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【池上彰氏に聞く】10億人が参加!盛り上がる「インド総選挙」...候補者名だけじゃなく『シンボル』を選んで投票!? 紅茶売りから上り詰めた『モディ首相』人気の秘密も解説

解説

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 今の世界情勢を見る上で外せないインド。14億人を超える人口世界最多の大国は今、経済だけでなく、国民の熱量も最高潮です。その理由は、まるで“お祭りのような騒ぎ”の総選挙。なぜインドでは選挙が盛り上がるのか?そしてインドで絶大な人気を誇るナレンドラ・モディ首相が国民に見せてきた希望とは?5月23日、「日本が世界がよくわかる!なんでもお答えしますSP 日本をあっさりと抜き去るインド編」と題して、ジャーナリストの池上彰さんにインドの今を聞きました。

人口は14億人以上 GDPは3位浮上の見通し

―――「失われた30年」からようやく変化の兆しが現れつつあるも円安にあえいでいる日本。そんな日本を抜き去る国が、人口が世界一(14億1700万人※2022年)のインドということです。GDP(国内総生産)は2025年以降、日本やドイツを抜き3位浮上の見通しということで、池上さんはこの勢いをどう見ますか?

 「実は、中国はもう人口が減り始めているんですよね。だから、さらに増えているインドがこれだけになっている。やはり人口がどんどん増えているのは国の力ですよね。日本は人口が減っていますからね。インドの産業はITもありますが、農業も。小麦の生産がものすごいです」

―――インドは貧富の差が激しくてインフラもまだ整ってないイメージを持っている人も少なくないと思うのですが?

 「今も格差は大変大きいです。例えばインドっていうと、19×19など2桁の掛け算がすぐできてすごいと言われるでしょ。あれ本当にひと握りの人ですからね。ひと握りのエリートの学校ではそうですけど、まだ読み書きができない人も大勢いますから」

有権者が約10億人「世界最大の選挙」その仕組みは?

―――そんな今のインドで注目したいのが、5年に一度、約10億人が参加する“祭典”、「総選挙」です。インドの総選挙は日本と全然スケールが違うんですね?

 「これだけの人が選挙に参加する“世界最大の選挙”であると同時に、インドに言わせると世界最大の民主主義国だと。ちゃんとみんな選挙に参加できることがインドの誇りということです」

―――そんな“世界最大の選挙”とも呼ばれるインド総選挙。有権者は9億7000万人、期間は4月19日~6月1日ということなので、今まさにインド全土が盛り上がっている状況とみられます。小選挙区制で543議席、前回は立候補者がなんと8000人以上ということです。

 「それぞれでたった1人しか当選しないんですけど、大勢の人、いろいろな政党から立候補するってことなんですよね。そして100万か所以上の投票所を選挙管理委員会が回るわけですから1か月半かかってしまうということです」

読み書きができない有権者もいるため「〇〇投票」

―――投票所の数で比べると、日本の衆議院選挙は4万6000か所ですので、全然違いますね。また、費用は2兆円とも言われています。そんなインドの総選挙は、国内を7つのエリアに分割し、そしてエリアごとに7回投票日があります。投票に約1か月半かかるということなんですが、その後の流れはどうなっていますか?

 「6月4日に一斉開票です。1か月半かけて投票したあと6月4日に開票されるんですが、その日のうちに全部わかるんです。どうしてかというと、電子投票なんです。つまりそれぞれ投票の際にボタンを押すんですけど、それを集計して発表されるのが6月4日です。日本の場合は全部紙に書きますから、開票に非常に時間かかるわけですよね」

―――電子投票を取り入れているのは、識字率というのが関係しているんですね?

 「インドの識字率は最近ずいぶん上がったのですが、それでも76%。つまり4人に1人はまだ読み書きができない。日本の場合は政党や候補者の名前を自身で書くでしょ。これ、世界でも日本ぐらいなんですよね。あらかじめ投票用紙に政党や候補者の名前が書いてあり、そこに印をつけるのが世界の一般的なやり方なんですが、日本の場合は皆さん読み書きができるから、“自分で書いてください”なんです」

―――インドの電子投票では名前と顔が書かれてあるボタンを押していくわけですが、名前も読めない人もいるので、名前だけでなく顔写真や政党の「シンボル」で選ぶということですね?

