき)熊本県出身。熊本のニュースカイホテル、長崎ハウステンボス内のホテルヨーロッパなどを経て、肉料理で名高い京都の「ビストロ セプト」の料理長をオープンから6年間務める。2015年に独立、「洋食おがた」を開き、ハンバーグやエビフライなどの本格的な洋食に、和のテイストを加えたメニューなどを、カウンターの"洋食割烹"スタイルで提供する。尾崎牛や平井牛、焼津の「サスエ前田魚店」から取り寄せる魚、鹿児島県の「ふくとめ小牧場」の幸福豚など、全国各地の厳選した素材で「大人の洋食」をつくり上げる。■洋食おがた京都府京都市中京区柳馬場押小路上ル等持寺32-1075-223-223011:30~13:30(L.O.)、17:30~21:30(L.O,)休 火曜、月1回不定休
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BLOG京の会長&社長めし
2020.12.11
株式会社 豊岡建築設計工房の社長が通う店「焼肉SEVEN(セブン)」
■豊岡 大策(とよおか だいさく)さん 株式会社豊岡建築設計工房 代表取締役1977年大阪府高槻市生まれ京都産業大学経済学部卒業/京都建築専門学校建築科卒業清水建築設計工房を経て、2010年 独立し豊岡建築設計工房を設立2011年 一級建築士取得2020年 株式会社豊岡建築設計工房に組織変更[資格]・一級建築士 第343754号・JSHI公認ホームインスペクター・福祉住環境コーディネーター2級・地震被災建築物応急危険度判定士 最後の晩餐は、阪急桂駅前の焼鳥屋「夢叶」のおにぎり。活気ある店内で心地よい時間を。黒毛和牛の焼肉をリーズナブルに楽しめると評判の一軒JR梅小路京都西駅周辺は、ホテルや複合施設などが新たにできるなど今注目のエリア。そこから西、商店街が連なる七条通沿いの一角にあるのが、豊岡さんが推薦する「焼肉SEVEN」だ。店主の山崎大輔さんが、京都市内の焼肉店勤務を経て、2015年に地元であるこの地に店をオープン。地域を象徴する「七条」にちなんだ店名には、山崎さんの地元愛が込められている。店舗は以前、小売店として使われていた物件を全面改装。「お客様と僕や従業員が近い距離になれるような店がやりたかった」と山崎さん。あえてカウンター席を設けたのもそのためだという。女性や家族連れも入りやすい町家風の落ち着いた空間で、おいしい焼肉がリーズナブルに味わえるとあって、地元や近隣の人々を中心にファンを獲得。週末は予約ですぐ埋まってしまうほどの人気ぶりだ。豊岡さんは約2年前から、毎月2回ほどのペースで通っているという。「仕事などでよく七条通を通っていて、気になる焼肉屋さんだなと思っていたんです。焼肉が好きでいろんな店に行っていたので、一回入ってみようと、ふらっと入った感じです。そしたら、すごくおいしくて、コストパフォーマンスも高い。高級な焼肉屋さんも行きますけど、友人や仕事仲間と気軽に行ける普段使いの店として、今一番気に入っているお店です」(豊岡さん)「大体友達や後輩と2、3人で行って、カウンターで食べています。オーナーさんが肉を切ったり、アルバイトの子に指示したりしている様子を見ながら食べるのが結構好きなので。お店の雰囲気もわかるし、そういう楽しさもあって通っています。焼き肉の店を聞かれるとここを紹介することが多いですね」(豊岡さん) 「ありがたいですね。豊岡さんは予約の時からカウンターでいいですよって、言ってくださるんです。土日に来られることが多く、お友達とお気に入りのメニューを食べて帰られます」(山崎さん)ここで使用する肉は、黒毛和牛のA5、A4ランクのもの。山崎さんは、特に産地は決めず、自分の目で確かめたものを安く提供できるように、日頃から仕入れ業者とコミュニケーションをとって関係を構築しているという。「いつもはハイボールと、厚切りタンと赤身の三種盛り、それから生ハツをお願いして、あとはお腹の具合でいろいろ違うものを頼みます」(豊岡さん) 厚さ1.5センチはある豊岡さんお薦めの「厚切りタン」1380円は、タン元の部分のみを使っているため、厚くても柔らかく、食べやすい。