2025年12月31日(水)公開
南海トラフ地震「最大90%程度以上」?発生確率の"幅"なぜ見直し? 確実に近づく"その時"...死者数減のカギは『早期避難』『耐震化率向上』
編集部セレクト
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2025年も地震災害の多い1年でした。 記憶に新しいのは、12月8日、最大震度6強を観測し、津波警報が発表された青森県東方沖地震です。この地震で初めて「北海道・三陸沖後発地震注意情報」が発表されました。 7月にはロシア・カムチャツカ半島東方沖で地震が発生し、北海道から和歌山までの広い範囲に津波警報が発表。この日は兵庫県丹波市で国内歴代最高気温(当時)の41.2℃が観測されるなか、「酷暑での避難」の課題も浮き彫りとなりました。 ほかにも、6月ごろから鹿児島県トカラ列島で群発地震があり、SNS上の“地震流言(デマ)”が話題に。1月には南海トラフ地震臨時情報の2回目の発表もありました。 そんな2025年は、南海トラフ地震の様々な情報が更新されました。3月に被害想定が13年ぶりに見直されただけでなく、9月には1月に7年ぶりに変えたばかりの発生確率も変更されたのです。 2025年に更新された南海トラフ地震の新たな被害想定と発生確率を詳しく解説します。◆取材・文 福本晋悟MBS報道情報局 災害・気象担当デスク。おもに津波避難に関する課題をテーマに取材。西日本豪雨や能登半島地震などの被災地取材も経験。人と防災未来センター特別研究調査員。神戸学院大学非常勤講師。
南海トラフ地震の発生確率 7年ぶりに更新したのに、たった8か月での更新はナゼ?

今後30年以内の発生確率が2025年1月に「80%程度」に発表された南海トラフ地震。
ところが、2025年9月、政府の地震調査委員会が、その発表確率を「60%~90%程度以上」とする新たな発表をしました。「90%程度以上」とは、「94.5%以上」を示します。「80%程度」から上下ともに幅のある確率に変更した理由とは―。
南海トラフ地震は、概ね100~150年間隔で繰り返し発生してきました。たとえば、江戸時代に発生した南海トラフ地震である「慶長地震(1605年)」と「宝永地震(1707年)」の間は102年で、同じく「宝永地震」と「安政地震(1854年)」までは148年、そして「安政地震」と「昭和(東南海・南海)地震(1944・46年)」は90~92年となっています。
このように周期的に発生するため、「時間予測モデル」などを用いて発生確率を算出してきました。「時間予測モデル」が用いるデータは、過去に南海トラフ地震が発生した間隔と隆起量で、▽地震を起こすひずみの蓄積は一定▽地震が起きた時のひずみの解放は、地震の規模によって異なる▽発生間隔は前の地震の規模に比例するという前提に立つものです。
このような算出方法を用いて発表されてきたのが、今後30年以内の発生確率です。2014年に「70%程度」と発表され、2018年に「70~80%」に上昇、そして今年1月には「80%程度」と発表していました。
8か月で変更した理由:根拠となる「隆起量」データの見直し

では、根拠となるデータの1つ「隆起量」とは何か?
時間予測モデルは、前に起きた地震の隆起量が大きい(つまりは地震が大きい)と、次に起きる地震までの期間が長くなり、隆起量が小さい場合は次の地震までの期間が短くなるという法則です。
南海トラフ地震は周期的に発生していて、高知県室戸市の室津港では地震により隆起した高さ(隆起量)を記録した史料が残され、時間予測モデルに用いられています。その隆起量は、宝永地震で1.8m、安政地震で1.2m、昭和地震で1.15mとのデータを採用していました。
今回の大きな変更ポイントの1つは、室津港の隆起量データの見直しです。新たな研究論文が発表されたことなどから、▽史料の記録や解釈を再検討、▽隆起量データの不確実性を表すこと、つまりは「データに幅を持たせる」ことにしました。
これにより、平均値は宝永地震で1.83m、安政地震では1.13m、昭和(南海)地震では1.02mとしました。そして、標準偏差が、宝永地震で0.51m、安政地震で0.52m、昭和地震で0.06mと判断。たとえば、宝永地震の隆起量は、1.83mの±0.51mほどの誤差がある可能性が高いとして計算することにしたのです。
発生確率計算モデルの見直しも
もう1つの変更は、用いる発生確率計算モデルの見直しです。
たとえば、「時間予測モデル」ではひずみの蓄積は一定としていましたが、▽地震を起こすひずみの蓄積が一定ではなく、はらつきがある▽地震が起きた時のひずみの解放は、地震の規模によって異なる▽発生間隔は前の地震の規模に比例するがばらつきもあることを考慮した「すべり量依存BPTモデル」という新たな計算モデルを採用することになりました。
数値(隆起量)に幅を持たせ、さらには算出方法も見直すなどした結果、地震発生確率に幅が出た。これが、地震発生確率「80%程度」→「60%~90%程度以上」となった要因です。
さらに、報告書には、他地域の地震に使う「BPTモデル」という別モデルで計算した「20〜50%」とする“低い確率”も新たに併記することになりました。このように2つの計算結果が発表されたことも、確率の数値の解釈が容易ではなくなっているといえそうです。
結局のところ「南海トラフの状況が変わったわけではない」