 「選挙運動をやっているときに候補者や政党が『私たちはこのシンボルです、このシンボルに投票してください』と呼びかけるんです。例えば今のモディ首相の与党は『ハス』なんですね。野党第一党は『手のひら』。電子投票のところにシンボルが描かれてありますから、そのボタンを押せばいいということです」

―――シンボルもいろいろあり、中には「トースター」や「防犯カメラ」「やり投げ」といったシンボルもあるようですね?

 「政党もものすごくたくさんあるし候補者も大勢いるので、それぞれが『このシンボル』と言うと、選挙管理委員会が全部これを電子投票に組み込まなければいけないのでものすごく時間がかかるわけですよ。なので、選挙管理委員会があらかじめシンボルを用意しておいて、この中から選んでくれませんか?というシステムです」

貧しい子ども時代からインド首相に!絶大な人気のワケ

―――4つのエリア終了までの投票率は66.95%(4億5100万人が投票)。過半数を獲得した政党の指導者が首相に任命されます。今回の選挙はモディ首相が率いる与党が優勢と見られていて、そうなるとモディ首相の3選ということになりそうです。そのモディ首相はインド国内で圧倒的な人気があるということですが、その点についてはいかがですか?

 「言ったことはみんなやる、公約をしっかり守っているというのは大きいですよね。モディ首相はもともと大変な苦労人だった。苦労して首相まで上り詰めたという、そういう人気があるんだろうと思います」

―――1950年に生まれたモディ首相は、子ども時代はチャイ(紅茶)を売る家業を手伝っていたということです。その後、1987年にグジャラート州の議員に、2001年にグジャラート州の首相に、そして2014年にインド首相に上り詰めたました。やはり貧しい生活を強いられていた部分が多くの国民の心をつかんでいるのでしょうか?

 「そうですね。駅を利用するお客さんにチャイを売り歩いていたという話もありますし、貧しいところからここまで上り詰めたのは大きいですよね。インドは“連邦制”になっていて、それぞれの州で首相がいるんですね。グジャラート州の首相というと日本としては違和感があるかもしれませんけど、その中で議会で多数を占めて首相になったという経験があって、さらには国全体の首相になったということですね」
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―――モディ首相は2014年からほぼ月1回のラジオ番組「マン・キ・バート」(心の話)のDJをつとめていて、演説が上手だということです。そして、首相就任以来最も大きな実績と言えるのが、インド全国民の「トイレ」を作ったことですね?

 「インドではものすごく格差があったから、家にトイレがない家庭が実はとても多かったんですよ。だから外に排泄に行くわけですよね。例えばそこで女性が性被害にあうというのは、実に深刻な問題。だからモディ首相は自分が首相になったときに『全国民にトイレを作ります』ということを宣言して、その通りになったんです。当時の13億人のためのトイレを作り、上下水道もなかったところがどんどんできてきた。水道・トイレができたのは実績として大きいですよね」

“ヒンドゥー教びいき”が批判の的にも

―――モディ首相は22歳のときにヒンドゥー至上主義団体(RSS)に参加し、現在も熱心な信者です。“ヒンドゥー教びいき”が宗教的少数派の批判の的にもなっているということで、全員が全員モディ首相が好きというわけでもないようですね?

 「そうなんですよ。やっぱりインドはヒンドゥー教徒が圧倒的に多いので、この人たちに大変人気。結果的に支持率が高くなるということで、絶賛しているのはヒンドゥー教徒であって、それ以外の宗教の人たちは必ずしも支持していない実態があるんですよ」

―――去年インドで開催されたG20のときに話題になりましたが、自国インドのことを「バーラト」(ヒンディー語で「インド」の意味)と呼びましたね?

 「これを突然言ったものですから、これから国の名前を変えるのかと騒ぎになりました。インドって広いからヒンディー語が話せない人たちもいるわけですよ。いろんな言葉があるので共通語が英語になっていたりする。ヒンディー語を話すヒンドゥー教徒にとっては熱烈に支持しますけど、それ以外の人にとってはちょっとねというところは、実はあるんですよ」
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―――宗教割合を見てみると、79.8%がヒンドゥー教ですが、イスラム教が14.2%など他の宗教を信じる人もいます。さきほどの「バーラト」という発言などは、ヒンドゥー教以外の人たちはどう捉えるのでしょうか?