お薦めの焼き加減はレア。1分程度焼くといいそうだ。薬味は、ネギ、レモン、おろしショウガが付く。「ジューシーでとてもおいしい。ネギとショウガであっさり食べられます」(豊岡さん)もう一つのお気に入り、その日のお薦めが入った「赤身の三種盛り」1980円。写真はクラシタロース、ざぶとん、三角カルビの3種で、日によりイチボやラムシンになるなど、内容は変わる。赤身の味付けは塩かたれを選べる。「たれもおいしいんですが、お肉の味がしっかりしているので、いつも塩で食べています」と、豊岡さん。焼いた肉に刻みわさびの醤油漬けをのせて味わうという。普通のわさびとは違ったぴりりと強い刺激が、赤身の濃厚な味わいとマッチする。ちなみにたれ焼きは、そのまま味わうほか、いろいろな果実を使ったスタンダードなたれと、酸味のあるさっぱりだれの2種の自家製つけだれで楽しんでも。特にさっぱりタイプのたれは、女性に好評だ。「肉はオーダーが入ってから切っていますので、小さいお子様には薄めに、厚めがお好みのお客様には厚めになど、オーダーカットにも臨機応変に対応しています」と、山崎さん。 その他メニューでは、ロース、ラムシン、イチボ、お得な「タンの三種盛り」、ユッケ、ユッケジャンスープなども人気。また、ヤンニョムを多めに漬け込んだ自家製キムチも定番で、お酒をあまり飲まない豊岡さんは、キムチの三種盛りと白ご飯も必ず頼むそうだ。「いいものを安く提供して、当たり前の接客をする。それができれば、お客様は来てくださると思うんです。居心地の良い空間を作ってあげられるように、そのお客様が何を求めているかを察して対応するようにしています」と、山崎さん。忙しくて自ら表まで行けなくとも挨拶の言葉は欠かさず、来店したことのあるお客であれば、「また来てくださったんですね。ありがとうございます」などと声をかけたり、会話の少ない席なら場を温めるような接客をしたり。そうしたちょっとしたことを怠らないよう心がけているという。 普段は新しい店を開拓して行くことが多いという豊岡さんが、ずっと通い続けているのも、ほかにはない心地良さがあってこそだ。「セブンさんはいつも活気があって、居心地がいい。オーナーさんがお客さん全員に絶えず目を配っておられるし、スタッフの子たちもちゃんと気遣いができて、気持ちいい接客をしてくれます。一緒に連れて行く人も皆、その居心地の良さは共感してくれていると思います」(豊岡さん)予算は4500円ほど。早めの予約がお薦めだ。撮影 エディ・オオムラ 文 山本真由美■焼肉SEVEN京都市下京区西七条北東野町11075-313-8429営業時間 平日17時~23時(LO22時30分) 土日祝16時~23時(LO22時30分)定休日 不定休https://yakinikuseven.owst.jp/
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BLOGうつわ知新
2020.11.30
古染付2
今回は「古染付」について梶さんにレクチャーいただき、「洋食おがた」の緒方博行シェフに、器と料のコラボレーションに挑戦していただきました。「古染付」の解説については、こちらも古染付1「古染付の歴史」古染付2「それぞれの器解説」の2回に分けて配信いたします。「古染付」の世界をお楽しみください。梶高明梶古美術7代目当主。京都・新門前にて古美術商を営む。1998年から朝日カルチャーセンターでの骨董講座の講師を担当し、人気を博す。現在、社団法人茶道裏千家淡交会講師、特定非営利活動法人日本料理アカデミー正会員,京都料理芽生会賛助会員。平成24年から25年の二年間、あまから手帖巻頭で「ニッポンのうつわ手引き」執筆など。 全国の有名料理店と特別なうつわを使った茶会や食事会を数多く開催。古染付2 写真は10時方向から時計回りに「古染付重菊(かさねきく)向付」、2時方向に「古染付鳳(おおとり)向付」、6時方向に「古染付半開扇(はんかいせん)向付」が並べられております。 