2025年11月16日(日)公開
中国で売買される旧日本兵の手紙「軍事郵便」 約16万円で取り引きも...購入者は「祖父が『母を日本兵に殺された』と話したことが影響」 私的な手紙がなぜ流出?専門家は現状を危惧
編集部セレクト
いま中国で高値で売買されているものもある、旧日本兵の手紙「軍事郵便」。戦時下に戦地の旧日本兵と離れた家族や友人らとの手紙です。その内容は、戦地での生活や家族への思いをつづったものや日本での帰りを待つ家族から兵士に宛てたものなどが含まれています。 中国で軍事郵便を買う人の中には、日本語の分からない人も多くいるということです。なぜ軍事郵便が収集されているのでしょうか。販売者や購入者、郵便のもとの差出人の家族を取材しました。
『検閲があっても兵士や家族らの本音が垣間見える』

専修大学の元教授・新井勝紘さん(81)の専門は「軍事郵便」。退職後も研究を続けていて、自宅にはわずかな通路だけを確保して書籍や段ボールが山のように積み上げられています。
(軍事郵便を研究 新井勝紘さん)「個人で1万通持っている人はそういないと思うけど…」
軍事郵便は日清戦争のころに国が規定し、戦地や駐屯地から無料で手紙を送ることができました。兵士にとっては離れた家族や知人らとの数少ないコミュニケーションの手段で、年間約4億通のやりとりがあったといいます。ただし大半が当たり障りのない軍務の近況報告や相手の健康を気遣うものでした。
(新井勝紘さん)「検閲があるということで兵士の本音は書けないだろうと。戦争史料としては役に立たないだろうというのが基本的な見方で、あまり軍事郵便に注目した人はいなかったんですよ」
新井さんによりますと、検閲があっても兵士や家族らの本音が垣間見えるといいます。たとえば封書の中に入っていたというこの折り紙は。
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(新井勝紘さん)「カエル。カエルというのは無事に帰ってきてほしいという意味。だから封書の中に入ってくるんじゃないですか」
なぜ?中国で「高値で売買」

史料としてその価値が見直されつつある軍事郵便ですが、日本とは別の理由で注目され、高値で売買されている国があります。中国です。
召集令状が届いたという知らせや、別れの言葉をしたためた手紙。これらの軍事郵便は全て、記者が中国に駐在していた期間中に現地の大手通販サイトで購入したものです。日本円で1通あたり200円から1万円程度でした。
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(日本の軍事郵便を売買する中国人)「(商品は)日本から持ってきたんですよ。少なくない人が関心を持っているからね。なぜなら最近は日本との関係は良くないから。一番高いのは約16万円(8000元)で売れたよ」
「私にとって歴史そのもの」 日本語がわからない中国人が購入した理由は…

中国内陸部・湖南省。歯科医の欧陽霈さんは4~5年前から旧日本軍の兵士が書いた軍事郵便を購入しています。SNSに公開するため、オークションサイトなどをまめにチェックしています。
(旧日本軍の軍事郵便を収集 欧陽霈さん)「これらは満州に駐屯していた兵士が日本の家族にあてて書いたものです。(SNSの)コメントには多少民族感情がこもったものがあります」
コレクションの軍事郵便の文面からは、兵士が日本にいる家族の健康を気遣っていることがわかります。しかし欧陽さんは日本語を理解することはできません。それでも購入するのは、祖父が「母親を日本兵に殺された」と話していたことが影響しているといいます。
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(欧陽霈さん)「祖父は私に『日本人との間には血で刻まれた深い恨みがある』『この記憶は必ず留めないといけない』と語っていました。だからこれらのコレクションは私にとって歴史そのものなんです」
こうした背景もあって中学生だった2012年には「反日デモ」に参加したという欧陽さん。いま、日本人に対する思いを聞いてみると…
(欧陽霈さん)「日本人は友達として付き合えるし、一緒にビジネスもできるという考えです。でも心の中には常に傷跡があり、過去に起きた出来事(戦争)は忘れないようにしています」
私的な手紙がなぜ流出? 「大阪の縁日では…」

軍事郵便はあくまで、私的な手紙ですが、なぜ中国の販売業者の手にわたっているのでしょうか。記者は購入した手紙に記された、滋賀県の栢口辰三郎さんの住所を訪ねました。
そこには辰三郎さんの孫・隆さん(76)が今も住んでいました。辰三郎さんは大小さまざまな仏像を彫る「仏師」だったといいます。
(祖父の手紙が中国で販売 栢口隆さん)「(祖父は)ものすごい細かい仕事していたんです。口答えしたら小刀のケツで頭カーンってやられた」
記者が購入した辰三郎さんに宛てられた軍事郵便を見せると、そこには、見覚えのある名前が記されていたようです。
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(記者)「おじいさん宛てで間違いない?」
(栢口隆さん)「そうですね。(差出人の名前)って親父の友達です。昔のハガキ、よう残ってましたね」
まめな性格で面倒見がよかったという辰三郎さんだけに、親しい人との手紙のやりとりは多かったといいます。一方、外部に流出した原因に心当たりがないか聞いてみると…
(栢口隆さん)「ひょっとしたらハガキとか、まとめてゴミに出したとか…」
辰三郎さんが亡くなった1970年以降、処分した可能性が高いということでした。ところが、それが何らかの理由で古物商などに流れ、中国の業者にまとめて買い取られたとみられます。
私たちが話を聞いた販売業者は…
(日本の軍事郵便を売買する中国人)「大阪の縁日ではたくさんの人が露店を出して、おじいさんおばあさんが残した遺品を大袋で売ってました。見た目はガラクタでもいいものがたくさんあったよ」
専門家「今の状況は非常に厳しい」と現状を危惧

思わぬ形で中国に渡っていた軍事郵便。専門家の新井さんは海外にまで散逸している現状を危惧しています。
(軍事郵便を研究 新井勝紘さん)「今の状況は非常に厳しいですね。戦争に行った兵士が何を見て、何を家族に伝えようとしていたのかっていう最もリアルな史料なので、ちゃんと収集して保存してそれを整理して公開するべき」
日本に占領された歴史を手元に残しておきたい。終戦から80年たった今、戦下にしたためられた手紙は中国で数奇な運命をたどっています。
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