国の地震調査委員会の会長で東京大学の平田直名誉教授は、「南海トラフで大きな地震が起きる可能性は、次の地震が起きるまで日々少しずつですが高まっています。下がることはありません」と、強調しました。
新たな研究知見と計算方法によって、南海トラフ地震の30年発生確率が変更となりました。
気をつけないといけないことは、今回の発表は、史料の解釈と計算方法の見直しによるもので、南海トラフの状況が変わったのではないということです。「60%~90%程度以上」との数値を見て、60%に“下がった”と受け取ることも90%程度以上に“上がった”と捉えることのいずれも誤りです。刻一刻と南海トラフ地震発生に近づいている状況に変わりはありません。
最新の科学的知見を反映することは重要です。正確性を求めるには多様な条件を考慮せねばならず、不確実性を伴います。そして、不確実性を数値化した場合、さらに分かりづらい結果となります。
そもそも「時間予測モデル」の30年発生確率は、「70%程度」→「70~80%」→「80%程度」と変遷してきました。そして、南海トラフ地震は周期的に発生することが分かっているからこそ、“その時”は確実に近づいています。
南海トラフ地震の被害想定 死者は前回より3万4000人減 しかし東日本大震災の18倍

2025年3月、南海トラフ地震の死者は、最悪の場合全国で約29万8000人と新たに想定されました。この数字は、前回想定から3万4000人減っていますが、東日本大震災の死者・行方不明者の18倍もの大きさです。(警察庁:東日本大震災の地震や津波の被害による死者1万5900人、行方不明者2520人)
厳しい想定をどう読み解くべきか―。
死者の多くを占める原因が、津波です。29万8000人のうち、21万5000人が津波による死者とされ、全体の7割を占めています。
実は、この想定は「津波の早期避難意識」が低い場合(20%)場合です。早期避難意識が高く(70%)なれば、死者は9万4000人と、4割ほどに減らすことができるという想定もされています。つまり、「津波から早く逃げること」が何よりも大事だということです。
大阪で、津波到達時間が最大5分早まった町も…1秒でも早い避難を

今回の想定では、近畿・徳島の合わせて40市町で、高さ1mの津波の最短到達時間が早くなりました。津波はスピードと力があるため、20cmでも足元を取られると人が流されて命を落とすおそれがあります。
和歌山県では、和歌山市など14市町で津波到達が1分以上早くなる想定です。白浜町とすさみ町は1分早くなり、地震発生後3分に。那智勝浦町・太地町・串本町の想定は早くなってはいませんが、そもそも那智勝浦町は3分後、太地町と串本町は2分後と、非常に厳しい想定は変わりません。
地震からおよそ1時間後の津波到達が想定されている大阪府内でも11市町で早くなっていて、泉佐野市では4分、田尻町では5分も早くなりました。
最南端の岬町で58分、大阪市内にも1時間49分後に、1mの高さの津波が来ると想定されています。
徳島県では、沿岸すべての8市町で津波到達時間が早くなりました。南部の牟岐町で3分早くなり地震から6分後、海陽町で1分早くなり5分後と、さらに厳しい想定になったため、県は津波避難の周知・啓発を進めていきたいと警戒を強めています。
さらに、和歌山県や徳島県での最大津波は、極めて高い想定です。和歌山県すさみ町で20m、那智勝浦町や串本町などで18m。徳島県美波町は24mなどとなっています。都市部では、和歌山市8m、徳島市6m、大阪市5m、神戸市4mと、決して油断できません。
南海トラフ巨大地震の死者の多くを占める津波被害。早期避難に勝るものはありません。
避難できない状況にならないために

最悪の場合、全国で死者約29万8000人と想定された南海トラフ地震。
実は、前回から3万4000人減っていて、主な理由は「建物倒壊での死者」が2万人減ったことです。住宅の耐震化率が全国平均で87%と、2008年の79%から上がったことが背景にあります。
しかし、被害想定などを検討してきた政府のワーキンググループ(作業部会)の主査で名古屋大学の福和伸夫名誉教授は、南海トラフ地震で被害が大きいと想定される地域の耐震化率の低さを指摘します。
福和氏は、「耐震化率が90%に近いのは、三大都市(東京・大阪・名古屋)に引きずられている(周辺の)大都市ばかり」だといいます。
近畿・徳島の耐震化率は、全国平均の87%を大阪府(88.7%)や兵庫県(90.1%)では上回っていて、東京都(92%)や愛知県(91.2)も全国平均を上回っています。和歌山や徳島など南海トラフ地震の被害が大きいとされる地域では平均を下回っているのです。
福和氏は「耐震化を進めれば被害は圧倒的に減る」といいます。地震後すぐに津波から避難するには、自分自身がケガをしないことが必須条件です。住宅が崩れケガをしてしまったら、津波から逃げること自体ができなくなってしまうのです。
南海トラフ地震が起きた「後」にできるのは、火災を最小限に抑えることや津波からの避難です。一方、耐震化工事や防災用品の備蓄などは、地震が起きる「前」、つまり今できることなのです。
2025年、そして2026年・・・「いずれ、必ず起きるもの」と捉え、備えを進めることが重要です。
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