このような、型にはめて成形した向付は、桃山時代に作られた志野や織部がお手本となったうつわです。裏面につけられた足の具合にも類似性が認められることから、日本の数寄者たちの強い要望によって発注されたものと考えられています。 これら型物の向付は、丸形の皿類とは異なり分厚い生地でできています。それゆえ虫喰い(むしくい)がはっきりと出ています。虫喰いというのはこの景徳鎮で焼かれた「古染付」の最大の特徴と言っても良いものです。古書などの紙を、シミと呼ばれる虫が食べて、紙に穴が開いた景色と似ていることから、この名がつきました。地胎を覆う、ガラス状の釉薬が、口縁部分などの部分で、欠け落ちたように見える景色のことを言います。 前回「古染付1」でもお話ししましたように、明時代の末期には皇帝から相当な無理難題が景徳鎮の官窯の職人たちに課せられました。その負担は陶器職人だけにおさまらず陶土を採集する労働者にまで及び、献上品を生産するための良質な陶土は枯渇し、より地中深い場所での危険な陶土採集作業が課せられました。 ところが民間が運営する窯で製造された古染付は、採集の容易な、やや粗悪な陶土を使用したため、窯で焼き上げた際、地胎と釉薬の収縮率に大きな差が生じ、釉薬より地胎の方が大きく縮んでしまいます。そのためガラス状の釉薬と地胎の間に、わずかな空間が生じ、その部分が欠落した結果、虫喰いと呼ばれる景色が誕生するのです。これは製品としては明らかな欠点ではありましたが、日本の数寄者たちは侘び(わび)の感性からなのか、この欠点がむしろ趣があると喜んで受け入れたのです。それでも、やはりあまりに激しい虫喰いは低い評価をされているようです。 このように、「古染付」は従来の官窯とは異なり、原料土や染料の呉須の品質を落とした陶磁器ではありましたが、その粗さが、重圧から解き放たれた職人たちの晴々とした心情を映したようで面白いのです。12時方向より時計回りに、古染付更紗文鉢、古染付放馬図中皿、古染付桃絵皿、古染付芙蓉手中皿、古染付唐花図七寸皿、古染付深向付(中央) こちらの写真で紹介した円形のうつわたちは、先に紹介した、型にはめて成形したものとは異なり、轆轤(ろくろ)によって生み出された薄手のうつわたちです。 景徳鎮の民窯で焼かれた磁器ですので、当然虫喰いの景色は見られます。裏面の丸い高台部分には砂粒が付着しています。これはうつわを置いた時、畳付き(畳と接する高台の先端部)の釉薬をしっかり拭き取らずに焼成したため、窯の中で釉薬が垂れててしまい、窯の床面に撒いた砂が付着したものです。この砂は、うつわと窯の床面が釉薬によって接着してしまうことを防止し、焼成中のうつわの収縮運動を妨げないためのものです。 高台の内側には、高台を鉋(かんな)で削り出した時についた、鉋跡(かんなあと)が放射状に残されているものが多くあります。高台内には文字や記号が記されていることもありますが、「古染付」の場合、これは作者や窯名を表すものではありません。作品によっては製作年代を示す場合もあるのですが、単なるデザイン的な意味しか持たないようです。やがてこの文字や記号はわが国の「伊万里」の高台内にも記されるようになります。「古染付」の最大の特徴は虫喰いにあり、と先に申し述べていますが、私は実はもうふたつ大きな特徴があると思っています。ひとつめは写真を見て感じていただけるかもしれませんが、少し青みがかりながらも透明感溢れる白です。例えて言うならば、厳寒時の夜空にくっきりと凍るように浮かんだ月の色のような、日本のどの高級磁器も及ばない光沢がひとつめの特徴です。ただしこれは見慣れるまでは、なかなかそのことに気がつかないかもしれません。 もうひとつは「生掛け(なまがけ)」と呼ばれる素焼きをしない技法です。このころは素焼の発想がなかったため、成形後に自然乾燥を行い、絵付けして釉薬をかけて、そしていきなりの本焼きとなります。素焼きをしていない状態の絵付けは、生地にどうしても水分が残ってしまい、筆に取った染料の呉須が生地に吸い込まれにくく、結果、筆が走るのだそうです。