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【iPS細胞】難病治療へ実用化加速となるか 製造コスト「5000万円→100万円」年間製造数「3人分→1000人分」目指す 心臓病やパーキンソン病などの治療法確立へ...大阪に誕生『Yanai my iPS製作所』

解説

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 6月20日、大阪・中之島にオープンした「Yanai my iPS製作所」。患者本人のiPS細胞を製造し、再生医療での活用を目指す施設で、ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長と京都大学・山中伸弥教授が会見を行いました。コストや製造期間などこれまでの課題を改善し、iPS細胞の実用化を加速させる存在になるのではと期待されています。 山中教授がiPS細胞の作製に成功してから来年で20年…iPS細胞の未来とは? 医療ジャーナリスト・村上和巳氏の見解も交えて深掘りします。

「分化誘導が一番難しい」iPS実用化のハードル

 iPS細胞(人工多能性幹細胞)とは、さまざまな組織の細胞になれて、ほぼ無限に増殖するという特徴を持つ細胞です。2006年、京都大学・山中伸弥教授が作製に成功し、山中教授は2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

 皮膚・血液などの体細胞に特定の遺伝子を導入し、それを培養するとiPS細胞ができますが、そこから臓器などの一部分の細胞に変化させるには、化合物などを用いた「分化誘導」というプロセスが必要だということです。

 その「分化誘導が一番難しい」と語るのは、医療ジャーナリストの村上和巳氏です。未解明の部分が多く研究は手探りで、まだ臓器そのものではなく一部分の細胞のみで実現しているということです。

“患者自身の細胞”から低コスト・短期間で作製

 そんな中、iPS細胞の研究施設「Yanai my iPS製作所」(Y-FiT)が6月20日、大阪・中之島に開所し、山中教授とファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が会見を行いました。この施設を拠点に「my iPSプロジェクト」を推進するということです。なお、柳井氏は個人として総額45億円を寄付しています。

 ▼Y-FiTでのiPS細胞作製<メリット1>

 このY-FiTでiPS細胞作製を行うメリットがいくつかあります。1つ目が、my iPSプロジェクトではiPS細胞を『患者自身の細胞』から作るという点です。健康なドナーの体細胞をもとにiPS細胞を作ることもありますが、村上氏は「本人の体細胞から作る方が免疫による拒絶反応が起きにくい」と指摘。「拒絶反応は命に関わるので、可能性は低い方がよい」ということです。

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 ▼Y-FiTでのiPS細胞作製<メリット2>

 メリットの2つ目が、『低コスト・短期間』で作れるという点です。これまでは1人あたり約5000万円、期間は約半年かかっていましたが、Y-FiTでは約100万円・約3週間での作製を目標としています。

 また、村上氏は「機械で自動化することで人件費をカットできる」と指摘。これまでは熟練の技術者が手作業(作業員3人+管理者)で年間3人分作るのが精いっぱいでしたが、Y-FiTでは、閉鎖型装置という機械で年間1000人分を自動製造することを目指しています。

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 ただ、約100万円で作れるのはiPS細胞までで、実際に使用するには「分化誘導」して分化させる必要があり、それにはさらにお金がかかるということです。iPS財団が分化を行う場合の費用の目標は約300万で、実際には1人あたり約400万円かかるということです。

「一気に実用化が近づくとは言いにくい」

 Y-FiT開所でiPS実用化にどこまで近づくのでしょうか。村上氏によると「研究者らに安くiPS細胞を提供できるという点では“貴重な一歩”と言えるが」と前置きしつつ、「今はまだ『分化誘導』が大きな課題」だと強調。「一気に実用化が近づくとは言いにくい」とコメントしています。

創薬にも使える!? iPS医療の実用化の現在地

 最後に、iPS医療の実用化は今どこまで進んでいるのか、3つの例を挙げてご紹介します。

 ▼心筋細胞シートを使った心臓病の治療

 心臓の血管の機能が悪くなり筋肉がうまく働かなくなる『虚血性心筋症』に対して、心臓に“シート”を貼って強制的に血液を送るという治療法があります。これは、治験を経て今年4月に市販に向けた承認申請を行ったということで、早ければ1年程度で承認される可能性があるそうです。村上氏は「心筋細胞シートを含めたこの病気に関する研究が、実用化に一番近いのでは」と言います。

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 ▼パーキンソン病の治療

 脳内で情報伝達を担うドーパミンをつくる細胞が減少し、手足の震え・体のこわばりなどが出る病気『パーキンソン病』に対し、iPS細胞でドーパミンを生み出すもととなる細胞を作成し脳内に移植するという治療法があります。これは、今年度中の申請、承認取得を目指し準備中ということです。村上氏は「承認後、早ければ半年ほどで治験に参加した患者は治療を受けられるようになる」と言います。

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 ▼創薬にもiPS 難病ALSの治療薬

 患者数が少ない難病は薬の研究を進めにくいとされていますが、iPS細胞の技術を用いて“サンプル”を多く複製できるそうで、現在国内複数のグループが治験を進めているということです。

 ほかにも、卵巣がん・Ⅰ型糖尿病・膝関節軟骨損傷・加齢黄斑変性(目の病気)・血小板減少症など、iPS細胞を使った研究(iPS財団のiPS細胞ストックを使った治験・臨床研究が行われているもの)が数多く行われています。

 今現在、治りにくいとされている病気、あるいは、治療に多額のお金がかかる病気が今後治るようになるのか。興味のある方は、「Yanai my iPS製作所」で検索してみてはいかがでしょうか。

2025年06月24日(火)現在の情報です

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