2025年05月19日(月)公開
「僕たちを排除しようとする意図が丸見え」グリ下から"排除"され彷徨う若者 万博開幕前に座りこみ防止の「塀」設置 新しいたまり場の出現も...
編集部セレクト
大阪・ミナミにある「グリ下」。家や学校に居づらさを感じる若者の溜まり場になっていましたが、万博の開幕直前、行政により「塀」が設置され、光景は一変しました。居場所を追われた若者たちは、自らが置かれた境遇や自分たちを“排除”する大人たちに対し、「諦めの感情」や「不信感」を抱きながら、きょうも街をさまよっています。
壁一面を覆いつくす“塀” 大阪市が約1600万円をかけて設置
開幕から1か月以上が経ち、一般来場者数が300万人を突破した大阪・関西万博。その熱気は、会場の夢洲から約10km離れたミナミの繁華街にも。戎橋の上は外国人観光客で埋めつくされています。
万博の開幕直前、こうした状況を見込んだ大阪市は、約1600万円を投じて“ある施策”に着手していました。
観光名所「グリコの看板」の下の遊歩道は、かつては座れるスペースがあり、多くの若者たちが夜中まで滞在するエリアでした。市は、その “グリ下” と呼ばれるエリアに、壁一面を覆い隠す長さ16.5mの「塀」を設置したのです。その目的について大阪市は…
(大阪市)「大阪・関西万博の期間中には、国の内外から多くの人がミナミを訪れることが見込まれる。環境改善の取り組み強化・啓発の一環として、橋の下への座り込みにより発生するゴミのポイ捨てを防止する」
塀に覆われる前、この場所には腰かけることのできるスペースがありました。コロナ禍の余波で観光客の姿もまばらだった2022年、取材に訪れると、「家や学校に居場所がない」と訴える若者たちが大勢集まっていました。
(若者)「実家とかに帰ると殴られる。だから家出たし、友達の家にいるし。それでも、捜索願も出されたこともないし。家庭環境、最悪じゃない人いないよね、ここに?だいたい虐待とかあるじゃん」
「塀を作るぐらいなら、ほかに居場所を作ってほしかった」新たな溜まり場に移った若者
そこから3年。塀の設置により、“グリ下”の景色は一変しました。若者たちの姿はほとんど見当たりません。彼らはどこへ行ったのか___
(記者)「昔は“グリ下”集合みたいな感じだったのが、今はここに集合?」
(若者)「そうですね」
(記者)「ここは何と呼ばれている?」
(若者)「“浮き庭”」
(記者)「どういう意味?」
(若者)「たぶん、水に浮いているから」
若者たちが“浮き庭”と呼ぶエリア。周辺に外国人観光客の姿はなく、ひっそりと静まり返っています。“グリ下”から西に約400m離れた場所で、新たな溜まり場として定着しつつあるといいます。以前の溜まり場を失った、若者たちの心境は…。
(若者)「わざわざ奪うみたいな感じで塀を作ったりするのは、本当にやめてほしいなと思いました」
(若者)「『なんでそんなんするん?』みたいな。余計、居場所なくなっちゃうんじゃないかなと思います」
それぞれが複雑な事情を抱え、街をさまよっています。
(若者)「虐待されていて、居場所がなくて、学校も行けなくて、コミュ障で周りの子となじめなくてみたいな。勉強もできないからいじめられてみたいな。塀を作るぐらいなら、ほかに居場所を作ってほしかった。そのあとで良かったんじゃないかって思ってますよ、私は」
10代半ばから20代前半の男女が、入れかわり立ちかわり、“浮き庭”にやって来ます。その光景は、私たちが2022年にグリ下で見たものと同じです。
「現実逃避。オーバードーズも現実逃避」
警察もすでに“浮き庭”の存在を把握しているようです。しかし、若者たちは何度補導を受けても、この場所に戻ってきます。警察官に事情を聴かれていた若者に話を聞こうとすると…
(記者)「舌が青くなっているのは?」
(若者)「サイレースです。“みんざい”です」
(記者)「みんざい?睡眠剤?」