それ故、描線にスピード感があり、闊達な絵付けになるのです。 このうつわの木箱には「古染付菊菓子鉢」と墨で記されています。轆轤(ろくろ)で円形に引いたものを、更に型にはめて成形しています。直径17 cm ですから、6寸にも満たない大きさですが、鉢なのです。同時に数物ではなく一品物です。先に紹介した数物の型物向付より希少性が高く、轆轤成形の薄手の皿類よりも、型にはめる手間が掛かっていることから、上級作の鉢と扱われて来たようです。 表面は染付で菊の花弁が描かれていますが裏面に模様は無く、白磁の状態で、型で立体的に成形したな菊の花弁が大胆に表現されています。足ではなく大変分厚い円形の高台がつけられていて、そこにはやはり砂の付着も見られます。 次は「祥瑞大鉢」です。 私の店には海外からのお客様も沢山お見えになり、中国の方もおいでになります。彼らの多くは、かつて日本に渡った中国の美術品を探しに来るのですが、「古染付」や「祥瑞」という焼物にまったく興味を示しません。彼らはこれらを日本の「伊万里」だと考えているからです。その理由は歴史の中に隠されています。 1511年、東福寺の高僧侶の「了庵桂悟(りょうあんけいご1425~1514)」は遣明使として海をわたり、その際の随行員に伊勢の商人、伊藤五郎太夫(伊藤五郎大夫)というものがいました。「伊藤五郎太夫(いとうごろうだゆう)」は明国に渡り、焼物の魅力にとりつかれ、景徳鎮へ赴き磁器製造法について学んだそうです。そして2年後、日本に帰国して有田に入り作り上げたものが「祥瑞」である、と中国人は考えているらしいのです。それを裏付ける証拠が、「祥瑞」のいくつかのうつわの高台内に記されている「五良大甫呉祥瑞造(ごろうだゆうごしょんずいぞう)」の銘だと言われています。 この銘が一体何を意味しているのかは、諸説あって未だに解明はされていませんが、「伊万里」は日本初の磁器であり、1616年から生産が始まったとされています。仮に、そこから100年もさかのぼった時代に「伊藤五郎太夫」が「祥瑞」という磁器の生産に伊万里の地で成功していたとすれば、その技術をその後の日本人はきれいさっぱり忘れてしまったことになります。中国人が思う日本人は、ずいぶんお気楽な民族のようですね。 未だにはっきりしないこともあるものの、古田織部の死後、茶の湯を牽引した小堀遠州の時代になると、形の大きく歪んだ、織部風の存在感の強いひょうげたものは一気に姿を消し、「きれい寂び(さび)」と呼ばれるスタイルが流行り始めます。ちょうどその頃を契機に、型物「古染付」の発注の流行が落ち着きを見せ、「祥瑞」スタイルが景徳鎮への発注の主流になっていったと言われているため、「祥瑞」は明国滅亡寸前に発注された小堀遠州好みの焼物であった、というのが日本側の見解です。 さて、今回も焼物の解説をしたのか、歴史話をしたのかわからなくなってしまいました。けれども私は、焼物だけをいくら見つめても、見えるものは表面の浅い部分でしかないと思います。 もっと大きな視野で、焼物や美術品を見ることが出来れば、どれだけ多くの人に愛され、手から手へと受け継がれてきたかが理解できるだろう思います。 そして、いま自分の手元に存在する奇跡に感動できるはずだと思うのです。
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BLOG京都美酒知新
2020.11.29
カクテルが飲みたくなる話「アイリッシュコーヒー」
