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ありがとう!白浜のパンダファミリー「また会いに行くよ」「めっちゃ悲しい」最終観覧を迎えアドベンチャーワールドには別れを惜しむ人々の姿 6月28日に中国へ旅立ち...31年の歴史に幕

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 6月28日にジャイアントパンダ4頭が中国へ旅立つのを前に、最後の一般公開となった27日のアドベンチャーワールドにはたくさんの来園者の姿が。初めてパンダがやってきてから31年、その歴史を振り返るとともに、別れを惜しむ人々の様子を取材しました。

パンダと会える“最後の日” 開演前から長蛇の列

 ジャイアントパンダ4頭の最後の観覧日を迎えた、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールド。開園前から、パンダの最後の姿を見ようとする来場者でエントランスには長い列ができていました。列に並ぶ人たちに話を聞くと…

 「愛知県から来ました。(白浜には)午前3時、真っ暗な時間に着きました。そのままパンダへGOです」

 「返還のニュースが流れてからもう10回以上来ている。さみしゅうて、さみしゅうて」
 「むっちゃ悲しい。(中国に)行ってほしくない」

 パンダを見ようと開園前に並んだのは1400人。一方、園内では…

 (上田芹莉アナウンサー)「いま午前8時34分です。ついに良浜が出てきました。出てきてすぐ人参を食べています。最後の観覧に向かって、一歩一歩、歩みを進めています」

 2000年にアドベンチャーワールドで誕生したメスのジャイアントパンダ「良浜(らうひん)」。いよいよ最後の観覧日を迎え、少しそわそわしているのでしょうか。観覧エリアを歩きまわる様子が見られました。

「行ってらっしゃい。また会いに行くよ」

 午前9時開園。急遽、1時間前倒ししてのオープンに。ほとんどの客が一目散にパンダがいるエリアへ。

 良浜とその子どもの「結浜(ゆいひん)」「彩浜(さいひん)」「楓浜(ふうひん)」の4頭は6月28日、中国・四川省にある繁殖研究基地に向けて旅立ちます。

 開園の20分後には、良浜と彩浜がいる観覧エリアで100分待ちの行列が。目頭を熱くする人もいました。白浜のパンダが縁で友達になったいう2人も…

 「(Q2人の関係は?)楓浜が1歳になるまで(園が)ライブ配信をしていた。そのライブ配信のチャットで知り合った。それから4年も…一緒に中国まで行った」
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 そして、パンダを見ようと大勢の人が集まっていますが、なぜかほとんどの黒い服を着ています。その理由を尋ねてみると…

 「自分が映りこむとどんどんキレイに見えなくなっちゃうので。アドベンチャーワールドと上野動物園特有の文化ですかね。中国に行ってもシャンシャンの前で黒いの着ているのはみんな日本人」

 ガラス越しで展示されているので、写真に自分の姿が映り込むのを防ぐ対策だったのです。さらに、カメラのレンズにも黒い幕を付ける人もいました。カメラを持つ女性に話を聞くと…

 「きょうが最後だと思うと、いままで楽しませてもらったので、それがすごく思い出されて本当に悲しい、寂しい気持ちでいっぱいです。きょうもありがとうと最後に行ってらっしゃい。また会いに行くよ」

初めてパンダがやってきたのは31年前

 アドベンチャーワールドとパンダの関係性とその歴史を振り返ります。

 【1994年9月6日放送より】
 (亀井希生アナウンサー)「開港3日目となった関西国際空港に今夜、中国からジャイアントパンダ2頭がやってきました」

 アドベンチャーワールドにパンダがやってきたのはいまから31年前の1994年。中国と日本が合同でパンダの自然繁殖を研究する目的でオスの「永明(えいめい)」、メスの「蓉浜(ようひん)」一頭ずつペアの飼育が始まりました。

 来園の翌年「計量記念日」に行われた体重測定のイベント。いまではイベントには多くのファンが詰めかけますが、このときの来園者はまだまだ少なめ。

赤ちゃんパンダ誕生で町は大盛り上がり!

 飼育開始から約6年後、新たなメス・梅梅(めいめい)の来園でその状況は変わります。妊娠した状態で中国からやってきた梅梅は、この年、アドベンチャーワールド初となる赤ちゃんパンダを出産。メスの赤ちゃんパンダは白浜の「浜」の一字をとって「良浜」と名づけられました。

 待望の赤ちゃんパンダ誕生で町は大いに盛りあがります。JRは赤ちゃん誕生記念の特別列車を走らせることに。出発式には地元住人だけでなく観光客も訪れました。

 町も親子のパンダを描いた路線バス「パンダ号」の運行を決め「パンダのまち・白浜」をアピール。赤ちゃんパンダの一般公開が始まると、愛らしい姿を見ようと多くの人が詰めかけました。

 新たに来た梅梅と元からいたオスの永明の相性はよく、2001年にオスの「雄浜(ゆうひん)」が、2年後にはオスの双子「隆浜(りゅうひん)」と「秋浜(しゅうひん)」が誕生。さらに2年後にオスの「幸浜(こうひん)」が誕生しました。この幸浜から赤ちゃんパンダの名前は一般公募となり、パンダの“名付け親”になれることがさらに人気を高め、2006年に生まれたメスの「愛浜(あいひん)」とオスの「明浜(めいひん)」の名前発表会には多くの人が訪れ一大イベントとなりました。

 (来園者)「いい名前がついたと思っています。かわいい」
 (来園者)「すごいかわいいです。癒されます」

31年ぶりにアドベンチャーワールドからパンダがいなくなることに

 2008年にはアドベンチャーワールドで生まれた良浜が、永明との間に双子でメスの「梅浜(めいひん)」とオスの「永浜(えいひん)」を出産。その2年後にもオスの「海浜(かいひん)」とメスの「陽浜(ようひん)」を出産します。

 ほぼ2年おきに赤ちゃんパンダが生まれ、「パンダに会える観光地」として知られるようになった白浜。

 (和歌山県 仁坂吉伸知事 2010年当時)「愛称として『南紀白浜パンダ空港』にしたい。なかなかかわいらしくていいんじゃないか」

 県知事が空港の愛称を“パンダ空港”にしたいと考えるほどに、パンダ人気は和歌山の観光にとっても大きなものとなっていきました。

 2012年にメスの「優浜(ゆうひん)」が生まれ、パンダの飼育頭数も多くなったことから翌年、新たなパンダの展示施設「PANDA LOVE」がオープン。屋内運動場と見学スペースの間のガラスをなくし、より間近でパンダの様子が見学ができるようになりました。

 その後も2014年にメスの双子「桜浜(おうひん)」と「桃浜(とうひん)」、そして6月28日に中国へと旅立つメスの結浜と彩浜、楓浜が誕生。楓浜が生まれた2020年はまさにコロナ禍。パンダの出産に詳しい中国人の研究者が来日できず、初めて日本人スタッフだけで臨んだ出産となりました。

 31年の間にアドベンチャーワールドで誕生したパンダは17頭。中国以外の施設では世界最多です。多いときには9頭ものパンダが園内で飼育されていましたが、2023年、“ビッグダディ”として知られた永明と桜浜、桃浜の3頭が中国へと旅立ちました。

 そして6月28日、良浜ら4頭も中国へ旅立ち、31年ぶりにアドベンチャーワールドからパンダがいなくなることになります。

2025年06月27日(金)現在の情報です

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