(若者)「睡眠剤」
(記者)「薬に着色料みたいなものが?」
(若者)「そうですね」
(記者)「大量に摂取したような状況?」
(若者)「そういうことですよ」
若者2人が過剰摂取していたのは、不眠症患者などに処方される睡眠導入剤。依存症のリスクもあるといいます。
(記者)「なぜそういうものを飲むんですか?いわゆるオーバードーズ?」
(若者)「そういうことです。気持ちよくなれるからです。テンション上がるし」
(記者)「親御さんは心配していない?」
(若者)「していないです。もう諦めています。薬没収されたら飛び降りるとか言っているんで」
(記者)「なぜここに来るようになったんですか?」
(若者)「現実逃避。OD(オーバードーズ)も現実逃避です」
(記者)「現実逃避というからには、何か逃避したい現実があると思うんだけど、何から逃げたいの?」
(若者)「普通の人と一緒に生きられないみたいな。普通に中学校とか部活とか行っている子とかと、一緒に生きられへんみたいな」
2人の腕には、リストカットの痕が無数に刻まれていました。
(記者)「どういうときにリストカットを?」
(若者)「暇やから。暇つぶし」
(記者)「でも痛いじゃないですか?」
(若者)「傷を見て、『わぁ、頑張ったんやなあ』って思えるから」
「排除のメッセージになっている」行政からは事前相談なし
こうした若者たちの存在が、放置され続けてきたわけではありません。2023年8月には、行政と警察、地元商店街、NPOなどが連携して、若者支援策を考える「グリ下会議」が発足。これまで7回にわたって会合を開き、協議を重ねてきました。
その「グリ下会議」のメンバーで、若者支援を行うNPOの理事長・今井紀明さんは、塀の設置について行政側から事前の相談はなく、今年2月に「決定事項」として突然突きつけられたと振り返ります。
(認定NPO法人 D×P 今井紀明理事長)「残念でならなかったですね。本当は話し合いがあってこそ、もっとできることがあったんじゃないかなと思っています。何のために『グリ下会議』をやっているのか」
そのうえで、塀の設置について疑問を呈しました。
(認定NPO法人 D×P 今井紀明理事長)「(塀が)社会的な排除のメッセージになってしまっているのは懸念点としてあるなと思っています。余計、行政に頼りたくないとか、国とか大人って嫌だなとか、社会に対しての悪い印象を残す物になっていると思うんですよね」
NPОなどの同意を得ないまま設置が決まったグリ下の塀。万博の開幕が目前に迫り、拙速に設置が推し進められたということはないのでしょうか。大阪市の横山英幸市長にたずねました。
(記者)「せっかく『グリ下会議』があるのに、なぜ塀の設置について会議に相談しなかったのか?」
(横山市長)「(グリ下周辺の)管理主体が大阪市になりますので、適切な維持管理という点も重要だと思っています」
横山市長は「グリ下会議」の場で相談しなかった理由を、明確には答えませんでした。
(横山市長)「(グリ下のように)シンボルとなるような場所を作らない。そこに行かなくていい人まで寄せつけてしまうリスクがあるんですね。分かっていながら放置することは、僕は自治体の責務とは言えないと思っています」
「寝る場所もない、食べ物もない。グリ下みたいな所は残り続ける」
一方、今井さんが運営するNPOが2024年、大阪・ミナミに開設した若者向けのフリースペースでは、若者たちからこんな本音が寄せられています。
<塀設置に対する若者の声>
「僕たちの事を排除しようとする意図が丸見え」
「壁を作ったところで、寝る場所もない、食べ物もない。場所や形をかえてでも、グリ下みたいな所は残り続けると思う」
若者たちが抱いていた大人への不信感は、すでに諦めへと変わり始めているのかもしれません。
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