■西田稔(にしだみのる) 京都木屋町二条「Bar K6」、「cave de K」、「keller」のマスターバーテンダー。2020年開業の「ザ・ホテル青龍 京都清水」内の「Bar K36」を監修。自らもカウンターに立つ。京都生まれ、同志社大学卒業後、東京のバーで経験を積み、1994年に「Bar K6」を開業した。シャンパーニュの将校、グラッパの騎士、クリュッグアンバサダー、ウイスキーコンテスト審査員アイリッシュコーヒー カクテル言葉「あたためて」アイリッシュコーヒーが誕生したのは、1943年の頃だと言われています。アイルランドの西にあった水上飛行場で作られました。当時、アイルランドを含めた大西洋の航路は、主に飛行艇と呼ばれる水上に胴体着陸する大型の水上飛行機を利用していたのです。今に比べて飛行機の航続距離は短く、給油のために途中着陸する必要がありました。乗客たちはそのたびに飛行艇から降ろされ、ボートで移動して待合い室へ行く。極寒の時季に外に出される乗客は凍えながら待合い室のラウンジへと急ぎ、アイリッシュコーヒーを飲んだのです。底冷えの京都でバーホッパーたちが次の店に移る際に、アルコールを自分のために給油。そして次の店で「あ~寒かった!」とオーダーするのが、このアイリッシュコーヒーです。カクテル言葉は「あたためて」。なんとホットなカクテルでしょう。ウイスキーを注いだ角砂糖に火をつけてグラスに入れ、そこにホットコーヒーを注ぎます。ホイップクリームを上から重ねればできあがり。バーテンダーがつくる様子を眺めているだけで、身も心もあたたまります。カクテルレシピアイリッシュウイスキー 40mlホットコーヒー 1杯(180ml)生クリーム(ホイップ) 45mlベイリーズ 10ml角砂糖11月のウイスキーブッシュミルズ ブラックブッシュ 熟成させたモルト原酒を80%以上使用し、少量生産のグレーンウイスキーとブレンド。シェリー樽熟成由来の熟した果実の香りと重厚な味わいが特徴です。ロックグラスに氷をひとつ、静かにブッシュブラックを注ぎます。シェリー樽のニュアンスがある熟成したふくよかな風味は、最初は強く、そして徐々に溶け出す氷と混ざりながら口の中に広がります。寒くなる時期にオンザロックで飲むことで、体の芯をあたためてくれます。アイリッシュコーヒーのベースとして味わうのもおすすめです。ブッシュミルズ蒸留所とはアイルランド島の北端、冷たい海に面したイギリス領北アイルランド・アントリム州。この地に立つブッシュミルズ蒸溜所は、1608年創業とも言われるアイリッシュウイスキー最古の蒸溜所のひとつです。アイリッシュウイスキーの伝統的な製法である3回蒸溜を守り、モルト原酒の原料には100%アイルランド産のノンピート麦芽を使用することで、軽やかでスムースな口当たりを実現。それでいてモルトの味わいがしっかりと感じられるのが特徴ですアイルランドで1850年代に麦芽税が施行されると、多くの蒸溜所では未発芽大麦を使用するようになりましたが、ブッシュミルズは大麦麦芽(モルト)にこだわり続けています。(アサヒビールHPより)撮影:ハリー中西■Bar K6京都市中京区木屋町二条東入ル ヴァルズビル2F075-255-5009
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BLOG京のとろみ
2020.11.29
「加茂みたらし茶屋」のみたらし団子
京都最古の神社と言われ、世界遺産でもある下鴨神社。 その門前にあるのがみたらし団子発祥の地「加茂みたらし茶屋」である。 創業は1922年なので約100年の歴史がある。 下鴨神社の糺の森にある御手洗池(みたらしいけ) この池の湧き出す泡の形から「みたらし団子」と名付けられたらしい。 こちらでみたらし団子を注文すると木のスプーンが付いてくる。 これがいい! 団子にとろとろの餡をたっぷりかけて食べられる。 濃厚だけど甘さ控えめな餡なのでたっぷりかけて食べたい。 なんなら餡だけでも食べたい。 この餡をごはんにかけて食べてみたい。 それくらいみたらしの餡が好きだ。 店頭の提灯がみたらし団子の形なのも好きだ。
ハリー中西
料理カメラマン
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BLOG料理人がオフに通う店
2020.11.28
「Cantina ROSSI カンティーナ・ロッシ」-「Bistro Ceriser」椎葉正子さんが通う店
