2025年07月25日(金)公開
自民党大敗の要因?農家・消費者双方が離れた「どっちつかず」のコメ政策 専門家が指摘した「ミス」とは?
解説
参議院選挙で負けた与党。東北や北陸などの「コメどころ」でも自民党は負けていて、コメ政策の失敗が、負けの一因ではないかという指摘もあります。農政に詳しい元農水官僚のキヤノングローバル戦略研究所・山下一仁研究主幹は「小泉農水大臣が、じゃぶじゃぶにする、どんどん下げるんだと、消費者にとっては良かったが、農家にとってはせっかく上げた米価が下げられるのか、とネガティブな印象になった」と指摘しました。選挙後、日本のコメ政策はどう改善していくべきなのか、その見解をもとに解説します。
いわゆる「米どころ」で大敗
3年前の参院選では、自民党は東北地方、新潟県、長野県の「コメどころ」いずれも1人区で5勝3敗と勝ち越しました。しかし今回はほぼひっくり返り、福島選挙区以外は全て敗北(1勝7敗)しました。もちろん他の政策の影響もあり得ますが、コメ政策にも賛成が得られなかったとみられます。
山下氏は、「石破総理の政策にはミスがあったのではないか」と主張します。今年4月に改革派と目される小泉さんが農水大臣に就任し、市場への備蓄米の放出を進めました。山下氏によると、「備蓄米で市場をじゃぶじゃぶに」といった小泉氏は、消費者の方を向いているというメッセージであり、農家をどのように保護していくかというメッセージがあまり見えてこなかった。これが選挙結果に繋がったのではないか、という見立てです。
結局、コメ価格は下がったのか
一方、山下氏は消費者に向けた政策にもミスがあったのではないかと指摘します。去年の秋にはじめに石破総理が農水大臣に起用した江藤氏は、旧来型の「農水族」と言われる議員であり、「コメ価格は下げない」といった誤ったメッセージとして受け取られた可能性もあるとみています。
最新のコメ価格のデータでは3106円となり、かなり下がったように見えます。しかし備蓄米を含んだブレンド米などが平均価格を押し下げている一方、いわゆる銘柄米はまだ4000円を超えています。
こうした現状から、石破総理の政策は「間が悪い」つまりどっちつかずの状況になって、農家・消費者の双方が離れてしまったのではないか、と山下氏は分析しています。
参院選で各党が訴えたコメ政策は?
いっぽう各党は、今回の参院選でどのようなコメ政策を打ち出したのか。主なものを例示すると、「直接支払い」というワードが目立ちます。それ以外には「一次産業の公務員化」という主張や、「自給率」や「輸入」に言及する主張もあります。主な主張について、過去を紐解きながら山下氏の見解を聞いていきます。
まず、食料自給率50%や100%などの数値も出ていますが、山下氏は、終戦直後の食べ物があまりなかった時代の食料自給率が100%(ただし質素な食事で、輸入品はない)だったことを踏まえて、現在の自給率38%(カロリーベース)は飽食の時代の消費が基準であり、「数字はそこまで気にしなくていいのでは」、という考えです。
これについて、元厚労省官僚・元衆議院議員の豊田真由子氏は、「平時はそれでよいが、有事の際に食料品を輸入できないなど考えると、危機管理の観点から自給率は気にした方がいい」と指摘しました。
「農家を公務員に」は可能か
続いて参政党が主張した「1次産業の公務員化」についてです。山下氏はその失敗が歴史が証明してるのではないか、と見ています。
旧ソ連では「コルホーズ(農地の共同所有)」「ソフホーズ(国営農場)」という政策が進められていました。しかし、農家のインセンティブ=仕事を頑張る誘因、が減少するという現象が生じました。生産量にかかわらず収入が同じならと、食糧の生産量が大幅に落ち、当時のソ連は、農産物の輸入国になってしまっていたというのです。
参政党のマニフェストには、もちろん農家などのインセンティブをどのようにして確保するか、ということも書かれていますが、何によってやる気をもってもらうかは、大事な問題になりそうです。
農家への直接支払い かつて日本でも実施
「農家への直接支払い」を訴える政党もありました。これは、EUやアメリカなどで主流になっている政策だといい、かつては日本でも行われていたといいます。それは2010年の民主党政権時代に導入され、条件付きで1ヘクタール当たり15万円が農家に直接支払われていたといいます。
しかし政策はその後の自民党政権で半分になり、2018年に廃止されました。ということは、「これは失敗なのですか?」と山下氏に聞くと、「制度自体には問題がなかったが、当時の政権のやり方に問題があった」ということです。
ポイントは2点あり、当時は「直接支払い」と「減反政策」の両方を行っており、ある意味二重保護だったそうです。さらに対象も絞らず小規模農家にも補償をしていたため、「バラマキ色」が強く財政負担が大きい割に、効率的な制度にはなっていなかったということです。
では、どうしていればよかったのか、山下氏は「減反政策」か「直接支払い」かどちらか一方に絞るべきだったのでは、という意見。さらに直接支払いを行う対象も、主業農家に絞ることで、農業の大規模化を促す、というのも一つの方法ではなかったか、と指摘しました。直接支払いをめぐっては今後、このあたりの議論がどのように進んでいくか注目です。
コメの生産 日本のポテンシャルは?
また、日本のコメの生産力について、山下氏は以下のように試算しています。現在のコメの生産量は、年間約700万トンといわれています。ただし実質、約4割の水田では、転作などが推奨されているため、仮に全ての水田でコメを作った場合は、単純計算で1000万トンを超える生産力があるはず、というのです。
さらに、日本では収穫効率を上げる品種改良がタブー視されてきました。かつて生産効率で日本に大きく劣っていたアメリカは今や、日本の1.6倍ものコメを生産できるようになっています。仮に日本で1.6倍ほど生産効率が上がったとすると、1700万トン作れるという試算もできるというのです。
そうなると、備蓄できるし、コメを輸出する選択肢も出てくるかもしれません。抜本的にコメ政策を方針転換できるのか、現在苦しんでいる農家をどう保護していくのか、複雑なコメ政策には選挙後も注目です。
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