 「これはちょっと…という思いがあるかと。ヒンドゥー至上主義だからヒンドゥー教徒のためにいろいろやりますよとなると、他の宗教にとってはどうかなとなってきます。イスラム教徒は14.2%と少数派に見えますけど、実数は2億人います」

“カレー本場の国”で日本のカレー店が人気!?

―――では、人口14億人のビッグな市場を求めて日本企業はどういう動きをしているのでしょうか。一般的にインドでのビジネスは言語・宗教・企業文化の違いから難易度が高いと言われています。そんな中、うまくいっている日本企業もあるんですね?

 「大成功している企業があるんですよ。とにかくインド国民の気持ちに刺さったというインド国内シェアNo.1の日本メーカーがあるんです。それが自動車のスズキですね。2022年度の販売台数389万台のうちスズキ車が160万台、41.3%はスズキ車というわけです。スズキはかなり早い段階から地元の企業と合弁企業をつくって、それでどんどん発展させました。また、スズキはインドのことをよく研究しているんですね。要するにデザインが良かったんです。過去には日本の別のメーカーが安さを売りに進出しようとしたんですけど、デザインが受け入れられなくて失敗してしまった。その点、スズキはいち早くインドに進出。やはり向こうの大手のところと一緒になりますと、インドの人たちの気持ちがわかるので、こうしたらいいよっていう形になったということですね。インドはやっぱり小型車なんですよね。道路事情は決して良くないので、かなり混雑しているところでは大型車が駄目なんですね。スズキってやっぱり小型車ですから非常にうまくいったということです」

―――自動車評論家の国沢光宏さんによりますと、トヨタもインド進出はしたようですが、明らかなコストカットが目立ち、インドの人たちはあまり好まなかったという事例があったようです。

 「安さだけでは駄目だということですね。これから豊かになろうという人たちも大勢いらっしゃるわけですから、そうするとちょっと背伸びをした車がほしいよというところがあるわけですよ」
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―――一方、日本を売りにしてインドに進出したのが、カレーハウスCoCo壱番屋です。ある種“逆輸入カレー”ということで、広報によりますと、開店当時はほとんどが日本人客でしたが、現在は7割が現地の方ということです。日本のカレーがインドでどのように受け入れられたのでしょうか?

 「ついに2号店もオープンしたということなんですが、私たちはこれ『カレー』だと思うでしょ?インドの人たちは『日本食』だと思っている。ココイチのカレーは極めて日本的なカレーであって、インドのカレーとは違うわけですよね。(インドは)一つ一つ香辛料で作っていくわけですから。ココイチはまさに日本食として人気ということなんです」

日本のインドとの付き合い方は?

―――最後に、インドと世界、そして日本、どのように考えていけばいいのか。モディ首相の戦略はどの国とも仲良くの「全方位外交」、でもその心は「インドファースト」ということです。日本はインドとどう付き合っていけばいいのでしょうか?

 「インドにしてみれば当たり前ですけど、インドファーストですよね。だから、日本と付き合うことによってインドにとってもメリットがありますよっていうことをどこまでアピールできるか、ということです。モディ首相はしたたかですよ。アメリカのバイデン大統領とも会っているし、中国の習近平国家主席ともロシアのプーチン大統領とも会っている。ロシアがウクライナに軍事侵攻して、アメリカなどが石油・天然ガスをロシアから買わないようになったら、その足元を見て、インドはロシアから非常に安く石油や天然ガスを買っているんですよ。あるいはトランプ前大統領とも付き合っていた。実はアメリカでは今、インド系のアメリカ人が増えているんですよ。だからアメリカ大統領選挙でもアメリカのインド系の有権者を意識せざるを得ないんですね。インドは非常に多種多様な人たちがいるわけです。インドについては、なんとなくのイメージ、ステレオタイプなものの見方ではなく、実にいろんな人たちがいるんだよと、そこを理解していくということが大切だと思いますね」

2024年05月26日(日)現在の情報です

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