「Bistro Ceriser」の椎葉正子さん1998年にオープンした「Bistro Ceriser」は、現在、オーナー。店は椎葉さんがマダムとして切り盛りし、厨房はシェフの小森雄介さんが預かる。ブルゴーニュ、ガスコーニュ、リヨン、ブルターニュ、プロヴァンスなどフランス各地の郷土料理を提供している。「日本食でいえば、肉じゃがや茶碗蒸しのような身近なお惣菜のような存在のフレンチが好き」という椎葉さんは、どこか懐かしくてほっとする、そんな料理を楽しんでほしいといつも考えている。オープンキッチンで料理をする中川シェフ。お客さんとの会話も大切にしている。オーナーシェフの中川浩さんは、ユニークな経歴の持ち主だ。大学卒業後、大阪の建築事務所に20年以上勤め、建築士として新しい町づくりなど、いくつもの都市開発のプロジェクトを手掛けてきた。そのリサーチのために、イタリアを何度も訪れたそうで「町も人も料理もワインも大好きになった」とすっかりイタリアのファンになってしまった。阪神大震災の後、建築関係の仕事は多忙をきわめ、自分を振り返る時間もなく過ごしていたそうだが、まずは復興のために量をこなさなければならない仕事の環境に悩むようになり、39歳のときに思い切って建築士をやめて、この世界に飛び込んだ。「今、思えば我ながら、かなり思い切った決断だったと思います(笑)。たまたまですが、親しくさせてもらっていた「レストラン・フクムラ」の福村賢一オーナーシェフや、金沢の「イル・ガッビアーノ」の金山貴永オーナーシェフが親身にアドバイスをしてくれたんです。金山シェフなどは泊まり込んで、生パスタの作り方を伝授してくれました。オープン当初は、そのときにメモしたレシピ通りに料理をして、お客様に提供していたんですが、いま考えたら、よくやっていたなあとおもいますよ(笑)」。 京都のイタリアンを牽引してきた有名シェフと、金沢を代表するイタリアンの旗手、その二人の手ほどきを受けて、なんという贅沢な門出だろう?と今なら思えるが、イタリアンの店で修業をした訳でもなく、確かにかなり思い切った第二の人生の幕開けだったはずだ。シェフご自慢の生パスタ。小麦の滋味をしっかり味わうことができる。 当時、まだ珍しかった生パスタのメニューや、エスプレッソマシンの導入などで話題性も高く、さらに、細く、狭い路地裏の「こんなところにレストランが?」という意外性が話題を呼んで、口コミでお客さんが順調に増えていったという。すでに結婚していた美弥子さんと二人三脚で、現在まで店を懸命に切り盛りしてきた。 今も、初めて訪ねる時は「こんな住宅地の細い路地に店があるの?」と少々不安になるけれど、穏やかで心地よい店は健在だ。今も、自家製の生パスタはメニューの基本。喉ごしでつるりと食べる乾麺と異なり、生麺は」もっちりと弾力があり、よく噛み締めてこそ、旨味が伝わってくる。「生パスタはリガトーニ、タリアテッレ、スパゲティの三種を用意しています。生パスタはソースによく絡むのが魅力。ソースにももちろん大切ですが、パスタそのものもののおいしさを味わってほしいですね」前菜の「色々な野菜の盛り合わせ」1,200円(価格はすべて税込)。野菜の滋味とオリーブオイルの香味、絶妙の塩加減がマッチして、これだけでもワインのボトルが欲しくなる。「中川さんご夫妻とは、20年以上のお付き合いになります。よく双方のお店を行き来して、食事をしたり、食事を楽しんでもらったり。お店が終わるとそのままどちらかの店で飲み会が始まる...そんな感じで仲良くしてもらっています(笑)」(椎葉さん)。椎葉さんが店にくるとまず、注文するのがアンティパストの「色々な野菜の盛り合わせ」だ。インゲン、ナス、ズッキーニ、パプリカ、カボチャ、ポテトなど、とりどりの野菜をグリルやマリネした一皿で、カラフルな食材が食欲を誘う。シチリアやローマ近郊の美味しいオリーブオイルを厳選し、調理に使ったり、ソース代わりに料理にかけたりと使い分けているが、オリーブオイルの香りが素晴らしく、野菜の旨味や甘みをよく引き出している。塩、コショウといったシンプルな調味料だけで、深くコクのある野菜の味を生き生きと楽しむことができる。「これ以上、シンプルなパスタはない!」という中川さんご自慢の一皿。「カーチョエぺぺ」1,300円。削りたてのペコリーノ・ロマーノと挽きたての黒胡椒が、鼻腔をくすぐる。生パスタ本来の味わいとペコリーノ・ロマーノの質がすべてを決める一皿。椎葉さんのお気に入りのパスタは、メニューの中でも最もシンプルな、「カーチョエぺぺ」。削りたてのペコリーノロマーノと挽きたての黒胡椒をたっぷりと使い、パスタの茹で汁で練るように混ぜて、ゆでたてのスパゲティにしっかりとからめる。「塩味は、茹で汁の塩味とペコリーノの塩味のみ。生スパゲティは太めで重量があり、しっかりした噛みごたえで、濃厚なソースによく合います」と中川シェフ。 メニューは、アンティパスト、プリモ・ピアット、セコンド・ピアット、ドルチェで構成されている。前菜を何種類かとパスタだけで軽く食事をするもよし、メインのセコンド・ピアットもしっかりと味わって、コースのように楽しむもよし。夜はアラカルト中心だが、初めて訪れる時は、シェフおまかせのコース(3,700円〜)もおすすめだ。ちょっとした室内の小物にもオーナー夫妻のセンスが感じられる。右からシチリアのロゼ、ピエモンテの赤、ローマ近郊の白、シチリアの赤。各地のワインを地酒のように楽しむイタリアのワインは、どれも気候風土に育まれ、個性に溢れて魅力的だ。ボトル2,500円〜、グラス650円〜。 ワインももちろんイタリア各地のものを常時20種ほど揃える。ワインリストにイタリアのワインマップが挟んであって、地理を確かめながらワインを選ぶのもなかなか面白い。各地の気候風土が醸すワインの個性を地酒のように楽しみたい。「今は新型コロナでなかなか海外に行けませんが、それまでは毎年、二人でイタリア食紀行の旅をしていました。馴染みのレストランやチーズ屋さんを訪ねたり、各地の郷土料理やワインを味わったり...。また行けるようになるといいですね」と話す奥さんの美弥子さん。椎葉さんも必ず締めに注文するというドルチェは、美弥子さんが主に担当している。今日のおすすめは「アーモンドとキャラメルのセミフレッド」500円。ムース仕立てのお菓子を凍らせた一皿。アイスクリームとも、ムースともまた異なる食感で、冷たすぎず、ふわりとした口溶けがとても不思議な美味しさで、後を引く。キャラメルとナッツの香ばしさが寄り添って、仕上げのアマレッティの香りが華やかに漂い、一口、またひと口とペロリと食べてしまった。ナッツの香ばしさ、キャラメルの甘苦い味わい、不思議な口溶け。すべてが魅力的な「アーモンドとキャラメルのセミフレッド」500円。前菜からドルチェまで、本当に最初から最後まで、ワインと共にじっくりと味わいたくなるものばかり。料理ともてなし、店主夫妻の人柄。居心地が良くて、つい長居をしたくなってしまうのは当然だが、さらに店内空間の造りも素晴らしい。そう、建築士らしく、店の設計はもちろん中川さんによるものだ。暖かく、穏やかな雰囲気は、イタリアの田舎のワイン蔵をイメージしたのだとか。「イタリアに親しい友人がいまして、彼の家の地下に素晴らしいワイン蔵があるんです。彼の家に遊びに行くと、必ず、ワイン蔵で何時間も過ごします。友人からもヒロシはワイン蔵に住めるね、と言われています(笑)」 夫婦の和やかなもてなしと気取りのない会話。寛ぎの空間で、美味しい料理をゆるりと楽しみつつ、ひととき心身を休めてみてはいかが。白壁、レンガ、木。自然な素材が醸す温もりはとても心安らぐ。中川さんが設計した店内は、まさにワイン蔵にいるような落ち着きを感じる。夫婦の息のあったおもてなしと楽しい会話にこちらも笑顔になる。二人に会いに、また、すぐ訪ねてきたくなるような一軒だ。撮影/竹中稔彦 取材・文/ 郡 麻江■「Cantina ROSSI」京都市左京区吉田泉殿町 57-1075-751-6422ランチ12:00~14:00(LO)、ディナー:18:30~21:00(LO)日曜・祝日休(不定休)
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